JINKI 176 神様のオシゴト

 天球が回転しており、そこらかしこが赤く明滅している。

「ああ、これねー。南米のゲーム仲間と共同して作ったもので」

「駄目ですよ、立花さん。ゲームは一日、一時間っ!」

 めっ、と言いやるとエルニィは肩を竦める。

「自分で作ったゲームだよ? それでも? ……って言うか、どっちかって言うと環境シミュレーションであって、ゲーム性はランダムなんだけれどなぁ」

 液晶に映し出されているのは地球の天気図のようであった。

「……何なんです? これ。天気予報みたいな……」

「間違っちゃいないかな。これ、地球そのもののバーチャルシミュレーションゲームなんだ」

「シミュレーションって、えっと……人機とかでもやる、アレですか?」

「そっ、まぁそのシミュレーターの地球バージョン。要は、このゲームにおいてボクらは神様ってこと。そういう設定でやるんだ。しかし、結構難しいんだよねー。数パターンの地球のこれまでのシミュレートを入れているんだけれど、そもそも人機開発に至らないまでで終わっちゃうこともあるし、キョムみたいな組織が生まれない、そういう“もしも”の世界を楽しむためにあるゲームなんだけれど」

「もしも……」

 いまいちピンと来ていない自分に、エルニィは分かりやすくゲーム画面を動かして展開してみせる。

 とは言え、キータイピングの速度は尋常ではなく、何が起こっているのか自分ではまるで分からない。

「えーっと……じゃあ分かりやすく! と言うわけで、デフォルトの地球に環境設定しておいた。この世界じゃ、第二次大戦も起こっていなければ、人機建造なんて夢のまた夢。今のボクらの世界に成るのには色々と足りていない。とは言え、これもあり得る世界だ。どう? ちょっとやってみる?」

 赤緒は流されかけて、いいや、と強く自分を律する。

「い、いえ、これも立花さんの常套句でしょう? こうやって私にやらせて、それで赤緒がー、とか言い出すの」

「今回ばっかはそんなことないってば。これ、ゲームの体裁を取っているけれど、要は神様視点で何かを育てるみたいなもんだからさ。そうだなー、ペットとか。そういうのを育成するのに似ているかも」

「……ペ、ペットも柊神社は禁止ですけれど……」

「いいからっ! 案外、はまっちゃうかもよ? とりあえずこの地球のデフォルト設定にしておいたから、適当にやってみなよ。ちなみにさっきのボクが育てていた地球では世界規模の大恐慌が起きて紙幣が紙切れ同然になっちゃった」

 何だかとんでもないことが起きているはずなのに、てんでダメージを受けていない様子のエルニィに赤緒は戸惑ってしまう。

「えっと……私が神様?」

「そっ、赤緒が神様。あれ? ジャパンの神社って多神教っていいんだっけ?」

「そ、そこまでは別に……。でも、私が神様だとして……どうすれば?」

「うーん、とりあえずどっかの国を栄えさせるとか、どっかの国を災害から救うとか、そういうことから始めてみれば? 案外、違ってくるもんだよ。まぁランダム要素が強い上に、他のプレイヤーの育てた地球のデータがフィードバックされてくるから、そのせいでどんどんと無理筋な生態系とかはなくなってくるけれどね。例えば赤緒、絶滅の危機に瀕している生き物とか居るとするじゃん」

「え、ええ……それが?」

「ところがどっこい、この地球上でその生き物の保護を掲げる組織とかを作っちゃう。そするとどうなると思う?」

「どうって……絶滅しないんですよね……?」

「そっ。じゃあ何が起こるかって生態系の変異だ。そうなるはずであった食物連鎖に、そうではない連鎖が加わって……その結果、別の地球に成る。それもある意味では正統進化、そういう未来もあったっていう“もしも”さ」

「もしもって……じゃあ人機がない世界も?」

「うん、まぁその程度なら造作もないよね。人機製造にかかるメインコストである南米に資源を送らなければ簡単に人機の建造は歴史から消去できる」

 何だかとんでもないことを行っているようで赤緒は身震いしてしまう。

 自分の一挙手一投足で人類の未来が変わるとなれば穏やかでもない。

「なにカタくなってんのさ! こんなの、ゲームなんだから! 赤緒の好きなようにやればいいんだよ。赤緒はだって、神様なんだよ?」

「で、でもですよ? 私のせいで、とか……ならないですかね……」

 恐る恐るキーの上で手を彷徨わせているとエルニィは平然と口にする。

「あのさー、ゲームでいちいちビビってるんじゃ話にならないし。こういう、架空って言うのは楽しんだもん勝ちなんだから。赤緒はちょっとくそ真面目が過ぎるよ」

「ま、真面目はいいですけれど……言い方……っ」

 とは言え、地球環境をどうこうするゲームで神様と言われてしまえば悪い気もしない。

 赤緒はともかくと、まずは絶滅動物の保護に乗り出すことにしていた。

「えっとー……じゃあオオカミ! ニホンオオカミの絶滅をどうにかします」

「うん、じゃあ頑張ってねー」

「えっ、ちょっと立花さん? 何かアドバイスとかは……」

「ないってば。言ったでしょ、その世界じゃ赤緒が神様なんだから。何なら、月に行く人類を別の星に移住させたっていいし、キョムが生まれない未来を作ったっていい。何をしたっていいのがシミュレーションゲームのいいところなんだから」

