「いや、大丈夫。少しでも操主として慣れておいたほうがいいだろうからね」
「……おい、ヒンシ。直接言ってやれよ。いつまでも整備ができねぇんだから、迷惑だってな」
そう口火を切ったのは上操主席でふんぞり返る両兵で、青葉はじとっとした視線を向ける。
「……川本さんが言ってるじゃない。両兵は不真面目すぎだよ」
「アホ、人機に乗っている時間が全てじゃねぇだろうが。ただでさえ半端操主なんだ。だったら、少しは遠慮しろっての」
「……いいもーん。両兵なんてすぐ追い越しちゃうんだから」
「あー! そういうトコだぞ! そういう! ……ったく、口ばっかし達者でこちとら困ってるところだっつの」
一触即発の空気になったのを感じ取って、川本が宥める。
「まぁまぁ……。青葉さん、かなり反応良くなってるのは僕らでも分かるし。《モリビト2号》の血塊炉って、実は結構古いんだよね。やっぱり、最新の血塊炉を使えるのとはわけが違うし」
「《モリビト2号》の血塊炉……ブルブラッドシステムですよね? 何で昔のなんですか?」
「オヤジから習っただろ。テーブルマウンテンで産出された血塊も、古代人機のせいでそうそう採取できなくなっちまったんだよ。その上、人機に適合できる血塊ってのは意外と少なくってな。何でもかんでも載せちまえばそれで済むってわけでもねぇんだ」
諳んじてみせた両兵に、青葉は少しだけ感心してしまう。
「……意外。両兵でも勉強するんだ……」
「しちゃあ悪いかよ。ま、血塊炉に関して言えば、なかなか難しいってのは共通認識だと思うぜ? 軍部の開発している新型機だとかは優先的に回されてくるみたいだが、カナイマに回ってくるのはそのお下がりのお下がりみてぇなもんだ。とっくの昔にガタがついている血塊炉をチューンナップして、ようやくってとこだな」
両兵の説明が正しいのかは、川本へと視線をやれば自ずと分かってくる。
「……悔しいけれど、両兵の言う通りではあるんだ。血塊炉の数も絞られてるし、上から送られてくる資材は型落ちばっかりだし……。ちょっとでも古代人機の討伐成績が上がれば違ってくるんだろうけれどね」
頬を掻いて困り顔の川本に、青葉は必死に訴えかけていた。
「わ、私……っ! その……頑張りますから!」
「……お前が頑張ったところで、資材の価値は変わんねぇよ。少しは値段交渉に移れりゃいいんだが、そうでもねぇらしくってな」
「軍部に発言力を持っているのは静花さんだからねぇ……っとと」
失言だと感じたのだろう。
川本の言葉を待つ前に、青葉はふとこぼしていた。
「……じゃあモリビトがもし……壊れちゃったら、どうしようもないってことですか?」
「……有り体に言えば……」
「そんな……! そんなの嫌です……っ!」
「アホか。嫌でも補給路がこんなもんなんだ。現実って奴だよ」
何だか淡白な両兵に、青葉はむっとして睨みつける。
「……何だか、やだ。両兵、こういうのには口答えするタイプでしょ?」
「口答えして金やら何やら手に入るんならとっくにそうしてらぁ。現場判断ってのもあるだろうし、オレが口出せる領域じゃねぇな」
分かった風に成るのも違えば、ここで下手に抗弁を上げるのも違うのだろう。
しかし、自分は未熟とは言え操主。
どこかでモリビトのためにできることの一つや二つくらいはあってもいいはずなのだ。
「……あのよ、下手に考えたっててめぇじゃ何もできねぇんだから、下操主の操縦に集中しろよ。戦闘中にぼけーっとしてンのだけは勘弁だぜ」
「し、しないよ、そんなの……。けれど、モリビトって……じゃあ替えがないってことですか?」
「この《モリビト2号》に関して言えば、ブラジル辺りで予備パーツがあるとかないとか聞いたことはあるんだけれど、極秘裏の話だから、確定かどうかは怪しいかな」
青葉は脳裏にうろ覚えの地理を呼び出す。
ここがベネズエラ、ラ・グラン・サバナだが、ブラジルと言えばカーニバルなどが盛んな南米の土地の印象だ。
