レイカル 49 9月 レイカルと衣替え

「はい、創主様! カリクム、今夜こそは負けないからな!」

「ふーんだ! あんたが追いつく前に……こっちは、トドメ!」

 レイカルの追及をカリクムがかわし、ツインキャンサーを装備したアーマーハウル形態でダウンオリハルコンを貫く。

 二体が空中に逃げ、光弾を撃ち込んでくるのを、ラクレスが遮っていた。

「あらぁ? カリクムってば、脇が甘いんじゃなくってぇ……?」

 光弾を弾き落とし、アーマーハウルを果たしたラクレスが鞭を振るう。

 ダウンオリハルコンを叩きのめし、後退した相手へと直上から白銀の輝きが迸っていた。

「今だ! ハウル急降下――ドロップキーック!」

 ハウル推進力を得たレイカルの急降下キックが突き刺さり、ダウンオリハルコンがよろめく。

 その動きを読み切ったのは既に展開していたヒヒイロであった。

「動きが単調じゃのう。もう少し鍛錬を重ねるべき」

 ヒヒイロが九尾刀、蒼牙から太刀を引き抜き、その一閃で二体のダウンオリハルコンを一気に仕留めてみせる。

「さて、今宵はこれで終い」

「小夜ー! 遅いってば!」

 全てが片付いてから現着した小夜と自分に、カリクムが文句を飛ばす。

「そんなこと言ったって、あんたらの速度に合わせてたら、何回免停になったっておかしくないんだから! ……で? 今回の首尾は?」

「上々かと。思ったよりも敵が少なかったですね」

 報告するヒヒイロにサイドカーに乗り込んでいたナナ子が問い返す。

「それって、いい傾向……なのよね?」

「もちろんです。ダウンオリハルコンを使って悪さをする人間も、少しは減って来たという印象でしょうか」

「創主様! 見ていましたか? 私の活躍!」

「レイカルってばお馬鹿さぁん……。作木様は私のほうをずっと見ていたのよぉ……」

「何だとぅ! ラクレス! お前ばっかズルいぞ!」

「ズルいも何も……レイカルっていっつも同じ戦法じゃんか。少しは戦略ってのをだなぁ……」

 そこまで一同が口にしたところで、作木の変化にようやく小夜が気づいたようであった。

「作木君……? 随分と口数が少ない……って、作木君!」

「どうしたの? まさか……敵のダウンオリハルコンの攻撃……!」

 色めきたった小夜とナナ子に、作木は半袖の両肩を抱いて呟く。

「……さ、寒い……」

「――……油断していたわ。私はライダージャケット着ていたからいいけれど、そう言えば作木君、普段着ってすごく少なかったわよね」

 アパートへと作木を帰してから、小夜はナナ子と共に削里の店へと訪れていた。

 ひとまず急速に体温が奪われたせいで、寒気を感じていただけで、慌てた症状ではないと分かったものの、それでも不安要素は残る。

「作木君も男の子よねー。もっと早く寒いって言えばいいのに」

「……まぁ、私たちが連れ回しているようなもんだから、言い出しづらかったんでしょう。今年も暑かったと思ったら、もう秋口だもんね。そろそろ衣替えか」

「……うん? 割佐美雷、“コドモガエ”って何だ?」

 カリクムたちと向き合って今日の勉学に励んでいたレイカルの疑問に、小夜は応じる。

「衣替え、ね。……うーん、あ、そっか。あんたらには衣を変えると言う概念がないんだっけ?」

「ヒヒイロ、その辺はどうなの? オリハルコンは暑くても寒くても、ある程度はコントロールできるって前に聞いた気がしたけれど」

 ナナ子の問いかけに削里と将棋盤を挟んだヒヒイロは、こちらへと目線を配って答えていた。

「ええ、確かに。ハウルのコントロールのお陰で暑い寒いは感じないこともできますが、人と同じように夏は涼しく、冬は暖かく過ごしたいのが本音ではあります」

 そう答えるヒヒイロの服飾はそう言えば年中同じで、咎める目線は削里へと自ずと行っていた。

「……削里さん? ヒヒイロがずっと同じカッコなの、それってどうかと思いますよ?」

「誤解だなぁ。俺は別に、ヒヒイロが過ごしやすい格好ならそれでいいと思ってるんだが……。っと、この手でどうだ」

「真次郎殿は自分の服をまずどうにかしたほうがよろしいかと。年中同じなのはそっくりそのまま返しますよ。……これで」

 ぱちんと一手を打ったヒヒイロに、削里は考え込む。

「……今の手、待ったができるか?」

「待ったは三回までです。さて、それで真次郎殿は何故、一年中同じ格好で?」

「……着飾る趣味はないんだよ。男ってそういうもんじゃないのか?」

 削里の発言に机を叩いて立ち上がったのはナナ子であった。

 その迫力にレイカルたちがびくつく。

「甘いっ! 甘いですよ! 削里さん! 今の世の中、そうやって男が斜に構えるなんて、逆に意識が低い!」

「うわっ……何だよ、ナナ子……何でそんな必死に……?」

「そりゃー、レイカル。ナナ子はあんたらのコスチュームも作ってるんだから季節の服装にはちょっとばかしうるさいでしょうよ」

「レイカル! それにカリクムも! もう少し季節に見合った服を着たほうがいいってのは、今回の作木君の件で自明の理よね?」

「わっ……私もかよ……。レイカルと違って衣替えくらいは知ってるんだからな」

「だから、“コドモガエ”って何だ? 子供を変えるって意味分かんないだろ」

 レイカルは案の定、勘違いをしているようであったので、小夜は説明の視線をヒヒイロに投げる。

 彼女は嘆息をついてレイカルたちの学習帳へと「衣替え」と達筆で記していた。

「衣替え、じゃな。季節に応じて、人間は服飾を纏う、というのがある。大別して、六月と十月辺り……と言われておるが、これもその年によって大きく異なることもある。殊に昨今は異常気象じゃ。いつ頃、長袖を出すかは個人差があるものじゃろう」

