JINKI 183 白夜の鬼

 一瞬だけ肉体が軋んだその隙を突き、包囲陣を敷いた敵機が一斉掃射を行っていた。

 この距離では回避は不可能に近い。

「……年貢の納め時、と言う奴か。《O・ジャオーガ》の性能では、プレッシャーライフルの嵐の突破は……」

 諦めを口にした、その瞬間である。

『諦め、るな!』

 不意に響き渡った声に面を上げたバルクスは、巨大な盾を担いだ《アサルトハシャ》がプレッシャーライフルの雨嵐を防ぎ切ったのを目の当たりにしていた。

「……アイリスか?」

『違う! お前は……私が仇を討つ! その前に死なれちゃ、単純に寝覚めが悪いだけだ!』

「……先の《アサルトハシャ》の操主か。いいのか。今の一瞬、私は隙だらけだったぞ」

『構うものか! お前を目の前で……後悔させながら殺すのに、こんな奴らじゃもったいないだろう! 負けない……負けるものか!』

「そうか。……諦めなければいい、か。それは勝者の言葉だな」

 バルクスは呼気を詰め、オートタービンを再稼働させる。

 瞬間的に空間を裂いた獣の鼓動が《バーゴイル》を噛み砕き、その機体を足掛かりにして直上の機体へと肉薄していた。

「――ファントム!」

 機体を踏み台にしてのファントムで相手を蹴散らし、さらに速度は倍加させ、次の標的の頭を握り潰す。

「これで《バーゴイル》一個小隊は全滅。……後は、量産型の《K・マ》だけか」

 しかし《K・マ》の武装を叩きのめすのには骨が折れる。

 バルクスは《アサルトハシャ》の装備していた大型の盾を視野に入れていた。

「盾を投げろ。私に考えがある」

『……癪だけれ、どッ!』

《アサルトハシャ》がその両腕の駆動系を犠牲にしてまでも、盾を自分へと届ける。

 先のプレッシャーライフルの猛攻で無数の穴が空いていたが、まだ使用可能だ。

 装備するなりリバウンドの斥力磁場を迸らせ、《O・ジャオーガ》は《K・マ》へと超加速で衝突していた。

 無論、《K・マ》は自動迎撃を走らせ、リバウンドの盾で防御する。

 それこそが――目論みであった。

「リバウンド同士なら相殺できる。そして相殺したその隙を突けば……私の《O・ジャオーガ》は通る」

 盾を翳した姿勢のまま硬直した《K・マ》へと、《O・ジャオーガ》はオートタービンを突き刺していた。

《K・マ》の頭部を貫き、そのまま自動制御システムを沈黙させる。

 ダメ押しにオートタービンを全力回転させ、その勢いを殺さぬままに振り抜いていた。

 引き千切られた《K・マ》の頭部が余剰熱で焼け落ちる。

 身を翻した刹那、《K・マ》は爆散していた。

 その光を照り受けつつ、《O・ジャオーガ》は盾を捨て、《アサルトハシャ》へと手を差し出す。

「立てるか?」

『……施しは受けない』

「そうか。それならばいい」

 バルクスはコックピットより這い出て《アサルトハシャ》と対面する。

『……何を……』

「仇を討つのならば今だ」

 自分の言葉がまるで想定外であったらしい。

 女操主は呆気に取られた後に、先のプレッシャーの熱で露出したコックピットでぷっと吹き出す。

「……何故私が笑われている」

『いや……何となく分かった。アイリスの言っていたことが』

「……そうか」

 シャンデリアの光が《バーゴイル》と《K・マ》の骸を回収していく。

 その光の赴く先――天空を見据え、バルクスは呟いていた。

「……共に来るか?」

 自分でも何故、そのような酔狂な言葉を吐いたのか分からない。

 だが、自分の傍に仇を討ちたい人間が居るのも一興だと感じたのだろう。

『……そうだな。それもいいな』

《O・ジャオーガ》が《アサルトハシャ》の手を握り締め、ゆっくりと立ち上がらせる。

 その時には青い《バーゴイル》を操るアイリスたちが展開していた。

『隊長、その子にご執心ですか?』

「いや、そう映るのか、この場合」

『見えますね』

「……隊の者たちは希望があれば私が引き連れるが」

『いや……これは自分だけの因果だ。終わらせるのなら、自分の手で終わらせたい』

「そうか。そういう生き方も……あるのだな」

《アサルトハシャ》のコックピットから出た女操主は自分を睨み据え、拳銃を突き出す。

 一発の銃弾、それが弾き出されたが自分を捉えなかった。

「……殺せたが?」

「……ただ殺すだけで気が済むとでも?」

「そうだな。撃ちたければ撃っていい。いつでも仇を取る資格はある」

 背中を向けた自分に女操主は応じなかった。

 ただ、一つだけ問いを浮かべる。

「……《O・ジャオーガ》の操主。貴様の名前は……」

「バルクス。バルクス・ウォーゲイル。そちらは?」

「キザシ・ハザマ。日本人だ」

「そうか。“狭間”とはまた、因果な名前だな」

 バルクスは青い《バーゴイル》と、一機の《アサルトハシャ》と共に歩み出す。

 それは訪れるか分からない、暗礁の白夜を打ち破るための、明日への第一歩であった。

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