『赤緒、油断しないで。相手にどんな手があるのか、分からないんだからさ。ボクたちは、ちょっとばかし卑怯でも勝たなくっちゃいけない。そのための陣形だ』
少し離れたところで後方支援の重武装を得ている《ブロッケントウジャ》へと目配せし、赤緒は通信を繋いでいた。
「こちら《モリビト2号》……ヴァネットさん、空は……」
『上空は私と《バーゴイルミラージュ》に任せておけ。追加増援があればすぐに撃墜してみせる』
頼りになる言葉であったが、どのように戦局が転がるのかまるで謎なのだ。
陣形の最後部に位置するのは黒い《モリビト2号》たる――《モリビト1号》と、もう一人のシバ。その機体を挟むように《ナナツーライト》と《ナナツーマイルド》が陣取っている。
『赤緒、後ろのこいつには気を取られないで。私たちが封じ込める』
『はい……。そのための《ナナツーライト》と《ナナツーマイルド》なんですから。この二機のコンビネーションなら、もし《キリビトコア》を呼ばれても、少しの時間なら稼げます……』
《キリビトコア》を召喚されるのは一番に悪手だ。
それは既にシバにも言い含めてある。
『赤緒っ。心配しなくても、あたしは《キリビトコア》を呼ばないわ。だって赤緒のたっての頼みなんだもの。断るのは無下でしょ?』
「それは……そうなんですが……」
「……前と後ろの両方を塞がれているみてぇなもんだ、この陣形。どうあったって前の《ブラックロンドR》をあっちのシバと接触させるわけにはいかねぇが、これじゃジリ貧みてぇな戦い方に近い。柊、ちぃとばかし気を張っていくぞ。オレたちが最前衛なんだ。後ろの連中に世話を焼かせるわけにはいかねぇ」
下操主席に乗り込んだ両兵の言葉を受けつつ、赤緒は真正面の《ブラックロンドR》を睨んでいた。
「……でも、それでも通信くらいは、繋いでもいいですか……?」
「推奨しないが、お前のやる気に関わってくるんなら止めねぇよ」
広域通信を繋ぎ、赤緒は呼びかける。
「その……っ、シバさん……。私たちは何も、無理に戦おうと言うのではありません……。平和的に解決できるのなら、それを選びたいんです。ですから、少しでも教えてくれませんか? この矛盾を解決する手段を……」
『……矛盾、か。その言葉でハッキリしているじゃないか、赤緒。そう、矛盾なんだ。あってはいけないもの、それがそっち側に居る私だ。だから、ここで断ち切る。因果は向こうへと置いてきた。最早、私には、その紛い物を討つ以外に方法はない。これは生存競争なんだ、赤緒。お前とて……自らの鏡像を、気持ち悪いと、一欠片も思わないと言うのか?』
「それは……」
返事に窮していると、シバはにわかに嘲笑する。
『ほれ見ろ、言い切れまい。それが如何に私とお前だとしても、そうだという事実だ。赤緒、前にシャンデリアの中で言ったな? 私とお前は同じだと。その言葉を、今なら突きつけてもいいが……それよりも先に、偽物が目につく。……ああ、不愉快で仕方がない。これほどまでに……私の感情を、逆撫でするか……!』
『うーん……何かさー、そんなにも許せないものなのかなー。あたしってば』
不意に通信に割り込んできたこちら側のシバに、赤緒は当惑する。
「し、シバさん……っ! じゃなかった、あ、でもどっちもシバさんだから、その……」
『ややこしいってば、赤緒。生存競争ねー……。あたし、ホントのこと言っちゃうとさ、そこまでマジにはなれないのよ。そのどっちが生き残るとか、どっちかは死すべきとか言うのも。何なら矛盾とか気持ち悪さ? うーん……そりゃ感じてはいるけれど、我慢してもいいかなって思っているよ? もう一人のあたし』
想定外の言葉に当惑する赤緒へと、エルニィから注意が飛ぶ。
『馬鹿! 刺激してどうするんだってば! 相手はそうじゃなくっても導火線に火が点いた状態なんだ。怒らせないように言ってよ、赤緒!』
「そ、そうは言われましても……」
こちらの対応をまごついている間にも、広域通信を何のてらいもなく使い、もう一人のシバはのたまう。
『何かそっちのあたしは正直、かなり参っているって感じだけれど、あたしはそうでもないんだよね。偽物として生きても楽しいし、何なら本物になったっていい。どういう生き方だって構わないかな。あたしらしく、生きていければ』
『お前らしくだと……。その発想が既に間違っているのだと、分からないのか。偽物として造られておいて、本物の座を狙うなど片腹痛い』
『だーからさ。そういうの抜きにしようよ。あたしは、正直に今を生きていたい。でも、そっちはそれがどうしても生理的嫌悪だか何だか知らないけれど許せないって言うんでしょ? なら、決する方法は殺し合いしかないみたいじゃない』
