JINKI 206 ムテキの証を

「あっ……手厳しいなぁ、もう。……でもさ、まさかボクらだけで京都旅行なんて思いも寄らないよね」

 新幹線のドアが閉まり、隣の席に座ったエルニィはサンドイッチを頬張る。

 ルイは流れていく窓の外の風景を眺めながら、嘆息をついていた。

「……憂鬱。あんたなんかとまさかアンヘル代表として京都に出張なんて、ね。私も軽く見られたものだわ」

「それ、南に言ってよねー。まぁ、京都に支部を置くってのは上からの圧力もあるみたいだし、どっちにしたって実力のある操主の意見が欲しいってのは事実でしょ。この場合、ルイになるかメルJになるかってところだけれど、メルJは自衛隊の面々への訓練日程と被っちゃったからなぁ」

 頬を掻くエルニィにルイは串カツを食べながら、こうなってしまった経緯を反芻していた。

「……そもそも何で……京都に操主候補なんて……」

「――エルニィ、あんた言っておいた京都への遠征、明日じゃないの?」

 南の声にエルニィはテレビの前で寝転んでいた身体を硬直させた瞬間、寝違える。

「あっ、痛っ、痛たた……。もう、急に大声出さないでよ、びっくりして首と腰をやらかすところだったじゃん」

「そうじゃなくって、あんた、忘れちゃいないでしょうね?」

「忘れて……はいたかな、半分くらいは。でもさー、別にいいんじゃないの? 今回も南が同伴してくれるんでしょ? だったら、前日でも何の心配も――」

「言ってなかったっけ? 私は今回、同伴できないって」

「……え? 何言ってんの? だって、南、トーキョーアンヘルの責任者でしょ?」

 振り返ったエルニィは南が書類を脇に抱えているのを目にしていた。

「これ、明日までに提出しろって矢の催促なのよ。しかも、全部別の部署! ……ってことで、ギリギリだけれど、あんたと一緒に行く人間は探しておくから」

「ちょっ……ちょっと待ってよ! 南! ……言っておくけれど、また赤緒とか寄越さないでよね。前、道に迷ったって言ったでしょ?」

「うーん、赤緒さんでいいかなって思っていたんだけれど、どうやら試験前らしくって断られちゃったのよねぇ」

「……え、じゃあ何、さつきとか? うわー、もっと迷いそう。そもそも、さつきを連れ回したって、今回は京都支部への遠征も兼ねているんでしょ? いいの? 操主の顔見せがさつきで?」

「さつきちゃんはあれでしっかりしていると思うけれどねー。とはいえ、そっちも大変みたい。中学生の身分も自由じゃないわね、何かと用事が詰まっているってのは」

「……じゃあ誰連れて行くのさ。メルJ? まぁ分かんないでもないけれど。操主としちゃ一級品だ。けれど、メルJは土地勘ないでしょ? 迷われたら本気で探し回らないといけなさそうだけれど……」

「あー、大丈夫。あんたと一緒に京都に行くのは、この子だから」

 ぽんと南は卓上の菓子を頬張っていたルイの肩を叩く。

「……げっ……まさかルイ? 嘘でしょ、大丈夫なの?」

「何が大丈夫、よ、自称天才。あんた、私が信じられないの?」

「いや、でも……うーん、まぁ確かにルイは人機操主としちゃ一流だし、日本語もまぁまぁ話せるし、迷子になる心配はなさそうだけれど」

「でしょー? そもそも、私の代理なんだから娘が行くことに何の問題もないでしょうに」

「……南、ギリギリまで言わないから明日の新幹線も飛び込み。当然、少しは報酬も出るんでしょうね?」

「経費で落ちるから! どれだけ使ってくれてもいいわよ!」

 サムズアップを寄越した南にエルニィはどんよりと疲弊していた。

「……何だかなぁ。そりゃ、ルイが適任なのは分かるんだけれど……いいの? 前回遭遇したって言う……京都の操主候補……えっと、三宮何とかだっけ? 彼女とも顔合わせするつもりだったんでしょ?」

