「レイカル、作木様は用事ができたので、小夜様たちと一緒に。それで解決でしょう?」
その言葉を聞くなりレイカルは目に大粒の涙を浮かべて、机の上でばったんばったんと駄々をこねる。
「い、嫌だぁー! 何だって創主様が来られないんですかぁ! 創主様と一緒じゃない動物園なんて行きたくないー!」
「その……僕も申し訳ないと思っていて……」
「……パンダが見れないのも嫌だし、創主様と一緒じゃないのはもっと嫌だー!」
「ぱ、パンダならば小夜さんたちと一緒に……」
レイカルは目に涙を溜めて窓へと飛び出しかけて、ふと立ち止まる。
「……いえ、ここで私がいつものように飛び出したところで……創主様はお忙しいんですから……意味ないですよね……」
泣きじゃくりつつ、レイカルはとぼとぼと自分の布団へと向かっていった。
「そ、その……レイカル?」
「……いえ、いいんです……。創主様が来なくても、パンダは見れますし……それでいいはず……」
「レイカル……」
布団にくるまって不貞腐れたレイカルに、作木は頬を掻く。
いつものように窓を割って飛び出してくれたほうが、まだよかったかもしれない。
「その……ゴメン。でも……こればっかりは……」
――翌日。
レイカルが目を覚ました頃には、作木の姿はなかったらしい。
既に大学に行ったものだと考えて、とぼとぼと集合場所についていたレイカルへと、小夜は慣れないなりにフォローする。
「……レイカル、私だって大丈夫じゃないんだからね。……デートだって言うのに。あんたの気持ちも分からないでもないって言うか……」
「……いや、別にいいんだ。だって創主様は忙しいって言うんだから……」
「うーん、こんな感じじゃ、パンダも楽しく観られそうにないわね」
視線を落としたレイカルはその時、意想外の声を聞いて面を上げる。
「……創主様?」
「えっ……でも作木君は課題なんじゃ……って、本当に作木君? 幻聴じゃなくって?」
「レイカル! それに、小夜さんも……!」
動物園のほうから駆け込んできた作木の姿に二人して瞠目する。
「作木君? えっと……課題は?」
「昨日の夜に教授と話し合って、ついさっき……!」
目の下に酷い隈を作ってよろける作木に、小夜は慌ててその肩を受け止める。
「フラフラじゃない……。よくそんなのでここまで……」
「……急がなくっちゃって……タクシーも使っちゃったので……」
「そ、創主様……。何もそこまで無理をなさらなくっても……」
「いや、創主として……何よりも男として、一度交わした約束を違えるなんて、きっと駄目なはずなんだ。だからこれは、僕の意地なんです、小夜さんも……」
「もうっ、そこまでしてよろよろしている作木君を連れ回すなんて、まるで私は悪女じゃないの」
「い、いえ……でも今回は――」
「分かってる。皆まで言わないで。レイカルも、いいわよね?」
「……レイカル。ゴメン、一瞬でも落胆させるつもりなんてなかったんだけれど……」
「いえ、やはり創主様は私の……誇れる創主様なんだって、改めて分かっただけですから! パンダを見ましょう!」
「……うん、そうだね。パンダを見よう」
「……もうっ。本当にそういうところなのよね。作木君に期待しちゃうのって」
日曜日の動物園は思ったよりも混雑しており、当のパンダの飼育小屋の前には人だかりができていたが、レイカルはその姿を目に留めて息を詰まらせる。
「白と黒の……あれですか!」
「うん、あれが……って、お尻を見せちゃってるね……。これじゃ真正面から観れないや」
生憎、パンダは寝そべっておりその姿を見ることは叶わなかったが、それでもレイカルは共に観覧する作木へと視線を流す。
「いえっ! こうやって一緒にパンダを見れたことのほうがきっと……いいことなんだと思います!」
「うん……そっか。パンダってきっかけみたいなものなんだ」
そのことに気づけただけでも二人にとってはよかったのだろう。どうせならば、と小夜は提案する。
「作木君、せっかくだから、レイカルと一緒にパンダを写真に収めれば? 携帯のカメラでもできるでしょ?」
そういえば、と作木は古式ゆかしい携帯電話を取り出していた。
「はい。レイカル、パンダと一緒に写真を撮ろう」
「はいっ!」
慣れない様子でシャッターを切った作木とレイカルに、小夜は少しながら嫉妬もしてしまう。
――この日撮れたのは結局、お尻を向けたパンダとレイカルのツーショットの一枚に過ぎない。
しかし、それを替え難い宝のように、レイカルはきっと何度も見せて欲しいとせがんでくるはずならば、それこそがきっと、彼らにとっての絆の一つ。
「……カリクム、あんたが何度もパンダ見せろって言うの、分かった気がするわ」
「な、何だよ、小夜……。言っておくけれど、今日来たのは別に……もう一回パンダが観たいからだとかそういうんじゃないんだからね」
「はいはい、素直じゃないわね、あんたも」
「また来ましょう、創主様! パンダを観に!」
「うん、そうだね。またきっと……パンダを、観に」
きっとそれは、特別な一日への約束手形のはずだから――。