レイカル 40 12月 レイカルとクリスマス

「普通のパテで作ったから、アーマーハウルにはならないし……。レイカルが怒っちゃうかもなぁ」

 とは言え、ヒミコに何回か依頼されてこうして造形物を作っているお陰で少しは生活面でも助かっているのは事実ではあるのだが。

 苦学生の辛さを噛み締めつつ、家に帰った作木は、何故なのだかラクレスに乗られて四つんばいのレイカルを目にしていた。

「あら、作木様、お帰りなさいませ」

「えっとー……どこから突っ込めば?」

「そ、創主様ぁー……。こうしていればサンタが来るとこいつが言ったのですが、もう二時間です。そろそろ来るんでしょうか?」

 よくよく見れば、レイカルは赤くて丸い鼻を付けている。

 大方、またしてもラクレスの冗談を真に受けたのだろう、と思っていたが、そういえば、と作木はカレンダーを見やっていた。

「あ、そっか。明日、クリスマスなんだ……」

 完全に講義と単位に忙殺されていて忘れていたが、世の中はホワイトクリスマス一色に染まっているようで、テレビを点けると白い息を吐いて行き交う人々にインタビューをしている。

『明日のご予定は?』

『恋人と一緒の時のホワイトクリスマスなので楽しみです』

「……そっかぁ。意外とクリスマスイヴに雪が降るってあんまりないからなぁ……」

「レイカル、もう少し頑張りなさい。トナカイとして一人前に成れば、あなたのところにもサンタが来るわよぉ……」

「創主様、本当に今年もサンタは来るのでしょうか? トナカイの真似をしても全然その気配もないんですが……」

「いや、それはラクレスの冗談……」

 その言葉を聞くなりレイカルは付け鼻を取って四つんばいを解除する。

「また騙したなぁ! ラクレス!」

「騙されるほうが悪いのよぉ、レイカル。……それにしても、結構な荷物ですのね、作木様」

「ああ、これ? 動物の造形も勉強のうちだと思ってさ。高杉先生に頼まれたもんだから……」

「相変わらずお人がよろしいのですね。何でもかんでも引き受けていれば作木様自身のお時間もなくなってしまうでしょうに」

「あ、うーん……でも僕は単位がちょっとピンチだから、ね。高杉先生には弱み握られているみたいなもんだし」

「それでも、あまりに何でもかんでも引き受けるのもよろしくないかと」

 その時、袋からぽろりと落ちた動物のフィギュアにレイカルが飛び付く。

「創主様、これは何と言う動物なのですか?」

「あ、それ……ちょうどトナカイだ」

「えっ、これが……? ラクレスー、全然違うじゃないか」

 トナカイのフィギュアと言っても、少しデフォルメした代物なので、本格的な立体とは言い難い。

「あら? お似合いでしょう? 赤い鼻で道を照らすのよぉ……」

「ふぅーん……創主様、トナカイの鼻がピカーって光るのは本当なんですか?」

「それは……まぁ、歌の中ではね」

 有名な歌の一節だ。

 クリスマスイヴが明日に迫ると言うのに、自分は何をやっているのだろう、という虚無感に駆られたが、その途端、電話がかかってくる。

「あ、小夜さん……。はい、もしもし。どうしました?」

『どうしましたって……作木君、明日が何の日か、もしかして覚えてないの?』

「あっ、えーっと……」

 通話先でため息をつかれ、作木は申し訳なさに肩を縮こまらせる。

『……まぁ、いいけれど。削里さんのところでクリスマス会って言っていたでしょう? まさかそのスケジュールまで?』

