「無茶言わないでくださいよー。こっちだって、なかなかないんですから」
応じた古屋谷が廃材を積んだのを目の当たりにして、青葉は首を傾げる。
「えっとー……何か作るんですか?」
「ちょっとねー。うーん、できればペンキも欲しいところ。ねぇー、ペンキ、勝手に使っちゃうわよー!」
「ああ、ちょっと待ってくださいってば。こっちにペンキ用品は固めてありますんで」
川本が指示する中で、同じように降りてきた両兵が見咎める。
「何だよ、黄坂。何か作るってのか?」
「ああ、両。ちょうどいいわ、あんたも手伝いなさい」
「手伝うだぁ? ……一体何をしろっつーんだよ。あ、待て。当ててやる。大方、余計な労力とかをオレらから借りて、そんで金をふんだくろうっつーんだろ?」
「失礼ねー、あんた。私がまるでがめつい女みたいな言い方しちゃって」
「……現にそうだろうが。で? 木材で何をするってんだよ」
「ほら、なかったでしょ? ちょうど。だから作ろうと思って。次郎さんの家」
「次郎……っつーとあれか。黄坂のガキが飼ってるアルマジロか」
「うん。ここから先のシーズン、野犬とかも多くなってくるし、そういうのと鉢合わせしちゃうと次郎さん、もしかすると食べられちゃうかも」
「あー、そういやこの間のスコールの後は野犬も多かったな。……アルマジロって食えんのか?」
「だ……駄目だよ! 両兵! 次郎さんは食べちゃ駄目!」
青葉が割って入って止めると、両兵は手を払って軽くいなす。
「アホ、誰が食うか、あんなもん。食い物に瀕しても食うかどうかじゃ五分五分ってところだ」
「……五十パーセントで食べちゃうんじゃない」
「けれど、アルマジロは何か珍味みたいには聞くわねぇ。あ、もちろん、食べないわよ、青葉。誤解しないでね?」
南の知識にたじろぎつつ、青葉は木材を掴み上げる。
「けれど……これで次郎さんの家って……どう作るんです?」
「うーん、そこがねぇー、決まってないんだわ。両、あんた日本じゃ犬とか飼うんでしょ? そういうのが参考になればって思ったんだけれど」
「……カナイマじゃペットを飼うなんて予算の無駄遣いにしかならんだろ。誰もそんな趣味ねぇだろうし……」
後頭部を掻いた両兵は持ち込まれてきたコンクリート片を拾って、それらを検分する。
「けれどねぇ、次郎さんの家を作ってやれって、ルイが言うのよ」
「あのアルマジロ、昔っから黄坂のガキに懐いてンじゃねぇか。離れないようにしとけば野犬に食われることもねぇだろ?」
「いや、それが……。最近は出撃回数も増えてるし、一人にするのは可哀想じゃない?」
「一人って……一匹だろ? ほとんどノラみてぇなもんだし、強く生きていくだろ」
「……両兵、次郎さんに冷たいよ。南さん、私も次郎さんの家作るの、協力していいですか?」
自分が提案するとは思いも寄らなかったのだろう。南と両兵は顔を見合わせる。
「……いいけれど、青葉、授業とかあるでしょ?」
「先生には言っておきますし、それに家がないのって可哀想ですから」
「可哀想、ねぇ……。アルマジロの感情なんざてめぇに分かんのかよ?」
「そ、それでも、ルイの大事な友達じゃない! だったら、私にとっても特別だよ!」
「ふぅーん……。まぁ、勝手に作っときゃいいんじゃねぇの? オレは知らん」
「両兵! どこ行くの?」
「今日の訓練は終わりだろ。ちぃと昼寝」
「だ、駄目だよ! そんな風にだらけていると、駄目な大人に成っちゃうよ!」
「うっせぇなぁ、半端操主が。注文したけりゃ上操主にまで登って来い。下操主の間はまだまだだろ」
宿舎に戻っていく両兵の背中にむっとしながら、青葉は舌を出していた。
「べーっだ! 両兵のけちんぼ」
