JINKI 206 ムテキの証を

「……でも想いだけじゃ……何もできない……」

「あんたね、私を侮っているみたいね」

 ハッと面を上げた金枝へと、ルイは悪ガキの面持ちで財布を掲げる。

「私は無敵よ。だから、あんたも勝ちなさい。自分の力で、勝ち取ってみせなさい。それができた時、あんたを正式に迎え入れてあげる。――トーキョーアンヘルにね」

「その名前……あれっ? ってことは、あなたはそういう能力を持っていて、なおかつ……アンヘルの人……?」

「あんたに連絡を取っている怪しげな大人」

「へっ……ああ、確か南さんって言う……」

「その大人を頼ってもいいし、頼らなくってもいい。あんたは自由なの。あんたが思っているよりも、ずっとね。それを自覚するかしないかはあんた次第。籠の鳥気取るのはいいけれど、それで取りこぼしたんじゃ、何にもならないわ。金枝、あんたには力があるって言われたんでしょう? なら、その力を飼い慣らしなさい。それが生きるってことなのよ」

「生きるってこと……。何だか、すごいです、ルイさん……。私のこと、ずっと前から知っていてくれたみたいな……」

 その感想にルイは髪を払う。

「当たり前でしょう。私はそういう能力の人なのよ」

「そっ、そうでした……おみそれしました……っ!」

 仰々しく首を垂れる金枝に、ルイはまたしても手相占いの真似事をしながら、そっと言いやる。

「あんた、見た目の割に馬鹿だから、それで嘗められる。絶対に相手に隙は見せないこと、それを心得なさい。いい? 心を許すのと、馬鹿正直に何でも言ってしまうのは別。少しは相手を見極める眼を鍛えるのね」

「め、めをきたえる……何だかすごい言葉をもらった気分です……っ!」

 案外、ちょろいのだな、とは思いつつも口に出さず、ルイは続ける。

「……それと、尊敬する人間を間違えないことね。あんたを出し抜こうとしている悪い大人は話半分程度に信じること。それともう一個」

「は、はい……何でしょう……?」

 これが、金枝に会う前から決めていたことだ、とルイはびしっと指差す。

「――私のことは先輩付けで呼びなさい」

 突きつけられた言葉に、金枝は戸惑いつつも応じていた。

「わっ……分かりましたっ……ルイ……先輩……」

 そう呼ばれるのも悪くない気分で、ルイは何度も頷く。

「そうよ、第一、私は青葉より先輩操主なの。だって言うのに……誰も敬わないんだから……」

「青葉……?」

「何でもない。とにかくあんたはその胡散臭い大人を信じるも自由、信じずに今の環境に甘んじるのも自由。ただ、一つ言っておく。あんたは私たちの仲間になるんなら、もうちょっと強さを見せつけなさい」

「強さ……で、でも金枝は……そう成れるんでしょうか? ルイ先輩みたいに、強く……」

「成れる成れないじゃない、成らなくっちゃ、あんたはいけない。……今日はここまでね」

 ルイはベンチから立ち上がり、金枝へと一瞥を寄越す。

「……ま、せいぜい頑張りなさい。その結果がどうなろうと、ね」

「でも……頑張りますっ。金枝は……ルイ先輩みたいに、強く……」

 ルイは片手を上げて立ち去っていく。

 南の言っていた勧誘とは少し違うだろうが、それでも自分なりに金枝と向き合えた時間だっただろう。

 あとは――彼女の選択に委ねられた形だ。

「どうあったとしても……最後に自分が決めたって言う軸さえぶれなければ……あんたは必ず、操主に成れるわ」

「――もうー! 何やってたのさ! あっ、待って……当ててみる……。どうせその辺ぶらついて、美味しいもの全部食べたんでしょ?」

「よく分かったわね」

「そりゃあね。……口元にミートソース付いてる」

 思わず拭う真似をしたルイに、エルニィは呆れ返る。

「……それで? 例の三宮とか言うのに会って来たの? 会っていなかったら、とんだ京都旅行だけれど」

「ええ、会って来たわ。……なかなか幸先は悪くないじゃない。あの子、何者かに成るでしょうね。それがどのような形であれ、何者かには」

「……何だか分かったような分からないような感想だけれど、まずはよしとしよう。さぁーて、帰りは何を買おっかなぁー」

 新幹線の駅弁を選り好みしているエルニィを他所に、ルイはふと言葉を紡ぐ。

「……無敵に成れ、とまでは言わないけれど、でもその瞳に、感じるものはあったはずなのだから。いつか私を――先輩と呼びに来なさい、後輩」

 その日が来るまで――せいぜい首を長くして待っているとしよう。

 もし、金枝が待ち望んだ未来へと到達した時、彼女には頼れる先輩として佇まなければいけない。

 ――無敵の証を、先輩操主として示し続けるのだ。

 ならば自分は誰よりも強く、そして誰よりも毅然として、金枝の前に立つ心構えを持って。

 新幹線のドアが閉まる。

 京都と東京はやはり遠いが、それでも紡いだ絆は確かなはず。

 次に会えば、しっかりと言ってやるつもりであった。

「だって無敵ってのには、女の子は一生涯に一回は、誰だって成れるんだからね」

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