何だかスケールがまるで分からず、青葉は頭を抱える。
「無い知恵絞ったって、知恵熱出すだけだろ。やめとけ、やめとけ。どうせお前が何か気を揉んだって、何にもなンねぇよ」
「なっ……! 両兵は責任感がなさ過ぎだよ! 私たちだけなんだよ? モリビトを動かせるのって……!」
「けれどよ、もしもン時は黄坂の奴だって操主できるし、何よりも黄坂のガキがかなり熟練者じゃねぇか。別段、背負い込むこたぁねぇんじゃねぇの?」
そう言われてしまえば返す言葉もなく、青葉は返事に窮する。
「……け、けれど……その、何か役に立つことがしたいんだもん!」
「役に立つことねぇ……。整備とかも素人で、操主としちゃ、センスに頼ってるような奴じゃ、なかなか難しいってのはあるんだがな。第一、お前、上操主の勉強はしっかりしてんのかよ。言っとくが、上は下の難しさの数倍……いいや、数十倍だな」
「……両兵よりかは真面目にやってるよ」
こちらの返答に両兵は眉間に皺を寄せる。
「……オレよりかは余計だっつの。ブレードさばきだとかは結構、コツ要るんだぜ? 格闘術とかも割と難易度が高くって……ああ、そういやちょうどいいのがあったな」
「ちょうどいいって……?」
「来いよ、青葉。普段はやってねぇ、とっておきの訓練を教えてやンよ」
怪訝そうにしながらも追従した青葉が辿り着いたのは――。
「……ここって、訓練場?」
しかし射撃訓練の場ではない。
そこらかしこに置かれているのは、竹刀や面など、どうみても――。
「……剣道、だよね?」
「おう。オヤジからブレードの扱い方を教わる時にゃよくここ使ったもんだ。モリビトの駆動系とかをいちいち考えているよりも先に反射で動くのが最適解だからな。要は身体に叩き込むってこったよ」
両兵はすっと竹刀を構える。
それなりに様になっているが、問題なのは自分だ。
「……えっと、私も、だよね?」
「当たり前だろ……って、そっか。剣道に関して言えば、お前はてんでか」
「うん……。面とか胴とか言われてもよく分かんないし……」
「まぁ、元々がプラモオタクの出不精だったんじゃ、難しいわな。しかし、どうすっかな、そんじゃあ……」
両兵が思案していると、訓練場に訪れた人影が二つあった。
「おや、青葉君に、それに珍しいな。両兵も、か」
「あ、先生……に、ルイ?」
「居ちゃ悪い?」
舌鋒鋭く切り返されて、青葉が困惑していると、ルイは両兵を認めて僅かに後ずさる。
「……何で、小河原さんがここに……」
「ブレードの鍛錬しようと思っただけだよ、ったく。別に、面倒な修行だとかしようたぁ思ってねぇよ」
「そうか。だが、上操主をいずれ目指すのならば確かに、剣術の心得は必要になって来るだろう。ちょうど、ルイ君に教えを乞われたところでね」
「……ルイが?」
「モリビトに乗るのに当たって、別に下操主にこだわることもないしね。上操主だって、狙えるのなら狙ってみせる」
豪胆なその物言いに辟易していると、両兵が口を差し挟んでいた。
「おい、黄坂のガキ。それは、オレの居る上に不満があるってのかよ」
「……そういうわけじゃ……」
「いや、どちらにしたって、いずれは上操主席も固定と言うわけでもない。強さに応じて、でいいんじゃないか?」
現太の言葉に両兵はケッと毒づく。
「……別に、意地でも縋り付いてやるってわけでもねぇけれどよ、下操主も儘ならない奴が上まで行けるとは思えねぇな」
「まぁ、だからとも言える。剣術の心得は?」
「……多少……《ナナツーウェイカスタム》のものだけれど」
「結構。青葉君もほとんど初心者だ。二人で見合うのがちょうどいいだろう」
現太に促されるまま防具を纏い、青葉は当惑する。
「その……ルールとかよく分かんないんですけれど……」
「なに、相手に一打を打ち込めれば勝利、シンプルに考えるといい」
「……おい、青葉。言っとくが、剣ってのはそんなに甘くねぇぞ」
「おや、両兵。言うようになったじゃないか。じゃあ、この鍛錬にはお前も付き合うか?」