「誰がけちんぼだ! ったく……文句ばっかり言いやがる……」
「けれど、青葉。家……って言うか小屋だろうけれど、何か当てはあるの?」
「うーん、こういう時、確か……」
青葉はそう言えばと、整備班が購読している雑誌へと視線を投げていた。
「もしかして……」
歩み寄り、物色するが案の定と言うべきか、不健全な雑誌ばかりで青葉は思わず目を逸らす。
「……うっ……両兵もそうだけれど、やっぱり男の人って……」
「あー、まぁグラビアよねぇ。けれど青葉。何だって雑誌?」
「日本に居た頃、確か動物系の雑誌があったはずなんです。こっちでも日本系の雑誌を購読しているのなら、もしかすると……あった」
しかし、それはやはり――。
「犬の雑誌ねぇ……」
「い、犬みたいなものじゃないですか! 次郎さんだって、きっと立派な犬小屋を建ててあげれば喜んでくれますよ!」
「うーん、アルマジロってそもそも何科? よく虫とか食べているのは見るけれど」
「む、虫……?」
「うん、そう。昔はよくルイも一緒に食べていたっけ」
何だか思わぬところでルイの野性児の部分を窺い知って複雑な胸中になる中で、青葉は動物雑誌を捲っていた。
「……うーん……犬小屋の建て方……って言うと、結構手間がかかりますね」
「材木とかはメカニックとかに頼めばあるだろうけれど、案外面倒くさいのね」
「それと、次郎さんの大きさが分かったほうがいいかもしれません。次郎さんって……大体どれくらいでしたっけ?」
「えーっと……これくらい?」
手で小さな円を描いてみせた南に、青葉は考え込む。
「小型犬くらいですかね……。じゃあ余計に家があったほうがよくないですか? 野犬とか大きいの居ますし」
「今の今まで何で食べられなかったのかしらね。まぁ、食べても美味しくないのかもしれないけれど」
「家を建てるんなら、まずは設計図だね」
コンクリート片と材木を運んできた川本が口を挟んでいた。
「設計図……南さん、書けます?」
「いんや、てんで」
「僕でいいんなら、設計図くらいは書くけれど……」
「いえ、でも……整備班のお仕事のお邪魔になりますし……」
「いいって。ちょっとした犬小屋程度なら、別に仕事に支障は来さないし」
川本は図面を持って来るなり、物差しで素早く線を引いていく。
その手際の良さに二人して感嘆していた。
「川本さん、こういうの上手なんですね……」
「ああ、人機の図面とか見ていれば、それに比べればね。えーっと、大きさはどれくらいにしたい? ヒトの背丈の四分の一くらいかな?」
青葉は南と確認の首肯を織り込んでから、図面通りに家を作ろうとまずは資材を寄り集めていた。
「……しっかし、こんなので本当に家ができるのかしら?」
のこぎりで材木を切り進める南の足元を押さえ、青葉はそう言えば、と問いかける。
「次郎さんっていつからルイや南さんと?」
その問いかけに南は中空を仰いでいた。
「いつからって……いつからだっけ? 何か、気が付いたらいたのよ。あのー……何て言うの? ルイってばさ、ほら、友達居ないじゃない?」
何だかデリケートな部分な気がして、青葉は即答はしかねる。
「そ、それは……その……」
「まー、あの子なりにプライドとかあるんでしょうけれど、次郎さんだけはあの子の傍に変わらず居てくれてねー。何だかんだで長い付き合いなのよ。……もしかすると、こっちのメカニックよりも、次郎さんと一緒に居るほうがルイは長いのかも」
「アルマジロだから、歩間次郎さんなんですよね? 何だか……一緒に過ごすペットが居るって、いいですね」
「青葉は居なかったの? 犬とか猫とか」
「犬は……飼っていませんでしたね。私、趣味がプラモだから、犬とかに構っていられなかったのもありますし」