「三宮さんにはもう話は通してあるわ。とは言え……エルニィ、こっち来なさい」

 手招く南に嫌な予感がしつつもエルニィは耳を傾ける。

「……正直、ね。三宮さん、家庭事情がよろしくないみたいなのよ」

「家庭事情? ああ、そう言えば前回もちょっと浮世離れしていたっけ? 南、それくらいは事前調査したんだよね?」

「そりゃー、したわよ。どうにも、ね。地元の名家みたいで、発言力がある家庭みたい。そこじゃ、現当主のお爺様が今でも現役で……何て言うのかしらね。箱入り娘って言うの

?」

「人機操主なんてやらせんって感じ?」

「そう、それそれ。でも三宮さんには隠れてこっちとやり取りする術を教えておいたから。多分、合流できると思うわ」

「多分じゃ不安だなぁ……。って言うか、ルイは三宮のこと知らないじゃん」

「大丈夫よ。ルイー、あんた人相書きから相手を見つけるのは得意だったわよね?」

 南はちゃちゃっと似顔絵を描いてみせ、それをルイに差し出す。

 特徴は捉えているもののだいぶ簡略化された人相書きに、ルイはふんと鼻を鳴らす。

「……生意気そうな顔」

「ルイが言うかな……。まぁ、でもさ、メインは京都支部の面々との顔合わせだよね? 三宮とどうこうって言うよりかは」

「いや……うーん、こう言っちゃなんだけれど、三宮さんを助け出せるチャンスはできれば多く欲しいのよ。さっき言った家庭事情もそうだけれど、人機操主を一人でも補填できるのならそれに越したことはないし。今のままじゃ、あんたたちだけに任せている状態ってのは危うい道のりもあるのは……メカニックなら分かるわよね」

「……そりゃあね。ツッキーとシールもテストパイロットに駆り出しているくらいだし、猫の手でも、ってのは日本じゃそう言うんだっけ?」

「だから、三宮さんを前向きに勧誘して欲しいの。あっ、もちろん、無理やりは駄目よ? けれど人機に乗れる、つまり血続であるということはかなりのアドバンテージになるわ。三宮さん自身もそれを分かっていて、私に連絡を寄越してくれているんだし。彼女にはそのつもりがあると思っているの」

「……何だかなぁ。その三宮って言うの、強いかどうかはまだ判定できないんでしょ? だって言うのに、家庭事情込みで首を突っ込むのは……ちょっと強引じゃない?」

 こちらの言葉振りに南自身も思い悩んでいるようであった。

「……まぁ、その通りではあるんだけれど。でも私は……約束しちゃったから。三宮さんにはキョムと戦えるだけの力があるってこと、そしていずれは、私が今の境遇から連れ出すって言うのも」

「南の一方的な約束じゃん。いいの? そのおじいさんとやら、怒らない?」

「……怒らせても、それでも私は三宮さんの自由を取りたい。多分、エゴだけれど、彼女にとっていい未来を選ばせてあげたいのよ」

 南の語調には熱がある。

 それだけ三宮金枝に入れ込んでいるということなのだろう。

 しかし、責任者としてそれは公平な物言いとは言い難いはずだ。

「……赤緒の時も自由意思、って感じではあったけれど、ボクらはある意味じゃ姑息だよね。そうしかない道を強いている」

「……それも、分かり切っているつもりではあるんだけれどね。頼んだわよ、エルニィ。それにルイも」

「……言っておくけれど、その三宮って言うの、私より強くなるつもりがないんなら、勧誘もしないから」

「ルイ! ……まぁ、あんたなりに思うところはあるんでしょうけれど、これから先、操主候補の勧誘も私だけでやっていけるとは思っていないの。私がもし……もしもの話だけれど、戦場の最前線から後退しなくっちゃいけない場合も加味しないと。そうした時に、操主として力を持っている子の面倒を看られるのは、あんたみたいな先輩操主なのよ?」

「先輩、ね……。じゃあその三宮って奴にあったら、まずはこう伝えてやるわ。――」

「――つまりは人機の拡充は滞りなく、と言った具合ですかね、立花博士」

 重役相手にエルニィは営業スマイル全開でにこやかに応じていた。

「うん、まぁ、日本の都市部で戦うって言うんなら、フレーム構造がまだ残っている《ホワイト=ロンド》や《アサルト・ハシャ》の量産事業に乗り出してくれたこと、今は感謝するよ。アンヘル京都支部の所長さん」

