「あの……このまま乗せてもらっていいんですかね……?」
バイクの後部に相乗りした作木に小夜は返答していた。
「何言ってるの! 足がないでしょう、作木君は。それに、役に立てるんならそれに越したこともないし! しっかり掴まっててね!」
「は、はい……」
ぎゅっと腰元へと腕を回されて、案外悪くないものだなと思ってしまう。
「それにしたって小夜さぁ……水刃様に何の備えもなしに会っていいのかよ」
「創主様! やはり呼ばれたからには強さを試される……と思っていいのでしょうか」
「あ、うん……そう……かもね」
アーマーハウルしたレイカルとカリクムがめいめいに質問してくるので、作木は困惑しているらしい。
小夜はあっけらかんと応じていた。
「そんなの、会ってから決めればいいのよ」
「その……私も付いて来てよかったのでしょうか……」
少しおっかなびっくりに尋ねたのはウリカルで、レイカルは声を飛ばす。
「何言ってるんだ、ウリカル! ヒヒイロのお墨付きなんだ! だったらお前だってきっと大丈夫なはずだろう!」
「……おかあ……レイカルさんがそう仰るのなら……」
アーマーハウルしたウリカルはレイカルたちに高度を譲っている。
その後方からラクレスが声を囁かせていた。
「大丈夫ですわよぉ、作木様。水刃様がどのような抵抗をしようとも、私が付いておりますからぁ……」
「ラクレス、あんたの物言い、不安になっちゃうからやめてってば」
「あら、小夜様。それはでも、水刃様の本意かもしれませんわよぉ……。私たちをただ呼んで、それで終わりとは思えませんし」
「……まぁ、そりゃあね。何のてらいもなく水刃様が俗世間の人間を招致するとは思えないし……」
一抹の不安を覚えつつ、小夜はアクセルを吹かしていた。
「――はて、水刃様より招待、ですか」
ヒヒイロが削里と将棋盤を挟んでこちらを窺う。
「ええ……どういう風の吹き回しなのかしらね……。ちょっと不気味かも」
肩を震わせたナナ子に対し、小夜は言いやる。
「まぁねぇ。水刃様が私たちを招くなんて、それこそ季節外れの大雨の前触れかもしれないわ」
「まぁ、いいじゃない、小夜。こうして真っ当にお呼ばれするなんて思いもしなかったんだからさ」
カリクムとレイカルにはそれぞれハウルで構築された手紙が差し出されていた。
達筆で記されたそれを、レイカルは滝のような汗を掻いて解読する。
「……い……し……げ……」
「“残暑見舞い申し上げる。この度は我が盟友として、貴様らを神社に招きたい。なお拒否権はないとする以上”……これ以上ない物騒な手紙ねぇ……」
呆れ返ったラクレスがハウルの手紙を胸元に入れる。
「あの……私はそれほど水刃様との交友はないはずなのですが……」
戸惑っているのはウリカルであった。
彼女にも水刃より直々のハウルの手紙が届いている。
「要はあんたも来いってことよ、ウリカル」
ナナ子の単純明快な回答に、ウリカルは首をひねっていた。
「どうして……私なんでしょうか?」
「うん? それはお前が私の娘だからだろう?」
レイカルの言葉にウリカルは迷いの胸中を告げる。
「……その、でも私……水刃様の嫌う、人間に造られた存在で……」
「馬鹿だなぁ! ウリカルは! そんなこと、水刃が気にするわけないだろう!」
今ばっかりはレイカルの空気が読めない発言がありがたい。
そうでなくとも、ウリカルには多少の破滅願望があるのは否めないのだ。
「……ま、あんたも一緒に来なさいよって話じゃない? 水刃様が何の咎めもなく、あの神社にオリハルコンを呼ぶなんて滅多にないんだし」
「カリクムの言う通りよ。前なんて高杉先生に呼ばれたもんで行ったら、えらいことになったんだからね」
最初に高杉神社に訪れた際の手痛い歓迎は今でも思い出せば寒気を覚える。
考えると、最強のアーマーハウルが敵になったのだ。
まだ本当の敵を知らなかったとはいえ、よくも吼えてみたものである。
「……けれど……お邪魔になりませんか……ね?」
「ならない! お前は私の誇りある娘なんだ! もし水刃がそういうことを言う奴なら、私が叩きのめしてやるぞ!」
レイカルの言葉はいつになく頼もしい。
こういう時に人の心を打つのはきっと彼女のような存在なのだろう。
