JINKI 232 ヒミツの物語の続きを

さつきは曖昧に微笑みながら応じる。

「その……図書室の……妖精さん、みたいな?」

 頬を掻きながら口にすると、ルイは興味もないのか、ふぅんと本のページを捲る。

「趣味のいい妖精も居たものね。けれどまぁ、私にとってはどっちでもいいんだけれど。面白いから三日くらいで読み終わりそう」

「あっ、じゃあその時……その。私が返しに行きましょうか?」

「なに? さつきにしては妙なことを言い出すのね。パシリに使っていいのか、なんて」

「えっ、さつきってパシリに使っていいの?」

 顔を上げたエルニィに、ルイが裸足で叩き伏せる。

 ぐぇっ、とまたしても呻き声を上げたエルニィにルイは言いやっていた。

「お黙りなさい。さつきをパシっていいのは私だけよ」

「ぱ、パシリって……。もう、悪い言葉ばっかり覚えないでくださいよ」

「けれど、意外ね。本は好きって言っていたけれど。……その妖精さんとやらに会いたいのかしら?」

 その問いかけには、さつきはうーんと考え込んでいた。

 志麻涼子のどことなく放っておけないような儚さに、自分は何を見ているのだろう。

 彼女をどうこうしたいわけでもないが、今日の夕刻に少し話せた――お互いのおススメの本に関しての話題で距離が縮まった気もするのだ。

 ふと、さつきは手を止める。

 もし、八将陣シバとも、こうして出会えていれば――何の変哲もない、図書委員としてお互いに振る舞い、てらいのない世間話を交わせていれば――自分たちは人機越しに敵対せずに済んだのだろうか。

 八将陣との別の出会いなどほとんど考えられない。

 ただでさえ、自分にはカリスのトラウマめいたものがあるのに。

 シバのことは、赤緒が少しだけ詳しいとは言え、それでももしも、自分と最初に出会っていれば、何か違いはあったのだろうかとも思ってしまう。

 別の邂逅があれば――互いに憎しみの言葉を交わすよりも先に、建設的な何かで代えられたかもしれないのに。

「……どったの、さつき。ぼんやりして」

「お熱なのよ、さつきは。図書室の妖精さんにね」

 ハッとして、いけないいけないと頭を振る。

 今は、そんなことを考えているような暇もない。

 キョムとは戦うしかないのだろう。

 自分の意見を差し挟むような距離感でもない相手に、余分な何かで頭を使っている場合でもないはずだ。

 それでも、どこか――。

「……ルイさん。その本、面白いですか?」

「ええ、まぁまぁね」

「じゃあその……その本の翻訳版、ないかどうか探してみますね」

「いいけれど、読んでみたくなったの?」

「はい……。私……図書室の妖精さんの言葉、信じてみようと思うんです。それなら、少しでも歩み寄らなくっちゃ、って」

「……そう。いいんじゃないの。さつきなりの答えで」

「はいっ! きっと……少しでも分かるようになれば……」

 志麻涼子と友情を育めるような優しい物語の未来も、どこかにあるはずなのだから――。

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