レイカル32 5月 ウリカルとこどもの日

「い、いえ……っ、まだまだですっ!」

 ウリカルは肩で息をしつつ、ヒヒイロと向かい合う。

「今日の鍛錬はここまでとしよう。お主も前に向かう気概は出るようになってきたようじゃし、それだけのやる気があればどうとでもなる。後は場数じゃな」

「場数……ですか。それはですが、お母さん……いいえっ、レイカルさんたちに教えてもらったものですので!」

 ふむ、とヒヒイロは一考を挟む。

「その気持ちで負けないのはよい。じゃが焦れば足元をすくわれる。それに、今日の拳はどこか浮き足立っておるぞ? 何があったのじゃ?」

「そ、それは……」

 ウリカルにしては珍しく濁すのでヒヒイロは推測する。

「はて……今日は何であったかのう……。花見はこの間終わったばっかりじゃし、お主が気を揉むようなことは起こっていないはずじゃが……」

「な、何でもないんです。師匠! 次の打ち込み、お願いします! 押忍!」

 当惑するヒヒイロに読まれないように愛想笑いを返していると、あっ、と気づいたのはナナ子たちであった。

「そう言えば今日って、五月五日……こどもの日、よね?」

 言い当てられてウリカルは耳まで真っ赤になってそのまま蹲る。

「あれ? 当たっちゃった? ……でも何で? オリハルコンにゴールデンウィークは関係ないでしょ?」

 その段になってなるほど、とヒヒイロが得心する。

「作木殿とレイカルはお主にとっては親のようなものじゃからな。……期待しないのも分からないでもない」

「うぅー……で、でも! 何でもないですから! 今日の鍛錬に身が入っていないのは事実ですし! そこのところは忘れて、打ち込み、お願いします!」

「――あらぁ、ウリカル。それは水臭いと言うものよぉ?」

 急に背後から声をかけられたのでウリカルは、ひゃんと悲鳴を上げてしまう。

「ら、ラクレスさん……? えっとー、いつから……」

「ずっとよぉ、ウリカル。あなた、レイカルと作木様に期待しているのね。でも、作木様はともかくとして、レイカルに何を期待しているのぉ? あの子、自分自身が子供みたいなものよぉ?」

「言われてみれば確かに。レイカルに親がそうするみたいなことって、あんまり期待できないかも……小夜はどう思うの?」

 ナナ子の問いかけに小夜はどこかぼんやりとしている。

「小夜? 小夜ってば? ……うーん、カリクム。おやりなさい」

「はいはい……小夜! 起きろーっ!」

 ハウルの砲弾を撃ち込んだカリクムにようやく小夜は怒りを伴わせてその足を引っ掴む。「女優の顔に何してくれるのよ! あんたは!」

「な、ナナ子がやれって言ったんだよぉー! 降ろせぇー!」

「小夜? 何でぼうっとしているの?」

「……何でって……。これ、パパから」

 小夜の携帯に映し出されていたのはまだ黒髪だった頃の小夜の写真であった。

「えーっと、なになに? ……“こどもの日になるとこの頃の小夜を思い出すんだ。戻ってくれないか?”……だって。あんたの親もとことん子煩悩ねぇ」

「う、うるさいわね。……こんなの、何でもないんだから」

「ねぇ、ヒヒイロ。こどもの日ってそもそもどういう起源なのかしら。オリハルコンにも関係あるの?」

「そもそもが端午の節句と呼ばれております。鯉のぼりを浮かべるのに始まり、男の子の健やかな成長を祝う行事ですから。まぁ、女児には桃の節句もありますので、ここ近年では混同されるきらいもありますが」

「……ウリカル。こどもの日なんて嬉しいのなんて今だけよ? そりゃー、私もね。こどもの日を全く楽しみにしていなかったなんてことはないわ。でも……大人に成ったら煩わしいだけなんだから、そんなの」

「まぁ、小夜んところのお父さんがいつまでも子離れできないのは確かだけれどさー。それにしたってウリカルはまだ生まれて一年も経っていないんでしょ?」

「は、はい……。オリハルコンサイボーグとして、私は摺柴財閥に製造されたようなものですし……。生まれた、という概念も怪しいものですが……」

 その言葉に滲んだ哀愁を感じ取った小夜は声を潜ませる。

「……ねぇ、このムードは何? 私が悪いって言うの?」

「小夜も素直じゃないからこうなるんじゃないの。ウリカルは正真正銘、まだ子供なのよ? だったら、大人の事情なんて言い聞かせるものでもないでしょうに」

「で、でもよ? いつまで経っても子供だ、親だって言われるのもその……困るって言うか……」

「とか言いつつ、小夜だって持て余しているんでしょ? だからさっきからぼんやりしていたわけだろうし。お父さんに一言くらい、返信してあげれば?」

「だ、駄目よ、ナナ子。そんなことしたら付け上がらせちゃう……」

「それでも、親と子は切れない絆みたいなものでしょ? あんただって素直に成れば少しは可愛げがあると思うんだけれどねー」

 うーんと思い悩むカリクムを視野に入れ、小夜は言葉を振る。

「……何よ、カリクム。あんたも一家言あるって言うの?」

「いや、私はないけれどさ。……そのー、親とか言うのはやっぱり、創主も込みなのか、って思っちゃってな」

 カリクムにとっての親はカグヤなのだろう。

 そう言われてしまえば自分の持ち前の空気の読めなさが際立ってしまうようで、小夜は当惑していた。

「わ、私が悪いって言うの? ……もうっ、何だって言うのよー!」

「まぁまぁ、落ち着きなよ。こどもの日って言うのを祝うのには……やっぱり何かが要るって話なんだろうさ」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です