「……何だかあんたがそういうことを言うのも珍しいことね」
カリクムが呆れ調子のまま、決定権を投げたのはヒヒイロである。
「で、ヒヒイロは意見がないの? 弟子でしょう、ウリカルは」
「確かに。弟子の面倒を看るのもまた、師の務めでもある」
「で、でしたら師匠……私、ワガママは言いませんので……」
「いや、行くべきであろう、ウリカルよ。これも人生経験。それに、水刃様は名高い高杉神社のアーマーハウル、悪いようにはしないはずじゃ」
「で、でも……粗相を働いてしまうかも……」
「なんじゃ、ウリカルよ。お主、怖いのか?」
純然たる問いかけにウリカルは一拍挟んだ後に応じる。
「……はい。怖い……のかもしれません」
「だろうが、経験を積まねば真の強みには至れぬ。レイカルもカリクムもまだまだ修行中の身だが、いちいちビクついておる性質ではあるまい。お主もそうなって欲しいと言うのは、ある意味では親心のようなものなのだが……」
「師匠の……?」
「ウリカル、ちょっと話を聞きましょう。ヒヒイロに話しづらくっても私になら、何だって言っていいから。あっ、何なら水刃のジジィと話すシミュレーションでもしておく?」
ナナ子が割って入り、ウリカルと共に別室へと赴いていた。
「……ヒヒイロにしちゃ、ちょっと突き放すような物言いじゃないか」
「そうでしょうか。私は別段、そのようなつもりは」
「……不安かい?」
「……ええ、少し」
「素直なほうがいい。ウリカルにもきっと、そっちのほうが伝わる」
「いえ、ですが師匠として、非常に徹しなければいけないこともあるのです。……王手」
削里は盤面を覗き込んでから、うーんと呻り、それから参りましたと宣告する。
小夜はその模様を眺めながら、何だかなぁと呟いていた。
「みんな、素直じゃないってことよねぇ……。でも、水刃様が私たちを呼びたいなんてわざわざ手紙で寄越すくらいなんだから、よっぽどのことなのかしら」
「ショチューお見舞いって何だ? 強いのか?」
「暑中お見舞い、ね。まぁこの季節、暑いでしょう? それを労う……みたいなことなのよね?」
小夜の疑問にいつものようにヒヒイロが返す。
「元々は相手のことを気遣って、そういった便りであったそうです。また暑中見舞いは七月の下旬から八月の八日、立秋までとなっておりますが厳密なところを知っている人間は少ないでしょう。今回の場合、八月も後半に入ったので残暑、つまりはこういった手紙となったというわけです」
相変わらずのヒヒイロの博識さには舌を巻きつつ、小夜は頬杖を突いていた。
「けれど……本当に水刃様のご用って何なのかしらね? カリクム、何か分かる? あんたたち、失礼なことをしたんじゃないでしょうね?」
「何で真っ先にそういう思考回路なんだよ! ……高杉神社には近づかないんだ。遠いし、それに水刃様に稽古を付けられるのも面倒だしな」
「私は水刃と一緒に戦うのは好きだぞ! ただ……何度もそう思って行くんだが、場所が分からなくってな」
レイカルは単に方向音痴なのか、あるいは水刃が特殊な結界でも張っているのかは不明である。
「……いずれにしたって、無碍にするものでもないし。作木君の予定は? 今は夏休みでしょう? 実家に帰省でも?」
「いや、創主様は……」
濁したレイカルに、小夜はぬっと顔を寄せる。
「……何か隠しているわね?」
「なっ……割佐美雷! やはりそういう力があるのか?」
「なくたってあんたら分かりやすいのよ。……で、作木君の行方は?」
「うん……創主様は――」
「――……参ったなぁ」
呟いた作木は近場にあるフードコートで涼んでいた。
この連日の猛暑――否、ほとんど既に酷暑であったがそれが原因かは別として、安アパートでは限界がある。
こうしてショッピングモールに入って何を買うでもなく、少しだけ涼しい風に当たるのがこの夏の恒例となっていたが、問題があるとすればこの状態では仕事は遅々として進まないということだ。
「……さすがに美少女フィギュアを並べるのは場違いだし、それにこの時期は……人がなぁ……」
アイスをせがむ親子連れが目立つ中で、苦学生の側面を晒すものとすれば、なけなしの金を捻出したファーストフードが関の山。
しかも、ハンバーガー一個だけと言う貧しさ。
