「あー、水着シーズン? 今年はどうかしらねー、小夜は。サイズ、変わってない?」
「変わってないとは思うんだけれど……一応、プロのスタイリストさんに食事の管理も受けているし」
「その割には、今もスナック菓子をぱくぱくと。いいの? それ」
ナナ子に指摘されて小夜はスナック菓子の袋を後ろ手に隠す。
「だ、大丈夫よ。誰にも見られてないし……」
「いや、私とカリクムが見てるじゃないの。……あれ? って言うかカリクムは?」
そう言えば、と小夜も視線を巡らせていた。
「居ないわね……。どこー、カリクム。出てってらっしゃい!」
パンパンと手を叩くと、自身の背後から呻き声が聞こえて来ていた。
「こ、ここだよぉ……小夜ぉ……」
思わず腰を浮かすと、スナック菓子の袋とクッションの間にカリクムが挟まっている。
「……あんた、何やってるのよ」
「す、少しだけスナック菓子を掠め取ろうと思ったら……小夜が座り込んできたんだろ……」
「呆れたわねぇ。あんた、そんなにいやしかったっけ?」
「……こっちもまさか小夜が乗って来るとは思ってなかったんだよ。……前よか重くなったんじゃ――」
その言葉尻を鉄拳制裁で遮ると、カリクムは頭部を押さえていた。
「何すんだよ!」
「だまらっしゃい! 女優相手に重くなっただの、体重が増えただの、最近、お腹周りがきついだの、結構なことを言うじゃないの!」
「最後のは言ってないだろ! 本当、そういうところじゃないのか! 小夜も、女優だとか浮ついたこと言ってんじゃなくって、ダウンオリハルコン退治にだな……」
「ふーんだ! あんなの、少しでも報酬が出ればまた違うんだけれどね。高杉先生にいいように使われているようで気に入らないのよ」
「けれど、小夜。作木君もあれでもやしっ子だし、小夜が付いていないとどうなるか分かんないわよ?」
「……いいのよ、別に。こっちはボランティアみたいなもんなんだし。義務じゃないもの」
「……いいのかよ、そんなこと言って。もしもの時に何かあってからじゃ遅いんだぞ」
「カリクム、あんた、一端の口を叩くけれど、それでも言えた義理? ほとんどレイカルとヒヒイロに……最近じゃウリカルにも撃破数じゃ負けているじゃないの」
「うっ……って! それは小夜が毎回、バイクで来るのが遅れるからじゃないの!」
「あんたらの速度に合わせてたら法定速度が何キロでも足りないっての! 少しは人間側の事情をね……」
「あー、もうっ! そんなに言うんならいいんだぞ!」
カリクムはにわかに窓を開け、こちらへと舌を出す。
「……何をする気よ」
「出ていく。どうせ、小夜みたいな半端創主じゃ、私も直せないし。これならヒヒイロに鍛錬付けてもらったほうがマシかもねー」
その言葉振りには小夜もさすがに苛立ってしまう。
「……あー、そう! じゃあ出て行きなさい! 言っておくけれど、追っかけたりしないんだからね!」
「そっちこそ! 私が居なくなってから後悔しないでよね!」
売り言葉に買い言葉で、カリクムがハウルを噴射させて窓から飛び立つ。
「……何言ってんだか。これで少しは静かになって万々歳よ」
「し、しかし……その、小夜様。いいのですか?」
気圧され気味に口火を切ったのはシルディである。
「……何よ。あんたも文句あるって言うの?」
「い、いえ、そうではなく……。今宵は雨です、それもまぁまぁの豪雨……。さすがにカリクムをこのまま雨空に、と言うのは……」
濁したシルディにその創主であるナナ子へと視線を据える。
「……もしかしてもう後悔してる?」
「ま、まさか! カリクムだって立派なオリハルコンでしょ! 野良でも生きて行けばいいのよ!」
「……小夜。一つアドバイスしておくと、仲直りは早いほうがいいわよ」
「……もう寝るっ!」
このまま言葉繰りをしていても自分は情にほだされそうだ。
それに、言ってしまった手前、すぐに呼び止めに行くのはあまりにも――。
「……あの子が悪いんだからね。体重が増えただの、最近、お腹周りがきつくなってきただの……」
布団を被ってぶつくさ文句を垂れる。
「仕事が多いって言うのに、カリクムってば創主の仕事だけじゃないっての。第一、ちょっとしたスナック菓子くらい、別にいいじゃないの」
(私も悪いとは思わないんですけれど、芸能界って厳しいところですよねー。来月までに二キロも落とせなんて)
「そうよ。いくら子供番組のレギュラーだからって、さ。私だって一介の大学生……」
と、そこまで口にしてからうんうんと枕元で頷くカグヤが視界に入る。
(あっ、こんばんはー。じゃなかった。せっかく枕元に立ったんですから、そうですね……うらめしやー、とか?)
