JINKI 200 南米戦線 第一話「氷雨の夜に」

「黄坂、こっちは準備オーケーだ。三基の血塊炉の臨界実験はやってこなかったからな。ここに来てキョムとの戦端が少しマシになったのもある。早く済ませてメシにしようぜ」

『あんたってば本当にそういう……言っておくけれど、場合によっては危険なのよ? ダメージフィードバック機能の初期試験でもあるんだから』

「それに関しちゃ、オレは柊に一任するしかねぇな」

 一瞥を振り向けた両兵に赤緒は気丈に応じる。

「そ、その……私は大丈夫ですから。南さん、お願いします」

『……うん、でも赤緒さん。これは一応形式みたいなものだから。血続へのダメージフィードバックシステムは本来、これまで開発はされてきたものの、実用化には至らなかった。その理由は、乗る前に話したわよね?』

「えっと……現状の人機の性能にダメージフィードバックまで持たせると、機体性能に私たちがついて行けない可能性があるから、ですよね……」

『そう。人機の大破がそのまま操主としてのリタイアに繋がる可能性を加味して、技術体系としては存在していたけれど、Rスーツの伝導率をわざと下げて運用してきた。その新型Rスーツの着心地はどう?』

 赤緒は用意されていた新型のRスーツの調子を確かめる。

 鎧じみたRスーツはこれまでよりもごてごてとしており、各種性能がリアルタイムでもたらされているのが窺えた。

「このRスーツ……これから先のスタンダードになっていくんでしょうか……」

『それはこの実験次第。《モリビト2号》の血塊炉臨界試験はわざと行ってこなかった。理由はまぁ、キョムと続けざまに戦っていることだとか、色々あるんだけれど、何よりもエルニィからの進言でね。《モリビト2号》をこの先、強化運用していくに限って言えば、この試験だけは素通りできないらしいから』

『赤緒ー、それに両兵。通信感度は良好?』

「あ、立花さん。はい、良好です」

『そりゃよかった。今回は機体追従性能の運用実験も兼ねているから、試作機との勝負になる。見えているよね? 機体識別名称、91式人機が』

 赤緒は目の前の格納デッキに屹立する灰色の疾駆を眺めていた。

 全体的に細身であり、《ナナツーライト》の系譜を感じさせるその機体から通信がもたらされる。

『赤緒さん、それにおに……小河原さんも。共鳴実験って何だかピンと来ないですけれど』

 搭乗しているのはさつきだ。

 彼女もうろたえ気味に新型Rスーツに袖を通している。

『血塊炉には共鳴関係にある機体が存在する。91式人機は《ナナツーライト》以上に、リバウンド兵装の実用化を目指した運用が求められているんだ。そこには機体同士の共鳴連鎖も介在してくる』

『……えっと、つまり……?』

『……もう、さつきもマニュアル読んだでしょ? 要するに、相手の力でさえも自分の力に転化して、その能力を受け流す。それこそが91式戦闘人機――仮称、《キュワン》の性能の真価でもある』

『ここでは《モリビト2号》の臨界試験と《キュワン》の試作段階試験の両方を行わせてもらうわ。三人とも準備はいい? 血塊炉が共鳴連鎖に至った瞬間に出撃して模擬戦開始。ただし、殴り合ってもらうわけじゃないわ。今回の主目的は人機二体のユニゾンにある。動きによって機体がどこまでスペックが跳ね上がるのかの調整試験だから、本気で戦い合うんじゃないわよ』

「分かってンよ、んなこたぁ。どっちにしたって、さつきはまだ黄坂のガキとのツーマンセルがメインだろ。いくら《キュワン》がロールアウト間近だからって、いきなり一人でやれってのは現実的じゃねぇ」

 インジケーターを弄る両兵の背中に、赤緒は思わずこぼしていた。

「でも、すごいですよね、さつきちゃん……。単座式の人機への試験運用なんて……」

「日頃の鍛錬の成果だろうな。黄坂のガキがトウジャの試験機に乗りたがってンだ。その時にさつきの居場所がないってわけにゃいかねぇだろ。あいつも、気張ってんのさ。なら、オレたちはその手助けをしようぜ」

