JINKI 200 南米戦線 第六話 「帰還」

「そ、そっちこそ……今どき単座の《ナナツーウェイ》なんて……!」

『いいからとっととここをずらかるぞ。……基地はどっちだ?』

「う、動けないんだってば! ……察してよ」

『……何だよ。人機でよろけるなんてよっぽどだな。バランサーがイカレちまったのか? ったく、しゃあねぇな。そっちの機動系とこっちのナナツーのを同期するから、ちょっとコックピット開けろ』

 相手が先にキャノピーを開く。

 そこに佇んでいたのはまるで人とは思えない眼光を持った――まさに鬼であった。

「ひ、ひっ……!」

『《アサルト・ハシャ》なら、まだ駆動系は統一されてるはずだろ? とっとと開けろって。ケーブルはこっちから引っ張ってやっから』

 そう言うなり相手はケーブルと共に人機から舞い降り、《アサルト・ハシャ》の装甲の上を歩く。

 メンテナンスハッチを探り当て、手を押し当てていた。

 しかし機動中の人機のメンテナンスハッチは人が触れられないほどの高温のはずだ。

 男は一度は手を引いたものの、すぐにハッチを力任せに引っ張る。

「……ば、バケモノ……」

『聞こえてんぞ、ったく。……こっちが善意でどうこうしてるってのを化け物たぁ、いい度胸じゃねぇか』

 途端、《アサルト・ハシャ》のバランサーが外部調整され、全ての駆動系がオールグリーンに導かれる。

「……本当に、こっちを救おうとして……?」

 だがそのようなもの、この戦いの最前線――南米戦線では信じられるものか。

 意を決してコックピットハッチを開き、《アサルト・ハシャ》に飛び乗っている相手へと拳銃を向けていた。

「……お前は……」

「信じられない……! 南米戦線では行き会う相手はみんな敵だって教わった! ……あんたも、何の魂胆もなく私を助けようなんて思っていないはず……!」

「……何だ、女の……それもガキかよ」

「が、ガキで悪い……。ここであんたを撃てば……少しは名も上がる……!」

「やめとけ、やめとけ。……徒労が増えるだけだぞ。それに、女にオレが撃てるかよ」

 メンテナンスハッチからケーブルを巻き取った相手へと、引き金を絞ろうとして、どうしてなのだか手元が震え始めていた。

「……何で……撃てる……のに……!」

「大方、無人の《バーゴイル》ならいざ知らず、人間相手なんざ初めてなんだろ。下手に銃なんて女子供に持たせるもんじゃねぇ」

「馬鹿にしないで! ……私は、撃てる……!」

「そうかい。けれどもまぁ、その必要性もなさそうだな」

 どういう、と相手の言葉を待つ前に天地を縫い止める光の柱が街外れへと落とされる。

 その光の意味を知らないわけではない。

「……シャンデリアからの光……! ということは……!」

「ああ。おいでなすったか――八将陣!」

 どうしてなのだか男は、その名を心待ちにしていたかのように凶悪な笑みを浮かべていた。

《ナナツーウェイ》のコックピットに戻った相手はすぐさま紫の機体を叩き上げ、刀を構えさせる。

「ま、待って! ……一人で八将陣と戦うのは無茶よ!」

『無茶なんざ、とうの昔に承知だ。相手が刀使いなら、オレの復讐も果たせる』

「……刀使い……?」

 単身向かおうとする《ナナツーウェイ》を、この時どうしてなのだか、《アサルト・ハシャ》のマニピュレーターで押し留めていた。

『……何のつもりだ』

「何って……あれ……何でなんだろう……」

 自分でも戸惑った行動を是正する前に、長距離砲撃が光の爆心地へともたらされる。

「友軍の長距離砲撃……! 今なら通信感度も戻っているはず! こちらP3! 応答して!」

『P3……? 何だってそんな前線に……。とっとと戻って来い。今ならまだ八将陣は展開前だ。その距離なら帰投できるだろう』

「了解。……ほら、とっととこっちに来て」

『……オレは八将陣と戦う』

「馬鹿言わないで。死ぬ気? そんなボロボロで整備も儘なっていないナナツーで勝てるような相手じゃない」

『……てめぇこそ何なんだ。他人の戦いに首突っ込むたぁ、いい度胸じゃねぇか』

「そりゃあね。私だって一端の操主だもの。……あなた、名前は?」

『オレ? ……オレは、小河原両兵だ』

「リョーヘイ? 私はオウカ。霜月桜花。日本人よ」

『……桜花、か。今は、てめぇらの流儀に従ってやる。だが、間違えンな。八将陣を叩くのはオレだ』

「それは威勢のいいことで。でも、死にに行くような真似は、私たち――カラカスアンヘルが許さない」

『……カラカス。そうか、もうそんなとこまで来ちまったか』

「そうよ。ここが在りし日の……二年前に核と重力異常で消滅した、かつての南米都市の最前線、カラカス。私たちは終わりに瀕したこの場所で戦い続ける、最後のアンヘル」

 自分の言葉に両兵は口を閉ざしたまま、二機は帰還ルートを辿っていた。

 栄華を誇った高層ビル群が今日も、風に巻かれて脆く崩れ落ちていく。

 それがカラカス消滅から実に、七百日が経とうとしている現状であった。

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