呼びかけたところで、南は素っ頓狂な悲鳴を上げて尻餅をつく。
「何だ? どうした?」
駆けつけてきた両兵に南は腰を抜かしたまま応じていた。
「あっ……痛ったた……青葉に両……? どうしたってのよ、あんたたち」
「どうしたもこうしたも……南さん、探し物ですか?」
「あー、うん。ちょっと要り用でね。和菓子があればちょうどいいかなーって思って」
「何だ、てめぇの小腹が空いたからかよ。ホント、これだから困っちまうよな、欲望に忠実なヤツってのは」
やれやれと声にする両兵に南はむすっとしてそっぽを向く。
「失礼ねー、あんた。私だってそうじゃない時くらいはあんのよ?」
「じゃあ、何だよ? 言っておくが、食堂を荒らしたらうるせぇのは整備班の連中だぜ?」
「それくらい分かってるってば。青葉、せっかくだし、あんたも手伝ってくれない?」
「私……ですか? でも小腹を満たすのなら……」
「あー、いや、そうじゃなくって。……ちょっとあってね」
何やらわけありなのが窺えたが、青葉はきょとんとする。
「……あの、もしかして両兵に言えないことですか?」
「いやー、こればっかりは別にそうでもないんだけれど……あんたのほうが物分りはよさそうだし」
「おい、そりゃあ何だ? オレじゃ物分りが悪ぃみたいじゃねぇか」
「だってそうでしょ。あんた、デリカシーもなければ理解もなさそうだし」
「あ、それはそう……かも。両兵だもん」
「……二人して好き勝手言いやがって。とっとと用件を言いやがれ」
「あら? 両、手伝ってくれるの?」
「勘違いすんな。口止め料はいただくぜ」
なるほど、両兵は事ここに至って南の手伝いをしたほうが利益はあると感じたのだろう。
何だか、それもそれでどうなのだろうとは思ったが、青葉は口にしなかった。
「いいわよ。取り分の分け前ね。って言ってもまぁ、悪さするわけじゃないのよ、青葉。それは勘違いしないでね?」
「あ、はい……それは分かりますけれど……」
「白昼堂々盗み食いだろ? 悪さじゃねぇってのも分からねぇが」
「……あんたねぇ……。まぁ、別に全部理解してくれとは言わないし、いいけれど。とにかく今から私の言うものを集めてくれる? 私はこっちで和菓子とかを集めておくから、青葉と両はこれねー」
メモが差し出され、青葉は両兵と目線を交わし合う。
「……タダ働きで手伝うたぁ、言ってねぇぞ」
「いいわよ、二人ともお礼はするから。とりあえずそれを集めてちょうだい。アンヘルの宿舎には普段居ないから、どこに何があるのか全然分からないんだってば」
「……ったく、しゃーねぇな。青葉、とっとと終わらせるぞ」
メモを受け取った青葉は並んでいる物品のバラバラさ加減に小首を傾げる。
「えっと……まずはロウソクと、それに線香……あとマッチ……何をするつもりなんだろ」
「黄坂のこった。どうせロクでもねぇことに違いねぇ」
「……少しは両兵もまともに考えてよ」
「考えてっよ、マトモに。だがなぁ……使われている気分ってのはどうにもいただけねぇ」
両兵自身の性分もあるのだろう。南にいいように利用されているのは、何となく承服しかねているようだ。
「……取り分をもらえるんでしょ? 両兵ってば素直じゃないんだから」
「うるせぇよ。……にしても、ロウソクに線香? ……カナイマの宿舎にあったか? そんなもん」
「整備班の人たちに聞くのは……」
「やめといたほうがいいだろうな。真っ昼間から黄坂がうろついているってことは、あまり知られたくないことだろうし」
両兵の理解に青葉は少しだけ探りを入れていた。
「……両兵、南さんのこと、詳しいんだね」
「そりゃあな。あいつがガキだった頃からの付き合いさ。知ってっか? 青葉。あいつ、寝ションベンがなかなか直らなくってよ、よく布団を干されていたもんだぜ?」
悪ガキそのもののエピソードに、青葉は曖昧に微笑む。