「……小河原さん、さつきちゃんのこと、しっかり見てあげてるんですね」

「当たり前だろ? ったく、危なっかしいのは誰かさんと同じなんだからよ」

 うっ、と手痛いダメージを受けていると、南の声が格納デッキに響き渡る。

『じゃあこれより、《モリビト2号》と《キュワン》の臨界試験、及び模擬戦闘を開始します。各機、血塊炉を臨界点まで』

『二機とも、血塊炉の出力を上昇。特にモリビトのほうは三基だから、出力臨界点に至るまでラグがある可能性が高い。少しでも上昇値に慣れるように』

 エルニィの声を聞いたその時には、《モリビト2号》の脈動が一際強く脈打ったのを感じていた。

「……これが新型Rスーツの、力……」

 人機の鼓動がまるで自分の鼓動そのもののように感じられる。

 人工アルファーを介した人機との疑似的な接続はこの時点で完了しているのだろう。

 続いて次第に出力が上昇し、眼前に佇む《キュワン》と《モリビト2号》の脈動が呼応しているのを確認する。

「ユニゾン調整値、40パーセント。こっからさらに引き上げる。柊、ダメージフィードバックが来るとすりゃ、この先だ。気ぃ張っておけ」

「は、はい……っ!」

『血塊炉の上昇値を確認。《モリビト2号》、及び《キュワン》の上昇率は想定内。ユニゾン率、50パーセントを突破。赤緒、カタパルトロックを外す。そのままゆっくりと、《キュワン》へと接近。さつきもだよ』

『は、はい……!』

 さつきの《キュワン》が歩み寄ってくる。

 蹄か、あるいは雅な下駄のような特徴的な脚部がこちらへと一歩踏み込んでいた。

 赤緒もモリビトを前進させる。

 その視野には《キュワン》の体内で燻ぶる青の鼓動が映り込んでいた。

「……やっぱり、視える……」

「てめぇの超能力モドキか? オレにはさっぱりだが、調整率は達成している。このまま模擬戦に移るぞ!」

「はい……っ! モリビト!」

 同時に抜刀させたのは模擬戦闘用のブレードであった。刃の部分がゴム製になっており、お互いを傷つけることはない。

 それでも、これは一つの戦闘――真剣勝負には違いないはず。

 赤緒はまず初手の踏み込みで《キュワン》へと薙ぎ払わせる。

 その一撃を《キュワン》は華麗に受け止め、肉薄してきた。

 機動性能だけで言えば、《ナナツーライト》を凌駕する軽やかさだ。

「押されるだけじゃ……!」

 返す刀を翻して大上段からの打ち下ろしを見舞う。

 それを《キュワン》は半身になって回避し、下段より打ち払いを生じさせていた。

『いいよ、三人とも……。いいデータが取れている……』

 エルニィの言葉を他所に赤緒はブレードを応戦させていた。

《キュワン》の太刀に殺意はないものの、ここでは普段の戦闘以上に戦意を燃やさなくてはいけない。

 ある意味では無人である《バーゴイル》よりも、やり辛い相手。

《キュワン》の挙動はどこまでも滑らかだ。

 こちらのブレードの一撃に対し、必要最低限度の動きだけで避け、直後には刃を足掛かりにして跳躍する。

「……速い……」

 さつきを侮っているわけではない。

 むしろ、逆だ。

 さつきは誰よりも必死に、操主としての経験の差を埋めてくるはず。

 それに天性の操主の能力はさつきのほうが上なのは自明の理。

 アンヘル側の機体で唯一とも言えるリバウンド兵装を今日まで使ってきた実力は伊達ではない。

《キュワン》の太刀筋に対し、赤緒は対応しようとして、その瞬間、モリビトとの鼓動が断絶していた。

「あ……」

 不意打ちのあまり、声も出ない。

 一体何が起こったのか。

 それを解明する前に両兵が振り返る。

「……柊? どうした! 柊!」

 意識が靄に包まれていく。

 急速に凪いでいく鼓動の共鳴連鎖とその脈動の熱は、自らの命脈そのものの消失に思われた。

「私……は……」

 両兵が自分を呼ぶ声が反響して聞こえる意識を、赤緒は手離していた。

「――やっぱり……まだ早かったんじゃない?」

 実験結果を目の当たりにした南に対し、エルニィはうーんと難しそうに呻る。

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