「のみの……」
飲み込みかねていると、南が大仰な機械を運んできていた。
「エルニィ、本当にこれ売れるんでしょうね?」
「大丈夫だって! 日本人ってば、こういうの好きだから!」
太鼓判を押すエルニィに赤緒は戸惑いながら開かれた店構えを観察する。
南の買って来た骨董品や、人機の建造の際に出た廃棄部品、まるで用途が不明な商品までその種類は多岐に渡る。
「……でも、何で、のみ?」
「赤緒さん、日本じゃこれ、フリーマーケットって言うらしいわ」
南の補足に赤緒はようやく得心していた。
「あー、フリーマーケットですか。……あれ? じゃあ何で蚤の市なんて分かりにくい言葉を?」
「元々がそっちの意味なんだよ。日本人はフリーマーケットのフリーを自由のほうだと思っているようだけれど」
「エルニィ、搬入作業終わったぜ。にしたって、これ、売れるのかよ」
フォークリフトで運んできたシールは人機の部品を漁っていく。
「何気にトーキョーアンヘルの持っている資材ってのはほとんど今の時代じゃ、オーパーツ同然なんだ。だから需要はあるってわけ。……でもシールもツッキーもさぁ……もうちょっとマシなのなかったの? これじゃあ売値が付けづらいよ」
そもそも何に使うのかさえも分からない機械を振ったエルニィにシールは憮然とする。
「失礼だな、人機から出た廃材は今の技術じゃ使えるかもしれねぇだろ。それに、オレらも捨てるのは忍びねぇし、有効活用してくれりゃそれに越したことはねぇよ」
案外、シールもよく考えているものだ。
月子と秋は、と言えば、フリーマーケットらしく古着を選別している。
「これなんてどう? シールちゃん、胸元がきつくなってきたって言っていたし、売り時じゃない?」
「あー、それな。夏頃に着たっきり、ほとんどタンスの肥やしだった奴。服って面倒だよなー、ツナギが一番性に合ってるぜ」
大きく伸びをしたシールは機械部品を並べつつ、エルニィと共に店先の展開を行おうとしているようであったが、そこで赤緒は疑問を発する。
「あれ……許可しましたっけ……?」
「いやだなぁ、赤緒。……そこは今、赤緒が許可するんじゃん」
やはりそういう話か、と赤緒は肩を落とす。
「えー……でも五郎さんとかにも許可を得ないと……」
「五郎さんは神事でしょう? だったら、ここの責任者は赤緒だってば」
うーんと呻った挙句、赤緒は承服していた。
「……まぁ、悪いことに使うんじゃないんなら……」
「やった! ……じゃあ南秘蔵のお宝もこの際だしとっとと売っちゃおう」
「失礼ねぇ、あんたも。これ、まぁまぁの値段交渉したのよ?」
南の持ち出した骨董品はどれもこれも怪しいもので、特に未開の民族の仮面のようなものを多く出品していた。
「……あの、ちなみになんですけれど、おいくらくらいで取引するつもりなんですか?」
「それこそ言い値でしょ」
「うーん……まぁ物によるかもねぇ。これなんてすごいわよ。テレビ局と協力して作った台本とかそういうの」
「……それって相手に許可取ってます?」
「いいのよ、赤緒さん。こういうのは持つべき人間の下に行くべきなんだから」
説得力があるんだかないんだか分からない言葉で誤魔化され、赤緒は整備班の出品した機械部品へと視線を移していた。
「あれ、これって……」
「ああ、小河原君がこの間折っちゃった操縦桿ね。脆くなってくると人機のコックピットの中身って一新しないといけないから」
月子の補足に赤緒は屈み込んでそれぞれを手で持て余す。
「これって……その……」
「ガラクタ、とか言わないでよね、赤緒」
先読みされてエルニィに言われ、赤緒は言葉を窮する。
「で、でも欲しがる人……居るのかなぁ……」
「まぁ考え方次第ってのもあるでしょうし。ほら! ミリタリーヲタクとか! そういう人に刺さるかも!」
南のフォローもフォローになっているんだかいないんだか分からないまま、赤緒は一番フリーマーケットらしい古着やぬいぐるみに着目していた。
