レイカル 46 6月 ウリカルと父の日

「えーっと、なになに……。“父の日ギフト必見! これさえ押さえれば……”っと、ああなるほど。そろそろそういう季節柄だったか」

 得心した自分に対し、ウリカルは懇願していた。

「そ、そのぉ……これは黙ってもらえませんか?」

「黙ってって……っと、勘繰るもんでもないか。作木君だろう?」

「そ、それだけじゃなくって……その、師匠にも……」

「ヒヒイロにも? 何だってまた」

「そ、それは……」

 返事に窮したウリカルに、そういえば近年の流行を思い返す。

「……ああ、なるほど。ヒヒイロも言ってしまえば、修練においての父みたいなもんだし、それに別に父の日だからと言って男性に限定したものでもない、か」

「うぅ……お恥ずかしい……。本来なら師匠の創主であるところの削里様には見つかりたくなかったのですが……」

 ウリカルは心底、迷っているらしい。

「それにしても、父の日、か。案外、俗っぽい行事が気にかかるんだな、ウリカルは」

「師匠が……俗世間のことは見ておけ、との教えですので」

 確かに普段よりヒヒイロは実のところ、色々な物事に関心を示せとウリカルに教え込んでいる。

 それはともすれば、自分の下を発つに値した時に迷わぬためであるのも一つの理由だろうが、ウリカル自身、オリハルコンサイボーグとして酷使されてきた身。

 広い世界を知れと言う親心に近いのかもしれない。

「なるほどね。……あっ、じゃあまずいじゃないか。俺、隠し事できるほど、器用じゃないんだが」

「そ、そこなんですよねぇ……まさかバレちゃうとは思わなかったので……」

 とは言え、ヒヒイロのことだ。

 ウリカルが少し気を利かせて用意しているくらいは既に分かっていて待ち望んでいる部分もあるだろう。

 問題なのは、自分に露呈した以上、思わぬ形でヒヒイロに繋がってしまうと言う最悪の形となりかねない。

「……えっとその……悪かった、と謝って済む話じゃないな、これは」

「いえ、いいんです……。私もその……ちょっと浮かれていたって言うか……」

 何だか互いに申し訳ない気持ちで謝っているのも妙な話で、削里は先ほどの雑誌をウリカルと共に捲っていた。

「……父の日ギフト……へぇ、色々あるもんなんだな」

「削里様は……」

「様なんてガラじゃないよ。もっと砕けてくれていい」

「あっ、えっと……じゃあその、削里さんは……こういったものを渡した経験はあるのでしょうか? 人間のそれとオリハルコンのそれは違うのかもしれませんが……」

「どうだったかな……。俺にとっての父親って言うと、師匠か」

「師匠……。何回かお話に出ている、師匠の師匠である高町光雲様でしょうか?」

「ああ、うん。俺は師匠には……あ、いや、そう言えばまともにこういった行事物は渡したことなんてなかったな。師匠も疎い人だったから」

 こちらの返答にウリカルは目を白黒させる。

「えっと……それで何とかなっていたんでしょうか? あ、嫌な意味とかじゃなく……」

「うん、そうだなぁ……。俺はそういうの、なびかなかったけれど、伽の奴は渡していたっけか」

「伽様……と言うと、ナナ子様の恋人さんですね」

「ああ。俺と伽は言ってしまえば同門だから。伽はそういうの、気にかかる性質だったのだろう」

「削里さんは……そうでもなかった、と?」

「と言うよりも、無頓着だったんだろうな。知らないからって別に知ろうとも思わなかったし。そういう行事があるって分かっていても、まぁ世間はそういうもんだろうっていう……嫌な子供だよな、まったく」

「い、いえっ、そんなこと……」

「正直になっていい。俺はヒヒイロとは違う。あいつみたいに君に鍛錬も付けられないし、偉そうなことも一つだって言えない」

 暗に、構えなくっていいと言ったつもりであったが、それでもウリカルの姿勢はそのままだった。

「えっと……ですが、その、削里さんは私にとっては師匠の創主で……」

「それも、ちょっと違うんだがな。まぁ、それは追々でいいか。だが、ウリカルはこういうのを秘密で……言ってしまうとサプライズとか言う形で渡したかったわけだ。……ふむ、どうしたもんかな」

「ど、どうしたものでしょうか……? もちろん、私程度の考えは師匠にも伝わっているでしょうけれど……」

「ああ、分かる分かる。これは気持ちの問題、だろ?」

 こくり、と頷いたウリカルに削里はガラにもなく考え込む。

 ここで見たことを全部忘れれば――とは言っても、そう簡単にはいかないだろう。

 何なら忘れたとしてもヒヒイロには露呈する可能性のほうが高い。

「……参ったな。あいつはこういうの目聡いからな。オリハルコンとしてはもちろん、優秀なんだが、優秀過ぎるのが玉に瑕と言うのか……見て見ぬ振りって言うのができるだけ、人間のほうが分かっているって言うのか……」