「……で、でも両兵だってそうでしょ?」
「オレは自分のこたぁ自分でやったさ。それに、元々あいつはこっちに入り浸るよりかはヘブンズってところに居たからな。たまに顔を合わせりゃ、ガキだの何だの言われたもんだ」
「……何それ。両兵だって子供だったんじゃない」
「回収部隊ヘブンズってのたまって、もう十一年? 十二年に成る頃合いか。大方、黄坂のガキもあいつみてぇに小生意気になったところだろ? ま、操主としての腕だけは確かだから、馬鹿にはできねぇがな」
「……ルイのこと、認めてあげてるんだ?」
両兵にしては少し意外な人物評に驚いていると、むすっとして返される。
「上操主としちゃ、強い下操主に成ってもらったほうが助かるってだけの話だ。《モリビト2号》の操主としてだけじゃねぇ、《ナナツーウェイカスタム》を動かせるのだって充分に重宝するところだってのに、てめぇらオヤジの勉強会によく毎日付き合うよな。オレぁ、三日で飽きちまったぜ」
「……それは、両兵に向上心がないからでしょ?」
「けっ、向上心たぁ分かった風なこと言いやがる。にしても、そのメモ、ちょっと見せろ……」
両兵はメモを凝視して渋面を突きつけていた。
「……花だとか書いてやがんな。できるだけたくさんとも」
「花って……その辺にある花とかじゃないよね? しっかりとした花束だとしたら……どんなのだろ」
「こういう時にゃ、色々分かってる静花さんに聞くのが一番ちょうどいいんだが……お前、嫌だろ?」
無言で頷くと、両兵は困ったように後頭部を掻く。
「……しゃーねぇ。オヤジに知恵を借りるか。それでも駄目ならヒンシやデブを頼ってみるのもいいかもしれん」
「……メカニックの皆は頼れないって……」
「全面的に協力って言えば、黄坂との約束を破ったことになるだけだろ。個人的に要り用だって言えば少しは話になるさ」
「……何だかなぁ。何でこんなのが必要なんだろ……」
「さぁな……っと噂をすれば……」
歩みを止めた両兵はルイに教本を差し出している現太を発見していた。
「あっ、先生。こんにちは。ルイも?」
「……個人的に聞きたいことがあって。自習よ、自習」
何だか置いて行かれたような気分を味わいつつ、青葉はメモに書かれたものを尋ねていた。
「えっと……いいですか? ロウソクやお線香と、それにマッチとかが要るんですけれど……」
「うん? 何だか妙なおつかいだね。ロウソクにマッチ……それに線香……あぁ、なるほどそうか」
「何が分かったんだよ、オヤジ」
「……両兵、分からないのか?」
「悪かったな、出来の悪い息子で」
「いや、でもこれは……当ててみようか。南君に頼まれたね?」
「あれ? 何で分かって……って、むぐっ」
「馬鹿! ここでバレちまったら、取り分が……!」
大慌てで両兵が口を塞ごうとするが、現太は朗らかに笑う。
「まぁ、こういうこともあるものさ。それに、忘れないことは重要だからね」
何やら得心した様子の現太に両兵は突っかかる。
「……オヤジ、何か知ってンのかよ」
「知っていても、二人に任されたことならそれでいいはずさ。ロウソクと線香は用意しておこう。しかし……花束となれば少し難しいな」
顎に手を添えて考え込む現太に、ルイは言い置いていた。
「トレーニングコースの道すがらに咲いている花でいいなら、まぁまぁあるんじゃないの? あの辺は綺麗に統一されているし」
それだ、と青葉も思い浮かぶ。
「じゃあ花束は私が……あっ、でも両兵。まだ集めないといけないのがあるみたいだよ?」
「あとは……バケツか。バケツなんざ格納庫のそこいらに転がってるだろ。しっかし、分からんな。何で黄坂はこんなものをわざわざ揃えに?」
「両兵、お前も少しは察しがよくなるべきだな」
現太の言葉に青葉も首をひねる。
