「だって、ヘブンズの皆を覚えてくれるのが私たちだけじゃなくってさ。青葉もそうだって言うのならきっと、それって尊いことだもの。いつもはルイと私だけで極力済ませるんだけれどね」
それでも、墓参りとなれば自然と故人との思い出もあるはずだ。
自分が分け入るものでもない――そう思っていると、南は不意に持ち寄って来た酒瓶を掲げていた。
「さぁー! これで準備は万端! よぉーし! 飲むわよー!」
思わぬ言葉に虚を突かれた自分へと、ルイが指摘する。
「……アホ面」
「えっ……だってそれってお墓に供えるためのものじゃないんですか?」
「何言ってるの。せっかくの一年に一回のお墓参り、普通はどんちゃん騒ぎでしょ」
「ど……どんちゃん騒ぎ……?」
まるで日本の墓参りとはかけ離れた言葉に南は首をひねる。
「あれ? 普通そうじゃない? えーっと、まず墓参りの儀礼として、ロウソクとか線香に火を点けて……」
「はい……そこまでは分かるんですけれど……」
「で、お供え物……あるでしょ? 和菓子とか」
「ええ、それも一応……」
「だから、それらを持ち寄ってのどんちゃん騒ぎじゃない? 型式ばったのはここまでで、あとは呑めや歌えや……じゃなかったっけ? あっれー? おかしいなぁ……?」
青葉は両兵を窺うと、彼も心得たように酒瓶を振っていた。
「そうだった、そうだった。毎年何でこれ忘れてんだと思ってたら、お前らが今日ばっかりはハメ外すってばかりに一日中呑むのに付き合わされっから、次の日にゃ記憶飛んでンだよ」
まさか湿っぽい話かと思いきや、そこまで豪胆な行事だとは思いも寄らない。
「よぉーし! じゃあ飲もっか! そろそろ声かけておいた整備班のみんなも来るでしょ。さぁー! 景気付けの花火と行こうじゃないの!」
火を点けて空高く花火を打ち上げた南に、青葉は呆けたように見惚れる。
彼女もルイも、過去に縛られていない。
大きな花火の反響音と、手持ち花火を振って遊ぶ二人は、今を間違いなく生きているようであった。
「……両兵、私……ちょっと誤解していたかも」
「何がだ? 墓参りが形式通りじゃないってことなら、別に気にするこったねぇよ。こいつらなりに、過去とのケジメつけようってんだ。それが少しばかり……こっちじゃ賑やかだって話さ」
「……うん、そうだね。私、おばあちゃんももし……きっちりケジメつけられたら、こうして毎年思い出してあげるのがいいのかな?」
「どうだろうな。お前のばあさん、物静かな人だったし、こういうの嫌なんじゃねぇの?」
「うん……でも、こういう風に想えるのも……きっといいんだよね」
「さぁー! 飲みなさい、飲みなさい! 私の奢りだから!」
「よく言うぜ、かっぱらっておいて」
「何よぅ、私の酒が飲めないっての!」
早速絡み酒を始めた南に、両兵は仕方なしの表情で応じて、くいっと酒を飲み干す。
「いい飲みっぷり! さすがは両!」
「……おい、黄坂。この酒、随分と強ぇぞ。青葉には飲ませんなよ。ガキなんだからな」
「えー! 青葉も飲めるわよね?」
すっかりご機嫌な南に、青葉は謙遜しつつ、和菓子を頬張る。
「……でも……こんな風に想ってもらえるのなら、それってきっと……嬉しいことかも」
「――あー、寝過ごした……」
大きく伸びをしてから、南は自分が包まっている布団に気付き、ああ、と声にする。
「そっか……今は日本だっけ」
早朝の澄んだ空気が吹き抜けてくる柊神社の境内で、南は明るくなりつつある地平線を眺めていた。
「……いい景色。南米でも夜明けだけは、ずっとよかったけれど」
しかし、自分でもまさか墓参りのことを夢見で思い出すとは想定外であった。
青葉と共に、少しずれた墓参りをしていたことなど、今も今まで忘れていたのに。
「……ちょっと、無理もしていたかな。青葉の前だったし、それに、寂しさ紛らわすのに、みんなで騒ぐのはちょうどよかったのもあるし」
軒先に座り、南は普段は吸わない煙草のパッケージを取り出す。
今朝ばかりは、夢の残滓もあったからか、そっと箱の底を叩いて煙草をくわえていた。
火を点けて早朝の空気と共に肺に吸い込んだ途端、けほけほとむせてしまう。
「……煙草なんて慣れないのやるもんじゃないわ。けれどまぁ……いっか。あの時……寂しいだけのお墓参りにするのだけは、嫌だったのと同じだから」
東京の街並みに、朝が来る。
黎明の輝きに目を細め、そして迎えよう。
別に美談にするつもりもない。
ただ、思い出の中にあった記憶は、鮮明で。
なおかつ、きらめきの中にあっただけなのだから。
そして、今は感覚と共に呼吸する。
日本の都市部に、眩いばかりの。
――新しい、朝焼けを。