「京都は東京のようにビルを乱立できませんからね。それもあって、人機の運用方法を考えるに、かつて南米で試運転されていた《アサルト・ハシャ》のような小回りが利く機体こそが理想形だと思われます」

「今なら、こっちにもモデルケースとして《ナナツーライト》と《ナナツーマイルド》のデータがあるし、そっちを主軸に運用していくのもありなんじゃないかな。京都の街並みはボクも好きだし、できれば壊したくない」

「これはこれは。人機開発の第一人者である立花博士直々に言っていただけると嬉しいものもあります」

 お歴々の面々と顔を突き合わせながら、エルニィは当たり障りのない会話を繰り広げつつ、秘書官らしき女性へと声を潜めていた。

「……で、ルイはどこに行ったって?」

「お連れ様ですが……京都駅から離れて以降、見失っており……」

 申し訳なさそうにした秘書官へとエルニィは苦虫を噛み潰した心地で呟く。

「……もうっ、迷子になるなって言った傍からじゃんかぁ……」

 ――雑多な街並みだな、と言うのが第一印象で、ルイは通りを駆け抜けていた。

 人混みは嫌いではない上に、使い放題の経費でどれだけでも食事にありつけるのがありがたい。

 財布を覗き込み、その全能感に打ち震えていた。

「……今の私には、柊神社の財布事情を牛耳っている赤緒とさつきでさえも、足元に及ばないでしょうね」

 ふふふ、と静かに笑みを刻み次の屋台に駆け寄ろうとした矢先だった。

「嬢ちゃん、困るよ。金がないって言うんじゃ」

「何でですか。金枝はきっちりお金を払ったでしょう」

 耳に入った名前に、足を止めて状況を見守る。

 黄色の着物に身を包んだ少女は露天商と口論になっているようであった。

「だからって今どき……砂金の粒って言うのはなぁ。これじゃ払ってもらっていないのと同じだ」

「……露天商さん、分かっていませんね? その砂金の大粒だけで、三年は食い扶持には困らないんですよ?」

「嬢ちゃんさぁ、普通に金を払ってくれれば、別におれだって物言いをつけたいわけじゃないんだ。何なら物々交換でもいい。その髪留め、結構な値打ち物に見えるが、それでどうだい?」

