JINKI 200 南米戦線 第十七話 「別れの時だとしても」

 壁に背中を預けたルイはいつもの双眸を向けていたが、今日ばかりはその眼差しに同じものを見ているのが分かる。

「……私、ルイとも出会えてよかった。最初は、静花さん、お母さんみたいな……ちょっと意地悪な子だと思っちゃったけれど、でも、違った。こうしてモリビトの操主を巡って、二人して切磋琢磨できたこれまでの毎日は、決して無駄じゃなかった。だって、ルイは私の……最大のライバルで、それでモリビトの操主だもん」

「大きい声で恥ずかしいこと言わない」

 ピンとデコピンをかまされ、青葉は微笑む。

 ルイもフッと笑みを浮かべていた。

「……コックピット、行くんでしょう?」

「あ、うん。……ルイも来てくれるの?」

「当然よ。これから正式な操主に成るんだもの」

 つんと澄ました態度だが、それでも自分の気持ちを汲んでくれているのを感じ、青葉はルイの手を引いていた。

「じゃあホラ! 一緒に行こっ!」

「ちょっ……慌てないでってば」

 格納庫へと二人で踏み込み、タラップを駆け上がる。

 コックピットハッチを開いたところで、青葉は空を仰いでいた。

「……どうしたの? 早く乗るんじゃ……」

「うん。でもその前に、ちょっと空を見ておきたくって」

「南米の空を?」

「遠く離れても空で繋がれる、私たちはそうなんだって、確かめたいのかも」

「……とっとと上操主席に乗りなさい。ホント、いちいち恥ずかしいんだから」

 ルイは下操主席についたが、これから《モリビト2号》は名実ともに彼女の人機だ。

 ならば上操主席のほうがいいのでは、と思ったが、ルイはテーブルモニターを叩く。

「こっちが落ち着く。……青葉、最後かもしれないんだから、何か気の利いたこと、言いなさいよ」

「えっと、えーっと……。駄目、何にも思いつかないや」

「何それ。色々あるんじゃないの? 《モリビト2号》と一緒にここまで強くなってきたんでしょ?」

「でも……いざ別れの言葉ってなると何も……。うん、お別れじゃないんだ、これ」

「青葉?」

「お別れじゃない。新しい出会いのための、ちょっとだけ遠く離れるだけ。だから――また会えるね! 《モリビト2号》っ!」

《モリビト2号》の機体が静かに鳴動する。

「……血塊炉を稼働させていないのに……。今のが、モリビトの?」

「うん。聞こえたよ、モリビトの声……。ありがとう! 私も同じ気持ち……!」

 湿っぽい慕情でもない。

 別れに際しての言葉でもない。

 ただ一言――出会いにありがとうと。

 これまで積み重ねてきた何もかもへの、感謝が胸の中にあった。

「私はきっと……きっとモリビトのことを忘れない……っ!」

 忘れようと思っても忘れられるものか。

 心の奥底から愛した人機。その機体が紡いでいくこれからの出会いの連鎖を、愛おしく思えるように。

 青葉はコックピットの中で深呼吸していた。

 モリビトの鼓動を感じる。

 脈動は己の小さな心臓の息吹にも似て。

 人機がいつしか――誰のものでもなく、戦いの道具でもなく。

 様々な人の出会いと別れ、そして想いを紡げるように。

「未来のために。いつかきっと、その日が来るまで。それまでちょっとだけのお別れだもん。……だから、泣かない」

 微笑みだけで、送り出そう。

 それだけがきっと、自分にできる精一杯。

 ルイは振り向かずに、言葉を重ねていた。

「……青葉。《モリビト2号》、しっかりと預かったわ。この機体がどんな風に人を救うのかは、まだ分からないけれどでも……あんたの想いを背負ったこの機体、絶対に人のために使う」

「……うんっ! ルイならやれるって……信じてるっ!」

「……だから、平然と恥ずかしいこと言わないでってば」

 目線を交わし合い、拳を突き出す。

 コツンと拳を合わせ、誓いを立てていた。

 ――《モリビト2号》はきっと、たくさんの人を救える。

 その時が来るまで、ずっと待っている、待ち続けられる。

 青葉の胸の中にあるのは、茫漠とした不安ではない。それはもう掻き消えていた。

 あるのは――未来への展望。

 いつしか、モリビトの腕が未来と言う名の答えを掴み取るまで。

「私はずっと……戦い続けるから」

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