「冗談。素人同士の戦いに割って入るほど、ガキでもねぇや」
両兵の軽口を聞き流しながら、青葉は面を被ってルイと向かい合う。
真正面から対峙すると、敵意のようなものが凝って見えるような気がするのは感覚だけなのだろうか。
別段、そう言ったものの機微に関しては聡くもないのに、戦いに赴くに当たって必要なものを感じさせる。
はじめ、と現太が号令した直後には、ルイは摺り足で接近を試みていた。
「……ルイ、本当に初心者……?」
そうこぼしたのも束の間、ルイの剣先が一気に肉迫する。
胴を狙われる、と一瞬のうちに直感して青葉は距離を取っていたが、ルイの懐へと潜り込む速度のほうが遥かに上だ。
パシン、と小気味いい音が響き渡り、胴を叩き伏せられる。
「おいおい、いきなりやられてんじゃねぇか」
両兵の小言を聞きながら、青葉は次の戦いに臨んでいた。
「……ルイ、ほとんど隙がない……」
それでも、ここで勇猛果敢に向かわずして何とする――青葉はルイの剣術を先読みしていた。
これが生身の対峙だから、要らない感傷や、要らない感覚が纏いつく。
人機越しだと、そう思えばいい。
相手は《ナナツーウェイカスタム》、そう認識すれば、自ずとその動きには法則性が垣間見えていた。
ルイは深く身を沈めて、一気に距離を詰めて来るが、それは彼女の体術が抜きん出ているからだろう。
常にその剣には、相手を圧倒する心持ちが宿っているのだと感じ取れば、青葉が実行したことは少ない。
「……青葉――」
両兵の声も、現太の号令も遠くなっていく。
その中で、ルイの持つ太刀だけに集中し、それがどの部位を捉えるのかを先んじて回り込む。
ルイの剣術は軽く、それでいてしなやかだ。
《ナナツーウェイカスタム》の立ち回りと言うよりも、それを凌駕した、速度特化型の振る舞いである。
――ならば、自分は自分の愛する人機を信じるまで。
《モリビト2号》に乗っているのならば、自分はどう打って出る。
その命題を掲げれば、ルイの佇まいへと対面するのは、何も不可能ではない。
モリビトならば、ペダルは一個分重い。
モリビトならば、ブレードの振り翳しは一拍速い。
自分を切り替え、人機そのものになったかのように認識そのものを塗り替えていく。
ルイの足先が訓練場の床を滑った。
上段よりの唐竹割り――しかし、その動きは既に予測済みだ。
青葉は呼吸を整えて、一閃を反射していた。
互いの竹刀が交錯して、弾かれ合う。
そのやり取りに、半ば感嘆したように両兵の声が漏れ聞こえる。
「……おい、これ……マジに素人同士か……?」
自分は剣道においては本物の素人だろう。
だが、自身を人機に置き換えることにかけては、少しばかり一日の長がある。
「……モリビトなら……こう動ける……!」
自分の肉体を信じるのではない。
《モリビト2号》と言う人機の躯体を信じるのだ。
それに呼応して、ルイも僅かに構えを変えていた。
「……嘘……逆手……?」
剣道の主流からしてみれば邪道もいいところ。
竹刀を逆手に握り締めたルイは、姿勢を深く沈めていた。
恐らくはルイにとっての最善手――自分がモリビトの動きの模倣をしているように、ルイも自分にとって最適な人機の動きの模倣を行っている。
それがまだ生まれ出でていない人機の構えであろうとも、ここは今持ち得る自分を信じるのみだ。
ルイが一拍の呼吸を置いてから、こちらへと駆け抜けてくる。
鋭い一閃は薙ぎ払う刃を伴わせて。
青葉は《モリビト2号》の鼓動を信じ、ブレードを打ち下ろす勢いで瞬時にルイの一撃へと対応していた。
二つの刃が、次に捉えたのは――。
現太の声が響き渡る。
「そこまで――!」
勝利したのは、果たして。
「――それにしたって、メンテナンスの不備ね。メッサーシュレイヴが壊れたなんて」
ルイがそうこぼすと、シールと月子は渋い顔をしていた。
「そう言うなって。あれ、結構繊細な武装なんだからよ。実戦じゃなくってよかったじゃねぇか」
「……次までに使えるようにしてくれてるんでしょうね?」
