石段を駆け下り、跳躍しようとしたメルJのコートへと、ルイが縋りついてその身を留める。
つんのめったメルJの手から重箱が滑り落ち、落下軌道に陥った十六個のおむすびに対し、全員が呆気に取られていた。
――落ちる、と確信したその時には石段の下でその模様を眺めていた人影に命中する。
「……痛って! ……何だよ、これ。握り飯か?」
「り、両兵? 何やってんのさ!」
「……何やってンだって言うのはこっちの台詞なんだがな。つーか、何だ、てめぇら、雁首揃えて。……ったく、もったいねぇことしてんじゃねぇよ……」
何個かは地面に落下していたが、両兵は構わずに平らげる。
「り、両兵……? 何ともないの?」
思わずと言った様子のエルニィの言葉に、両兵は胡乱そうに返していた。
「うん? そりゃー、お前。メシは食える時に食っておかねぇとな。つか、朝メシついでにさつきから握り飯をもらおうって思っていたんだが、何だこりゃ? 味も形もとんでもねぇのばっかだな」
「そ、その、さ……美味しかった?」
エルニィとメルJ、それにルイが両兵を凝視する。
両兵は何個か頬張ってから、うーんと呻っていた。
「……ちと変り種が過ぎねぇか? ジャムだとかドライフルーツだとか。ま、食えんほどじゃねぇわな」
「よ、よかったぁ……食べれたんだ」
「……何だ、その感想は。食えんもの作ったんじゃねぇだろうな? って言うか、随分と数を作ったじゃねぇの。ピクニックにでも行くつもりだったのか?」
「いや……その……さ。両兵に食べて欲しくって作ったんだよ、みんなが、ね」
「オレにぃ? ……ふぅーん、まぁ、ありがたくいただいておくぜ。今度はもうちょっとしょっぱいのくれよ。甘ったるいのばっかじゃ、食った気がしねぇからよ」
両兵は重箱をこちらに返し、自分たちの騒動などまるで意に介することなく立ち去っていく。
その背中をようやく石段を駆け下りて追いついたさつきが眺めた頃には、全員が振り向いていた。
鬼気迫る勢いに、さつきはうろたえる。
「さつき! ボクが任せられたんだからね! 明日からはボクが先導して作るんだから!」
「いいや、私だな。私の作ったのが決め手になったに違いない。よってさつき、私に教えるんだ」
「二人とも何を勘違いしちゃっているのかしら。私のおむすびが最上だったって感想だったじゃない。耳が腐ってるんじゃないの?」
三人ともめいめいに詰め寄って来るので、さつきは戸惑いを浮かべて後ずさっていたが、むんずと三人ともが肩を掴む。
「み、皆さん、おむすびをきっちり作ってくださいよー! どうなったって言うんですかー!」
その悲鳴は夏の近づいた高い青空へと吸い込まれていくのだった。
「――あっ、おむすび、ですよね……? 何でこんなにたくさん……?」
台所に立ち寄った赤緒はお茶請けを探しに赴いていた南へと疑念の眼差しを向けていた。
「……もしかして南さん? こんなに散らかしたの……」
「ご、誤解だってば! ……大体、私も朝ご飯まだなのよねー。あの子たちったら、どこに行っちゃったんだろ……」
「あれ? さつきちゃんも? ……おかしいですね、それでおむすびを作った痕跡だけがあるなんて」
「まぁ、腹ごなしにいただいちゃいましょうか」
こちらが止める前に、南がおむすびをぱくつくが、直後には顔が青ざめる。
「……あ、赤緒さん……? これ、何の材料……」
硬直した南が必死に助けを求めるので、赤緒は慌ててお茶を入れて飲み込ませる。
ぜいぜいと息を切らして南は脂汗を掻いていた。
「……し、死ぬかと思った……死因がおむすびなんて笑えないわよ……」
「おむすびをたくさん作って……誰かにあげるつもりだったんでしょうか?」
どれもこれも、形はいびつだが気持ちだけは精一杯籠っているのが窺える。
赤緒はそのうち一つを頬張って、苦笑していた。
「……味は……何とも言えませんけれどでも……気持ちだけは、とっても真っ直ぐですね!」
「……そうね。おむすび一つに、気持ちがいっぱい籠っているんなら、それはいいことなんでしょう。味はともかくだけれどねー。こんなの、胃が丈夫な人間じゃないと食べられないわよ」
続くおむすびを口に運ぶ。
味も形もとてもではないが、まともな料理とは言い難いものの――。
「それでも気持ちだけは、本物なんですからね。きっと、食べる人のこと、一番に考えたんでしょう」
ならば、おむすびだって立派な――気持ちの表現のはずであった。