 その言葉振りに白髪ショートに差されたかんざしを、少女は庇うように後ずさる。

「……駄目……駄目です。これは金枝に取って……大事なもので」

「砂金の大粒よりもかい? そっちなら値段はつけられるってもんだ。少なくともそんじゃそこいらで砂金と交換するよりかは換金もしやすい」

 露天商が手を伸ばしたところで、少女はうろたえていた。

「い、いや……っ」

「――その商談、待った」

 割って入ったルイは露天商の伸ばした手をひねり上げる。

 的確に人体の弱点を知り尽くしている護身術に、相手が悲鳴を上げていた。

「痛っ……痛たた……何だ、嬢ちゃん、知り合いか……?」

 相手がふるふると首を振ったのを確認してから、ルイは財布を開く。

「いくら?」

「……な、何だって……?」

「いくらの物を買ったのって聞いているのよ。値段次第じゃ、きっちりと落とし前をつけるくらいには――」

「ご、誤解だ! この嬢ちゃんが買ったのは千円もしないりんご飴だよ!」

 まさかその程度でトラブルにまで発展しているとは思いも寄らない。

 ルイは少女の片手に握られたりんご飴を一瞥し、嘆息交じりに財布から一万円札を取り出す。

「これでいい?」

 露天商は一万円札を透かして確かめてから、お釣りの計算に入ろうとして、ルイはきっぱりと言いやる。

「釣りは要らないわ、取っておきなさい」

「……ま、毎度……」

 圧倒された様子の露天商相手に、ルイは少女の手を引く。

「行くわよ」

「あっ……えっ……でも、金枝は……」

「いいから。……別に、一回言ってみたかっただけだし」

 少女は戸惑いながらも自分の力には逆らわない。

 先ほどまでの様相はどこへやら、少女は大人しく付き従っていた。

「……その、あなたは……」

「どこかでゆっくりできそうなところはない? 公園とかでいいから」

「こ、公園……。じゃあそこの通りを抜ければ……」

「本当、雑多さだけは東京に勝っているわね」

 ぼやいて公園のベンチを指し示し、少女の隣へと座る。

 相手は何か言葉にしかけて何度か霧散させてから、意を決したようであった。

「……か、金枝は間違っていますか……っ!」

「……さっきの。何のつもりなの? 江戸時代じゃあるまいし、砂金の粒なんて」

「お、お爺様から、持たせてもらえなくって……その、お金は……」

 もじもじとする少女へと、ルイは言ってのける。

「今の私は無敵よ。何でも買えるわ」

「す、すごいです……っ。あなたは何者なんですか……?」

「私? 私はこ……いいえ、ルイとだけ名乗っておきましょう」

「ルイ……さん? さっきの、あっぱれでしたっ! “釣りは要らない”なんて現実で聞いたのは初めてです!」

「そうね、私もリアルに言ったのはさっきので初めてよ」

「初めてであの貫禄……大物ですね、ルイさんは!」

 興奮気味に語る少女にルイはこそばゆいものを感じつつ、少女へと問いかける。

「……あなたは三宮金枝、ね?」

 名前を看破したことで、少女の興奮がピークに達する。

「……初対面のはずなのに名前……もしかして……っ! そういう能力の人ですか?」

「そうよ、私はそういう能力の人間なの」

 半分は間違っていないので嘘は言っていない。

 少女――金枝は声にならない歓喜を上げてから、えっとと巾着袋を探る。

「サインサイン……あっ、でもお忍びとかですよね? じゃあサインとかは……」

「いいわよ、サイン。ペンもちょうど持ってるし」

 サインペンを取り出すと、金枝は何か書けるものを探しているようであったが、あいにく持ち合わせていないようだ。

 しゅんとした金枝へと、ルイが手を引き寄せる。

「ほら、これでいいでしょ?」

 掌にでかでかと「天才美少女ルイより三宮金枝様へ」と書き込む。

 平時ならば赤緒の怒声が飛んでくるか、さつきの諌める声が飛んでくるかのどちらかの悪行であったが、金枝は目を輝かせていた。

「すっ……すっごいですっ! 自分のサインあるんですね! 今日は手を洗わないでおこうかな……」

「私くらいになると当然よ。それで三宮金枝……長いわね。金枝」

「は、はいっ! 何でしょう!」

 いやに畏まった金枝へと、ルイは切り込んでいた。

「あなたは何かに迷っている、違う?」

 ズバリ言い当てられた気分なのだろう、金枝は衝撃に打ち震える。

「……な、何で分かったんですか……あっ! そういう能力の人でしたよねっ! そっかぁ……すっごいなぁ……!」

 ルイはテレビで見た手相診断の真似をして金枝の掌を凝視し、それらしい言葉を投げていた。

「あなたは他言できないことで今悩んでいるけれど、誰かに相談もしてしまいたい。これは……連日ニュースになっているロボットについて、ね?」

「す、すごい……そこまで分かっちゃうんですね……。はい……京都にも出没するようになったあの……キョムって言うんですか? あの悪いロボットに……勝てるって言ってくれた人が居るんです。金枝みたいな人間でも、できることがあるって……。けれど金枝は……それに報いられません。お爺様は聞くよりも先に反対するでしょうし、金枝が出られるのはこうして気紛れのように平日の真っ昼間だけ……。何て言うんですかね……金枝と同じくらいの年の子は、みんな学校に行っているんです。だって言うのに、金枝は……どこにも……行けない……」

 涙ぐんだ金枝にルイはすっぱりと言い捨てる。

「言っておくけれど、泣き虫は人機には乗れないわ」

「な……泣いてませんっ! 泣いてませんよ……ぅ」

 言葉尻が弱々しくなるのもある意味では頷ける境遇ではある。

 しかし、ルイは別段同情する気でもない。

 分かった風になられるのが一番嫌なのは、金枝の身分を鑑みれば一目瞭然だ。

 ――仕立てのいい黄色の着物に、高級品らしき小物を付けている。

 それそのもの自体がある意味では縛られている現状であり、そして彼女が外の世界をほとんど知らない証左でもあった。

 今どき、着物姿で白昼堂々出歩くこと自体、異常だと言う認識も薄いのだろう。

 ルイは金枝の手をさすって、静かに口火を切る。

「……それは並大抵のことじゃ、達成できないでしょうね。でもあんたには……それを成し遂げたいって言う、想いはあるんでしょう?」

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