レイカル 38 ハロウィン「レイカルとハロウィンの夜に」

「レイカルたちもせっかくのハロウィンなんだし、着飾ってこそじゃないの?」

 当たり前のように小夜とナナ子が部屋に居るのは今さら驚くべきことでもないが、作木はレイカルの魔女衣装を凝視していた。

「そ、創主様……? やっぱり、間違いじゃないか! 割佐美雷ー!」

「役名で呼ぶんじゃないっての! ……間違いじゃないってば。もう数日でハロウィンなのよ?」

「だからそのハロウィンとやらが分からないんだってば。こんな戦闘力の欠片もないひらひらとした衣装、何の役に立つって言うんだ?」

 どうやらレイカルは相変わらず、行事ごとを戦闘力に結び付けようとしているらしい。

「レイカルってば、本当にお馬鹿さぁん……。人間文化の機微と言うものが分からないのねぇ……可哀想ぉ……」

「何をぅ! ラクレス! お前こそ、そんな衣装を身に纏って、普段着と変わらないじゃないか!」

 ラクレスの魔女衣装は妖艶で、普段着とさして変わらないのだけはレイカルの言う通りであったが馴染んでいる。

「その……似合っているね、ラクレス」

「お褒めいただき光栄ですわぁ、作木様」

 こちらの対応の差に、レイカルがぐぬぬと悔しそうにする。

「な、何だって言うんだー! ラクレスばっか褒めてー! 創主様のアホー!」

「ああ……また窓割って行っちゃった。最近冷え込んできたのになぁ……」

 窓ガラスを割って向かったのは言わずもがな、ヒヒイロの下にだろう。

 はぁと嘆息をついた自分に小夜とナナ子が立ち塞がる。

「えっと……お二人とも、何か……」

「何かじゃないわよ、作木君。今回ばっかりは、レイカルの肩を持たせてもらうわ」

「そうよ。レイカルだって分からないなりに着飾ったのに、ラクレスのほうを褒めちゃうなんて」

 まさか女性二人から責め立てられるとは想定しておらず、作木は当惑してしまう。

「い、いえその……いや、これは僕の落ち度ですね……。すいません、慣れていなくって」

「そりゃあ、作木君が他人を褒めちぎるのに慣れているはずがないってのは分かっているけれど、今回はちょっと非があるわよ。ラクレスのほうが似合っているのは……まぁ確かに言うまでもないけれど」

 元々、彼女は「ノイシュバーンの魔女」の異名を取る。当然、魔女衣装は馴染んでいて当然なのも頷ける。

「でも、ハロウィンって結局、ほとんどコスプレ大会みたいになっちゃってるじゃないですか。何だかその……ノリ切れないって言うか……」

「まぁ、渋谷の大行進みたいなのはやり過ぎにしても、もうほとんど日本の文化も同然じゃないの。理解がないとすればそれこそ、ちょっと古いんじゃない? 作木君」

 ナナ子の糾弾が強いのは彼女らの衣装を担当したからだろう。

「面目ない……あれ? そう言えばカリクムは? 見当たりませんけれど」

「……もうっ、あの子も本当に……カリクム! 出てらっしゃい!」

 小夜が手をパンパンと叩くと、窓の外からカリクムが浮遊してやってくる。

 二人と同じように魔女衣装に身を包んでいるものの、ノリ気でないのは態度から窺えた。

「何だよ、小夜ー。レイカルの創主に見られるのは嫌だから隠れていたのに……」

「あんたももうちょっとノリ気になれないの? せっかくのハロウィンじゃないの」

「それも……何だかよく分かんなくってなー。今回ばっかりはレイカルの創主に同情するよ。何だってこんな衣装に着替えなくっちゃいけないんだってば」

 カリクムの意見をナナ子は指を振って一蹴する。

「チッチッ、甘いわね、カリクム。日本のハロウィンはいわばコスプレの祭典! 同じアホなら踊らにゃ損損って言葉を知らないの?」

「みんな同じようなカッコしてるのか? ……毎年のことながら分からないなぁ。小夜もそのーコスプレするのか?」

「小夜のコス衣装は今回の私の力作! ミサイルからブラジャーまで揃えるナナ子様を嘗めないでいただきたいわね!」

「いや、別に嘗めていないけれど……」

「って言うか、私の衣装? いつの間に?」

「ふっふっふっ……甘いんじゃない? 小夜もカリクムも。あんたらのサイズなんて目を瞑っていても分かるわ……手に取るようにね!」

「怖っ……同居していて初めて身の危険を感じているんだけれど……」

「わ、私も……。ナナ子、こういうイベントになると目が本気なんだもんな……」

 二人して怖気が走っている様子に作木はナナ子の本領発揮を認めつつ、疑問を発していた。

「そういえば、ウリカルたちも……今回のイベントには誘ったんですか?」

「うーん、私もサイズを図りたいんだけれど、あの子ってばちょっと遠慮が過ぎるのよねー。夏の時の水着のサイズで大体の当たりはついているんだけれど、やっぱり本人が居ないと……」

