JINKI 200 南米戦線 第十三話 「世界に縛られるだけの」

「遅かったじゃねぇの。何かあったのか?」

「察しの通り、事前に通達のあった試作機との戦闘だ。……いくらか犠牲もあった」

 沈んだ声音に無傷とはいかなかったことを垣間見て、両兵はリーダーを顎でしゃくって促す。

「ここから先はカラカス防衛網にほど近い。もっとやべぇ敵が出てきたってオレたちは立ち向かうしかねぇんだ。分かるよな?」

「何を言わせたい、オガワラ」

「あんたなら分かっているはずだと踏んでの言葉だよ。……下手に及び腰になっちまうような奴は基地に返したほうがいい」

「お前は、それで面倒見がいいのだな」

「うるせぇよ。そんなんじゃねぇ。……もしもの時に背中預けるのには、こんなところでビビってるような奴は邪魔だって言うだけだ」

「桜花のことを、よく見てくれていると聞いている」

「霜月の野郎が前に出過ぎなんだよ。あんただろ、あいつにああいう教育したの。……ったく、前線兵ってのは無駄に恐れ知らずなのがいけねぇな」

「桜花は……何も言っていないのか?」

「何もって何だよ。相変わらずうるせぇの何のったらねぇよ」

 リーダーは静かに立ち止まっていた。両兵も足を止めて振り返る。

「……何だよ」

「桜花について……言っておくべきことがある」

「改まって何だ? 霜月の奴が今さらビビりってわけでもあるめぇし」

「そうではない。……桜花は、この戦線に加わってまだ二年だ」

「二年間で様変わりしちまった世界だろ。何年だなんだのってのは関係ねぇし、あいつの誇りを汚すだけだと思うが」

「そうではない。あの子はまだ……この世に生を受けて、二年なんだ」

 発せられた言葉の意味が最初分からず、両兵は戸惑いを浮かべていた。

「……何言ってンだ? 冗談キツイぜ」

「あの子は軍の……ダビング中将の指揮下にあった施設で見つけた……研究成果のようなものだと言っておく」

「研究成果……? ダビングの野郎、何を企んでやがったって言うんだ?」

「わたしにも分からん。分からんが……人一人を生み出す禁忌の術が、軍内部で存在していたことだけは事実だろうな」

 両兵はリーダーの語る論調に眩暈のようなものを覚えていた。桜花が何らかの意図のもとに生み出された存在? だとしても、頷けない部分がある。

「あいつはそんなこと、欠片も言いやがらなかったぞ?」

「桜花自身は記憶喪失だと思っている。我々も彼女の過去に干渉したところで、分かることが増えるわけであるまい。ただ一つ、ハッキリしているのは、これがダビング中将の意思だったということだ」

 またダビングの名前がここで挙がる、と両兵は奥歯を噛み締めていた。

 死んでまで誰かの運命を縛るのが、ダビングの目的だったとでも言うのか。

 あるいはキョムと相討ちに持ち込むのに、犠牲のない生存はあり得なかったとでも言うのだろうか。

「……どっちにしたって、野郎の掌の上ってのは気味が悪ぃ……」

「中将は未来を見据えられる軍人であった。……わたしたちは中将に見初められた、キョムと戦うことを宿命付けられた者たちだ。ならばこの命、投げ打ってでも惜しくはない」

「そこも分からねぇな。ダビングの野郎がどこまで考えていたにせよ、奴はもう死人だ。死人が生きている連中の人生にとやかく首を突っ込むもんでもねぇはずだ」

「……オガワラ。分かってくれとは言わない。だが知っていて欲しい。桜花の隣に居るのはお前が相応しいはずだ。あの子も心を開きつつある。兄と慕った男が死んだ後に、心の隙間を埋める程度は」

「真っ平だね。オレは誰かの代わりになるつもりなんてねぇ。霜月だってそうだ。生み出された経緯がどうであれ、そんなもん知らねぇって生きていくのが真っ当だろうさ。オレはあいつに、造られた命だとかそういうもんを背負わせる気はねぇよ」

「それでいい、オガワラ。わたしとて使い手でもない。だがお前は《ナナツー零式》を駆って約束の場所まで行けるはずだろう。――爆心地、カラカス中枢部。そこに赴けば自ずと答えは出るはずだ」

「答えなんてあると思ってンのか? オレたちは答えなんてねぇ世の中に生きているんだと思っていたが」

「確実に何かを得られるはずだ。あるいは何かを失うか……。いずれにせよ、カラカス奪還は急務である」

「首都奪還の後に、あんたらはキョム相手にどうするってンだ? 相手は明らかにこちらより優位に陣取っている。だって言うのに、カラカスアンヘルは地を這うだけだ。今日出てきたトウジャタイプは大したこともなかったが、これが続くと変わってくるぜ。試験人機と戦って無傷ってわけにもいかねぇ。どこかでシワ寄せが来る」

「それも含めて、我々の進軍だとも。カラカスを取り戻せば、きっと明日はやってくる。キョムへと反抗の凱歌を奏でる明日が……」

 リーダーは自分たちの戦力である《ホワイト=ロンド》部隊を見渡す。

 野営地で並び立った機体はどれも傷ついており、整備状態が万全とは言い難い。

「わたしたちはこれより、キョムとの全面戦争に突入する。……遅かれ早かれだ。いずれは立ち向かわなければならない。その時、隷属か死かを選べるのならば、我々は誇り高くありたい」

