「――結果論……とは言え、ボクらは君を騙した。その咎は受けるつもりだよ」
そう切り出したエルニィに、《モリビト1号》から降りて無事に柊神社へと帰投したシバは、うーんと呻る。
「……でもなぁ……生存競争だったわけじゃない」
「もう、その必要もないって言っているんですよ。そっちのほうがその……いいじゃないですか。自分自身と喧嘩するなんて……」
さつきの言葉にシバはむくれる。
「喧嘩じゃなくって殺し合い。ホント、何だか気が抜けちゃうなぁ、ここに居ると」
伸びをしたシバへと矢のような追及が飛ぶ。
「だが……こいつはキョムの技術の結晶だ。抱えてやるわけにはいかんぞ」
メルJの意見ももっともだ。何よりもアンヘルの中で軋轢を生みかねない。
こちらのシバもあちらのシバも、基本の軸は同じ。
――人の悪意を悪意とも思わずに弄ぶ。
そこに害意や邪念の類が混じるかどうかだけの話。
悪意に生きる人間は悪意としか生存できない。
赤緒はこのシバをトーキョーアンヘルに迎え入れる案が、エルニィとさつきの中では出撃前の状態なら少しでもあったことを顧みていたが、不可能だろう。
何よりも、自分の内面もささくれ立っている。
それはシバの発現した能力に由来するものであった。
――蘇生の力……私とは正反対の……。
ようやく目の前で引き出されたシバの力の底知れなさに、赤緒は口を噤んでいた。
あの状態で、ジャミングも効いていた。
ならば、シバの力を知っているのは自分だけだろう。
あるいは「このシバも」、なのか?
探るような眼差しを向けていたせいか、シバはむっとする。
「……赤緒、どうかした? 怖い顔しているわよ?」
「い、いえっ……何でも……」
慌てて目を逸らした自分にシバは胡乱そうにしつつも、全員の顔を見渡していた。
「……まぁいっか。死ななかったし。まさかこんな結末になるとは思っていなかったなぁ……」
「それはこっちの台詞よ。あんたはどうするわけ? キョムに帰ろうとか言うんなら帰すわけにはいかないんだけれど」
ルイの詰問にシバはぴしゃりと応じる。
「いや、帰れないわよ。帰ったって実験体だろうしね。あたしはせっかくこっちに来て……少しばかりアンヘルのことも知れた。なら、ちょっとだけ試してみたいこともあるのよ」
「……言っておくけれど、八将陣シバ。あなたの身柄は自由じゃないわ。どこへ行くにしても、アンヘルの探知機をつけさせてもらう。だって、ここに来て初めて、キョム相手に勝てる目が出たんだもの。無駄にはしない」
南の論調にもシバはゆったりと応えていた。
「……まぁ、そうでしょうねー。あたしだってそうするもの。せっかく目の前に敵の親玉と寸分違わない人間が居れば、モニターもするし」
「シバさん……。でももし……その、もしでいいんですけれど、協力してくれる気は――」
「ないわよ。だってその資格はないし」
それだけは断言してみせたシバに、赤緒はきゅっと拳を握る。
――やはりこちらのシバとも分かり合えないのか……。
その悔恨が胸を掠めた刹那に、シバは口に出していた。
「でも、協力とか、共闘とか、ガラじゃないからそういうのはやらないって言うのはあるけれど、あたしのこれからは……できれば承服して欲しいかも」
「こっちの意見は飲まないのに、か。……随分と都合のいい……」
「だって今回、あたしを結局は餌にしたわけじゃない。言える義理?」
「それは……」
エルニィでさえも口ごもる。
悪いとは思っている。だがそれしか方法はなかったのだ。ならば縋るしかない。
それほどまでに、今回の作戦は綱渡りだった。
「シバさん……私たちが言えた風じゃないのは分かっていますけれどでも……もう敵にも……なりたくないんです……」
「まぁ、それには同意かな。あたしも、あっちのシバと赤緒が戦っているの、少しだけ嫌だったし」
「じゃあ……!」
「勘違いをしない。あたしはあくまでもアンヘルには降らないし、それはキョムにだってそう。あたしはあたしらしく生きていたい」
「それはどういう意味? アンヘルでも、キョムでもない道を選ぶってこと?」
ふふんと、シバはその問いに笑って応じる。
「まぁ見てなさいよ。あたしは……この世であたしにしかできないことを、やってみせるから」