「あー、確かに有機溶剤とかあんましよくないもんね」
「それに、おばあちゃんと二人っきりでしたから。犬とか猫とか……考えたこともなかったなぁ」
「けれど、居たほうがほら、潤いがあるって言うの? そういう風潮はあったんじゃない? 日本人、犬好きでしょうし」
ぎこぎことのこぎりで切りながら、雑談の中で、青葉は思いを巡らせていた。
「……犬とか居たら、こっちには余計に来れなかったかもしれないですね」
「あ、ごめん青葉。私ってばちょっとデリカシーなかったかも……」
「いえ、いいんです。それに、犬が居てもどういう風に可愛がればいいのか、分かんなかったかもですし」
「日本ってさ、柴犬とか居るじゃない? ああいうちまっこい犬、飼ってみたいのよねぇ。ほら、忠犬って言うくらいだし!」
南は完全に犬派らしい。
青葉はうーんと思案していた。
「猫とかはどうなんです? 飼いたいとかは?」
「猫かぁ……。猫ってさ、気紛れって言うじゃない? そこんところが合わないかもしれないのがねぇ……」
確かに、南はどっちかと言えば猫っぽい。
気紛れなところも、何だか煙に巻くように振る舞うところも。
「そんなこと言い出したら、ルイも猫じゃないですか?」
「あー! 分かる! ルイってば猫よねぇ」
二人して笑い合って木材を図面通りの長さに切り分け、それからコンクリート片で接地面積を固めていく。
「けれど、不思議……。次郎さんの家を作るって言ったって、誰も協力なんてしてくれないと思っていたわよ。ありがとね、青葉」
「いえっ、全然……! 私、こっちに来て、ルイや南さん、それにアンヘルの皆と出会って、それでここまでやれるようになったんですし……ちょっとした恩返しって言うのかな。次郎さんにとびきりの家をプレゼントできればって思うんです」
「まぁ、次郎さんもこうして見れば、立派なアンヘルメンバーよね。たまーにすごい賢いのかな、って思う時もあるもん」
確かに次郎は普通のアルマジロとは思えない挙動をする時もあった。
「……ルイが何か仕込んでいるんじゃ?」
「芸とか? けれど次郎さん、大人しいのと何だかこっちの言葉が分かった風なこと以外、別にそんな風じゃないけれどなぁ」
人間の言葉が分かるアルマジロと言うのは実は珍しいのではないか、と言うのは言い出さず、青葉は木材を立てて家の壁を構築する。
釘やハンマーを使う手際自体はプラモ細工で鍛え上げたこれまでの経験則が活きており、スムーズに組み立てられていた。
「そう言えば、スコールとか降りますよね? 結構。頑丈なほうがいいのかな……」
「まぁ、潰れちゃわない程度に丈夫ならクリアでしょ。もし何かあったってアルマジロの背中って硬いから、すぐに死んじゃうことはないでしょうし」
とんてんかん、とハンマーの音を響かせつつ、話題は自ずとルイの昔話になっていた。
「……ルイって、昔っからああで?」
「あー、うん、そう。無愛想で、まぁ、クールって言うの。次郎さんに対しても、何だかドライだし」
「でも、次郎さんは結構懐いていますよね?」
「あれ、何でなのかしらね? エサをくれる人だと思っているとか?」
「餌付け……ですか?」
「そんなもんじゃない? 野生動物よ、一応。まぁ、当の次郎さんは案外、のほほんとしたいいアルマジロだと思うけれどね」
「ルイは……いつ頃から《ナナツーウェイ》に? だって、南さんが教えたんですよね? 操主としてのことは」
「うーん、自然と覚えたって感じかな。ほら、二人だけの回収部隊だしさ。ルイもルイで、覚えが早かったし、それに結構ピンチになることもあったしねー」
「……ピンチって、どんな?」
