今度はミニスカートに厚底靴、そしてタイトなトップスに身を包んだエルニィは何度かスカートを抑えて悶絶する。
「こ、これ……絶対にヘン! だって後ろから見えちゃうし……露出狂だよ……」
「いや、案外いいんじゃないの。あんた、健康的な身体してるんだし、こうしてみると足も長く見えるわねぇ」
「……み、南、見方がオッサンじゃんかぁ……」
「うっさいわね、こちとらお金出すのよ? じゃああんた、納得いくまで今日は着せ替えだからね」
「そ、そんなことしてたら日が暮れちゃう……。い、一旦考えさせて……。こんなので出歩くとか、ボク、耐えらんないよ……」
一転して弱く出たエルニィに、南は何個か候補を手渡して、試着室の前で待つ。
「じゃ、早くすることね。どっちにしたって、今日は赤緒さんに勝てるようなファッションで帰るんでしょ? じゃ、いつもの格好じゃ駄目よね」
「み、南……楽しんでるよね、この状況……。うぅ……軽率に勝負なんて言うんじゃなかった……」
エルニィからしてみればファッションはアウェイなのだろう。
とは言え、似たような経験がなかったわけでもないので、南はアドバイスする。
「……あのね、エルニィ。あんたは知らないかもしれないけれど、私だって最初、髪伸ばすのも嫌だったし、スカートなんてもっと嫌だったのよ」
「……し、信じらんないな。だって会った時からそうだったし……」
「ま、信じようが信じまいが自由だけれど、私だって乗り越えて来たんだから。そういうの、女の子には必要なのかもね」
「乗り越える……みたいなの?」
「自分の常識だとか、見識っての、案外狭いんだって思う瞬間ってあるのよ。それが……どう言った瞬間なのかは、別の話なんだけれど」
思ったよりも湿っぽい話になってしまったのかもしれない。
別段、思い返すわけでもないが、きっかけは間違いなく――。
「……南も、ちょっとは大変だったってことか」
「分かれとも言わないし、分かった風になれとも言わないけれど、ただ、ね。女子がこうして、ファッションで勝負するってのは、意外と度胸が要るのは間違いないわね」
「……ここに来て南らしい言葉もあるじゃん。度胸とか、根性とか大好きでしょ?」
「そりゃーそうじゃないの。女は度胸と根性よ」
「……はぁー、相変わらず価値観が古いなぁ、南は。けれど、ま。そんな南なら……別に任せてもいいかな」
ひょい、と手が差し出され、選んだ上下の服を南は問い返す。
「これでいいのね?」
「……今のボクにできる精一杯。おかしいセンスなら笑ってもいいよ」
「ま、笑うもんでもないわよ。他人のファッションってのは、特にね」
「――わぁ……! 赤緒さん、買ったんですか、それ」
顔を明るくさせたさつきが称賛するのは赤緒の買ってのけた上下の服職であった。
「へ、変じゃない……かな?」
下半身は思い切ってこれまで挑戦してこなかったジーンズで、上半身は少しだけ余裕を持ったオーバーサイズのTシャツである。
いわゆるストリート系のファッショを真似てみたのだが、見よう見真似なので良さはよく分かっていない。
「ファッション誌で見たのと同じですね。赤緒さん、何だかいつもとは別人みたい……」
さつきには大評判であったが、ルイは一瞥するなり、ふんと鼻を鳴らす。
「赤緒にはもったいないファッションね。まごとかひまごとかのあれみたい」
「馬子にも衣装……ですか? あっ、違っ……赤緒さんのは似合ってますから!」
さつきにフォローされつつ赤緒はエルニィを待っていたが、彼女は帰って来るなりこちらをすっと見て、ぼそりと呟く。
「……その、勝負はお預け……で、いいかな……? ボクも頭に血が上っちゃって……」
帰宅したエルニィは何だかいつになくしおらしい。
何かあったのだろうか、と続く南を窺っていると、彼女はそっと唇の前で指を立ててウインクしていた。
「……ま、お金を出したとはいえ、今じゃないんでしょうね。エルニィが見せていいと思えるようになってから、勝負は持ち越しでもいい? 赤緒さん」
「あっ、それは別に……大丈夫ですけれど……」
エルニィはすぐさま自室へと閉じこもってしまう。
「……何だか悪いことしちゃいましたかね……」
「赤緒さんが気にすることじゃないってば。喧嘩吹っ掛けておいて自滅したのはエルニィのほうだし。ただ……分かるとは思うけれど女子にとって自分のファッションを変えるって言うのは生き方を変えるみたいなものだから」
南なりに今回のことで思うところがあったのかもしれない。
とは言え、赤緒もそれに関しては気にかかっていたので、エルニィの部屋の前まで踏み出していた。
「……あの、立花さん……」
「なに……。もしかして無理やり見せろとか言うんじゃ……」
「そ、そんなつもりはないですよ……。ただ……また、勝負しましょう。今回はお流れになっちゃいましたけれど、いつかはきっと……だって立花さんの選んだ渾身のファッション、見たいですから」
「……考えとく。夕飯時には降りるから、今はそっとしておいて」
その返答が聞けただけでもきっと充分のはずだ。
赤緒は安心して、階段を降りていた。
――上に着込んだのは少し上品な薄緑と黒のブラウス。
短すぎるくらいのジャストフィットの黒地のショートパンツに、そのまま繋がった形式の左足のガーターベルト。
編み上げブーツも込みで、ちょうど五千円――。
これまでの自分とは違う、異質な姿と、そして大人びた衣服に、エルニィは思わず叫んでいた。
「やっぱこれ、おかしーし! こんなの駄目! 絶対に着ないんだから――っ!」
この服が似合うような女性に成るのには、まだ少し遠い未来――。