一瞬だけ肉体が軋んだその隙を突き、包囲陣を敷いた敵機が一斉掃射を行っていた。
この距離では回避は不可能に近い。
「……年貢の納め時、と言う奴か。《O・ジャオーガ》の性能では、プレッシャーライフルの嵐の突破は……」
諦めを口にした、その瞬間である。
『諦め、るな!』
不意に響き渡った声に面を上げたバルクスは、巨大な盾を担いだ《アサルトハシャ》がプレッシャーライフルの雨嵐を防ぎ切ったのを目の当たりにしていた。
「……アイリスか?」
『違う! お前は……私が仇を討つ! その前に死なれちゃ、単純に寝覚めが悪いだけだ!』
「……先の《アサルトハシャ》の操主か。いいのか。今の一瞬、私は隙だらけだったぞ」
『構うものか! お前を目の前で……後悔させながら殺すのに、こんな奴らじゃもったいないだろう! 負けない……負けるものか!』
「そうか。……諦めなければいい、か。それは勝者の言葉だな」
バルクスは呼気を詰め、オートタービンを再稼働させる。
瞬間的に空間を裂いた獣の鼓動が《バーゴイル》を噛み砕き、その機体を足掛かりにして直上の機体へと肉薄していた。
「――ファントム!」
機体を踏み台にしてのファントムで相手を蹴散らし、さらに速度は倍加させ、次の標的の頭を握り潰す。
「これで《バーゴイル》一個小隊は全滅。……後は、量産型の《K・マ》だけか」
しかし《K・マ》の武装を叩きのめすのには骨が折れる。
バルクスは《アサルトハシャ》の装備していた大型の盾を視野に入れていた。
「盾を投げろ。私に考えがある」
『……癪だけれ、どッ!』
《アサルトハシャ》がその両腕の駆動系を犠牲にしてまでも、盾を自分へと届ける。
先のプレッシャーライフルの猛攻で無数の穴が空いていたが、まだ使用可能だ。
装備するなりリバウンドの斥力磁場を迸らせ、《O・ジャオーガ》は《K・マ》へと超加速で衝突していた。
無論、《K・マ》は自動迎撃を走らせ、リバウンドの盾で防御する。
それこそが――目論みであった。
「リバウンド同士なら相殺できる。そして相殺したその隙を突けば……私の《O・ジャオーガ》は通る」
盾を翳した姿勢のまま硬直した《K・マ》へと、《O・ジャオーガ》はオートタービンを突き刺していた。
《K・マ》の頭部を貫き、そのまま自動制御システムを沈黙させる。
ダメ押しにオートタービンを全力回転させ、その勢いを殺さぬままに振り抜いていた。
引き千切られた《K・マ》の頭部が余剰熱で焼け落ちる。
身を翻した刹那、《K・マ》は爆散していた。
その光を照り受けつつ、《O・ジャオーガ》は盾を捨て、《アサルトハシャ》へと手を差し出す。
「立てるか?」
『……施しは受けない』
「そうか。それならばいい」
バルクスはコックピットより這い出て《アサルトハシャ》と対面する。
『……何を……』
「仇を討つのならば今だ」
自分の言葉がまるで想定外であったらしい。
女操主は呆気に取られた後に、先のプレッシャーの熱で露出したコックピットでぷっと吹き出す。
「……何故私が笑われている」
『いや……何となく分かった。アイリスの言っていたことが』
「……そうか」
シャンデリアの光が《バーゴイル》と《K・マ》の骸を回収していく。
その光の赴く先――天空を見据え、バルクスは呟いていた。
「……共に来るか?」
自分でも何故、そのような酔狂な言葉を吐いたのか分からない。
だが、自分の傍に仇を討ちたい人間が居るのも一興だと感じたのだろう。
『……そうだな。それもいいな』
《O・ジャオーガ》が《アサルトハシャ》の手を握り締め、ゆっくりと立ち上がらせる。
その時には青い《バーゴイル》を操るアイリスたちが展開していた。
『隊長、その子にご執心ですか?』
「いや、そう映るのか、この場合」
『見えますね』
「……隊の者たちは希望があれば私が引き連れるが」
『いや……これは自分だけの因果だ。終わらせるのなら、自分の手で終わらせたい』
「そうか。そういう生き方も……あるのだな」
《アサルトハシャ》のコックピットから出た女操主は自分を睨み据え、拳銃を突き出す。
一発の銃弾、それが弾き出されたが自分を捉えなかった。
「……殺せたが?」
「……ただ殺すだけで気が済むとでも?」
「そうだな。撃ちたければ撃っていい。いつでも仇を取る資格はある」
背中を向けた自分に女操主は応じなかった。
ただ、一つだけ問いを浮かべる。
「……《O・ジャオーガ》の操主。貴様の名前は……」
「バルクス。バルクス・ウォーゲイル。そちらは?」
「キザシ・ハザマ。日本人だ」
「そうか。“狭間”とはまた、因果な名前だな」
バルクスは青い《バーゴイル》と、一機の《アサルトハシャ》と共に歩み出す。
それは訪れるか分からない、暗礁の白夜を打ち破るための、明日への第一歩であった。