JINKI 200 南米戦線 第二十話 引き継ぐべき想い

「そう、あんたも大変ね、自称天才」

「それさー、やめてくんない? 自称じゃないし」

「いつまで経ったって、あんたは自称よ。……青葉は?」

「もう言葉は尽くしたって。それはルイもでしょ?」

「そうかもしれないわね。……南米から日本に向けて、か。私たちはあまりにも多くのものを、踏み台にしてきたのかもしれないわ」

「どうかな。それが意味のある形になるのなら、懸けてみるのもいい。ボクらはいつだって、後回しの答えを求めるだけでしょ」

「そうね、答えなんて後からついてくる。先に行くわ。あんたは……どうせ元気でしょうから、言葉なんて要らないわよね?」

「それって何気に酷いなぁ。……けれどまぁ、ボクとルイの間柄だし。湿っぽいのは抜きにしようよ」

「私は日本でも戦う。……青葉の追い求めた、理想のために」

「聞いたよ。トーキョーだっけ? 日本の首都。新たに編成されるその名前は――トーキョーアンヘル」

「私たちは戦う。戦うことでしか、前に進めないから」

「どうあったって、運命は残酷だね。けれど、そのほうが踏み込み甲斐もあるんだろうし」

『黄坂ルイ!』

《ナナツーウェイ》の連隊がこちらへと歩み寄り、キャノピーを開く。

「フィリプス隊長たちじゃん」

「せめて別れの挨拶を……! 世話になった」

 フィリプスのてらいのない言葉にルイはつんと澄ます。

「何でもないのよ。あんたたちこそ、お荷物にならないことね」

「忠言痛み入る。……そうか、日本か。遠いな」

「いずれはボクもあっちに行く予定だし。その時は任せるよ、フィリプス隊長」

「いやはや、まだ隊長と言われるのは慣れないものだな。それでも、歴戦の猛者たる君たちが行くんだ。凱旋の手向けにさせて欲しい」

「好きになさい。私はヘリのほうに行っておく。もう南も準備できているだろうし」

「……青葉とは? もう一言二言、言葉は交わさないの?」

「もう充分よ。モリビトを引き取った時点で、青葉には言い表せないほどの、言葉は尽くしたでしょうし」

「それもそっか。じゃあね、ルイ。またね」

 エルニィの言葉を聞いて、ルイはヘリへと歩み出しかけた歩を止める。

「……また、か。それって約束になるのかしら……」

 また会える保証なんてない。

 日本と南米だ、あまりに遠い。

 せめて、言葉はもう少し尽くすべきだったか、と面を伏せた瞬間、広域通信が響き渡っていた。

『ルイ――ッ!』

 その声の主に、ルイは振り返る。

「……青葉……?」

『聞こえているかどうか、分からないけれど――ッ! けれど、聞こえていたら、覚えておいて! ……また会おっ!』

「津崎青葉か……。彼女も、辛い立場だろうに……」

 フィリプスらの声を聞いてから、ルイはフッと口元に笑みを浮かべる。

「……ええ、きっとまた、会えると信じているから。青葉、その時まで私より、強くなっていなさい」

 手向けの言葉はきっと、それくらいで充分なはず。

 ならば――振り返る理由もない。

 踏み出した足は、未来を見据えていた。

 ――あまりにも、凄絶であった。

 桜花と言う少女のこと。そして、両兵が体験した、南米の戦場――。

「オレはその後、日本に密航して……それで偶然にもお前と会ったわけだ」

「……小河原さんは、その……桜花さんのこと、私に重ねていたんですね」

 最初に出会った時、他人にもかかわらずあそこまで怒ってくれたのは、たった三年間しかないと自分の境遇を嘆く己があまりにも似ていたからだろう。

「……それだけじゃねぇんだがな。霜月はなんつーか……お前によく似ていたんだよ。顔つきだとか、そういうのでもないはずなんだが」

「……私、寝ている場合じゃ……ないですよね」

 起き上がろうとして眩暈に襲われ、両兵に額を押さえられる。

「アホ、休める時には休んどけ。それに、キョムとの戦いはまだ終わったわけじゃねぇ。これから先、何が起こるか分かンねぇんだ。その時に戦えないんじゃどうしようもねぇ」

「小河原さん……。あの、これってすごい、デリカシーないかもしれないんですけれど……」

「何だ、言ってみろ」

「……桜花さんは、小河原さんにとってその……特別な人だったんですか……?」

 暫時、沈黙が降り立つ。

 外の雨は止む様子もない。

「……どうだったんだろうな。ただ……失うばっかの戦いは、もううんざりってのだけは確かだろうぜ」

 はぐらかされた形になったが、それもそうだろう。

 傷を抉りかねない自分の発言は、ともすれば軽率で。

 そして、少し嫉妬さえもしている己の心は、相応しくないはずだ。

 立ち上がった両兵の背中を赤緒は呼び止めていた。

「あの……今日だけは、傍に居てくれますか? 近くに……居て欲しいんです……」

 これもずるい論法だったかもしれない。

 それでも、何故なのだか、両兵を今、一人にしてはいけないという気持ちだけが急いている。

「……しゃーねぇな。病み上がりの奴一人残すのも忍びねぇ。……今日だけは、傍に居てやンよ」

「ありがとうございます。……でも、思い出したくないことを、話させてしまったんじゃ……」

「別にどうってことねぇさ。傷は癒えるもんだ。時間が解決してくれる。それでも……話していくうちに消えないもんのほうが大事なんじゃねぇかとは、思ったがな」

 赤緒はそっと、両兵の手を取る。

 いつになく冷たい両兵の指先を、赤緒は握り締めていた。

「大丈夫なんて……そんな無責任なことは言えません。ですけれどでも……私が……! こうして傍に居る間は、傷に足を囚われることが、ないように……」

「そうか……安心した。……って、そういうことか。何だよ、霜月の奴。安心したって……そういう意味だったのか」

「……小河原さん?」

「いや、ちょっと思い出しただけだ。……死に際に安心したって、今の今まで意味分かんなかったンだが……そういう意味だったのか。行く末に誰かが居てくれるんなら、安心できるよな」

 赤緒は瞑目し、両兵の言葉を受け止める。

 降りしきる雨は、いずれ虹に変わるはずだ。

 だから、今だけは、痛みを背負って雨雲の向こうを願おう。

 それが――戦うことを、想いを引き継いでいくと言う、ことならば。

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