「えっ……あー、すいません、小夜さん。つい今しがたまで失念していました……」

 確か一か月前にはもう予定を組んでいたはずなのだが、年末は何かと忙しいせいで完全に記憶から抜け落ちていた。

『じゃあプレゼントを一人一個って言う約束も? ……作木君、今時間はある?』

「あ、はい。今帰ってきたところなので……」

『じゃあ明日の、今から買いに行けない? ほら、レイカルたちの分もあるでしょ? 一人じゃ買い切れないわよ』

「あ、それなら助かります。……えっと、用意しておいたほうがいいのは」

『お金と防寒着、それと……レイカルは相変わらずサンタを信じているんでしょ?』

 作木はレイカルの様子を窺って自然と小声になる。

「……ええ、まぁ……。やっぱり、まだ夢を見させたほうがいいでしょうか」

『サンタなんて信じられるうちに信じておいたほうが何かと、ね。そのほうがレイカルらしいし。プレゼントを買うのは秘密にしておいたほうがいいかもね』

「じゃあ、近くの公園まで行っておきます。そこで落ち合う感じで」

『ええ、了解。……それにしても、作木君。一応はその……恋人たちの季節なんだから、忘れちゃ駄目でしょ』

 ごにょごにょと言葉を濁す小夜に、作木は己を恥じ入る。

 あまりにも軽率であった、まさか前日まで忘れていたなど。

「肝に銘じておきます。では」

「創主様! どうしたんですか?」

「あっ、えっとそのー……ちょっとそこまで行ってくる」

「サンタは来るんですかねー。明日はヒヒイロのところに行く予定もあるので楽しみです!」

 レイカルでさえも覚えていたのに、創主である自分が完全に抜けていたなど話にならない。

 作木がジャケットを羽織って外に出ると、既に空気は凍て付いていた。

 白い息が棚引き、呼吸は冷気に晒される。

「寒っ……。もう完全に冬だなぁ……」

「――でも、作木君も作木君よね。いくら忙しいって言ってもクリスマスイヴを忘れちゃうなんて」

 ナナ子の言い分に小夜は、まぁ、と頬を掻く。

「忙しいのは本当だろうし、作木君が抜けているのは今に始まった話じゃないでしょ」

「でも、明日のクリスマス会も忘れちゃっていたかと思うと、電話かけて正解だったでしょ? 小夜」

「……うーん、相変わらずって言うか、何て言うか……。そもそも、無頓着なのよねぇ……。あ、飾り付け、これでいい? ヒヒイロ」

「ええ、上出来かと。ウリカル、もう少し上に」

「はい、師匠」

 ヒヒイロの指示で万年閑古鳥が鳴いている削里の店も、クリスマス仕様に飾りがつけられている。

 当の削里はこたつに籠って詰め将棋を打っていた。

「削里さん、手伝ってくださいよ」

「俺は生憎、クリスマスだとか言って浮かれたりはしない主義なんだ。ヒヒイロがやってくれるだろ?」

「真次郎殿は少し冬になると怠惰が過ぎます。行事ごとなのですから動いたほうがよろしいかと」

 ヒヒイロがいつになく珍しく削里に注意を飛ばす。

 しかし削里は動かない。

「……今年の冬は冷え込むからなぁ。できれば動きたくないのが本音なんだけれど」

「削里さんも考えものねぇ。カリクムー、明日の衣装はあんたこれね」

 ナナ子が差し出した衣装にカリクムはぎょっとする。

「お前、これ……っ、ほとんど下穿いてないように見えるじゃんか……」

「ふっふっふっ……ミニスカサンタは王道中の王道よ。このナナ子様が逃すわけないでしょう? ほら、ウリカルも。サイズせっかく測ったんだから、あとで衣装合わせしてよね」