「……まぁ、いいや。バレちまったもんは仕方ねぇ。青葉、オレはバケツとか揃えて来るから、お前は黄坂のガキと花束を作って来い」
「うん……行こっ、ルイ」
「おめでたいわね。理由も分からずに南の手伝いをするなんて」
「あれ……? ルイにも分かっちゃうんだ? ……うーん、じゃあ何なんだろ」
「そろそろそういう時期だってだけよ。青葉、花束の作り方のコツを教えてあげるわ」
トレーニング用の道路の道すがら、ルイは花を摘んで一纏めにしていく。
てきぱきとこなす慣れた所作に青葉は素直に驚いていた。
「……慣れてるんだ」
「毎年南がするから、仕方なくよ、仕方なく」
何だか南とルイの間に降り立った了承に、青葉は尋ねていた。
「……えっと、ルイには何のためにこうしているか分かるんだよね?」
「まぁね。南らしいと言えばらしいし、私はちょっと意味が分からないけれど」
「うーん……じゃあロウソクやマッチも? 何のため?」
「あんたはアンヘルに来たばっかりだから、その辺が疎くても仕方ないわよ。南もハッキリ言えばいいのに、あれで自分の領分はってタイプだから」
余計に分からずに呻っていると、ルイは綺麗に花束を固めて差し出していた。
「あの……ルイ。私……もしかして愚図なのかな」
「何よ、今さら。あんたはそうでしょう」
取り付く島もないルイの声音に、青葉は肩を落とす。
「……何だか今日のルイは……ちょっと寂しげに見えちゃったから」
「寂しげ、ね。もう慣れちゃったことだけれど。これを寂しいと思うかどうかは、人次第ね」
何だかはぐらかすような物言いに、青葉は不明瞭なものを感じつつ、花束を纏め上げ、次の目標のメモを読み上げる。
「あとは……両兵がバケツなら持って来るから、それと煙草……煙草? えーっと、ルイ? まさか持ってない……よね?」
「煙草でしょ? ほら」
煙草のパッケージを取り出したルイに青葉は仰天する。
「だ、駄目だよ! ルイ! 煙草は日本じゃ、二十歳からなんだよ!」
「何よ、今さら。こっちじゃ物心ついた時から煙草くらい、持っていたって何もおかしくないし、この間あんたお酒飲んだじゃない」
そういえば、南とルイは少し常識から外れたところにあったのを思い出す。
この間も普通に酒を出されてルイが暴れたのは記憶に新しい。
「……あれは……事故みたいなもので。と、とにかく! 預かっておくね! えっと、後は……人機のパーツ? これって……多分格納庫に行かないと」
「じゃあ、寄るしかないわね」
格納庫では今も声が張り上げられ、《モリビト2号》の整備が行われている。
「グレン! こっちの反応、鈍いから対処しておいて! 古屋谷は脚のほうを頼んだ……って、青葉さんにルイちゃん?」
早速バレてしまったので青葉は大人しくルイと共に連れ立っていた。
「あの……ちょっと用事があって」
「モリビトの整備点検は任せて……って、そういえばさっき両兵がバケツを持って行ったけれど……何かあったの?」
「いえ、その、メモに書いてあるパーツが欲しくって」
川本にメモの内容を読み上げると、彼はああ、と快く了承する。
「そういえば、そんな時期だったね。いいよ、古屋谷から受け取ってもらえる」
「あれ? 川本さん、これ、何のメモだか分かるんですか?」
「いや、うん、まぁ。青葉さんは知らなくって当然だけれど、両兵も……多分あの調子じゃ覚えてないなぁ」
頬を掻いて困惑する川本に、青葉はルイと視線を交わしてから、古屋谷のほうへと向かっていた。
「はい。レンチと、それに人機の予備パーツ。ちょっと重いから気を付けてね」
「あの……古屋谷さんも、これ、意味が分かって……?」
「ああ、それは……うーん、僕の口からは言わないほうがいいかな。当事者じゃないし」
「……当事者……?」
不明なものを感じつつも、青葉は工具とパーツを込めた箱を手に、再び食堂へと足を進めていた。