「それは問題ないよ。ただ……」
濁した月子に、ルイはぴくりと眉を跳ねさせる。
「……ただ?」
「時間はもらうことになる。調整だってタダじゃねぇんだ。《ナナツーマイルド》の機動調整には少し時間はかかるぜ。それは理解してくれよ」
「……別に、そこまで急かすつもりはないわよ。キョムが来るまでに直っていればね」
「一言多いんだからなぁ、ったく。しょーがねぇ、徹夜か、今日も」
「シールちゃん、徹夜にはおしるこがあったよね?」
「おう、じゃあ赤緒に作ってもらおうぜ。赤緒のおしるこ、結構旨いんだよな」
そう言い合うメカニックへと一瞥を投げてから、ルイは格納庫を出たところで、さつきと鉢合わせしてしまう。
「あっ……ルイさん……」
「なに? さつきのクセに、何か生意気」
「な、クセにって……。メッサーシュレイヴ、折れちゃったんですか?」
「折れるまで行ってないけれど、その手前ってところね。違和感があったから調整させたら、強度が危なかったみたい」
「そ、そうなんですね……。ルイさん、そう言えば聞きそびれていたんですけれど……」
「何よ。言っておくけれど、今日のおやつはさつきにはあげないからね」
「いつもせびっているような言い方はしないでくださいよ……。あげてるの私のほうじゃ……」
「何? その言い草……」
キッと睨みつけると、さつきは少しだけ萎縮してから本題に入る。
「その、メッサーシュレイヴって格闘武装じゃないですか。しかも剣ですし。もしかして、ルイさん、そういうの習っていたのかな、って思いまして」
さつきの言葉に、ルイはそう言えば、とカナイマでの一幕を思い返していた。
「……一度だけ、青葉と剣道で戦った時があったわね。あれが言ってしまえば、私にとっての基本形を取ることになったのかも」
「青葉さん……って元々の《モリビト2号》の操主さんですよね……? 強かったんですか?」
「てんで駄目だったわよ。剣道もまるで素人の動きで、武術なんてやったことはないんじゃないかしら」
それでも、青葉は追い縋って来た。
一度だけの打ち合いであった、あの剣道の時もそうならば、ファントムを会得してからの一戦の時も。
思えば青葉には人機を愛する才能があったのだろう。
武術の才能よりも、それが強かったがために、自分の天性の格闘術にもすぐに追いついてきたのだ。
そういうところが――誰よりも油断ならなくて、なおかつ信じられるのだろう。
「……じゃあ、どうやって……?」
「知らないわよ。ただ、ね。諦めだけは悪かったから。青葉は、いつだって諦めるくらいなら、無理難題でも前に行っていたわ。そのがむしゃらさに、私もどこかで惹かれていたのかもね」
「《モリビト2号》を動かすのに足る……って?」
「結果論として、モリビトには私のほうが長く乗ったことになるけれど……そうね。青葉は《モリビト2号》のことになれば、誰にも負けない意地みたいなものがあった。それが誰よりも強みだったんでしょう」
こうして口にしてみれば、冗長めいたような特徴だ。
誰よりも人機を愛しているがゆえに、強いなど。
「……あ、でも剣道をやっていたんですね、ルイさん……。だからメッサーシュレイヴの違和感にも気づいて?」
「まぁ、やっていたって言っても、カナイマに居た頃と、それと一時軍部に居た時にやらされていたって感じね。接近戦にはでも、何よりも必要なもの、さつきには分かる?」
「何よりも必要なもの……ですか? うーん……センス? でも、難しいですね……」
「何も難しくないわよ、ここ」
そう言ってルイはとんとさつきの胸元を叩く。
さつきはきょとんとしていた。
「……度胸よ。度胸さえあれば、相手へと斬り込むのなんて怖くはないんだから」
「……けれど、ちょっとルイさんっぽくないですね。感情論っぽくって」
「いけない? 私は確かにルーティンで動くけれど、感情論があったほうが、より人間っぽいし、それに……」
付け足しかけて、ルイは言葉を仕舞う。