小夜は短い悲鳴を上げてベッドから転がり落ちる。
その音を聞きつけてナナ子たちが明かりを付けていた。
「小夜? なに? もしかして勢い余ってベッドから転がって……?」
「な、ナナ子……お、おばけ……」
「おばけ……って、どこに?」
「そ、そりゃあ、あんた! ここに!」
「いや、だからどこに? 小夜ってば、いくらそろそろ夏だからってもうちょっとマシな怪談を言いなさいよねー。行こっ、シルディ」
「はい。あ、小夜様。おやすみなさい」
ぺこりと頭を下げたシルディが明かりを消したところで、今一度枕元に視線をやると、両手を垂らしたカグヤがちょこんと座り込んでいる。
「……思い出した。あんた、私じゃないと見えないんだった」
(思い出していただけて光栄ですぅー。よかったぁ、もし一年に一回も出られなくなったら、本当に化けて出ようかなって思っていたんですけれど、三途の川を渡るのにお駄賃が足りなくって)
「……何それ」
(えっ、分かりません? えっとそのぉ……幽霊ジョーク……)
てへっ、と茶目っ気たっぷりに舌を出すカグヤに、小夜は呆れ返っていた。
「……あんたの存在は私とカリクムのハウルの作用、なのよね?」
(あっ、はい。身も蓋もない言い方になっちゃいますけれど。もっとロマンティックに、愛の力とか?)
カグヤの冗談に付き合っていればどれだけの時間があっても足りなさそうなので、小夜は本題を切り出していた。
「……で、一応はこれって無意識なんだっけ?」
(ええ。前回と同様、カリクムと小夜さんの間に繋がっている……そうですね、パイプみたいなものを想像してみてください。それが一定の総量を超えて、膨張すると、私のような情報を吐き出すみたいで……)
「……要は、潜在意識で言いたいことがあるのに言えない時、出て来るってことでしょ?」
(あっ、とても理解が早くって助かりますー。そうですねー、やっぱりその、小夜さんも負い目みたいなものを感じてらっしゃるのでは?)
「……そりゃあね。本心じゃないわよ、カリクムがどうなったっていいってのは。けれど、この連日の雨に、撮影の強行に、体重落とせの要求に……って重ねれば、少しは怒りたくもなるじゃないの」
(いえ、分かりますよ。だって私も、カリクムと喧嘩したの一回や二回じゃないですから)
想定外と言うのはこういうことで、小夜は茫然としていた。
「……意外。あんたとカリクムは喧嘩一つしなかったんだって思ってた……」
(いえ、それはもう、連日殴り合いの……あっ、これは言い過ぎでした。殴り合いにはならなかったですけれど、まぁ、今回みたいな言い合いには、結構……)
「あの子はそんなこと、一言も言わないわよ?」
(……きっと、カリクムなりの優しさなんだと思うんです。私は、エルゴナによって事故を偽装して命を落とした。それがまだ……あの子の中ではしこりのように残っているんでしょうね。自分が強ければって)
「……そういうわけでもないでしょう。エルゴナが……その点じゃ狡猾だったんだし」
(はい、私もそればっかりは仕方なかったんだと思っています。だから成仏もしたいんですけれど、案外、と言うか、枕元って立ってみると……よっ、ほっ……いい枕使われてますねぇ、小夜さん)
枕で遊び始めるカグヤはほとんどポルターガイストなので、小夜は枕を取り上げる。
「……まぁ、分かったけれどさ。私にどうしろって言うの? あの子を追いかけて……この雨の中で? それこそ無謀よ」
(……小夜さん、ちょっと意地悪ですね。自分がどう行動したいのか、もう決めていらっしゃるのに)