【1】「黒の娘たち」
「やぁ、シバか。このラボに来るのは珍しい。何の要求だい? 君に与えてあげられる人機は存分に与えているはずだが? それとも、マージャの件で冷やかしでも?」
全くうろたえないセシルの首筋へと、すっと冷たい刀身が突きつけられる。
それでもセシルは眉一つ跳ねさせない。
「……何の冗談かな」
「冗談などではない。セシル、お父様からキョムの研究の全てを任せられているとは言え、領分を超えたな。始末するのに、何の躊躇いもない」
「人機がこの先、供給されなくなると言う危惧はないのかい? それとも――僕の造った人形に、それほどまでに八将陣のリーダーはおかんむりかな」
培養液に浸されたゾールたちを見渡し、シバは毒づく。
「……ここはいつもそうだな。気分の悪いにおいがする」
「原初の香りだろう? 君もマージャも、さほど変わりはしない。黒将が彼にも権限を与えていたのは等しいからだ。そうでなければ八将陣は完成しなかった」
「話題を変えるのはやめてもらおう。……あれを造ったのはどういう腹積もりだ」
「ただの人形だよ。それ以上でも以下でもない。だと言うのに、わざわざここまで文句を言いに来るとは酔狂とも言える」
「……ただの人形だと? ふざけるなよ、あんなもの……」
「ゆっくりと話している場合でもないだろう。止めたいのなら人機は用意している」
アクセスルートが開き、シバは刀を下げて身を翻す。
「……ここでは殺さない。それは必要悪だからだ」
「それは光栄に思うべきなのかな。しかし、必要悪、か。……よく言ったものだよ。シバ。君の躯体はそもそも悪の理想の詰まった代物だろう。だと言うのに、悪意そのものに対してはここまで敏感だとは」
「……世迷言は、ここでは聞かないことにしておこうか」
歩み出したその先に待ち構えていたのは漆黒の巨神――。
「……《ブラックロンドR》……」
「《キリビトコア》は出せない。今回の件で一家言あるのは君くらいなものだろうからね。他の八将陣に影響しかねない戦力を出すわけにはいかない」
「……私の我儘だとでも言いたいのか」
「そうじゃないのなら、証明するといい。その存在を賭けて……」
「存在を賭けての証明、か」
シバは人機の相貌を仰ぎ、ふんを鼻を鳴らす。
――そうだとも。この胸で脈打つ存在を証明するのには、一個しか道はない。
「……聞いておくが、酔狂でも、ましてや何でもなく造ったのだとすれば、それは何でだ?」
「世迷言は聞かないんじゃ?」
「……それとこれとは別だ」
詰めた声音にセシルは一瞥を振り向けて肩を竦める。
「なに、単純に好奇心かな。黒将の造った人形の一つ……それはここに無数に存在するゾールと同じ、人造人間の基礎になっている。頭でっかちに理論詰めて考えたって同じなんだよ、君もマージャも、それにあの――柊赤緒でさえも、ね」
因縁の名前を紡がれシバは舌打ちを漏らす。
「……赤緒に接触させるつもりか。覚醒の誘発のために……」
「シバ。君の目論見通りに柊赤緒が覚醒すると思えば大間違いだ。黒将、彼の黒の男は何を望んだのか。何を求めて、二つの血続のイヴを造り上げたと言うのか。それはこの世界に絶対の暗黒をもたらすため……それには違いないんだ。だが、君たちは独自の人格を得ている。それは初期の設計からはきっと外れた領域のはず。なら、それを忠実に守った個体を造れば、というシミュレートをするのは研究者としては当然だろう?」
「……私ではない、私……」