JINKI 200 南米戦線 第二話 「激戦の後で」

 フィリプスが視線を振り向けた先にはフライトタイプの《ナナツーウェイ》と《トウジャCX》を回収した輸送機があった。

「飛び立っていったはずの《モリビト2号》のレコードは?」

「依然、検出されず。フィリプス軍曹、これはやはり……」

「《モリビト2号》はテーブルダストポイントゼロに向かったはずだ。そして、彼らはカラカスでの防衛戦より……あの死地より帰って来たはず。状況を知らせて欲しい。彼女には……しばらく聞けそうにない」

 通信機の向こう側で咽び泣く南の声を、フィリプスは聞き留めてから、降り立った勝世へと歩み寄っていた。

「勝世、敵勢はどうなっていた?」

「どうもこうもねぇよ。《バーゴイル》がうじゃうじゃ居やがって……そいつらを核で一掃しようなんて物騒なこと考えんのは、てめぇら軍部じゃねぇのか?」

「……我々には知らされていない情報だった。軍上層部だけがその権限を持っていたのだろう」

「ここで駐屯地作ってるような前線の連中には知らせず、内々で進めるのがベネズエラ軍部のやり方ってわけかい。今だって余裕ねぇはずだが? こうしている間にも、古代人機は麓へと降りてくる。防衛網を切らしちゃいけねぇのは間違いない」

「勝世。俺は……」

 降りてきた広世の表情には翳りがある。今気にかかることがあるとすれば一つだろう。

「……津崎青葉の行方。それに小河原両兵も、か。二人はどこに行ってしまったんだ……」

「分からない。だがテーブルダストを何の守りもないままにはしておかねぇはずだ。あの黒将なんだからな。青葉ちゃんはともかく、あの両兵が黙ってしてやられるとも思えねぇ。二人は生きているぜ、絶対にな」

 勝世の声には力がある。

 この場では、恐らく最も彼らの生存を信じている者の声であったのだろう。

《ナナツーウェイ》のキャノピーが開き、ルイが顔を出す。

「……青葉は生きているわ。絶対にね。小河原さんもそう」

「そう信じたいのは我々も同じだが、時間は有限なんだ。現状の兵力だけでの古代人機の討伐……楽な任務だとは思えない」

 フィリプスが視線を振り向けた先には片腕を失ったナナツーやトウジャの躯体がある。

 今のままでは古代人機相手だってどうしようもないのに、キョムの軍勢を相手取るなど非現実的だ。

 その時、先ほどから無線機を熱心に聞いていた少女がすくっと立ち上がっていた。

「……作戦は終了。カラカスは核兵器と血塊炉による大規模な重力崩壊……それによって首都消失。南米は経済圏の一角を永劫失ったことになる。いや、そんなことは今重要じゃないか……。米国が自国に向けて核を使った、こんなこと、公にできるわけがないはずだよ」

「じゃあどうなるって言うんだ。……情報封鎖だって万全じゃねぇだろ」

「つい今しがた、米国首脳は世界に向けて、この現象を明言した。“ロストライフ現象”、それがこの戦いの結果に付けられた、唾みたいな名前だ……!」

「ロストライフ……そんな……そんなことが……!」

 フィリプスが信じられない心地で拳を握り締める。

 自分たちの抗いの結果は、「命が消失した」などという生易しい言葉で飾られるとでも言うのか。

 それはここで散った仲間たちや、前線に赴いた青葉たちを侮辱する言葉であろう。

「冗談じゃねぇぜ、ったく! ロストライフ現象だとか言って誤魔化すのは勝手だが、南米の都市が一個消えたんだぞ……! それを説明すんのには、どうあったって説明不足だろ……!」

「でも、各国はこれに足並みを揃えるって言う暗号通信がついさっき、合意された。これも誰かが裏で糸を引いている感がすごいけれど、それでも世界は納得ずくでこれを推し進めるしかないだろうね。……ロストライフ現象なんてふざけた名前で、青葉たちは……!」

 悔しさに少女が拳を固めて頬を涙が伝っていた。

 そうだ、この場で誰もが、青葉たちの生存を信じ、そして彼女を送り出した。

 それは無駄ではなかったはずなのだ。

「……黒将の生存は? それに関しての情報が欲しい」

「……駄目だ。情報が錯綜している。今は、カラカスが消えたって言う不条理に対しての穴埋め情報ばっかし。黒将がどうなったのか、噂に聞いていた八将陣とやらがどうなったのか、全てが不明」