《モリビト1号》がブレードを肩に担ぐ。
それと同期するかのように《ブラックロンドR》も大太刀を抜刀していた。
『やはり、か……。お前と私は、殺し合うことでしか理解できない……!』
『来なよ、もう一人のあたし。返り討ちにしてあげる』
刹那、であった。
《ナナツーライト》と《ナナツーマイルド》が示し合せたように攻撃展開に移ろうとしたのを掻い潜り、瞬間的な超加速に身を浸した両機が互いに砂塵を生み出しながら正面衝突する。
まさか、どちらも小手先のない――ファントムによる斬撃だとは思いも寄らなかった。
「……どうして……。二人ともシバさんなのに……」
「向こうはそうは思っちゃねぇってこったろ。戦いが始まった。どうしようもねぇ、戦いが。……だが、ここまでは立花の言っていた作戦通り……ある意味じゃ癪だがな。こっちのシバだって、操縦技術で言えば特一級の操主なんだ。いくらさつきと黄坂のガキが本気出したってそれを上回るセンスがある。……行くぞ、柊。止めに入る。これも手はず通り……だな」
「は……はいっ! 《モリビト2号》、行きます!」
《モリビト2号》が機体を沈め、循環パイプを軋ませて次の瞬間には超加速に入っている。
その途上で抜刀し、二機の刃を押し留めていた。
三機分の人機の出力が河川敷を背にしてぶつかり合い、水面が激震して水飛沫が舞い上がる。
揺れた湖畔の衝撃波を顧みる前に、《ブラックロンドR》は袖口から新たなる刃を現出させ、《モリビト1号》のコックピットを狙う。
その狙いを《モリビト1号》は軽くかわしてブレードを大上段より唐竹割りで一閃させるが、かわせぬほどの熟練度ではない。
《ブラックロンドR》は半身になった状態から片腕を突き出し、内蔵されていたバルカン砲が火を噴いていた。
赤緒はその弾丸を真正面から盾で受ける。
「シバさん! リバウンド――フォール!」
反射された弾道をシバは読んでいたのか、直上へと続けざまに跳躍した《ブラックロンドR》の機動に対し、下操主席の両兵が操ったブレードが火花を散らす。
「……てめぇ……ッ! 許せねぇってなら、もうちょっと……加減を覚えやがれ!」
赤緒は雄叫びを上げてその動作を補助し、《モリビト2号》の膂力で《ブラックロンドR》を押し返していた。
『ありがと、赤緒。それに下操主の』
「……小河原両兵だ。覚えろとは言わねぇが少しはてめぇも気ぃ遣え……」
ぜいぜいと息を荒立たせる両兵に、平時よりもまるで色濃い戦場の吐息を感じ取る。
ここは既に通常の人間の立ち入れる領域を超えているのだ。
両兵が如何に常人離れしていても、それは人間の域に留まっている代物。
――しかし、ここに居る者たちは。
自分を含めてこの戦場を席巻するのは、血続と言う異なる者。
人とは僅かに異なる領域をもって、人機を操る術を持つ少女たちを、誰がどのような力で止められると言うのか。
下手な力は逆にないほうがいい。
それこそ、戦いが異常となってしまう。
「……小河原さん。モリビトのシステムは私に任せてください」
「任せろっつっても、さっきみたいな反応じゃ、してやられンぞ……。本当にやれるんだろうな?」
両兵の懸念に赤緒は真っ直ぐに応じてみせる。
「……はいっ。私は、《モリビト2号》の――操主ですからっ!」
《ブラックロンドR》の大太刀が薙ぎ払われるのを、《モリビト2号》がブレードでいなしてから、返す刀を打ち込む。こちらの太刀筋に殺気が見え隠れしたのを悟ったのか、《ブラックロンドR》は一度、バルカン砲を掃射しながら飛び退っていた。
『……何だかさ。あたしって守られてない?』
「……お荷物なんだから仕方ねぇだろ。下手に正面衝突もさせらンねぇ……」
「シバさん! 聞いてください! ここで殺し合ったって、きっと意味なんてないはずなんです! それはお互いにとって不本意でしかない!」
その言葉を、《ブラックロンドR》を駆るシバは恩讐の呻き声で応じる。
『……不本意だと……。目の前に誰が見ても分かる紛い物が吊り下げられていて、それを不本意の一言で、断じられると言うのか……』
「だから、本物とか偽物とか……生きているのなら、どっちだって本物でいいはずじゃないですか……っ!」
『……生きているのなら本物か。その言葉も私たちにしてみればお笑い種なんだが……。それでも信じると言うのなら、愚かしいを超えて……最早憎しみの種にしかならない。なぁ……赤緒。私とお前だ。それなら、まだいい。……だと言うのにその偽物を――庇うんじゃあない!』
《ブラックロンドR》の旋風のような太刀筋相手に《モリビト2号》の装甲が震える。赤緒はアームレイカーに入れた腕に力を込め、《ブラックロンドR》の刃を盾で受け止めていた。
進撃の衝撃波が脳髄を揺らす。