「古着……はまだ分かるんですけれど、ぬいぐるみ……これ、まだ真新しく見えますよ? 見た感じ、モチーフは……古代人機ですか?」
鍵穴状の古代人機を模したぬいぐるみがうず高く積まれており、色違いも含めると相当数の在庫を抱えているようだ。
「アンヘルの人機のぬいぐるみは売れるんだけれどねー……。古代人機も作ったはいいものの鳴かず飛ばずで……」
「そもそも何で古代人機なんです? 別に普通の人機でよくないですか?」
「古代人機ぬいぐるみは形もあるんだけれど、抱き枕に転用できるんじゃないかって案があって。それで試作品をたくさん作ってためしに売ってみたら大爆死。実際、そっちに抱き枕大の奴があるでしょ?」
エルニィが指し示した先には人の背丈ほどもある古代人機の抱き枕が横たわっている。
触ってみると割と素材にはこだわっているようで、絹の肌触りであった。
「あっ、柔らかい……。でも、売っちゃうんですよね……」
「なにー、赤緒ってば欲しいの? じゃあ、料金交渉だ。ほらほらー、蚤の市の最も面白いところじゃん。お嬢ちゃんはこれ、いくらで欲しいのかなー?」
怪しげな笑みを浮かべたエルニィに赤緒は自分の財布を窺っていた。
「……えっと、じゃあ千円……」
「安過ぎ! あのねぇ……これでも手間はかかってるんだから。五千円は下らないかな」
「ご、五千円……それはちょっと高過ぎるんじゃ……」
「いいもんねー。赤緒が欲しがらないんじゃ、誰かに売るまでだし。でも本当に欲しくなった時、ないとあれかもよー?」
何だかそう言われると商売上手なエルニィの術中にはまってしまうようで癪であったが、赤緒は古代人機抱き枕をもう一度、ぷにぷにと触ってみる。
「……分かりました。じゃあ一個ください」
五千円札を差し出すと、エルニィは勢いよく引っ手繰る。
「毎度ありー! やった! これは幸先いいんじゃない?」
何だかぼったくられたような感覚もあったが、赤緒は古代人機抱き枕を抱えて赤い絨毯に敷き詰められた商品を見渡す。
「……でも、これもそれも……何だか商品って言うのにはちょっと怪しいんじゃ……」
「何言ってんのさ。それこそ蚤の市の真髄でしょ? みんなでこういうのは楽しむもんなんだから」
「とは言っても……立花さん、これってこの間作っていた発明品とかなんじゃ?」
「ああ、それ? 失敗作だから売っちゃおうと思って」
中途半端な箱型の発明品からは無数にケーブルが伸びており、電源は入るのだが、内側が光るだけで特に用途があるわけでもない。
「……失敗作って言ってますし。まぁ、悪いことに使うんじゃないんなら許可しますけれど……売れます? これ」
「赤緒も友達連れてきなよ。この間の二人とか」
「マキちゃんと泉ちゃんですか? ……うーん、二人来るかなぁ」
「もしかしたらとんでもないお宝もあるかもだし、人によってそういう価値観は違うからねぇ」
「エルニィ、とりあえず搬入作業を続けておくが、お前が売りたいとか言ってたのはいいのかよ? まだ陳列していないみたいだが」
「ふっふっふっ……甘いよ、シール。本当の掘り出し物は最後に出すものだからさ」
何だか何が起こるのかまるで分からないままであったが、赤緒はフリーマーケットの模様を眺めていると石段を上がって来たルイたちと出くわす。
「あっ、ルイさん……って、何で猫……」
ルイの頭と両肩にはちょこんと子猫が乗っている。
「飼うんじゃないわよ。この子たちにとってもちょうどいいのがあるかもって思ってね」
「それは……そうですけれど」
「赤緒さん、ちょっとした蚤の市だって聞いたので、私も何か買おうかなって」
さつきは既にエルニィから概要を聞いていたのか客として絨毯に敷かれた商品を見渡す。
「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ボクの燻製の発明品もあるよー!」