「敵の頭目を討てたかどうかも分からないのか……!」

 それでも、悔恨を噛み締めてばかりでは先に進めないだろう。

 フィリプスは残存する《ナナツーウェイ》部隊を纏め上げようとしていた。

「……ここにも敵の兵力が襲来する可能性がある。悪いが《トウジャCX》も《ナナツーウェイフライトタイプ》も遊ばせておく余裕はない。……君たちには酷なことを強いるが、引き続き古代人機討伐の任務を――」

 そこで警告が鳴り響き、言葉を遮られたフィリプスは地響きを上げながらジャングルに屹立していく古代人機を仰ぎ見ていた。

「古代人機が……こんな場所に出現だと……」

「いけない……! 非戦闘員は隠れたほうがいい! このままじゃ、ボクらは格好の的だ!」

 少女が先導して帰還した者たちを誘導していくが、それでも今、ここで抗うべきなのは自分たちのような兵力であるのは自明の理であった。

 フィリプスは萎えそうな心根に火を通し、改造型の《トウジャCX》へと乗り込む。

「無茶だ! そんなボロボロの人機で、古代人機を止めるなんて!」

「広世! ……それに皆も……。津崎青葉と小河原両兵を……その帰還を祈って欲しい。私は兵士だ。死ぬ覚悟はできている……!」

「……フィリプス……」

『水臭いぜ、あんた。一人だけいいカッコするつもりかよ』

《トウジャCX》へと乗り込んだ勝世がそのマニピュレーターで広世を搭乗させ、自分の操る機体と並び立つ。

「……だが、古代人機の数は……十、二十……まだまだ増えていくぞ……!」

『だから、そういうのが水臭いって言ってんだ。オレらを舐めて貰っちゃ困るぜ! なぁ、広世!』

『……ああ! 俺は青葉が帰ってくるまで、絶対に! 絶対にアンヘルを……守り通すんだ……!』

「……勝世、広世……すまない。君らを共に行かせることはなかった」

 悔やんでも悔やみ切れない涙を拭ったその時には、フィリプスは丹田より叫んでいた。

「《トウジャCX》! フィリプス、出るぞ!」

 だがどれだけ吼えても、トウジャ本来の性能を殺してしまった両腕が重火器の機体だ。

 恐らく止められるとしても、古代人機一体が関の山。

 後に続く者たちに繋げるしかないだろう。

 トリガーを絞り、古代人機へと照準するが、地表を這うようにして触手が突き上がり、こちらの銃撃を抜けて機体を激震させる。

「つ、強い……!」

『なろぉっ!』

 勝世と広世の操る《トウジャCX》がくの字ブレードを掲げて割り込み、触手を叩き割るなり、その機動性能で古代人機の懐へと潜り込む。

 だがそれを四方八方から阻害したのは古代人機のシューターだ。

 砲弾が《トウジャCX》の肩口にめり込み、そのまま剥ぎ取っていく。

『くそっ! ……カラカスでのダメージも馬鹿になんねぇ! 広世……やれるな?』

『今さら何言ってんだよ。俺だって青葉に……追いつきたいんだ! だから――!』

《トウジャCX》が機体を沈め、循環パイプに負荷をかけて軋ませる。

 古代人機の砲門が一斉に向いたその瞬間、フィリプスは叫んでいた。

「危ない! それは迂闊だぞ!」

『――ファントム!』

 瞬間、空間を掻き消えた《トウジャCX》の太刀筋が閃き、古代人機の群れを薙ぎ払っていく。

『上のブレードさばきはオレに任せとけ! 広世、お前は下だけに集中して相手を翻弄だ!』

『ああ! 青葉に格好悪いところ、見せられないよな……!』

 直角に折れ曲がった《トウジャCX》の軌道を相手が読み切る前に、二度目のファントムによる超加速が古代人機の躯体へと体当たりをかける。

 ゼロ距離での刃が舞い、その装甲を叩き割っていた。

古代人機の触手が這い回り、駐屯地を叩き潰そうとしたのを察知して現れたのは、《ナナツーウェイフライトタイプ》の駆使する槍であった。

一回転させた槍の穂を突き上げ、古代人機を突き崩していく。

圧倒的かに思われた古代人機の軍勢に翳りが見え始めていた。

『そこの。《トウジャCX》の操主。後ろから射撃で援護して。……南、私は行くから。前に、進むわ……』

