「……あの若造……コール・ウインドゥの処遇に関してのことだ」
「だったらケリはついたじゃないか。第四格納庫で彼らは住んでくれると言う」
「……まさかそれで納得したのではあるまいな、現よ」
石傘の睨みが飛んでくるが、現太は風と受け流す。
「彼らが望むのならそうするしかないだろう。そうではないのか?」
「……相変わらず甘いんだよ、現。ここに両兵の小僧を呼んだ時もそうだ。……いくら赤菜の奴があんなことになっちまったからと言って、日本を捨ててまで来るこたぁないんだ」
――赤菜。
その名を聞いた瞬間、現太は沈痛に面を伏せていたが、それを感じさせないように努める。
「……いや、両兵は私の下で育てる。それでみんな納得してくれたはずだ」
「納得したんじゃなくって、その時だって結果論だったろうが。……今回もその結果論で押し通すつもりか?」
山野の口調は責めているのではなく慮ってくれているのだ。
自分が何もかも背負う必要はないと。
ここでアンヘル設立に携わった、初期メンバーの一人だ。当然、情も湧いてくる。
だが、現太は言い放っていた。
「……コール君は、誰かに狙われているとも言っていた。あの様子から考えて、恐らくベネズエラ軍部だろう」
「……だろうな。軍部の連中は何を考えているんだか分からん。その上、ここの責任者にもうすぐ新しい上官を着任させるとも言っている。頭を押さえたいんだろうさ。しかしな、現。アンヘルの名折れになる前に言っておくぜ。――守れない約束はするな」
「私は守れる約束だけをしてきたつもりだが」
「そう思っているんなら、それは傍から見りゃ相当に危ういもんなんだって自覚するこったな。……一号機の隠し場所を一任しているのは俺たちがお前を信じているからだ。あんな……白矢みたいな人間を二度と出さないためにも」
「加えて軍部の最新鋭人機はまたしてもモリビトタイプだという噂も立っている。正直なところ、モリビトタイプには因縁しか感じておらん人間ばかりだ。新型を優先して回してもらえるように融通は利くようにしているが、それでも軍部とのやり取りは変わらんだろう。腹の探り合いだ。そういう時に、枷持ちは単純にきついぞ」
「枷持ちだなんて言わないで欲しい。彼の強さは本物だ」
「だから言ってるんじゃねぇかよ」
山野は煙草に火を点ける。紫煙をたゆたわせて帽子の鍔を深くさせた。
「俺たちだけで、アンヘルの因縁は終わりにすべきだ。この国以外のどこにも、持ち出すべきじゃねぇのさ。だって言うのに、あんな若造……何を仕出かすか分からん。最近入ってきた黄坂南とか言うガキだって、俺は反対したんだぞ」
山野の言い分にも一理ある。
ここはいつ古代人機に襲撃されてもおかしくない場所。ならばそんな時、逃げ遅れる可能性のある人間は置くべきではない。
彼らの安全のためだけではない。
――自分たちが禍根を残さずに戦えるように、ここは準備しておくべき。
ゆえにこそ、コールたちと縁を切れと言うのか。
「……言っていることはそちらのほうが筋は通っている。だが、私は譲るつもりはないよ。我々とて老いればただの老兵だ。私の操主としての寿命はそこまで長くないとは自負している」
「例の、“取り込まれる”現象は? 起こってはおらんだろうな?」
単座操主の現状の《ナナツーウェイ》の操縦形態ではいつ「取り込まれ」るか分かったものではない。
それでも、現太は強く応じていた。
「……これでも鍛錬は欠かしていないつもりさ。剣は己の覚悟の証。刀は振るうべきところを間違えれば、人を斬るだけの狂剣と化す。それは身に染みて、……分かっているつもりだからね」
「現……。あれはお前だけのせいじゃねぇ。だから自分を責めるな」
掌に視線を落とした自分を山野は察して言葉にする。
――たまに、ふと思うことがある。
《モリビト一号》さえ、あんなものさえなければ、日野白矢は正気でいられたのだろうか、と。
否、と頭を振る。
考えたって仕方のない試算だ、そんなものは。
あれさえなければ。
あれがあったのならば、なんて夢想。
とっくの昔に乗り越えたつもりであったのに。
やはりまだまだ自分は未熟――そう強く思い知るだけ。
