カグヤにしてみれば、それもお見通しなのだろう。
本当に――ここまで心の距離が近い相手もこれまでの人生の中では居なかったものだ。
「……カグヤ。あんたも相当に性悪ね」
(あ、いいですねぇ、それ。性悪だから、化けて出ちゃったのかも! ふふっ、うらめしやー)
カグヤのおばけの物真似に付き合ってもいられないと、小夜は明かりを点けて立ち上がっていた。
「あれ? 小夜。寝るんじゃなかったの?」
「……ちょっと小腹が空いたから、コンビニまで行ってくるわ」
「はいはい。……言っておくと、雨は少しだけ止んできたみたいよー」
こちらにも全てお見通しとでも言うような言葉に、小夜は少しだけ救われた気分でマンションを後にする。
バイクに跨ると、カグヤが自分の背後からぎゅっと手を回してきたのを感じ取っていた。
(わぁーっ! 私、憧れだったですよー! 小夜さんのバイク、いっつもいいなぁーって眺めていたので!)
「……あのねぇ、カグヤ。ツーリングに行くんじゃないんだから」
(けれど、何となくでも分かっているはずでしょう?)
「……まぁね」
エンジンを吹かし、小夜はバイクを駆け抜けさせる。
オリハルコンの能力ならばどこまでも飛んで行けるはずだが、カリクムは思ったよりも近場に居るのをハウルで感じ取っていた。
公園のベンチでカリクムはぼんやりと雨に濡れている。
折り畳み傘を取り出し、それとなく差していた。
「……小夜……」
「風邪引くんじゃないの? いくらオリハルコンでも」
「……いや、今はちょっと……いいや」
「何でよ。この公園……パパが新しいマンションを建てる計画があるって言っていたわね、確か」
「……小夜の父親、私は嫌いだ。ここを潰すとか言ってるから」
「……ここは?」
「……カグヤがデザインした……よく私を連れてここに来てくれたんだ。何でも教えてあげるって言って……。馬鹿みたいだろ? 教えるも何も、その前に……死んじゃうなんて……」
カリクムは膝を立てて顔を伏せる。
小夜は後頭部を掻いてから、バイクで待ち合わせているカグヤが手を振ったのを目にしていた。
「ああっ、もう! あんたも面倒くさい女ね! カリクム!」
「な、何だよ、何か言われたって、私――」
抵抗の声が出る前に、小夜はカリクムへと渾身のヘッドバットをかましていた。
互いに火花が散る速度でのハウルの交錯の後に、金色の輝きを宿してカリクムが顔を上げる。
――痛った! 小夜、何して……っ、って、これ、ハウルシフト……?
「(カリクム。あんたの物言いを、私は分かった風にしか、所詮成れないのよ。だって、私がどうやったってカグヤには成れないんだから。けれどね……! あんたもシャキッとなさい! それでも私のオリハルコンなの? こういう時、涙なんて見せるもんじゃないのよ! 強さだけがあればいいの!)」
――よ、よく言うなぁ……そもそもの原因は小夜じゃ……。
「(カリクム、少し飛ぶわよ)」
へっ、とカリクムの意識が返答する前に、小夜は直上へと雷撃の輝きを伴わせて飛翔する。
雨雲を突き破り、その果てに佇む金色の満月と天の川を視界いっぱいに入れていた。
「(……そう言えば、今日は、確か七夕……)」
だからなのかもしれない。
自分たちの縁に、少しだけ助言をしてくれたのは。
――謝んないからな、私は。
「(それでいいんじゃない? 私も、別に悪いとは思ってないし。……けれどね、辛気臭い顔をまた見せてみなさい! そん時は問答無用で殴り伏せるわよ!)」
――何だそれ。暴力創主だなぁ、まったく。
「(暴力上等! 私だってね、大人しくあんたらの持って来るトラブルをのうのうと受け入れているほど、心が広くできちゃいないのよ。分かるでしょ? 今の私たちは――)」
――……ああ。まぁ、ここまで心の距離が近いとな。いやでも分かっちゃうよ。
梅雨空を解き放つように、小夜は黄金の燐光を棚引かせながら、空を滑空する。
それは次なる季節に向けての、渾身の助走だ。
だって、夏がやってくる。それなら、湿っぽい顔でいるのは、きっと今日だけでいい。
そう胸に刻んで、小夜とカリクムは七夕の夜に、天の川に向けて果てのない疾走で突き抜ける。
それがささやかな抵抗に過ぎなくとも。
「(だって、夏が来るんだから!)」
そして――季節は巡るのだろう。