「ラクレス。レイカルに教えてあげてくれないかな。敬老の日って言うのを……」
「――とまぁ、そのような話よぉ……」
完全に声が出ているのでさすがにレイカルたちも気づくかに思われたが、二人ともきょろきょろと見渡しているものの、まるで声を感知していないようであった。
「……何だか不思議ね。私には聞こえているのに……」
「ハウルを纏っていない状態の声でこの距離なら、ひそひそ話には最適なのよ。幸いにして二人ともアーマーハウルもしていないし、私の存在はこうしてやらなければ……」
一瞬、ラクレスの存在感が膨れ上がったのが肌を粟立たせる「何か」で感知される。
「あー! ラクレス、みーっけ!」
その段になってようやく気付いたレイカルたちに、へぇ、と小夜は感心してしまう。
「今のがハウルなんだ?」
「まぁ、分かりやすく言えばですけれど。小夜様はハウルシフトができますから。それでハウル関知網も私たちに近い周波数を持っているのかもしれませんね」
「……何だか、嬉しいような嬉しくないような……」
「よぉーし! じゃあもう一回じゃんけんで鬼を……!」
「ちょっと! 待ちなさいよ、レイカル。敬老の日のために鍛錬しているんでしょ? いつの間にか遊びになってない?」
思わず制すると、ハッとして、レイカルはヒヒイロを仰ぎ見る。
「ひ、ヒヒイロぉ……まさか私たち、いつの間にか……」
その赴く先を、ヒヒイロは容赦なく言い当てる。
「遊びに夢中になっておったのう」
がっくしと肩を落とすレイカルに、カリクムがほれ見ろ、と言及する。
「敬老の日ってのをそもそもお前は分かってないんだよ。……第一、アーマーハウルなしで水刃のじぃさんに敵うわけないじゃんか」
「へぇ、カリクム。あんたその辺は冷静なんだ」
「……あのな、小夜。私だって実力差くらいは分かっているってば! ……あの時は二人で必死になってようやく一撃、ってところだったし、今もその実力差は埋まっていないと思う。水刃のじぃさんがちょっと本気になれば、私たちなんて一瞬だろうし。……ま、それはそれとして、敬老の日にわざわざあんな強い相手に会いに行くなんて酔狂もいいところだと思うけれどね」
「何をぅ、カリクム。お前だって、かくれんぼに夢中だったくせに」
「私は分かっていて乗ってあげていただけ。……大体、何で敬うことが相手に勝ちに行くことになるんだよ、お前は……」
「だって……成長を証明できないとそれは相手との戦いをないがしろにしているみたいじゃないか! 敬老の日って言うのは創主様の言う通りなら、自分より上の相手をうやまう……? だとかいうことなんだろ! だったら! あの時勝てたんだ! 勝てないとおかしい!」
その返答の真っ直ぐさは評価しつつも、小夜も困り果てる。
「うーん……そんなに難しく考えないでいいんじゃない? レイカル、あんたが成長したって証、別に強さだけじゃないでしょ?」
こちらの言葉にレイカルは虚を突かれたように呆然とする。
「……じゃあどうすれば?」
「そうねぇ……私もおじいちゃんおばあちゃんっ子ってわけでもないから、知識だけに過ぎないけれど、例えば……」
「――こんちはー、ヒヒイロ。真次郎、居るでしょ?」
店に訪問したヒミコへと、ヒヒイロは言いやる。
「ええ、奥の間に。……ああ、そうだ。ヒミコ殿。少し遅れた、と彼奴等は言っておりましたが」
「ん? 何のこと?」
ヒヒイロは箱を差し出す。ヒミコは分かりやすく後ずさっていた。
「な、何……爆弾でも入っているの……?」
「いえ、水刃様に渡して欲しいと、レイカルたちより預かっておりますゆえ」
「ん? 何で水刃様? って言うか、レイカルたち……?」
「……まぁ、ヒミコ殿が一番近しいので、贈ってください。俗に言う、敬老の日のギフト、とやらです」
「うーん……? 敬老の日のギフト? 何でまた」
「それは……まぁ話すと長くなるのでとりあえずそれを水刃様に」
「……分かったわよ。あんたが話したがらないってことは答えはこの箱の中なんでしょ? じゃ、贈っておくわね。真次郎! 都内のオリハルコンの調査表、ここ置いとくからねー!」
箱を携え、ヒミコが車に戻ると、後部座席でその水刃とおとぎが並んでいる。
「……分かっちゃうのがヒヒイロの怖いところなのよねぇ」
(何があった? 都内のオリハルコンの調査を任せられていたのではないのか?)
人間態の水刃へと、ヒミコは箱を手渡す。
(……これは?)
「敬老の日の贈り物だって。レイカルたちからよ」
(……あ奴らが儂に……?)
信じられないような眼でこちらを見るので、おとぎにフォローを任せる。
「水刃様。開けましょうか」
(う、うむ……)
慎重に箱を開けると、そこには彫刻で彫られたミニサイズのレイカルたちがメッセージプレートを抱えている代物であった。
メッセージは「水刃さま、いつもありがとう」とある。
茫然としている水刃に、ヒミコは言ってやる。
「果報者なんじゃないですか、水刃様。弟子は取らないとか言っていましたけれど」
こちらの言葉に水刃は僅かでありながら、フッと微笑んだのが伝わった。
(……全く、未熟者共め。だが未熟なりに、やれることはある、ということか)
バックミラー越しにおとぎが微笑んだので、この贈り物は正解だった、と確信する。
「でもまぁ、成長か……。そういうのってこんな形で、分かっちゃうものなのよね……」
――サボテンに水をやるナナ子の背中をじっと眺めていた小夜だが、やがて意を決したようにぐっと起き上がると、一つの番号に繋いでいた。
「あー、もしもし? パパ? ……違うって。ただ……ちょっとだけ元気なのかなって、思っただけ。……何でもないってば……」
会話を弾ませる小夜の声を受けつつ、ナナ子はくすっと微笑む。
「……よかったじゃない。レイカルたちも小夜も。贈り物は、分かりやすいのが一番なんだから」