さつきが真っ先に注目したのは食器であり、不格好なマグカップが並んでいる。
「あ、これ手作りなんですか?」
「……ぶきっちょで悪かったな」
どうやらアンヘル整備班の作品らしい。
シールの作ったらしいマグカップは歪んでいたが、月子と秋の作ったものはそれなりの形になっている。
「じゃあ、おいくらですかね? 全部買ったら」
「さ、さつきちゃん、マグカップを全部買うの……?」
圧倒されているとさつきは微笑む。
「だって、皆さん頑張って作られたみたいですから。それに、柊神社の食器の足しにもなりますし」
その真っ直ぐさが今は少し眩しい。
自分はケチった末に言い値で古代人機抱き枕を買わされたとはなかなか言い出しづらかった。
「一個三百円で三人分だし、ちょうど900円くらいかな」
自分に売った時との対応の差に、赤緒はじとっとエルニィを睨む。
「……立花さん? 私の時と対応違わないですか?」
「だって、古代人機抱き枕は本当にコストかかってるんだもん。こっちのは元手はそんなにだし、適正価格だよ」
「自称天才、この子たちが雨宿りできるような巣箱みたいなものはないの? これなんてちょうどよさそうだけれど」
ルイが手に取ったのは先ほどのエルニィの失敗作だ。
「……あー、それ? でもただの箱だし、電気を繋げば光るだけだよ?」
「それでちょうどいいわよ。これ、いくら?」
「うーん……じゃあ二百円くらい?」
「……立花さん? やっぱり私の時と違うんじゃないですか?」
「誤解だなぁ、もう。だから、言ってるでしょ、適正価格だってば!」
とは言え、全部売り切るのは至難の業のようで、赤緒は一度柊神社へと戻っていた。
「うーん……でもマキちゃんも泉ちゃんも、あんなの欲しがるかなぁ……」
疑問のままに赤緒は電話をかける。
「あ、もしもし……」
「――うわー、スッゴ! これ? ロボットの部品?」
思った以上に興奮気味のマキに泉がたしなめる。
「マキちゃん、それってきっとお高いですわよ」
「あっ、勝手に触っちゃまずかったかな?」
「いいっていいって。蚤の市はみんなに解放されているんだから!」
半ば諦め気味に二人を呼ぶと、マキは想定外の食いつきを見せていた。
「これ、もしかして本物のロボットの操縦桿? うっわー! 資料に買おっかな……」
ガラクタだと思ったものを、マキは目を輝かせて見るのでなかなか言い出し切れない。
赤緒は、それとなく忠告していた。
「あの……マキちゃん……? お財布的に厳しかったら別にいいから……」
「いやぁー、でもアンヘルのロボットの部品でしょー? できれば欲しいなぁ。次は熱血ロボット物って決めているからね!」
「マキちゃん、次の公募に出す原稿に取り掛かっているところなのですよ」
泉の補足が入り、マキはエルニィへと料金交渉に入っていた。
「これ、いくら? 買えそうな値段なら欲しいかも」
こういう時にカモにされるのでは、と身構えた赤緒に対し、エルニィはうーんと呻る。
「どうせ人機の使わない操縦桿だし……千円とかでいいよ」
「千円? 安い! 買った!」
すぐさま商談が成立したのを、赤緒は茫然と見据える。
「……立花さん?」
「いや、適正価格だってば! ……それに、下操主席の操縦桿なんて壊れちゃえば取り替えなんだし、血続は使えないし」
言われてしまえばそこまでだが、何だか自分だけ損をしたような気分になる。
「あら? 素敵な花瓶ですね」
泉が着目したのは漆塗りの花瓶であった。
「あー、それ? 南ー、お客ー」
「あら、お目が高い。これはねぇ、某国に行った時に買った奴で、それなりに値段はしたのよ」
「では、おいくらですか?」
今度こそぼったくるつもりだ、と身構えた自分に、南はあっけらかんと応じる。
「まぁ、大したものじゃないし、五百円でいいわ」