「そりゃー、青葉。ピンチはかなりあったわよ? 《ナナツーウェイ》が崖に落っこちたり、かと思えば、せっかく回収した資材をどっかで落っことしたり」
何だか自分が想像するよりも、その十倍以上はピンチでありそうなのだが、南の顔は自然とほころんでいた。
「……けれど、南さん。嬉しそうですね」
「嬉しい? ああ、うん、そうかもね。何だか、こうやって共有できる相手が居るの、結構新鮮かも。ほら、両はあれでしょ? 私が愚痴をこぼすのなんて聞いてくれるのは居なくってねー」
「……ですね。両兵はあれですし」
お互いにそうやって笑い合い、青葉はまず家の両面を完成させていた。
南は基礎に当たる部分を組み上げ、木材を差し込んで安定させる。
「よし、じゃあ屋根を作らないとね。スコール一発で壊れちゃうと困るから、頑丈めに」
「そうですね……次郎さん、喜んでくれるかな……?」
「きっと嬉しいに決まっているわよ。だって、私と青葉の合作なんだし!」
そう言われると少しこそばゆい。
青葉は川本より渡された図面に書かれた屋根の構造を読み込んで、じゃあ、とハンマーを掲げる。
「一気に作っちゃいましょう!」
「おーっ!」
「――宅配でーす」
「あっ、お疲れ様です」
赤緒は宅配便にハンコを押して、荷物を玄関に運び入れていた。
「……もうっ。立花さんってばまた南米から荷物取り寄せて……。うん? ナマモノ……?」
荷物の扱いに赤緒は首を傾げていたが、自分の背丈の半分はある大きさの段ボールに、閉口する。
「……帰ってきたらきちっと言っておかないと。こういうのは自分で管理できるものだけを取り寄せてくださいって!」
その時、ごそっと荷物が動いたので赤緒はびくついてしまう。
「……嘘、今……動いた……?」
まさか、生きているのだろうか、と赤緒は段ボール越しにその存在を窺う。
耳を当てると不意打ち気味に声が響いていた。
「……何だろう? 豚みたいな声だけれど……。犬、じゃないよね? 犬なら、ペット禁止だし……猫も……」
赤緒は周囲を見渡して誰かの眼がないのを確認してから、そっと段ボールを開けていた。
一番に視界に入ったのは赤く塗られた屋根である。
「……犬小屋……? じゃあやっぱり犬?」
続いて段ボールを順番に解体していくと、表札が目に入る。
「……歩間次郎……? 何なんだろ。犬に付ける名前じゃないよね……?」
そう思った瞬間、ぴょこんと飛び出して来たのは灰色の生き物であった。
目線が合って十秒ほど、赤緒はフリーズしてしまう。
「え、……ええっ、ええ――っ!」
ようやく悲鳴を上げた赤緒に、さつきたちが台所から飛び出して来ていた。
「ど、どうしました? 赤緒さん……!」
「こ、腰抜けちゃって……」
赤緒がよろめいていると、その背中へとぴょんと灰色の生き物が乗っかってくる。
「ひゃぁ……っ! な、何これ……?」
「赤緒、うるさいわよ。何よ、大げさに」
「る、ルイさん……。よく分かんない生き物が……宅配便で……」
完全に腰を抜かした状態で背中に乗られ、赤緒は息もできないでいた。
すると、ルイは何でもないように応じる。
「……歩間次郎。あんた、来たの?」
ぷぎーっ、と鳴いて応じてみせた生き物に赤緒は驚愕する。
「る、ルイさん? 知り合い……で?」
「私の下僕よ。あの自称天才が運んできたみたいね」
下僕と評された生き物をルイは持ち上げて、さつきへと見せつける。
さつきは、悲鳴を上げていた。
「ひゃぁっ! そ、それ、何ですかぁ……」
「アルマジロよ、知らないの?」
「る、ルイさん……。それ、どうなってるんですかぁ……」
「だから、私の下僕。まさか日本にまで来るなんてね」
何でもないように応じてみせたルイの態度に、赤緒とさつきは困惑するばかりであった。