「とにかく……コール君たちへの判断はここでは保留にしてもらいたい。全ては私が一任させてもらう」
「……背負い込むこたぁ、ねぇんだぞ、現。もしもん時は、盾にくらいはなるさ。それくらいなら俺でもできる」
煙草を灰皿に押し付け、山野は言いやる。
今は、その言葉だけでもありがたいと思うべきなのだろう。
「だが操主が増えても肝心のナナツーはどうする? やはり、そこいらの渓谷に埋まっているというジャンク品を漁るほかあるまい」
「ブルブラッドシステムも俺たちにあてがわれているのは旧式……。軍部の連中、血塊炉を独占してやがる。これじゃ勝てるもんも勝てねぇぜ」
「ふむ……では明日からでも旧式ナナツーを探しに行ってみよう。私が先導して――」
「あっ、あの……!」
思わぬ声に全員の視線が集中する。
起きて来ていたのか、南が自分たちに向かっておずおずと声にしていた。
「……南君……」
「それ、私にやらせてもらえませんか?」
「何だって? 何を言って――」
「人機の操縦なら私……、両の隣で覚えました! 少しくらいは現太さんの助けになれると思うんです!」
「何を……女子供が操主になんてなれるわけねぇだろうが! 寝言は寝て言え!」
山野の迫力を前に南は撤退するかに思われたが、拳をぎゅっと握り締めてそれに耐え忍ぶ。
「……でも私……操主になれば、現太さんを助けられます!」
「甘っちょろいこと言ってんな! 操主ってのはなぁ、んな簡単になれるようにはできてねぇんだよ! 子供の飯事の延長線上で操主になられりゃ、俺たちが迷惑するんだ!」
「め……迷惑だって言うんなら私……カナイマは頼りません! 自分だけで、その……何とかします!」
想定外の勇気であった。
それほどまでの言葉をどうしてそんな細い身体から発することができるのだろう、と現太は目を瞠ったほどだ。
「頼らねぇ、だと……。それでどうやってやっていく? メカニックなしでどうこうできるほど、人機は甘くねぇんだよ! とっとと寝ていろ! このガキ……!」
「でも……だったらあのウインドゥさんって言う人は、自分で何とかしてきたはずですよね? じゃあ私でも何とかできるかもしれないじゃない……っ!」
「おい、下手な口利いてんじゃねぇぞ。操主未満のくせに一端の言葉だけ吐きやがやがって……。ガキはすっこんでろ!」
「でも方法はあるはずじゃないですか!」
ほとんど喧嘩腰の状態だ。
山野も南のことを考えて怒鳴っているはずなのだが、これ以上は頭に血が上ってしまうだろう。
「……南君。まずは落ち着いて。それから話し合おう。……せっかくの申し出だがね。私はやはり一人で行こうと思っている」
「何で……現太さん……」
「君を危険に晒せないんだ。コール君の家族だって居る。彼に当てる人機もこちらで用意しなければいけない。そうなった場合、軍部に少しばかりは交渉しなければうまく行かないだろう? これは分かるね?」
「……分かりますけれど……分かりますけれどでも……! そんなのって大人の理論じゃないですか……!」
南は瞳に涙を浮かべている。これ以上は、と思ったところでトドメの言葉が放たれていた。
「分かったんなら出て行け! 何にも理解してねぇ癖にでけぇ面だけされるのが一番苛立つんだよ!」
南はその言葉で一目散に駆け出してしまう。
その背中を呼び止めようとしたが、闇の中に消えて行った。
「……言い過ぎだろう」
「言い過ぎくらい言わねぇと何仕出かすか分からねぇ。ガキってのはそういうもんだ。……お前も気を付けろよ、現。両兵の奴だって物分りがいいほうじゃねぇ。いつ自分も操主になるってごねだすか分からないんだからよ」
「……その時は私が責任を……」
「現。責任を背負うのは勝手だが、あまりにも雁字搦めになり過ぎれば自分の居場所を見失う。今は、耐えてくれないか?」
旧友たちの言葉は苦く沁みる。
確かに自分はどこかで、コールに――あの時の間違いを正すだけの機会を期待しているのかもしれない。
もう、日野白矢のような人間は出さない、なんて身勝手な大人の言い分だ。
そんなことが届いていれば、彼はあんな凶行には出なかった。
戻れない道には、決して行かなかったはずなのに――。