「わ、私も……? 私、そんなの似合うでしょうか……」

「似合う似合うってば。自信持ちなさい。……って、あれ、何で小夜がちょっとへこんでるのよ」

 ミニスカサンタの衣装を見るなりげんなりした自分へと、ナナ子が問いかける。

「いやー、だってバラエティでそれ結構着せられたから……ちょっとした抵抗感が……」

「何言ってるの! 明日こそは作木君を射止めるんでしょ? ほら! 小夜の分のミニスカサンタ服もあるんだから!」

「うーん……どうにも着せられている感があるわね」

「ヒヒイロ、あんたのもあるわよ」

「おや、これはこれは。ありがたく着させていただきます」

「あんたは着るんだ……。って言うか、ちょっと思っていたんだけれど、このお店って純和風でしょ? いいの? クリスマス会の会場にしちゃっても……」

「別にこだわりがあるわけではありませんし、真次郎殿はあの調子なので構いません」

「ま、あいにく無宗教って感じだから、どんな飾りつけをしても、片づけまでしてくれるなら文句は言わないよ。俺は……明日は布団から出ないと思うけれど」

「駄目ですよ、真次郎殿。それではただでさえだらける習慣がついているのに、余計に怠け癖がついてしまうでしょう。明日の会には参加していただきます」

「オリハルコンがそれを望むなら、か。まぁ騒がしいのは嫌いじゃないし、俺はいいんだけれどね」

 いつになく削里の口数が多いので、小夜はヒヒイロへと声を潜ませる。

「……ねぇ、削里さんってクリスマスに嫌な思い出でもあるの?」

「別にそういうわけではないようですが……サンタを昔から信じていないのだけは知っております」

「それは何で?」

「師匠である光雲殿が……サンタ衣装で毎年何かとプレゼントをくれていたせいかと……」

「なるほどね。幼少期に夢を壊されちゃったわけか」

 あまり話に上らない削里の師匠だが、聞いた限りでは伽の師匠でもあったと言う。

「それよりも、いいの? 小夜。作木君、今頃凍え死んでいるかも」

「あっ、やっば、時間!」

 ヘルメットとジャケットに身を包んで外に出ると、もう夜も更けてきた頃合いであった。

「……明日はホワイトクリスマスか……」

 一年があっという間に過ぎてしまった気がするのは、大人になった証であろうか。

「子供の頃は、もっと時間がのびのびとしていたような気がするんだけれどね」

 ――外はもうすっかり冬支度の後に新年を迎える準備さえ整っていて、作木は周囲を見渡す。

「もう年越しですね……」

「そうね、今年も早かったわ」

 どうしてなのだか、小夜は少し覇気がないようだ。

 自分が完全に失念していたのも原因としてはあるだろう。

「あの……プレゼントですけれど……」

「うん? ああ、そうね。レイカルたちの用意してあげないと」

「いえ、その……」

 もどかしく、言い出せない。

 ここでスパッと切り出して、スマートに小夜のプレゼントを選べるのが男なのだろうが、自分にはそんな甲斐性もない。

 小夜も何となくそのような部分は感じているのか、レイカルたちのプレゼントを選ぶほうに意識を向けていた。

「これ、カリクムってば、最近、こういうの興味ありそうなのよね」

「……これ、猫用のおもちゃですけれど」

「猫みたいなもんでしょ? あの子たちは。それにしたって、うーん……結構悩みどころよね」

 クリスマスを間近にして街中はカップルで溢れ返っている。

 明日、明後日と愛を囁く時間が訪れるのを予感しているのだろう。

「明日のクリスマス会、高杉先生やおとぎさんたちも来るんですよね?」

「ええ、ちゃんと招待しておいたわ。懿君……彼が案外、お金持ちだから、もしかしたらすごいプレゼント贈るかもね」

 そういえば懿と一緒にこうして聖夜を祝うのも初めてであったか。

 今年はウリカルのこともあり、初めてづくしであった気もする。

「そっか……僕もレイカルたちのこと、キッチリ見てあげられたのかな……」

「作木君はいつだって一生懸命でしょ? その辺がまぁ、見ていて飽きないんだけれどね」

 小夜がカリクムのプレゼントを手にレジへと向かう中で、作木はふと、売り場の一角に目を留めていた。

「あっ、あれって……」

「――メリークリスマス!」

 クラッカーが鳴らされる中で、ヒミコが早速シャンパンを開けようとする。

「よぉーし、今日は飲むわよぉー、真次郎」

「それはいいんだが、羽目を外し過ぎるなよ。一応は教え子の前だろ?」

「無礼講よ、無礼講! ねっ!」

「ヒミコ殿、酒は飲んでも飲まれるな、ですよ」

「何よぉ、ヒヒイロのイケズー」

 おとぎは懿と水刃と共にクリスマスプレゼントを楽しんでいるようであった。

「おとぎさん、それに水刃様も。おれからのクリスマスプレゼントです」

 実直な懿は師範である水刃への礼節も忘れない。

(うむ。お主はよくできておる弟子だ。儂も肩肘を張らずに済む。今日ばかりは楽しむといい)

 水刃には日ごろの修行の成果物と、捧げ物の供物を。

 おとぎには真っ赤な薔薇をプレゼントしていた。

 目が見えるようになったおとぎにしてみれば、薔薇の鮮烈さはいい刺激に違いない。

「ちぇーっ、いい男はああやって勝手に寄っていくもんよねぇ。真次郎、次のシャンパン!」

「ヒミコ先生、早速出来上がってる……。ほら、レイカルたちはそこに並んで。写真撮るわよー」

 ミニスカサンタ衣装に身を包んだレイカルたちを写真に収め、ナナ子はご満悦である。

「眼福眼福、っと。後で写真は現像するからねー」

 その片隅でドレスに身を包んだ小夜へと、作木は歩み寄っていた。

「小夜さん、その……」

「どうしたの、作木君。レイカルのところに行ってあげたら? プレゼント交換はこれからなんだし」

「いえ、その前に」

 作木が差し出したのは二頭身にデフォルメされた、小夜がトナカイに乗るフュギュアであった。

 しっかりサンタ衣装に身を包んでいる。

「作木君、これ……」

「トナカイは元々、作っていたものですけれど、実は昨日徹夜して……。何とか完成に漕ぎ着けられてよかったです」

「でも……私のデフォルメフュギュアは初めてでしょう?」

「いえ、昨日の買い物の時、二頭身のサンタのフュギュアとかが飾られていたので……それをヒントにしたから一から作るよりかは……」

「とか言って……作木君、目の下、結構酷いわよ?」

「えっ……そうですかね」

 とは言え、と小夜はそれを受け取る。

「でも、ありがと。……何だかこれだけでも、作木君と一緒に今年一年を過ごした甲斐があった感じがするわ」

「小夜さん……。その、来年もよろしくお願いします」

「お願いするのはこっちも。……まぁ、ちょっとは進展、かな」

 微笑みを交わし合い、レイカルたちのプレゼント交換を見守る。

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