「……どう見ても、罠……よね?」
「おれの案内はここまでです。真っ直ぐ進めば、水刃様が居ますので。では、ごゆっくり」
懿が案内を終えて来た道を戻っていく。
縋りつきたい気持ちは山々だったが、ここで逃げればさすがに心証が悪いだろう。
「……行くわよ」
小夜が先陣を切って歩を進めると、どこか鍾乳洞じみた楼閣の奥は畳敷きの居間になっていた。
(……来たか)
人間態の水刃がその場所で厳めしい面持ちのまま、おとぎと共に待ち構えている。
「皆さん、ご健在で何よりです」
「お、おとぎちゃんも? ……そ、そのぉー」
(言わんとしていること、分かっておるな?)
そこまで詰められたら、小夜は素直に先行を取るしかないと、頭を下げていた。
「も、申し訳ありません! うちのカリクムがとんだ失礼を!」
「そ、その……レイカルももしかすると……」
作木もそれに倣って頭を下げかけて、ふと気づいたようであった。
「……小夜さん。水刃様、怒ってませんよ……?」
「あれ? 嘘……」
目の前にはどこか当惑気味にこちらを眺める水刃の姿があった。
おとぎが少し苦笑する。
(……あの手紙に書いておいただろう。残暑見舞いだと)
「えっとぉー……だから残暑見舞いに、私たちを一発叱責してやろうって腹じゃ?」
その解釈に水刃は咳払いしていた。
(……儂を何だと思っておるのか……)
「皆さん、本日は高杉神社まで遠路はるばるご苦労様です。残暑お見舞いに書いておいたのですが、ちょっと婉曲気味だったかもしれませんね。“お盆も過ぎたので顔を見せて欲しい”、なんて」
「顔を……」
「見せて欲しい……?」
小夜と作木がお互いの顔を見合わせていると、カリクムは手紙の続きを読んでいた。
「これ、末尾の“その機会に少しはマシになった面を見せてくれれば尚のことよし”って言うの……冗談じゃなかったんだ……」
恐らく全員が勘違いをしていたのだろう。
水刃に呼ばれる=お叱りを受けるのだと。
その事態に勘付いたのか、水刃は少し言い訳めいた論調で返す。
(……厳めしいやり方だったのが災いしたか……。俗世のオリハルコンであるところの貴様らを見ることは、なかなか叶わぬ。少しは成長したかもしれんと思い、手紙で呼び寄せた次第であるが……)
「水刃様。やり方が少し難しかったのでしょう。こう言えばよかったのでは? “お盆に顔を見せてくれ”と素直に」
(おとぎ、それでは儂の威厳も何もなくなってしまうであろう)
「えっと……つまるところ……ただ単におじいちゃんが孫みたいなものの顔を見たがっていたような……もの?」
(人間風に言えばそうなるのだろうな)
ナナ子の解釈に同意した水刃に、小夜はへたり込んでいた。
「な、何だぁ……って言うか、懿君、分かっていて何も言わなかったわね……」
「言う必要性、ないと思ったんじゃないですか? ……だって、おじいちゃんが孫の顔を見たいのなんて……当然じゃないですか」
作木の言葉に水刃は鋭く返す。
(言っておくが、貴様ら創主を買ってのことではないぞ。レイカルらはまだまだ力の使い方を学んではおらん。それを我が眼で確かめようと言うのだ)
「孫の成長が見たい、ですよね?」
いちいち翻訳するおとぎが少し可笑しく、小夜はようやく緊張を解いて畳みの間へと歩み寄っていた。
「じゃあその……ここで休んでも?」
(……だからそう言っている。今日くらいは戦いを忘れて休め)
「お菓子もたくさん用意しているんですよ」
菓子盆を差し出したおとぎにレイカルたちが飛びつく。
「お菓子だぁー!」
「レイカルってばガキだなぁ。そんなので喜んでいるの?」
「ちなみにこれは高級菓子なので、なくなったらそこまでです」
おとぎの補足に強がっていたカリクムがうずうずし出したのを、小夜が促す。
「……とっとと食べに行きなさいよ。私たちに遠慮することないから」
「そ、そうか? じゃあ食ってやってもいいかな!」
「カリクム! この抹茶のは私のだからな!」
「何のぉ! じゃあこっちのチョコレートのは私の!」
「二人とも本当に、目の前の欲をかくしか能のないお馬鹿さんなのねぇ……。一番お高いのはこの麩菓子なのよぉ……」
そのやり取りを遠くで見つめていたウリカルへと、小夜は言葉をかけていた。
「何やってるの。ウリカルも行きなさいよ」
「し、しかしその……私はオリハルコンサイボーグですし……皆さんのようには……」
「あのねぇ、お盆でおじいちゃん、おばあちゃんの家に帰省したら、一番にいいのは孫が元気にたくさん食べてたくさん笑うことなのよ。水刃様にとってしてみれば、オリハルコンサイボーグなんて関係ないでしょう。今を生きるオリハルコン、みんなが孫みたいなものなのだから」
ウリカルはちらと水刃を窺う。
水刃は堅苦しい口調で応じていた。
(ヒトに造られしオリハルコンサイボーグとやら、か)
「……はい。やっぱり私には――」
(だが、存外にも儂の気持ちは変わらん。ウリカルと言ったな? その心持ち、既にオリハルコンのそれならば、もてなすのに何の不満もない)
「ウリカルも一人のオリハルコンとして、水刃様は認めてくれているんだ」
その翻訳を作木がすると、ウリカルはぱあっと顔を明るくさせていた。
「その、作木さん……。いいんです、かね……?」
「もちろんだとも。ウリカルだって立派な、僕のオリハルコンなんだから」
「ウリカルー! 早く食べないと全部食べちゃうぞー!」
呼ぶ声にウリカルは菓子盆の上でがつがつと高級菓子にありついているレイカルたちへと飛び込んでいた。
「……はいっ! お母さん!」
小夜はその模様を眺めつつ、おとぎへと囁きかける。
「水刃様、最初からこのつもりで?」
「もちろんです。小夜さんたちもどうぞ。皆さんも立派な、水刃様にしてみれば孫のようなものですから」
(……ふん。人間におもねるつもりはないわ)
口でこそ強がっているが、最初に出会った頃のような強硬策に出ないところを見るに、どうやら今日は本当にそのつもりだけで呼んだらしい。
その不器用さに呆れつつも、小夜は菓子を手に取っていた。
「そうね、だってこうして……季節は巡るんだもの。田舎に居るおじいちゃんに会いに来るのも、悪くないのかもね」
頬張った菓子の味は特別な甘さであった。