「……服……服……って、私はこれ以外着るものはないぞ?」

 ぺらり、とレイカルは胡坐を掻いてスカートを捲る。

「分かってないわね、レイカル! あんたらの服の管理は私の役目なの。ミサイルからブラジャーまで揃えるこのナナ子様にしてみれば、衣替えって言うのは一世一代のイベント! もちろん、カリクムにラクレス、それにウリカルも。みんなの衣装は既に着手済みよ!」

「わ、私もですか……?」

 ラクレスと絵しりとりをしていたウリカルの困惑に、小夜は頬を掻く。

「……まぁ、でも、確かに微妙なところよね。思ったより早く暑くなることもあれば、その逆も然りだし。けれど毎年言っているような気がするけれど、ちゃんと寒くなるのよね……」

 小夜はあまり暑さ寒さに左右されないタイプなので、特段、衣替えを意識することはそう言えばなかったと思い知る。

 どちらかと言えば撮影現場の都合や、ナナ子の買ってくる服に袖を通すことがほとんどで、自分の意志以外で強制的に衣替えをしたのは高校生が最後だった気がする。

「往々にして、学生は衣替え時期が定まっているものですが、大人となれば違ってくるものです。自己判断、と言われれば困る人も多いのでは?」

「……うーん、つまりヒヒイロ。創主様は“コドモガエ”をすべきだってことなのか?」

 頭を悩ませるレイカルに、ヒヒイロは首肯する。

「そうじゃな。特に作木殿は一回そのシーズンに入ってしまえば、同じ服を着ていることも多かろう。オリハルコンであるお主が率先すれば、その気には成るやもしれん」

「よし! じゃあ、創主様のために、“コドモガエ”? ……するか!」

 やる気を出したレイカルは立ち上がるも、すぐに首をひねっていた。

「……どうすればいいんだ?」

「何も分かってないじゃんか。……小夜ぉ、レイカルの創主なんて放っておこうよ」

「駄目よ! 私のせいで作木君に風邪を引かせちゃったんだから。衣替えの服くらいは用意しないと。……レイカル……よりもラクレスに聞いたほうがいいか。作木君って服、持ってる?」

「持っていらっしゃいますが、極端ですわね。本当の夏服と、本当の冬服だけかと」

 そう言えば小夜も作木がちょうどこの秋時分に何を着ていたのかを明瞭に思い出せないでいた。

「……作木君って秋に何を着てたっけ?」

「作木君の秋コーデ……想像できないわね……見ているはずなのに」

 ナナ子と共に渋面を突き合わせていると、ヒヒイロが先を促す。

「どうせならば買いに行けばよろしいのでは? ちょうどレイカルたちの服も買い揃えればよろしいでしょうし」

「そうよ! 今年はウリカルの分の秋服も買わないとだし! 結局、支出は増えちゃうからね」

 ナナ子はさっとメジャーを取り出してウリカルの身体を計測する。

「は、恥ずかしいんですけれど……皆さんが見ている前で……」

「よし! 上がり幅、プラマイ誤差修正完了!」

 相変わらずナナ子のそう言った部分の審美眼には舌を巻くしかない小夜であったが、そういえば、と思い返す。

「……秋服を相手から買ってあげるって……ちょっと特別かも」

「小夜っ! 秋服に気を使えるようになれば、もしかすると作木君からのポイント、高くなるかもね」

 ナナ子からの太鼓判も得て、小夜は強く頷く。

「……そうね。よぉーし……! 作木君の秋服、コーデするぞー!」

「――……熱は下がって来たかな」

 一時的な風邪症状だったのだろう。

 鼻をすすり上げた作木は、ふと立ち上がってそう言えば、と夏に着古した半袖を揃える。

「……もしかすると、そろそろ秋口……かも。昔は衣替えってのがあったなぁ……」

 高校生までは強制的であったが、大学に通い始めてからは任意だ。

 洋服ダンスに仕舞いっ放しの秋服の数々を、作木はテーブルに並べる。

「……うーん、兄さんにもらった秋服は一応、たくさんあるんだけれど……」

 兄は仕事上、服に気を遣っているため、そのお下がりをもらっているものの、どれもこれも自分にはまるで似合わない、オシャレ上級者のための服飾ばかり。

「……半袖の上からネルシャツでも羽織ればいっか……」

 その中でも一番地味なネルシャツへと袖を通したところで、インターフォンが鳴る。

「……はいはーい。……あれ? 小夜さんに……レイカルたちも?」

 面食らっているとレイカルが声にする。

「創主様! “コドモガエ”しましょう!」

「こ、衣替え……? って、何で小夜さんたちが……?」

「何でも何もないでしょう。作木君……ああ、そう言えばそうだったわ。この季節、作木君、存在感が薄くなってたって言うか、いつも半袖にネルシャツだったもんね……」

 頭を抱えた小夜に疑問を浮かべていると、ナナ子がヘルメットを傾ける。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です