それで何時間も居座るのは単に居心地が悪い。
「……けれどレイカルたちがここに来るわけにもいかないだろうし、どうしたものかな……」
別段、レイカルたちを遠ざけたいわけでもなく、ただこの人間には酷な暑さでも、オリハルコンの身では別のようで、毎日遊びに繰り出しているらしい。
子供の頃ならば、自分も暑さ寒さは関係なく、晴れ間が覗けば外に出て、雪が降ればわき目も降らず飛び出していたな、と思い返していた。
それが単に楽しくもならなくなったのは、自分が賢しく成長してしまったせいでもあるのだろうか。
冷たいジュースを口に含んでいると、不意に声が弾けていた。
「創主様!」
思いも寄らず作木はむせてしまう。
「れ、レイカル……?」
「作木君、あのアパートじゃ厳しいのは分かるけれど、ショッピングモールで凌ごうって言うのはさすがに……」
呆れ返った小夜とナナ子を視野に入れて、作木は困惑していた。
「えっと……何でみんなここに?」
「何でって……知らなかったの? レイカルたちが水刃様に呼ばれているのよ」
寝耳に水で、作木は首を傾げる。
「えっと……と言うことは高杉神社に? ……何でです?」
「分かんないけれど、すぐ来いってことは、何かしらの用なんでしょうね。ウリカルも同行するから、私たち創主はバイクで飛ばすわよ」
「えっと……今からですか?」
「当然じゃないの。行かないと何言われるか分かったもんじゃないし」
もう少しだけ涼んでおきたかった本音を仕舞って、作木は小夜たちに続く。
「でも……水刃様がレイカルたちを呼ぶって……それは一体……?」
「さぁね。いずれにしたって、何となくロクなことじゃなさそうだけれど」
「――作木さん。それに、皆さんもご健在で!」
出迎えたのは懿である。
「あれ? 懿君なんだ……。高杉先生は?」
「ヒミコさんはまだ仕事が残っているとのことなので、おれが迎えに上がらせていただきました」
「おとぎちゃんは?」
「おとぎさんも水刃様と一緒に待っておられます。さぁこちらへ」
澱みなく案内する懿の背中を眺めつつ、小夜はナナ子へと耳打ちする。
「……何だか罠に嵌められている気がするんだけれど、気のせいよね?」
「罠なんてもったいぶったこと、水刃様がすると思う? まぁ、今回の場合、呼ばれたのはレイカルたちなんだし、創主である小夜たちはオマケでしょ?」
「……そうなのよねぇ……。水刃様に呼ばれるようなこと、仕出かしたかしら……? カリクム、謝るなら今のうちだかんね」
「何でやらかした想定なんだよ! ……高杉神社のほうには滅多に来ないし、来たとしても水刃様のハウル結界が強過ぎてどうしようもないってば……」
「そこなのよねぇ……。普段は結界で守っているって言っているけれど、そこにわざわざ俗世間めいた私たちを呼んだってのが」
ナナ子の疑問に小夜はそれとなく懿へと尋ねていた。
「その、懿君……? 水刃様、何か言っていたかしら?」
「水刃様の本意に関しては、ご本人に聞かれるのがよろしいかと」
ここで少しばかり覚悟できていればまだ楽だっただろうに、懿は教えようとしない。
「ヒントとかは? 私たち、何か気に障るようなことを言ったかも……」
「いえ、それも言わないようにと言付かっております。なので、本堂に入ってから話にしましょう」
何だか余計に恐怖が際立ち、小夜とナナ子はこの炎天下なのに怖気を覚えていた。
「……あの、小夜さん、ナナ子さんも。別に怒られるとは限らないのでは……」
作木の発した言葉に、小夜は振り向く。
「けれど……私たちがよしよくやったな、とか……褒められると思う?」
「それは……難しいですけれど」
「ダウンオリハルコン退治もやってるのに、一度だって褒められたことなんてないんだから。それに、高杉先生だって水刃様に関してのことじゃ強く出れないみたいだし」
「けれど……大丈夫だとは思いますよ。わざわざ手紙なんて、ちょっと古風ですし」
「……まぁねぇ。ハウルの通話である程度の距離はどうこうできるのに、ハウルを結晶化させて手紙にして一筆なんて、手間のかかったことをするなぁとは思うわよ」
「着きました、こちらに」
懿の示したのは高杉神社の奥に位置する楼閣であった。
どこか荘厳な佇まいに、小夜はごくりと唾を飲み下す。