「り、了解……これが、歴戦の操主、か……」

 古代人機相手に一歩もたじろがず退かない――それこそが人機操主としての力だとでも言うように。

《ナナツーウェイフライトタイプ》が空を舞い、機体に内蔵されたガトリングを掃射する。

 勝世と広世の操る《トウジャCX》が地上を駆け抜け、並み居る敵を一機、また一機と打ち払っていく。その攻勢に、フィリプスは完全に圧倒されていた。

「……動きがまるで違う……。負けていられるか! ベネズエラ軍小隊! 古代人機を転ばせる!」

 投網を用意した部下たちと共に古代人機を転倒させ、戦闘の一助にしようとしたフィリプスであったが、その瞬間に速射された光条に切り裂かれていた。

「空中……上……!」

『……おいでなすったってわけかよ……!』

 空を舞うのは五機編成の漆黒の人機であった。

 翼を持つ機影はデータとして既にもたらされていたが、会敵するのは初めてである。

「あれが……《バーゴイル》……!」

『軍人連中は下がっておいたほうがいいぜ。……空戦人機とやり合うってのはおススメしねぇ』

「何を! 我々だって軍属だ!」

『それ以前に、操主としての歴が違う。フィリプスとか言う人。俺たちなら少しは足止めできる。その間に駐屯地の避難と保護を最優先にしてくれ』

「しかし……敵を目の前にして撤退しろと言うのか……!」

『言わなきゃ分かんねぇのかねぇ……力不足だって言ってんだ』

 勝世の苦々しい声音にフィリプスは感じ取る。

 下手な戦力で掻き乱すよりかは、歴戦の操主による応戦のほうが被害も少なくって済むのだろう。

 そもそも、対人機戦闘をほとんど経験していない自分のような人間がこの場を率いているのも筋違いだ。

「……託すしか……ないのか」

『いい報せを持って帰ってくるつもりだぜ。……非戦闘員の避難を頼む』

「……ああ。生きて帰ってくれよ」

 フィリプスは《トウジャCX》を反転させ、駐屯地の防衛につこうとする。

 その視線は自ずと今も前線に佇もうとしているたった二機の人機に向けられていた。

《ナナツーウェイフライトタイプ》と《トウジャCX》――それでもこの時ほど、彼らの頼もしさを感じたことはない。

「……生きて帰ってくれ、勇者たちよ……!」

「――さて、と。息巻いては見たものの、オレも実のところ《バーゴイル》相手に立ち回るのなんてほとんど初めてだ。吼えたもんだねぇ、我ながら」

「それでも、俺たちが前を行かないと撤退も儘ならなかったはず。……行くよ」

 広世は下操主席を担当しつつ、五機編成の《バーゴイル》と共に再び戦意を向けてきた古代人機を見据える。

「……劣勢に次ぐ劣勢って感じだな。っても、あの地獄から生き残ったんだ。時の運ってもんはあると思うけれどよ」

「……俺たちが生き残らなくっちゃ、青葉に顔向けできない。その辺、分かっているよな。《ナナツーウェイ》の……えっと」

『ルイよ。黄坂ルイ』

 切り捨てたかのような冷たい返答だが、今は背中を任せるのに足る戦力であった。

「……ったく、トウジャは自力じゃ飛べねぇんだぞ。加えて相手は運用段階のプレッシャー兵装持ちが五機……。分が悪い勝負にしか見えねぇが……」

『ビビってるんなら、今すぐに退去したほうがいいわ。戦場でそういうのは一番に厄介なんだからね』

 分かっている。

 カラカスでの戦闘をただ見ていたわけではない。

 あれだけの《アサルト・ハシャ》部隊を蹴散らし、ほとんど史上初と言ってもいい、大規模な対人機戦闘が可能であった機体だ。

「量産機って言っても、舐めるような相手じゃない……」

「広世。足をしっかり頼むぜ。ファントムで相手の射線を潜り抜けて、トウジャの跳躍力で肉薄、それで距離を詰めて斬り裂く」

「簡単に言うけれど……ファントムの連続運用は想定していないんだ。それに、こいつの血塊炉は前の《トウジャCX》のものじゃない、軍部の持ってきた新造品。正直、どこまでが頭打ちになるのかまるで予想できやしない」