 ぶつくさと文句を言うということは、ウリカルは今回の騒動に巻き込まれていないのだろう。

 安心したのも半分、少し残念だと言うのも半分であった。

 ――やはりまだ、馴染んでくれるまでは時間がかかるか。

「でも、ナナ子さん、誘ってはくださったんですよね? ウリカルのこと……」

「当たり前じゃない。あの子だって仲間なのよ」

「僕としても嬉しいです。……ウリカル、きっと喜ぶでしょうし」

 こちらの態度に毒気を抜かれたのか、ナナ子は複雑そうに頬を掻く。

「な、何よ、いい顔しちゃって……言っておくけれど私のカレは伽クンなんだからね」

「ナナ子、あんたってば……。まぁいいわ。作木君、多分ウリカルはヒヒイロのところだし……目的地は一つよね?」

 小夜の問いかけに作木は首肯する。

「ええ。お願いします」

「いつものことでしょ? なら、足くらいにはなるわよ」

 停めてあるバイクの後部に跨る間際、浮遊したラクレスが言葉をかける。

「作木様。ウリカルはきっと……まだ人間との関わり合いに不器用なだけなのです。かつての私と同じように……」

「ラクレス……。うん、僕もきっちりとしないと。彼女だって僕のオリハルコンだ」

 ヘルメットを被ると、小夜がアクセルを吹かす。

「一気に行くわよ! スロットル全開!」

「――なるほどのう……お主は相変わらず、損な性格をしておると言うか、何と言うか……残念じゃのう……」

 レイカルの話をひとしきり聞いたヒヒイロは、いつもの騒動かと呆れ返ったが、今回はレイカルだけの問題ではない。

「お主も出てきていいのではないか? ウリカル。祭りは見ているよりも参加したほうが楽しかろう」

 ウリカルはしかし、沈んだ様子で頭を振る。

「何故じゃ? 作木殿も小夜殿もお主の意見を汲んでくださる」

「いえ、でも……私、ちょっと今回は……」

「あれ、ウリカル……。何やってるんだ? ハロウィンなんだぞ」

「いえ、でも私……そういう魔女衣装みたいなの似合わないですし……」

 遠慮するウリカルの胸の内が分からないのであろう、レイカルはヒヒイロの袖を引く。

「……何かあったのか?」

 さすがに声を潜ませる程度の配慮はあったようで、ヒヒイロも同じように小さく返す。

「……テレビでハロウィンの模様を最近見ておってのう。あやつも憧れておるのは間違いないのじゃが、如何せん、そういう表立った祭りに参加していいのかどうかを見極めかねていると言ったところじゃろう」

「何だ、そんなことか」

 すくっと立ち上がったレイカルを、ヒヒイロは制する。

「待て。お主、ウリカルを真正面から誘うつもりであろう?」

「えっ、駄目なのか?」

「……これじゃからのう……。お主が思っている以上に、今のウリカルの状態を改善できるのは創主である作木殿の器量じゃ。それ次第の事態に、お主が変に首を突っ込むべきではないじゃろう」

「……ヘンって、でも割佐美雷とナナ子が言うのには、ハロウィンって自由な時間なんだろ?」

「間違いではなかろうな。ここ近年のハロウィンはほとんどコスプレ大会じゃ。渋谷の様子を見ればよく分かる」

「じゃあ、余計にとっとと言うべきなんじゃ……」

「分かっておらんのう、レイカル。楽しそうな祭りが見えても、木の陰で悩む時間が必要な者とて居るのが世の中じゃ。無理やり手を引くことだけが正解でもあるまい」

「ふぅーむ……そういうもんか?」

「そういうものじゃとも。今は作木殿を待て。お主がここに来たということは、遠からず来るじゃろうからな」

 しかしレイカルの精神性としてこういったことに及び腰な者を放ってはおけないのだろう。

 すぐにうずうずし出したレイカルは、制止を聞かずにウリカルへと歩み出す。

「なぁ、ウリカル。ハロウィンなんだぞ?」

「……知ってます。でも私みたいなのが……そんな皆さんが楽しそうにしているのにその……参加していいのかどうか……」

「何でだ? お前は私の子供だろう? なら、一緒に楽しんだっていいはずだ」

「……子供でも、ちょっとは考えるんです」

 ウリカルの気持ちは恐らく同じように幼い精神性であるレイカルにはまだ分からないであろう。

 後頭部を掻いたレイカルはじきにお手上げになるかに思われたが、直後には着ていた衣装を脱ぎ始めていた。

「お、おかあ……レイカルさん? 一体何を……」

「ほら! お前と私は似たようなものなんだから、きっとサイズも合うだろ! ピッタリだ! さすがはナナ子だな!」

 ふんと胸を反らして自分の手柄のように言ってのけるレイカルに、ウリカルは困惑していた。

「でも私……レイカルさんたちのその……楽しいことに水を差しちゃうって言うか……」

「そんなことはない! お前が居ないと、私だって寂しいんだ。ハロウィンに行こう! きっと楽しいはずだぞ!」

 レイカルの意見はどこまでも朗らかな太陽そのものだ。

 ウリカルは陰に生きていた身としては思うところもあるのだろう。

 しかし――いつだって心の殻を破るのは、てらいのない感情そのもの。

「い、いいんでしょうか……。迷惑をかけるかも……」

「なんてことはない! 私と創主様が居るんだ! トラブルなんて慣れてる! ……あ、でも私……創主様をアホって言っちゃったんだった……」

 今さらにしゅんとするレイカルの肩を、ヒヒイロは叩いていた。

「どうやら、それは杞憂のようじゃぞ、レイカル」

 のれんを潜ってきた作木たちに、レイカルは感極まったように涙を浮かべる。

「あ、その……創主様……私、創主様のことをアホって……。で、でも……っ! ウリカルは! 彼女は関係ありません! ハロウィンに私は参加できなくっていいですから、ウリカルは……」

 その涙の粒を作木はそっと指先で拭ってから、ナナ子より渡された服飾をレイカルに差し出す。

「レイカル、大丈夫だから。それと、ありがとう」

「な、何で感謝するんです……? 私、創主様を困らせちゃって……」

「うん、困ったこともあるけれど、それも含めてレイカルだろう? それにウリカルの心をいいほうに向かわせてくれたのは、レイカルの力じゃないか」

「私の……力……?」

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