「霜月にそれは関係ねぇんじゃねぇのか? ……あいつは確かに猪突猛進気味の馬鹿だが、心中ってのはいただけねぇ」

「桜花はアンヘルと共にあらなければキョムに利用されるかもしれない。そういう星の生まれだ」

「分かんねぇのはそれもだ。……霜月はあの年で単座で人機を操縦してのける。……血続か?」

「判定する術がない。アルファーを我々は持っていないのだから。だが軍研究施設に居たことと、ダビング中将の切り札であったことから、血続であると考えられる」

「……お前ら、いくら血続操主が貴重だからって、前にばかり行かせるのはそれは人でなしって言うんだぜ」

「どう罵られようと、甘んじて受けよう。我々には、勝利以外の選択肢はない」

「敗残の兵には選択権すらねぇってわけかい。……案外、狭い世界に生きているのはあんたもオレも同じらしい」

「オガワラ、刀を手離すことはしないのだな」

 手に提げた刀を意識する。

「ああ、これは……オレがオレである唯一の証明みたいなものさ。何があってもこの刀だけは手離さねぇ」

「お前はまるで抜身の刃だ。桜花もそれに惹かれたのかもしれない」

「よせよ。凶器に惹かれるなんてロクな死に方をしねぇ」

「武器は使い様だ。刃とてなまくらでは機能するまい。オガワラ、どうかその力で……桜花を守ってやって欲しい」

「それも変な言い草だろ。オレ一人じゃ、盾になるのが関の山だ。てめぇらだって、霜月と長いはずだろ。なら、その時にどういう終わりを描けるのかどうか、それはきっちり胸の中に抱いておけよ。そうじゃねぇと、いざという時に頼れねぇからな」

 踵を返した両兵の背中にリーダーは呼びかける。

「しかしオガワラ、それはただの人がそうするのには茨の道だろうに」

 分かっている。もう人の道なんて踏み越えた。

 修羅の道で、自分は生き続けるしかない。そうなのだと規定しただけの獣だ。

 火を囲んで桜花を含む数名がポーカーに明け暮れていた。

「よぉ、オガワラ。リーダーは何て?」

「力を期待している、と。オレは途中参加だっつーのによ」

 文句を垂れると仲間たちが笑う。

「そりゃあ、オガワラ。頼りにされているんだよ。お前は飛び切り強いからな」

「へいへい。じゃあせいぜい仕事だけはこなしますかね」

 座り込むと、対面の桜花は頬をむくれさせていた。

「……何だ、霜月。馬鹿みてぇな顔してンぞ?」

「知んない! リョーヘイのバカ」

「……何なんだよ。火を任せたのがそんなに不服だったか?」

「桜花はオガワラと話したかったんだよな」

 仲間たちの囃し立てに、桜花が慌てて取り繕う。

「そ、そんなんじゃないからっ! 勘違いしないでよね、リョーヘイ!」

「分かってンよ、そんなこった。にしても、決戦前夜にポーカーたぁ、景気のいいこって」

「明日の戦いを占うんだよ。今日の俺はツイてるぜ」

「そうかい。じゃあ、オレも運試しさせてもらおうかねぇ」

 ポーカー勝負に持ち込むと、分かりやすく桜花は手札の善し悪しが顔に出るのが窺えた。

 何てことはない、要はカモられているのだ。

「霜月、手札よさそうだな」

「あっ、馬鹿、オガワラ……! それを言っちゃあ……!」

「えっ、何で……? 何で分かったの、リョーヘイ」

 両兵は頬を指差して呆れながら言いやる。

「顔に出てンだよ。趣味悪いぜ、てめぇらも。女子供相手にカモろうなんてな」

「ちぇっ……もうちょっと勝ってから種明かししようと思ったのによ」

 その段になって桜花は頬を紅潮させ、立ち上がって自分を罵倒する。

「り、リョーヘイってば、ズルいズルい、ズルーい! 分かったんならもっと早く言ってくれればよかったのに!」

「言ったら直んのかよ。まぁ、これ以上カモられなかっただけ、オレに感謝しとけよな」

「そ、そんなの分かんないじゃない! もしかしたらたまたまかも……」

「たまたまで負けが込むかよ。……ったく、てめぇら。明日の人機の整備に戻っておけ。オレは朝方まで火を見ておく」

「おう、頼んだぞ、オガワラ。お前はうちのエースなんだからな」

「エースねぇ……」

 取り残されたのは自分と桜花だけだ。

 先ほどのリーダーの話が虚言であれ、真実であれ、少しばかり気まずい空気を持て余す。

「……ねぇ、リョーヘイ」

 口火を切った桜花に、両兵はトランプを集めながら応じていた。

「……何だよ」

 木材がぱちんと火の中で跳ねる。

 桜花はどこか憔悴し切ったように呟いていた。

「……お兄ちゃんのこと、リョーヘイは割り切ったんだよね……」

「お前の兄貴か。オレはあまり知らないからな。割り切りも何もねぇよ。お前こそ、どうなんだ? 少しは頭も冴えたか?」

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