 そうでなくとも、古代人機相手に手のうちを明かし過ぎた。

 現状、不利なのは圧倒的にこちらなのだ。

「……正規品の性能が高いのを信じるしかねぇな」

『ナナツーで相手の出端を挫く。その後でそっちは格闘戦に持ち込んで。……それで翻弄する』

「それはいいんだが……ルイちゃん。姉さんはどうしてるんだ」

 ルイは応じない。

 先ほどの咽び泣く声は消失していたが、南が深い悲しみに沈んでいるのは明らかであった。

「……ま、分かっているだけのことをやるまでだ。サポート、期待しているぜ」

『……どっちの話よ』

 その直後には弾かれたように《トウジャCX》がジャングルの地平を駆け抜け、《バーゴイル》のプレッシャー兵装を潜り抜けている。

 着火した木々が炎の地獄を作り上げ、炎熱の只中で機体を跳躍させていた。

 まずは《バーゴイル》に向けて一閃――そうと判じた神経が跳ね上がり、くの字ブレードがその機体を捉える。

 横一文字で斬り裂いた一撃が食い込み、《バーゴイル》の装甲を叩きのめしていた。

「これで、一機!」

 すぐさま着地し、制動の間もなく次の動作に移る。

《ナナツーウェイフライトタイプ》が槍の穂を突き上げ、二機目の《バーゴイル》の血塊炉を穿っていた。

『これで……二つ!』

 しかし残存する《バーゴイル》はそれだけでも脅威。

 散開した敵陣形は古代人機を先導し、砲撃支援を整わせていた。

 瞬間的に四方八方から狙い澄まされる状況に、勝世が声を上げる。

「おいおい! 《バーゴイル》が古代人機を操っているって言うのか!」

「……想定はされていたけれど、キョムにはそんな技術があるのか」

「感心している場合じゃ、ねぇぞ、広世! ただでさえジリ貧の戦場なんだ! これ以上は――まずい!」

 その証左のように《トウジャCX》が古代人機の砲弾に脚部を撃ち抜かれて姿勢を崩す。

 たたらを踏んだ《トウジャCX》へと《バーゴイル》の射撃網が一斉掃射されていた。

「危ねぇ! 広世!」

 途端、何が起こったのかを明瞭化する前に衝撃が見舞う。

 片腕を引き裂かれ、《トウジャCX》が後退する。

「……くっ、そ……がぁ! ……ここまでってわけかよ……!」

 悪態をついた勝世の声が至近で耳朶を打つ。

「……勝世……あんた……」

彼は《トウジャCX》の頭部コックピットを砕かれ、ガラス片で額を切っていた。

滴る鮮血を拭い、勝世は仰ぎ見る。

「……情けねぇぜ。上操主が下操主を庇って、瀕死、なんてな……」

「冗談言ってる場合かよ! ……あんたがそこまでやる必要性なんて、ないはずなのに……」

「……さぁ、何でだろうな……。あー、くそっ。死ぬ時はいい女の膝枕の上って決めてんのに、こんな場末で何でピンチになってんだか」

「堪えろよ……! 止血すれば何とかなる……! 俺なんかを守って死なせて堪るかよ!」

「……なんか、なんて言うんじゃねぇよ、広世。お前は立派だよ。オレに、きっちり広い世界を見せてくれたじゃねぇか。なら、もう立派に、その役目は……」

「いつもの馬鹿みたいなテンションはどうしたんだよ、勝世! ……あんたはそんなんじゃないだろ……!」

 声を張り上げても勝世の出血が止まるわけではない。

 動きを硬直させた《トウジャCX》の手足をもぐように、《バーゴイル》の光条が見舞われる。

 加速しない《トウジャCX》を破壊するのは、赤子の手をひねるよりも容易いはずだ。

 激震するコックピットの中で、広世はこちらへと照準する《バーゴイル》を睨み据えていた。

《ナナツーウェイ》が槍を投擲し、照準をずらそうとするが、片腕に突き刺さった槍を一顧だにせず、まずはこちらを撃墜するつもりなのは明白である。

『死なせない……ッ!』

 ルイの声が通信網に響き渡るが、それでも全てが遅い。

 エネルギーを充填した《バーゴイル》の銃口が大写しになった――その時であった。

 遥か高空より、天地を縫い止めるが如く、斬撃が見舞われたのは。

《バーゴイル》を両断した太刀をそのままに、残存する二機の敵影を斬りさばき、銃を握ったまま両腕が吹き飛ぶ。

 敵がそのことに気付いた時には、背後から血塊炉を打ち砕いていた。

「……あれ、は……」

 絶句する広世の視界に移るのは、大太刀を携えし青い影。

 ――その名は人々を守り抜く――。

『……モリビト……《モリビト2号》……? 青、葉……?』

 うろたえるルイの《ナナツーウェイ》を他所に、《モリビト2号》にしか見えない機体がその片腕に携えた人機大の太刀を振るう。

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