「まずは国同士だとか、あとは地球環境の補正だな。それがないと話にならん。……海域汚染とかも制御できんのか。じゃあその辺も込みで、えーっと、こうなっちまったってことはこうしちまうと、これが繋がるんだから……」
テキパキとキーをさばく自分に赤緒は圧倒されたかのように呆然とする。
「ん? 何だ、柊。言いたいことがあるんなら言えよ」
「いえ、そのー……小河原さんに地球を育てるなんて、できるとは思えなくって……」
「……っとーに失礼な奴だな、てめぇは。言っちまえばシミュレーションゲームだ。どれだけでも何とでもなる。まずは方向性を変えてやればいい。こっちの資源をこっちにくれてやれば、とりあえず目先の目標は達成できるだろ? そうやって歴史を進めてやれば、人類ってのは発展していくからな。まずは地道な積み重ねって奴だ」
「意外だねー。両兵、こういう積み重ね系のゲーム苦手でしょ? 何なら小学校中退だし」
「……苦手だが、目の前で地球が何回滅びたで感情移入している奴が居ンのはもっと苦手だな」
うっ、と手痛いところを突かれた様子で赤緒が声を詰まらせる。
「え、えっと、そのぉー……私でも神様、できると思うんですけれどー……」
「じゃあこっからやってみろ。とりあえず前のデータで滅んだ地点は過ぎたぜ……っと」
「えっ、嘘……! 何回やってもここで滅んじゃったのに……」
両兵は呆れ返った様子でエルニィに視線をやる。
「……お前……パラメーターの振り加減をミスってんだよ。それくらいは基礎の基礎だろ、教えてやれよ、立花」
「やーだよ。いっつも赤緒にはゲームは一日一時間って言われてるんだもん」
こういうところで仕返しをする性質なのは目に見えている事実ではある。
赤緒は顔を明るくさせてシミュレーションの地球を育て直していた。
「よかったー……。これでもう一回、絶滅動物の保護を、っと……」
「アホか、お前は。学んでねぇのかよ」
「えっ……でも、神様は私……」
「……まぁ、いいけれどよ。でもこの時点で、もう人類は行き着くところまで行き着いただろ。まずはゲームクリアを目指してみるのが王道じゃねぇのか?」
「……た、確かに……。今まで途中で滅びてばっかりでしたけれど、これって最後はどうなるんです?」
エルニィは、さぁ? と首を横に振る。
「さ、さぁって? ゲームクリアとかになるんじゃ?」
「これはシミュレーションだって言ったじゃん。原理上、百年先までの地球環境のマッピングなんだ。それこそ最後までって言えば……地球で言えば2100年くらい? ボクらはかなりゆったりと成長を見守っているけれど、本当に最後までやる?」
気が遠くなる時間であったのだろう。失神して倒れかけた赤緒の背中を保ち、両兵は言いやる。
「上等だぜ、立花……。21世紀が何だって言うんだ! その先まで行ってやるぜ……!」
「いいけれど……2100年は22世紀だよ?」
「細けぇこと言ってんな! 柊、この地球をとにかく存続させるんだよ! ひとまず……お前の方針じゃ駄目だ。絶滅動物にステータスを振ると人間のほうが先に参っちまう。ここは人間ありきで進めるのがこのゲームの肝だ」
「えっ、じゃあこの動物も、この動物も滅んじゃいますよ? それだと、何だか……」
「可哀そうだとか言いてぇのは分かるが、このゲームのクリア条件ってのはその時間までの人類の存続だろ? じゃあ、多少の犠牲はやむを得ねぇ」
「で、でもでもっ……! それじゃあ私の地球が……!」
「いいから! とにかくまずは立花の鼻を明かす。このまま滅び続けて、悔しくねぇのか?」
「そ、それはー……多少は悔しいですけれど……」
「じゃあ、まずはゲームのルールを理解するこった。こっちのステータスが出てるンだ。その時間まで人類をとにかく生き永らえさせる。そっからだろ」
「は、はい……っ! じゃあ、まずはその、環境問題からですかね?」
「それは次手だ。とりあえず外交上の話だとか、後はすぐに滅亡ルートに行っちまわないようにうまい具合に人類を転がせ。その上でやりたいことを突き詰めてみせろ」
