「何よ。お昼の時間にはまだ早いわよ」
「私は猫かっての! ……そうじゃなくってさ、多分なんだけれど私、ヒヒイロの欲しいもの、分かるかも……」
頬を掻いたカリクムにウリカルが食い付く。
「それ、本当ですか? カリクムさん……!」
「あ、うん。確証って程じゃないんだけれど、多分、あいつ――」
「――あのっ、レイカルさん! 作木さんっ!」
呼びかけてきたウリカルに作木は視線を合わせる。
「どうかした? ウリカル」
「その、受け取って欲しいものがあって……」
ウリカルの差し出したのは高級ハムのセットと、そして色鉛筆であった。
「ハムのほうは、お父さんである作木さんに。色鉛筆は、お母さんであるレイカルさんに」
「いいのか? 私、その“ちち”とかじゃないぞ?」
「いえっ、お二人はどちらも、私にとっては欠かせない存在。どうか、受け取ってください」
「そうか! 創主様! 色鉛筆、すごいたくさん、色があります! これなら何でも描けちゃいそうですね!」
素直に喜ぶレイカルに、作木も頷く。
「うん、それにちょっと気を遣わせちゃったかな……。けれどありがとう、ウリカル。普段なら絶対に食べられない奴だし、大事にいただくよ」
「はいっ! ……よぉーし……」
ウリカルは回れ右をして、今度は奥の間で将棋を打っているヒヒイロへと歩み寄っていた。
「し、師匠ぉっ!」
「どうした? ウリカルよ。真次郎殿、待ったは五分までですよ」
「ああ、そうだな。それとヒヒイロ。大事にしてやれよ」
作木は黙ってそのやり取りを見ていると、ウリカルが差し出したのは――。
「あれは……電子辞書、か」
「そ、その……師匠は人間界の文化に興味があるのだと……ちょっと小耳に挟んで。では、ということで電子辞書を! これなら自動的に更新されますので!」
ヒヒイロはその電子辞書に対し、どこか放心したように口を開けていた。
「えっと……お気に召さなかったでしょうか……」
不安に駆られたウリカルへと、ヒヒイロはそっと微笑む。
「……いや、驚かされることも、あるのだと思ってな。弟子に我が身の至らなさを思い知らされる。こういったこともある、なるほど、勉強になった。電子辞書は喜んで使わせて貰おう」
「よっしゃ!」
どうしてなのだか、先ほどから自分の後ろで様相を見守っていた小夜とナナ子がガッツポーズを取る。
「……えっと、何かあったんですかね……」
「……まぁ、なんて言うのかな。いい成長が見られたってことよ。作木君、レイカルも。ウリカルの気持ち、大事にしてあげてね」
少し涙ぐんでいる小夜に対し、作木とレイカルは顔を見合わせて困惑していた。
「……どういうことなのでしょう……?」
「まぁ、今日は父の日なんだ。そういうことも……あるってことかな」
「――電子辞書に興味を持っているのはちょっと意外だった」
将棋盤を挟んで言葉を投げた自分にヒヒイロは落ち着き払って応じる。
「よく観察しています。私のような読めない相手に対し、こういった催しをやってきてくれるのも……成長の証、と見るべきなのでしょうね」
「そんな格式ばった話でもないだろう。喜べばいいんだ、こういうのはさ」
「……して、真次郎殿。先ほどから後ろに隠しているのは?」
「ああ、これは……。俺も少し不器用だからな。師匠の墓に供えて来ようと思う。師匠が好きだった、これは、俺なりの答え合わせだな」
「……光雲殿はきっと、喜んでくれます。それがどのようなものであれ、きっと」
――だってそれは、不器用ながらに選んだ、自分なりの気持ちであるのだから。