 別の筐体の電源を点け、エルニィは新規でゲームを立ち上げているところであった。

 目の前の画面内の地球の運命は完全に自分に投げられたことになる。

 赤緒は、よし、と意気込んでひとまず、と回転する地球を眺めていた。

「とりあえず、絶滅動物の保護は……大丈夫なはずだよね……?」

「――おーっす、メシ食いに来たぞー」

 夕刻に訪れた両兵は珍しくパソコンに食い入るように画面を注視している赤緒と遭遇する。

「……何だ、珍しいな。柊がパソコンとか」

「何だか赤緒にはもったいないのを与えちゃったかなぁ。チンパンジーにチョコレートあげちゃったみたいな」

 エルニィが小首を傾げるのを、どういうことだ、と問い詰める前に赤緒は声を上げていた。

「あーっ! また……絶滅しちゃった……」

 想定外の物騒な言葉に両兵は声を潜める。

「……何だ。こいつ、何をやってやがるんだ?」

「神様のゲームかなぁ」

「神様ぁ? 何言ってんだ、意味分かんねぇ」

「うぅー……私が不甲斐ないせいで、また人類が絶滅しちゃいましたぁ……」

 泣きじゃくりながらキーボードを人差し指で一つずつ打つ赤緒はどうにも平時の落ち着きからは逸脱しているように映る。

「……どういうこった? 柊が不甲斐ないせいで人類が滅びてたら、オレらは何回滅びてるんだ?」

「まぁ、こういうゲームをやっているってわけ」

 エルニィが見せた画面に映し出された天球にはリアルタイムでの地球のデータが反映されている。

「何だこれ。天気予報のゲームかよ」

「天気も時代も、何なら生態系だってどうこうできちゃうゲーム……シミュレーションって言えば分かるでしょ?」

 そう言われれば思ったよりも納得は早い。

「ああ、そういうもんか。……とは言え、柊にはこういうの向かないんじゃねぇか?」

「かもねー。入れ込んじゃうからもう何回もハンカチが手離せないみたい」

 エルニィは軽く流すが、パソコンの前で泣きじゃくる赤緒を見るのは自分としては何だか妙に居心地が悪い。

「柊……メシ……」

「これでも食べていてください。私は今回ばっかりは……人類を救う方法を見つけるので」

 差し出されたのはカップ麺でどうにも平時の赤緒らしくはない様相であった。

「オイオイ、何のために柊神社に来たと思ってんだよ。……さつきは?」

「南に連れて行かれて仕事中みたい。ルイは自衛隊の演習、メルJも出かけてるよー」

「……今日はこいつをどうにかしないとメシも出ねぇってワケかよ」

 とんでもない時に来てしまったものだとため息をついて、両兵は赤緒の育てている人類史を覗き込む。

「えっとー……まずは資源だよね……、でー、みんなが平和になるように、ひとまず兵器は捨てさせて――」

「アホ、それじゃなおさら戦いが起きちまうだろうが。兵器は持っておかせろ。この画面の中の人類だってパソコンの考えたもんとはいえ、馬鹿じゃねぇンだ」

 その段になってようやく自分が画面に顔を近づけているのが分かったのか、赤緒が仰天する。

「お、小河原さん……? えっと、いつから……」

「さっきからだが……何だよ、そんだけこのゲームに夢中だったってワケかよ」

「い、いえそのぉー……これは元々、立花さんが!」

「他人のせいにする? 赤緒、もう三時間も噛り付いているんだから、案外そういうゲームの素養あったのかもねー」

 いつもならゲームの時間に関して注意する側である赤緒に一転攻勢できる絶好の機会のせいか、エルニィが面白がって茶化す。

 当の赤緒は耳まで真っ赤になって恥じ入っていた。

「そ、その……私……」

「まぁ、元々赤緒ってばオカン気質だから、面倒見がいいんでしょ。それにしても、何回も地球相手に泣くかなー、普通」

「な、泣きますよぉ! だって、育てた地球が……何回も滅びちゃって……」

 しゅんと項垂れる赤緒に、両兵は嘆息をついてキーをタイピングする。

「このゲーム、他のプレイヤーの育てた地球の環境とかが反映されるのか。……どうりで上手く行かねぇわけだぜ。立花、これ、素人がやるゲームじゃねぇだろ」

「あ、バレた?」

 てへ、と悪びれるでもなくおちゃらけたエルニィに、両兵はため息交じりにマウスカーソルを一点に向ける。

「しょうがねぇなぁ……柊、地球滅びるの何回見た?」

「……えっとー……七回くらい……」

「理由は?」

「それはぁー……私が不甲斐なくって……」

「とかじゃなくって、状況だよ、状況。大概、何が起こって、とかあンだろ。……このゲーム、ステータスは上の画面に出てやがンな。この数値次第ってワケか。とんだバクチゲームじゃねぇの。よく通ったな、これ」

「みんな好きなんだよ。“もしも”の世界」

「もしも、ねぇ……。まぁどっちにしたって、まずは目標立てだな。柊、どの辺でゲームオーバーになる?」

「えっとー……それがスタートから二十年ほどで……」

「じゃあそこンところから練り直しだ。第一何で……絶滅動物の保護なんかにこんなにリソース割いてるんだよ……。このゲームの最終目標は人類の存続だろ? じゃあ、それは後回しだ、後回し」

 両兵が行ったのは赤緒の作った地球の試行してきたゲームの方向性のリセットであった。

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