「は、はい……っ! 私が、神様なんですから……っ! やりますっ!」
「いいけれど……はぁー、そろそろお腹空いちゃったなぁ……赤緒にこんな高尚なゲームを与えるんじゃなかったよ」
多少後悔し始めているエルニィを他所に両兵はこのゲームのシステムの一部にマウスカーソルを当てる。
「うん? 待て、これってもしかして、チャット欄か?」
「ち、お茶……?」
「チャットだ、チャット。立花、これ、もしかして仮想の地球とチャットできんのか?」
「できるけれど、あんまり使ったことはないなぁ、その機能」
「よし、柊。とにかく人類を存続させるんだ。神様の言葉なら少しは耳を貸すだろ」
「は、はい……えっとー、こんにちは、っと」
危ういキータイピングで入力すると早速反応が来る。
「“誰ですか”か……なるほど、人類全体に言葉だけが行き渡るって仕組みか。これは育成し甲斐があるぜ……。柊、ポイントポイントで人類をこうして導いてやれ。危なくなったらこのチャット欄でどうにか破滅を回避できる」
「で、でもその……私、打つの遅くって……」
リアルタイムで送られてくる地球の情報に比して赤緒のキータイピングでは日が暮れてしまう。
両兵は赤緒を押し退けて現状の地球に向けてメッセージを打っていた。
「とにかく、だ。“そっちの地球だと、この周期で災害が来る”っと。このデータだけでも滅びづらくなるだろ」
「だ、大丈夫ですかね……? これで……」
「大丈夫かどうかは分からんが、やってみる価値はある。基本はこれで何とかなるんだ。後は流れるに任せるって奴だろうな」
「ねぇ、ご飯まだー? 赤緒ー」
「うっせぇな、これでも食ってろ」
差し出したのは先ほど赤緒に突き出されたカップ麺であり、赤緒と共に両兵は地球のステータスに釘付け状態であった。
「……このまま……二十一世紀を迎えますよ……」
「ああ、こっから百年……どうなっちまうんだ……?」
「――ただいま帰りました。道中でヴァネットさんとかと出くわしちゃって……。お夕飯はもう食べちゃってますよね、って……」
帰宅してきたさつきは居間でパソコンを前にして感極まっている赤緒と、拳を握り締めてガッツポーズを取ろうとしている両兵を視野に入れていた。
エルニィはカップ麺をすすっている。
「よっしゃー! 22世紀突入! これでクリアだろ!」
「小河原さん! やりましたね!」
「ああ! これで一応はクリア……」
「両? あんた、何やってんの? と言うか、晩御飯は?」
問いかけてきた南に赤緒はようやく時計に目をやって仰天する。
「わ、わわっ……! もうこんな時間……! すいません、晩御飯を……って、痛ったた……足、しびれちゃった……」
床に転がる赤緒に、両兵は画面を見据えたまま渋面を作っていた。
「……あれ? 小河原さん、クリアしたんじゃ……?」
「いや、……立花、分かっていてこのゲーム作りやがったな?」
「……知んないよ。二人がゲームに夢中過ぎて、口出す時間もなかったしー」
何だかやさぐれた様子のエルニィに、さつきはパソコンの画面を覗き込む。
そこには「おめでとう! 宇宙開拓フェイズに入りました!」と言うメッセージがでかでかと浮かんでいた。
両兵もそこで参ってしまったのか、大の字で居間に寝転ぶ。
赤緒は言葉もないのか、青ざめて倒れ伏していた。
「赤緒さん? お、お兄ちゃんも……? ど、どういう……」
「……何でここまでやって宇宙まで開発しねぇといけねぇんだよ……。つーか、もうしばらくこういうのはやりたくねぇ……」
「わ、私も……。何だか神経をすり減らしちゃって……」
「何かを育てるってのは面倒だな、オイ。……諸悪の根源の立花よォ……」
「何言ってんのさ。ボク言ったよね? 地球のほうは2100年くらいまでだって。他の星まで面倒見切れないなぁ。いくら赤緒が神様を請け負っていてもねぇ」
そのぼやきの理由が分からず、さつきは小首を傾げて、白髭を蓄えた赤緒が神様であるイメージを脳裏に浮かべてしまう。
「……赤緒さんが、神様?」
どういうことなのか、さつきが探ろうとする前には、赤緒はため息を漏らしていた。
「……神様って、大変だなぁ……」