「……任務成功、と言うわけね」
ルイの何でもないように取り繕った声に、メルJは口にする。
「……空戦人機の心得があるとは思わなかったぞ」
「あんたたちだけが戦えるわけじゃないってことよ」
だが、それなりに努力をしなければ咄嗟の空戦人機の態勢を整えることなど不可能に近いはずだ。
恐らくは目で見えていないところで、ルイは自分以上の鍛錬を――。
そこまで考えて、メルJはフッと笑みを浮かべていた。
「……何よ。気色悪いわね」
「いや、何も私だけが……日ごろの鍛錬を怠っていないわけではないと、分かったものでな」
「私のは鍛錬とかじゃないわ。素質よ、素質」
そうは言ってのけるが、今の攻防、ただの素質頼みにしては洗練されたものがあったのは事実。
旅客機の窓に、メルJはモニターを拡大させる。
「見えるか? 黄坂ルイ。あれは……一応は感謝、という奴なのだろうな」
布を振ってこちらに感謝の意を伝える旅客機の乗客に、ルイはわざと視線を逸らしていた。
「知らないわよ、そんなの。別にあれが作戦目標だからやっただけだもの。感謝されたくってやったわけじゃない」
べ、と舌を出した彼女はしかし、達成感の一つくらいは感じているはずだろう。
「……しかし、たまにはいいな。こうして誰かと……この狭苦しい人機のコックピットで、二人、か」
「冗談じゃない。私は願い下げよ。やっぱり人機には一人で乗るに限るわ」
とは言いつつも、ルイも悪くは思っていないのが窺えたのは、その頬が僅かに紅潮していたせいだろう。
メルJは旅客機の護衛に戻り、ルイへと言葉を投げる。
「最後まで仕事は達成しなければな。報酬もない」
「そうよ、私はだってコロッケとカレーのために動いただけだもの」
それ以外にはないとでも言うような言い草だが、メルJは知っている。
――こういう言葉が出る時点で不器用なのだ。自分と同じく。
しかし、言葉にはしない。言葉にすれば陳腐に落ちる。
「……空域を張るぞ。まだ敵の増援が来ないとも限らないからな」
「そうね。あんただけじゃ不安だろうし、私も任務継続してあげるわ」
だが、空の中で、こうして互いの力を預けられる間柄と言うのは珍しい。
今は、実感一つ、胸に抱いて。
《バーゴイルミラージュ》は空を舞っていた。
「――で、帰ってくるなり、何? 珍しいじゃん。ルイとメルJが格闘ゲームに夢中なんて」
エルニィの声を背中に受けつつ、メルJはルイと格闘ゲームに興じていた。
しかしすぐさま体力ゲージを削り切られてしまい、敗退を重ねる。
「これで私の十戦十勝ね。弱過ぎるのよ、あんたは」
「むぅ……納得がいかん。反応速度では悪くないはずだ」
「あら、珍しいのね、メルJ。あんたが射撃訓練じゃなくってゲームなんて。おっ、茶柱」
湯飲み片手に自分たちを眺める南に、メルJは一瞥を振り向けていた。
「少し、な。こうして歩み寄りもしてみるものだと……そう思っただけだ」
「歩み寄り、ねぇ。それにしたってメルJ、格ゲー弱過ぎじゃない? 反応は悪くないんだけれどなぁ。やっぱり適材適所って奴?」
「……むぅ、何故勝てない」
「素質よ、素質」
言い捨てたルイに、メルJはだが、と声にする。
「素質だけでは言い切れない部分だって、世の中あるんだろう?」
それはあの空で戦った二人だから、出る言葉であった。
ルイは目線を合わせずに応じる。
「……どうかしらね。格ゲーじゃ負ける気はしないんだから」
「……言ってろ。今度は勝つ」
コントローラーのボタンを弾き出した自分たちの背中に、赤緒の声がかかる。
「晩御飯できましたよーって、あれ? ヴァネットさんまでゲーム? 駄目ですよっ、ゲームは一日一時間で――!」
「まぁまぁ、赤緒。今はいいじゃん。こういうのもアリなんだって、分かんない?」
エルニィの言ってのけた意味を赤緒はどうやら半分も理解していないらしい。
「……まぁ、たまには大目に見ますけれど。今日はカレーコロッケですよ。さつきちゃんや五郎さんにも手伝ってもらったんです」
「……まさか報酬が同時に来るとはな」
眼差しだけでルイに尋ねると、彼女はふんと鼻を鳴らす。
「当然よ。頑張りには報酬が必要だもの」
「だが、その報酬とやらは、努力も入っているはずだろう?」
「どうかしらね。……勝ちは譲らないんだから」
ルイの操るキャラクターがコンボを華麗に決めて打ち負かす。
それが何故だろう。
悪い気分では、なかった。