「んなことはいいんだってば。それに、泥棒なんて人聞きが悪いだろ。これからメカニックとしてトーキョーアンヘルに世話になるんだ。これくらいは日常茶飯事だろうし」
秋に酒瓶を預け、腕いっぱいに茶菓子を抱えたシールはリビングへと戻っていた。
月子はお茶を沸かしてそれらを盆に載せて運んでくる。
「にしても、普段は何やってんだろうな、エルニィたちは」
「さぁ……あ、これ、何だろ……?」
テレビの前に置かれていた赤と白の機械を弄ると、甲高い起動音が鳴っていた。
「うぉっ! ……何だこれ……」
「あっ、シールちゃん、これって多分、ゲーム機だよ。へぇー、日本製のは初めて見るなぁ……」
「よぉーし、月子! 秋! 勝ち抜き戦な。ゲームの腕なら負けねぇんだから」
「じゃあ、私たちも挑戦を受けちゃおっか、秋ちゃん」
こちらの提案に秋は申し訳なさそうに声を沈める。
「あのぉー……人の家に上がって勝手にゲームをやるのは……もうそれは泥棒を通り越して盗人猛々しいって言うんじゃ……」
「だから! カタいんだってば、秋は! ほら、コントローラーを握る! とっとと勝負するぞー」
「……うーん、いいんですかねぇ……」
「まぁ何かあっても、元に戻しておけば問題ないだろうし。お茶を飲みながらちょっとゲームに興じるくらい、許されると思う」
「月子、秋は何だかんだでこういうの強いからな。こっちのチームに入れよ」
「もうっ、シールちゃんってばノリノリなんだから。負けないよっ」
コントローラーを握り締め、格闘ゲームの勝敗に一喜一憂しつつ、茶菓子を頬張る。
「……何だかんだで、こういう時間ってあんまりないのかもね」
「……まぁな。いつキョムが襲ってくるかなんて分からないんだし。オレらはいつだって忙しいだろ」
「……メカニックが暇なのって、もしかしたら貴重なのかも」
「……せ、先輩方は暇なのは嫌なんですか? 私は……自信もないし……」
声を沈ませた秋の肩を引き寄せて、シールは声を弾かせる。
「なに、オレらは何だかんだでトーキョーアンヘルのメカニック! メカニックの乙女道を突っ切るんだ。なら、ちょっとばかし無謀でも、それくらいがちょうどいいだろ」
「……うん、そうだね。誰にも譲らせない、乙女道なんだもん」
「お、乙女道ですか……。それはその……何て言うか……」
「気が引けるようなもんじゃ、ねぇはずだろ? そぉれ! ここで連撃!」
「な、なんの……ですっ!」
格闘ゲームに興じつつ、月子は蝉が鳴き始めるのを聞いていた。
「……蝉しぐれに、日本の神社で真っ昼間からゲーム、か。……遠くに来たみたいな感じだけれど、でもきっと、ここがまた第二の故郷になるんだろうね」
「いいんじゃねぇの? 故郷は多いほうが得した気分になるんだし……っと! 負けたー!」
「……じゃあ私だね。よぉーし、秋ちゃん、負けないよー!」
「そ、その……できるだけ善戦します……はい……」
虫の声が等間隔で反響するのが心地よい。
少し湿っぽい空気に、吹き込んでくる初夏らしき涼しい風。
神社特有の土と木の匂いを肺に取り込んで、シールは湯飲みを傾けていた。
「……まぁ、たまにはいいよな。こういうゆったりとした時間も」
「――ただいまぁー! さつきー、今日も学校楽しかったねー!」
「……立花さん、いいんですか? 柊神社留守にしちゃって」
「大丈夫だって、ちゃんと鍵は……あれ? 開いてる……」
想定外のことにさつきは身構えていた。
「……立花さん? 泥棒とかに入られたら……」
「だ、誰かが帰ってるのかも! きっとそれだけだって! さつきってば大げさだなぁ!」
「でもそれだけじゃ……あれ? 知らない靴ですよ?」
「うん? この靴……どっかで見たような……」
押し入ったエルニィは首をひねりつつ、居間に入るなり、後ろのさつきへと目線を振っていた。
「……あ、そういえば……っと、さつき。大声は出さないようにね」
「む、むぐっ……。あれ、この人たち……」
「ちゃっかり寝入っちゃってまぁ……。けれど、今はお疲れ様。そして、ようこそトーキョーアンヘルへ、……って感じかな」
テーブルの上で揃ってすーすーと寝息を立てているメカニックの三人娘に、エルニィはゆっくりと毛布を被せていた。
黄昏の光が差し込む柊神社で、三人はそれぞれむにゃむにゃと寝言を言いやる。
「秋ぃー……今度は勝つー……」
「シールちゃん……お菓子食べ過ぎ……」
「先輩方ぁー……。もう食べられませんよー……」
彼女らの乙女道は、恐らくまだ始まったばかりだろう。
「やれやれ。手のかかるメカニックで、ちょっと困っちゃうね、ホント」