「やり直しを一番に望んでいるのは、私のほう、か……」
現太は窓の外を見やる。
スコールが静かに降り始めていた。
「……雨音だな」
――ぐずるのは自分でもらしくなかったとは思う。
だが今くらいは、子供の言い分も通るかもしれないと期待したのも半々だ。
「……現太さん……私、どうしたらいいの……」
現太のことを想っての言葉のつもりでいた。だが真正面から反対されてしまえば、自分はここまで立つ瀬がない。
「どうしたら……」
そこでふと、目の前で揺らめく眼光を感じる。
「や、野犬……? う、嘘! 来ないでよ! 来ないで……!」
今にもこちらへと呻り声を上げて襲いかかろうとした野犬に、不意打ち気味の巨大な足音が連鎖する。
野犬は尻尾を巻いて逃げ出してしまっていた。
南は中空を仰ぐ。
スコールの中で、一対のライトがこちらを見据えていた。
「……あれ? こっちのアンヘルに居た……えっと……」
思わぬ声に、南は仰天する。
「こ、コール・ウインドゥ……?」
「ああ、南とか言う。現太の仲間か。こんな時間にどうしたんだ?」
「あ、あなたこそどうして……その人機は……?」
「ああ、こいつ。第四格納庫に眠っていたジャンク品でさ。どうにも最初期の人機……才能機って呼ばれていた頃のフレームみたいで。こうして試運転に出せばもしかしたら使えるかもしれないって思ったんだ。それで散歩中……そっちは? 生憎の雨だけれど?」
南が言葉を出し渋っていると、コールはふむ、と首肯する。
「分かった、言いたくないんなら言わなくっていい。そんなことより、そこじゃ寒いだろ? いくら温暖な気候だからって。こいつには補助シートも付いている。ちょっと乗らないか?」
思わぬ提案に南は面食らっていた。
「乗る……? 私が、人機に?」
「操縦しろってんじゃない。ああ、いや、もしかして操主候補だったのか? だったら失礼なことを言ってしまっているが……」
想定外の言葉に南は本当のことは言いそびれて、つい強がってしまう。
「そ、そうですよ……! 私だって操主候補なんです!」
「そっか。じゃあ下操主席のほうが合っているかな?」
コールは何のてらいもなく、才能機のマニピュレーターを伸ばして自分を招く。
現太の言っていた通り、まるで人機を自分の手足のように動かす人間だ。
「こいつ、ナナツーと違ってコックピット剥き出しだから、風邪引くなよ」
「ひ、引きませんよ……。えっと、操縦法は……ほとんどナナツーと一緒、か……」
「分かっているじゃないか。こいつ、ほとんど上で操縦するんだが、下も任せられるようにできている。何なら、操縦してみせるか?」
「わ、私が人機を……?」
「うん? 操主候補だったんじゃ?」
コールはどこまで見抜いているのか不明だが、そこまで言われてしまえば退路は断たれたようなものだ。
南は両兵の隣で覚えた人機の操縦法を呼び起こし、ゆっくりと才能機を歩行させる。
「う、動いた……」
「おっ、上手いぞ、南。何だ、本当に操主候補だったんだな」
「い、いえっ……それほどでも……」
しかし気を抜いたところで才能機の脚部が不意につんのめってしまう。
転倒一直線だった才能機を、コールは一動作で持ち直してみせた。
「っと……危ない危ない。大丈夫だったか?」
「な、何とか……」
動悸が激しい。発汗量もいつもとまるで違う。
――これが人機。これが、古代人機と戦う礎――。
「でも筋は悪くないな。ちょっと操縦を任せて欲しい。さっきとっておきを見つけたんだ」
「とっておき……ですか?」
「ああ、きっとびっくりする。……本当、アンヘルに招かれてよかったよ。現太はいい人間だ。オレは……そこまでいい人間にはなり切れないからさ。素直に羨ましいよ」
そうこぼすコールの横顔を眺めながら、南は才能機が直後には走り出したのを送れた認識で感知する。風を切り――いや、疾風そのものになる駆動はまさに他の追随を許さぬ機動兵器だ。
「う、うわっ! 早いですってば……!」
「これくらい、何てことないだろ? 操主候補ってことはファントムの一つくらいは会得しているものだろうし……」
コールの思わぬ言葉振りに、南は視線をさまよわせる。