口を開いて茫然としていると、エルニィが顔を覗き込む。
「どったの、赤緒。アホ面だよ?」
「いや……だって価値があるって……」
「それは人それぞれじゃん? 南は使わないから五百円なんでしょ?」
「そう言われちゃえば……そうですけれどぉ……」
自分の抱えた古代人機抱き枕がほとほと馬鹿を見たようで何だか納得し切れない。
「むっ……何だこれは」
射撃訓練から戻ってきたメルJが着目したのは鉄くずで組んだ案山子である。
「あー、これ? シール、ツッキー、お客だよー」
「これ、人機の修繕に使った廃材で組んだの。可愛いでしょ?」
「“かかし君1号”だ。買ってくれるのか? メルJ」
シールと月子も出店しており、二人はメカニックならではの部品類を並べていた。
「じゃあ、そこにある弾薬一式と、それと案山子を買わせてもらおう」
「おっ、毎度ありー」
メルJの取り出した財布は高級財布であり、当たり前のように一万円を差し出す。
「……ヴァネットさん、どこからそんなお金を……」
「自衛隊の訓練に付き合っていると、報酬を貰えてな。まぁ、私個人ではほとんど使わないので貯まっていくばかりなので、こういうのに使うのも悪くはあるまい」
案山子を肩に担いだメルJに赤緒はそれとなく尋ねる。
「何に使うんです……?」
「ちょうど射撃訓練に人型大の的が欲しかったところだ。人機の装甲の廃材となれば簡単には壊れないだろうからちょうどいい」
思ったよりも実用的な物言いに、赤緒が閉口していると背後からマキの声が弾ける。
「あー! もしかして赤緒、その人が……例の金髪のイギリス人?」
そういえばマキは初めて会うのだったか、と赤緒は紹介する。
「えっと……メルJ・ヴァネットさん……こっちは私の親友のマキちゃんと泉ちゃんで……」
紹介が終わる前にマキがメルJへと歩み寄って懇願する。
「えーっと、日本語大丈夫? 握手とサインしてください!」
「ふむ……いいだろう。名前は?」
「あっ、マキで……。これ、値段は……?」
「別にただでもいい」
「やった! 現役のロボットのパイロットのサイン! これははかどる!」
握手を交わすと、マキは全身で喜びを伝えていた。
「すごいよ、赤緒! 本物のロボットのパイロットと握手しちゃった! これ、次の創作に活かせそう!」
「よ、よかったね、マキちゃん……」
自分も人機の操主なのだが、とは言い出しづらかった。
「……ふむ。こういうのもたまには悪くないな」
メルJはそう呟いて案山子を担いだまま、境内の射撃訓練場へと戻っていく。
「さぁさぁ! 蚤の市もクライマックスだよ! 何でもかんでも出血大サービス!」
エルニィがベルを鳴らし、商品へと次々と安値が付けられていく。
「……古代人機ぬいぐるみが半額に……? 立花さん……?」
「やだなぁ、赤緒。これってそういうもんじゃん。タイムセールだよ、タイムセール」
確かにそういうものだと言われてしまえば言及もできず、赤緒はむくれたまま売られていく商品を眺めていた。
「……何だかすごい損した気分……」
「自称天才、こっちの発明品も売りなさい」
ルイの指差したのはヘルメット型の発明品だった。
「いいけれど、何に使うの?」
「子猫たちのエサ入れにちょうどいいわ」
「うーん……これってば、元々人機操主の脳波を拾うために作ったんだけれど……まぁいいや。いくらで買う?」
「五百円くらいかしらね」
「じゃあそれで売るよ。はい、商品」
ヘルメット型の発明品を抱え、ルイは子猫たちがにゃーと鳴くのを撫でていく。
「これで少しはマシな棲家にできるわね」
「ルイさんってば、あれで結構、子猫に対してはお優しいので……」
自分が相当に不服な顔をしていたからだろうか、さつきがフォローの声を発する。
「……分かってるんだけれど……どうにも……なぁ」
「さぁーて! もう商品も残り少ないよ! 買った買った! 何ならとっておきも出しちゃう!」