「ど、どうにか場を納めることはできないでしょうか……?」

「いや、色々と考えてはいるんだけれどね。まぁ、きっぱりと言うと、無理だな。俺がヒヒイロの考えを超えて行動するなんてことは、不可能だろう」

「そ、そこまできっぱりと言われましても……」

 事実なのだから偽ったところで仕方あるまい。

 自分のような人間がちょっと考えを巡らせたところで、ヒヒイロの見聞に勝てるわけもない。

「だからさ、ここはちょっと考え方を変えないか?」

 その提案にウリカルは小首を傾げる。

「考え……とは……?」

「いや、これがウリカルだけの秘密だからちょっと面倒なのであって、ここは手を組まないかって言ってるんだ」

「手を……組む……?」

「まぁ、率直な話をすると、俺たちでヒヒイロと……あとは作木君とレイカルも、か。あっと言わせないか、って話なんだ」

「あっと言わせる……。作木さんや、レイカルさんも……ですか?」

「こういう行事ごとなら、そろそろ来る頃合いだろうし……。ほら、来た」

 表でバイクが停車したのを聞き留め、のれんを潜ってくる小夜とナナ子を視野に入れたこちらに、彼女らは訝しむ。

「……何ですか。今日に限って削里さんの出迎えなんて……。何か悪いことでもありそうじゃない? ナナ子」

「えー? そう? たまたまじゃないの?」

「それが偶然じゃないんだな、これが。君ら、そろそろ言い出し始める頃合いだろう? あー、そう言えばそろそろ父の日なんだーとかね」

 こちらが先読みしたせいか、それとも今日の話の種であったのか、小夜はぞくっとして後ずさる。

「な、何ですか……削里さん、普段ならこういうこと言わないでしょう? ……あっ、もしかして自分が何かもらいたいから、それで……?」

「いや、そこまで俺、強欲に映るかい?」

 無言の肯定に削里は大きくため息をつく。

「……そうか。そういう風に映っちゃってるか、俺……」

「別に悪い意味とかじゃないですってば。ここを貸し出してくれるの、毎回助かってますし、それにそういうのに関してのお礼とかしていませんから。そろそろ、何かお礼でもしたほうがって言うのは、これでも毎回言ってるんですよ? ねぇ、小夜」

