壁に背中を預けたルイはいつもの双眸を向けていたが、今日ばかりはその眼差しに同じものを見ているのが分かる。
「……私、ルイとも出会えてよかった。最初は、静花さん、お母さんみたいな……ちょっと意地悪な子だと思っちゃったけれど、でも、違った。こうしてモリビトの操主を巡って、二人して切磋琢磨できたこれまでの毎日は、決して無駄じゃなかった。だって、ルイは私の……最大のライバルで、それでモリビトの操主だもん」
「大きい声で恥ずかしいこと言わない」
ピンとデコピンをかまされ、青葉は微笑む。
ルイもフッと笑みを浮かべていた。
「……コックピット、行くんでしょう?」
「あ、うん。……ルイも来てくれるの?」
「当然よ。これから正式な操主に成るんだもの」
つんと澄ました態度だが、それでも自分の気持ちを汲んでくれているのを感じ、青葉はルイの手を引いていた。
「じゃあホラ! 一緒に行こっ!」
「ちょっ……慌てないでってば」
格納庫へと二人で踏み込み、タラップを駆け上がる。
コックピットハッチを開いたところで、青葉は空を仰いでいた。
「……どうしたの? 早く乗るんじゃ……」
「うん。でもその前に、ちょっと空を見ておきたくって」
「南米の空を?」
「遠く離れても空で繋がれる、私たちはそうなんだって、確かめたいのかも」
「……とっとと上操主席に乗りなさい。ホント、いちいち恥ずかしいんだから」
ルイは下操主席についたが、これから《モリビト2号》は名実ともに彼女の人機だ。
ならば上操主席のほうがいいのでは、と思ったが、ルイはテーブルモニターを叩く。
「こっちが落ち着く。……青葉、最後かもしれないんだから、何か気の利いたこと、言いなさいよ」
「えっと、えーっと……。駄目、何にも思いつかないや」
「何それ。色々あるんじゃないの? 《モリビト2号》と一緒にここまで強くなってきたんでしょ?」
「でも……いざ別れの言葉ってなると何も……。うん、お別れじゃないんだ、これ」
「青葉?」
「お別れじゃない。新しい出会いのための、ちょっとだけ遠く離れるだけ。だから――また会えるね! 《モリビト2号》っ!」
《モリビト2号》の機体が静かに鳴動する。
「……血塊炉を稼働させていないのに……。今のが、モリビトの?」
「うん。聞こえたよ、モリビトの声……。ありがとう! 私も同じ気持ち……!」
湿っぽい慕情でもない。
別れに際しての言葉でもない。
ただ一言――出会いにありがとうと。
これまで積み重ねてきた何もかもへの、感謝が胸の中にあった。
「私はきっと……きっとモリビトのことを忘れない……っ!」
忘れようと思っても忘れられるものか。
心の奥底から愛した人機。その機体が紡いでいくこれからの出会いの連鎖を、愛おしく思えるように。
青葉はコックピットの中で深呼吸していた。
モリビトの鼓動を感じる。
脈動は己の小さな心臓の息吹にも似て。
人機がいつしか――誰のものでもなく、戦いの道具でもなく。
様々な人の出会いと別れ、そして想いを紡げるように。
「未来のために。いつかきっと、その日が来るまで。それまでちょっとだけのお別れだもん。……だから、泣かない」
微笑みだけで、送り出そう。
それだけがきっと、自分にできる精一杯。
ルイは振り向かずに、言葉を重ねていた。
「……青葉。《モリビト2号》、しっかりと預かったわ。この機体がどんな風に人を救うのかは、まだ分からないけれどでも……あんたの想いを背負ったこの機体、絶対に人のために使う」
「……うんっ! ルイならやれるって……信じてるっ!」
「……だから、平然と恥ずかしいこと言わないでってば」
目線を交わし合い、拳を突き出す。
コツンと拳を合わせ、誓いを立てていた。
――《モリビト2号》はきっと、たくさんの人を救える。
その時が来るまで、ずっと待っている、待ち続けられる。
青葉の胸の中にあるのは、茫漠とした不安ではない。それはもう掻き消えていた。
あるのは――未来への展望。
いつしか、モリビトの腕が未来と言う名の答えを掴み取るまで。
「私はずっと……戦い続けるから」