「……何なんだろ……ルイには分かる?」
「南に聞けばすぐに分かるわよ。ま、ある意味じゃ儀礼的って言うか、そういった催しって言うか」
肩を竦めるルイに青葉は残りのメモの内容を消化していた。
「あとは……お酒……は私じゃ調達は難しいから、多分南さんかな。それに……花火? 何なんだろ、本当にこのメモ……」
ルイは先ほどからどうしてなのか言葉少なだ。
そんな中で食堂に集まった南が手を振る。
「あっ、おーぅい! 青葉! ……って、何だ、ルイも一緒じゃない。これは呼ぶ手間が省けたわね」
「ルイも一緒じゃないと駄目なんですか?」
「そりゃーそうよ。両、あんた荷物運びね」
両兵に工具箱を差し出すと、彼は不承気に応じる。
「おい、黄坂。つまらんことだったら承知せんからな。ここまで他人を使っておいて」
「大丈夫よ。私からしてみれば……まぁ、ある意味じゃ区切りみたいなものかな」
「区切り……」
茫然とその言葉を聞いていると、《ナナツーウェイカスタム》が行く先で起動状態にて待機されていた。
「あれ? 人機を使うんですか?」
「うん。まぁ、必要だからね」
ルイと南は《ナナツーウェイカスタム》に乗り込み、荷物を運び込んで悠々と歩いていく。
「おい、青葉。こっち来いよ。……にしても、ひっでぇ扱いだな。オレらは自転車でなんざ」
乗り捨てられていた自転車の後ろに乗り合わせ、青葉は両兵に掴まって機体の背中を眺める。
「……何だか……悲しそう」
「人機がか? それとも黄坂がか?」
「……うん、両方かな。区切りだとか言っていたし……」
「思い悩むもんでもねぇよ。どうせオレらが分かった風なこと言ったって、あいつらにはあいつらの領分ってもんがあるんだ」
「……それはそうかもだけれど……」
言葉を濁していると、《ナナツーウェイカスタム》が歩みを止める。
そこはアンヘルの宿舎から少し離れた位置にある慰霊碑であった。
「……お墓……?」
「ああ、そっか。そういえばそんな時期だったな」
自転車を止めた両兵はようやく思い出したようで、コックピットから降り立った南とルイに言葉を投げる。
「最初から言えって。墓参りだってのは」
「……お墓参り……?」
「ああ、ゴメン、言いそびれちゃってて。ここはね、元々ヘブンズがあった場所……その跡地って言えばいいのかな」
「えっ……でもヘブンズは、南さんとルイの二人だけの回収部隊……なんじゃ」
「元々は結構な規模の回収部隊だったんだよ。……古代人機の襲撃を受けてな。まぁまぁ人死にが出た」
その言葉振りに青葉はようやく、メモに書かれていた道具の使用意図が理解できていた。
「あっ……ロウソクとかお線香って言うのは……そういう……」
「うん……ゴメンね、青葉。何だかあんたを使ったみたいになっちゃって」
「いえ、その……。私のほうこそ、分からなくって……」
南は手慣れた様子で慰霊碑に降り積もった汚れを払っていく。
ルイは、と言えば、先ほど纏めた花束を慰霊碑の前に供えていた。
「……しみったれたことさせやがって。そういうもんでもねぇだろ、お前も」
「まぁね。でもこれって、生きている人間の、ある意味じゃ務めみたいなものだからさ。ヘブンズはもう私とルイだけになっちゃったけれど、こればっかりはね」
寂しげに微笑む南にどう声をかければいいのか戸惑っていると、彼女はロウソクに火を点け、線香を一本ずつ供えていく。
手慣れた仕草で終えてから、そっと手を合わせていた。
自分も続くべきかと困惑しつつも、青葉も続く。
こちらへと振り返った南がそっと頬を緩ませていた。
「ありがと、青葉。あんたがきっちりやってくれた分、みんな浮かばれると思うわ」
「……その……すいません、南さん。私、気付けなくって」
「いいんだって。こういうのは所詮、儀礼的だし。それに、ね。ちょっと嬉しくもあるの」
「嬉しい……ですか?」