「うーん……それはその通りなんだけれど、前もって言われちゃうと……」

「ああ、そういう点なら大丈夫。別に俺も騒がしいのは嫌いじゃないし、店を貸し出すのもやぶさかじゃない。お礼とかは別段、期待してもいないんだ」

「……そう言われるのも癪ねぇ……。何を企んでいるんです?」

「企んでいるとは、言い草だなぁ。俺はただ、ウリカルの望みを叶えたいだけなんだ」

「……削里さんが言うと何だか裏がありそうですけれど、ウリカル、どうかしたの?」

「その……実は師匠とおとう……いえ、作木さんとレイカルさんに、プレゼントでも、と」

「ああ、父の日だもんね。うん? 作木君とレイカルはまだ分かるけれど、何でヒヒイロ?」

 首をひねったナナ子に、小夜は言いやっていた。

「ウリカルにしてみれば、師匠ってのも充分に親代わりだからでしょ。ま、分かるわよ、そういうのは」

 小夜はいつもの定位置に座り込み、うーんと背筋を伸ばす。

「ま、そういうわけだったんだが、俺が手違いでそいつを知っちまってね。分かるだろ? 俺はヒヒイロに隠し事なんてできないのは」

「ああ、それはそうですよね。ヒヒイロ相手に隠し事できる人間なんてこのメンバーじゃ居ないでしょ」

 ナナ子のあっけらかんとした回答もまぁ分かり切っている。

 削里は種の割れたマジシャンのように肩を竦め、それからウリカルに促していた。

「えっと……けれどできれば、サプライズで渡したいんです……」

「あー、それじゃあもう駄目じゃないですか。削里さんが知っちゃったら」

「そうなんだ。だからこそ、君らとちょっとばかし、口裏を合わせようと思ってね」

 小夜は頬杖を突いて、なるほど、と情勢を見極めていた。

「要は私たちと込みで、って考えですか。けれどヒヒイロに見つからずに、なんてできます?」

「まぁ、そこが一番難しいんだが……多少は悟られてもいい。要は、ウリカルのプレゼントが一番なわけだからね」

「ポーカーフェイス演じろって、それはでも、難しいんじゃないかしら。あのヒヒイロ相手よ?」

 ナナ子の総評が現状の自分たちの感想そのもので、決して旗色がいいとは言えない。

「……ただ、俺だけの恥ならばいいんだが、ウリカルに妙な恥をかかせたくない。これは君らも分かるだろ?」

「……まぁ、ウリカルにとってしてみれば一世一代って言いますか……そういうのをまさか、自分に近い人間から聞かされたんじゃ堪ったもんじゃないって言うか……」

「だからまぁ、プレゼントも込みで、ちょっと頼めないか?」

 考え込む二人を他所に、カリクムが浮かび上がって提言する。

「けれどさ、要はヒヒイロに隠し事なんてまぁ無理でしょ。下手なことをするよりも、こういうのってぶつかるのが一番じゃないの?」

「カリクムにしては真っ当なことを言うわね……。まぁ、その通りじゃないですか? 別に分かったところで、そういうものだって聞き流せるのもヒヒイロならあるでしょ?」

 小夜の言葉通り、ヒヒイロならば分かっていても聞き流すくらいはできそうなのだが、今回は自分のポカだ。

 ならば、少しばかりはウリカルの面子も立たせたい。

「……俺の我儘でしかないが、まぁ、ちょっとは協力して欲しい。それに、ウリカルにしてみても、君ら二人のアドバイスがあればプレゼントも選びやすいだろうし」

 ウインクしてやると、ウリカルは小夜とナナ子へと頭を下げる。

「そ、その……よろしくお願いします……っ!」

「顔上げなさいよ、ウリカル。別に悪いことしようって言うんじゃないし。……そうねぇ……、私もパパに毎年あげているけれど、こういうのって定型句って言うか、なんて言うか……」

「小夜はお金あるから、高級ブティックのハンカチとか財布だっけ? いいわよねー、あんたは」

「こ、高級ブティック……! なるほど、勉強になります……!」

「いやいや、なるな、なるなってば。高級品なんて買ったって、片やレイカルと作木君、片や俗世間からは離れたヒヒイロなんだ。問題なのはその当人に見合った物かってことだろう?」

「……削里さんにしては真っ当なことを言いますよね……。いつもは世間なんて知ったこっちゃいないってスタンスなのに」

「俺、そんな風に映っちゃってるのか? ……少し身の振り方を変えるかな」

「けれど、どうするの? 買うって言っても、ウリカル、お金は? ……いや、オリハルコンにお金は? って言うのも変かもなんだけれど」

「あっ、少しは貯金してまして……予算は大体、これだけ」

 紙に書いてみせた予算の額に、小夜とナナ子は同時に絶句する。

「三十……っ、ど、どこから出ているの? それ……」

「えっと、師匠の勧めで、日本竹内会のお仕事を少しお手伝いした時に……。個人口座なので好きに使えとのことでして……」

「はぁー……羨ましいわね、小夜。今日び、大学生でもそんな予算を提示しないわよ?」

「……ウリカル、別に値段がそのまま気持ちに直結するとは限らないんだし、今回はその予定額の十分の一でどう? 予算が限られていたほうが、選ぶものも自然と絞れるでしょうし」

「そ、そうですかね……」

 しゅんとしたウリカルに、ナナ子はこちらへと耳打ちする。

「……削里さん、後でウリカルに人間界の金銭感覚を教えてあげてくださいよ。このままじゃ、とんでもないことになりそうですし」

「それは了解したけれど、じゃあやっぱり定番か」

「ハンカチ、財布……けれど問題はレイカルとヒヒイロよね? 作木君ならともかく……」

「こういうのって使えるものって言うか、日用品が好まれるのもあるわよね。万年筆とか」

「……いいけれど、それをヒヒイロが使う? うーん……あの子の嗜好とか妙に読めないのよねぇ……」

「小夜はでも、貸しを作っているじゃない。ほら、現場監督のサインとか」

「あれは……まぁ、貸し借りの間柄が嫌ってのもあるし、別に断る理由もないしねぇ……」

「どうしましょうか……。作木さんは、じゃあ、このハンカチで……」

 ウリカルは雑誌の一面に載っている高級品を指し示すが、いやいや、と三人共に手を振る。

「作木君にそんなのあげたって、持ち腐れって言うかな……」

「高級品よりも、当面の生活だからね、作木君は」

「ハンカチを渡しても微妙に価値が分かりそうにないのよね、作木君は」

 めいめいに感想を漏らすと、カリクムが渋面を作る。

「……いくらレイカルの創主の話とは言え、全員失礼なんじゃないか……?」

「えっと……じゃあどうしましょう……?」

「そうねぇ……作木君は、まぁ定番のギフトのほうがいいかもね。ご飯とかのほうが困っているだろうし。レイカルは……あっ、こっちに載ってるちょっといい色鉛筆なんてどう? あの子、確か絵が上手かったわよね?」

「見たままを描くんなら楽だって言っていたもんね」

「なるほど……では作木さんにはハムのギフト……レイカルさんには色鉛筆……では師匠にはどうしましょう……?」

 三人揃って、決めかねて呻る。

「……ヒヒイロって何を喜ぶっけ? 削里さん、詳しいんじゃないんですか?」

「いや、俺もヒヒイロの感覚はよく分かんないって言うか、あいつはちょっと独特なものがあるからな……。役に立てず申し訳ない」

「とは言え、ですよ? 後々に回すのも違うでしょう? せっかく手を組むんですし、ここで決めちゃいましょうよ」

「ヒヒイロの好み、か……」

 全員が困惑する中で、ふとカリクムが挙手していた。

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