JINKI 173 メカニックの乙女道

「んなことはいいんだってば。それに、泥棒なんて人聞きが悪いだろ。これからメカニックとしてトーキョーアンヘルに世話になるんだ。これくらいは日常茶飯事だろうし」

 秋に酒瓶を預け、腕いっぱいに茶菓子を抱えたシールはリビングへと戻っていた。

 月子はお茶を沸かしてそれらを盆に載せて運んでくる。

「にしても、普段は何やってんだろうな、エルニィたちは」

「さぁ……あ、これ、何だろ……?」

 テレビの前に置かれていた赤と白の機械を弄ると、甲高い起動音が鳴っていた。

「うぉっ! ……何だこれ……」

「あっ、シールちゃん、これって多分、ゲーム機だよ。へぇー、日本製のは初めて見るなぁ……」

「よぉーし、月子! 秋! 勝ち抜き戦な。ゲームの腕なら負けねぇんだから」

「じゃあ、私たちも挑戦を受けちゃおっか、秋ちゃん」

 こちらの提案に秋は申し訳なさそうに声を沈める。

「あのぉー……人の家に上がって勝手にゲームをやるのは……もうそれは泥棒を通り越して盗人猛々しいって言うんじゃ……」

「だから! カタいんだってば、秋は! ほら、コントローラーを握る! とっとと勝負するぞー」

「……うーん、いいんですかねぇ……」

「まぁ何かあっても、元に戻しておけば問題ないだろうし。お茶を飲みながらちょっとゲームに興じるくらい、許されると思う」

「月子、秋は何だかんだでこういうの強いからな。こっちのチームに入れよ」

「もうっ、シールちゃんってばノリノリなんだから。負けないよっ」

 コントローラーを握り締め、格闘ゲームの勝敗に一喜一憂しつつ、茶菓子を頬張る。

「……何だかんだで、こういう時間ってあんまりないのかもね」

「……まぁな。いつキョムが襲ってくるかなんて分からないんだし。オレらはいつだって忙しいだろ」

「……メカニックが暇なのって、もしかしたら貴重なのかも」

「……せ、先輩方は暇なのは嫌なんですか? 私は……自信もないし……」

 声を沈ませた秋の肩を引き寄せて、シールは声を弾かせる。

「なに、オレらは何だかんだでトーキョーアンヘルのメカニック! メカニックの乙女道を突っ切るんだ。なら、ちょっとばかし無謀でも、それくらいがちょうどいいだろ」

「……うん、そうだね。誰にも譲らせない、乙女道なんだもん」

「お、乙女道ですか……。それはその……何て言うか……」

「気が引けるようなもんじゃ、ねぇはずだろ? そぉれ! ここで連撃!」

「な、なんの……ですっ!」

 格闘ゲームに興じつつ、月子は蝉が鳴き始めるのを聞いていた。

「……蝉しぐれに、日本の神社で真っ昼間からゲーム、か。……遠くに来たみたいな感じだけれど、でもきっと、ここがまた第二の故郷になるんだろうね」

「いいんじゃねぇの? 故郷は多いほうが得した気分になるんだし……っと! 負けたー!」

「……じゃあ私だね。よぉーし、秋ちゃん、負けないよー!」

「そ、その……できるだけ善戦します……はい……」

 虫の声が等間隔で反響するのが心地よい。

 少し湿っぽい空気に、吹き込んでくる初夏らしき涼しい風。

 神社特有の土と木の匂いを肺に取り込んで、シールは湯飲みを傾けていた。

「……まぁ、たまにはいいよな。こういうゆったりとした時間も」

「――ただいまぁー! さつきー、今日も学校楽しかったねー!」

「……立花さん、いいんですか? 柊神社留守にしちゃって」

「大丈夫だって、ちゃんと鍵は……あれ? 開いてる……」

 想定外のことにさつきは身構えていた。

「……立花さん? 泥棒とかに入られたら……」

「だ、誰かが帰ってるのかも! きっとそれだけだって! さつきってば大げさだなぁ!」

「でもそれだけじゃ……あれ? 知らない靴ですよ?」

「うん? この靴……どっかで見たような……」

 押し入ったエルニィは首をひねりつつ、居間に入るなり、後ろのさつきへと目線を振っていた。

「……あ、そういえば……っと、さつき。大声は出さないようにね」

「む、むぐっ……。あれ、この人たち……」

「ちゃっかり寝入っちゃってまぁ……。けれど、今はお疲れ様。そして、ようこそトーキョーアンヘルへ、……って感じかな」

 テーブルの上で揃ってすーすーと寝息を立てているメカニックの三人娘に、エルニィはゆっくりと毛布を被せていた。

 黄昏の光が差し込む柊神社で、三人はそれぞれむにゃむにゃと寝言を言いやる。

「秋ぃー……今度は勝つー……」

「シールちゃん……お菓子食べ過ぎ……」

「先輩方ぁー……。もう食べられませんよー……」

 彼女らの乙女道は、恐らくまだ始まったばかりだろう。

「やれやれ。手のかかるメカニックで、ちょっと困っちゃうね、ホント」

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