「……立花さん、逃げるかと思ってましたけれど」
「失礼だなぁ。さすがにこれだけ目撃者が居る中で逃げたら、反感を買うでしょ」
そうでなければ逃げるのも作戦の内だったのだな、と思うとなかなか素直にはそのスタンスを評価できない。
「えっと、じゃあその、それぞれ個別に出し合って――」
「いや、それはやめておこう。誰かの奴が飛び切り謝罪として有効だったとすれば、最悪うやむやにしちゃう人とか出るでしょ。そうなったら全員で謝るって言うところがなくなっちゃう」
どうやらエルニィはあくまでも、全員で謝罪することにこだわっているらしい。
主犯格であるエルニィにしてみれば、自分に糾弾が行くのが一番にまずいに決まっている。
ギリギリまで手札を出さないことで責任の所在を明らかにしないやり方なのだろう。
「……えっと、じゃあどうするんですか」
「まぁ待って。友次さんには連絡しておいたから。もう来ると思う。そこで全員で謝罪するんだ。そうすれば、場の空気も相まって少しは溜飲が下がるかもしれないでしょ?」
と、その時、玄関を開く音が響き渡る。
自分が悪いわけではないのに、赤緒は少し緊張していた。
「来たね……行くよ」
エルニィを先頭にして玄関先で靴を脱ごうとしている友次へと、総出で出迎える。
「おや、皆さんどうしました? ご連絡があったもので、はせ参じたのですが……」
「と、友次さんその……盆栽を割っちゃってすいませんでした!」
まずは赤緒が率先して菓子折りを差し出す。それに付随して、さつきも頭を下げて弁明の品を出していた。
「すいません! 私たちも見ていたんですけれど、止められなくって……」
「……こういう時にはこういうのを出すんだって、聞いたから」
視線をやるとルイは猫缶を差し出していた。
「る、ルイさんっ! 相手は猫じゃないんですから!」
「心配しないで、さつき。この猫缶は高級品よ」
「い、いや……そういう問題じゃ……」
「オレらからも謝らせて欲しい。月子!」
「うん。とりあえず、これで……」
月子とシールが渡そうとしたのは剥き出しの基盤であり、謝罪に相応しいものにはまるで見えなかった。
「つ、月子さん? シールさんも、それ……」
「研究中の基盤なんだ。オレらからしてみれば、命の次に大切なものだから」
そうして最後にエルニィは白服を身に纏い、しくしくと泣きながら短刀を振り上げる。
「えっと……人間五十年……じゃなかった、こらしめてやりなさい……みたいな。この紋所が目に入らぬか……って言う感じの」
ぐだぐだしたエルニィの口上が述べられている間に、友次はすっかり困り顔になっていた。
「あ、あの……やっぱりその……まずかったですかね……?」
「い、いえその……混乱しちゃっていまして。そもそも、私は盆栽なんて育てていませんよ?」
「えっ……じゃああの盆栽は? 誰のなんですか?」
「やっぱり……五郎さん?」
全員が当惑したその時には、庭先から叫び声が上がっていた。
「あーっ! これ、せっかく育てていたのに……」
ばたばたと大慌てで向かった先で頭を抱えていたのは――。
「……南さん?」
「えっ、その盆栽、南のなの?」
「そうよ、これ……ちょっと暇しているからって言うんで、趣味でも持とうかなって思って買った、盆栽なのに……」
まさか南の所有物だったなど思いも寄らない。
「何だ、南のか。だったら、別に謝罪しないでいいよね? 道楽みたいなもんだろうし」
エルニィのその言葉に南は思いっきり彼女の頬っぺたをつねっていた。
「あんたねぇ、エルニィ……! ボールもしっかりあるし、証拠は明白! ちょっとこっちに来なさい。それなりの罰を与えることにするから」
「痛い痛い! ちょっ! ちょっと待ってってば! みんなで謝ろうよ! そういう手はずだったじゃん!」
「いや、でも立花さん、南さん相手に自供しちゃったみたいなものですし……」
「観念しろ、エルニィ。お前の負けだ」
「何でー? 何でこうなっちゃうかなぁー!」
首根っこを押さえられ、エルニィがずるずると引っ張られていくのを目にしている中で、赤緒は割れた盆栽に視線をやる。
「……でも、暇だからって盆栽って言うのは南さん……その趣味はちょっとお年を召しているんじゃ……」
「結局、南も暇なのよね。暇人同士がかち合ったんなら、ちょうどよかったんじゃない?」
呆れ返ったルイをはじめとして各々解散していく。
「基盤を手離さずに済んだのはよかったね、シールちゃん」
「オレとしちゃ、一時でも謝罪にこれを使うってのが納得いかなかったから、まぁよかったんだが……いやー、謝罪って生きた心地しねぇな」
とは言え、全ての罪を被ったエルニィの喚きが木霊するのは、やはり因果応報なのだと、赤緒は胸中に結ぶのであった。
――翌日。
「よぉーし、来なさい、ルイ。バッチリ打ち返してあげるわ」
堂々としたホームラン宣言をかました南に、ピッチャーのルイはシールの指示に首を振る。
「あれ……今度は南さんが野球……」
「ああ、これ? 何だか久しぶりに野球したくなっちゃって」
赤緒は胡乱そうにその立ち振る舞いを注視する。
「その……いいんですか? また盆栽を割っちゃうんじゃ……」
「大丈夫だって。赤緒さんも見たでしょ? エルニィの反省」
エルニィは首から「私は盆栽を割った愚か者です」の札を下げられ、涙目になっている。
「屈辱だなぁ、もう……。ちょっと盆栽割ったくらいじゃんかぁ」
「他人の暇つぶしを割っておいて反省がないわねぇ、あんたも。当分はその調子で過ごしなさい。ほら、ルイ。どんな球だってどーんとホームランしてあげるんだから」
「その根拠のない自信を打ち砕いてあげる。どうせ、南のすることなんてたかが知れてるんだから」
ルイが投球するのを南は思いっきり振り抜き、小気味いい音を立てて打たれた球は格納庫の向こう側へと消えてゆき――ふと、何かが割れる音が響く。
「あれ? 何の音?」
走り込もうとして硬直した南と共にそちらへと向かうと、またしても盆栽の鉢が割れていた。
「あれ? また南さんのですか?」
「いや、私のじゃないわねぇ……」
「じゃあ、今度も……うーん……」
「なかったことにしちゃいましょうか?」
南の提言に、いやいや、とエルニィが頭を振る。
「それ言っちゃったらボクの立場が! ……それに、いいの? 割っちゃったものは弁償しないといけないんだよ?」
「そうねぇ……じゃあみんなで考えましょう。一蓮托生ってことで」
「えーっ、見ていただけなのに……」
赤緒は相変わらずな南のスタンスに呆れ返りつつ、誰ともなく声にした発言を聞いていた。
「――じゃあその、この盆栽は誰のもの?」
一同は首を傾げて、渋面を突き合わせるのみであった。