「青葉にも分かるかぁ。血塊炉は一個しか稼働させていないんだけれど、そんじゃそこいらの人機には負けない出力値が出るようにはなってるんだからね! ボクの組み上げた初の人機は!」
「……なぁーに言ってんだ。ほとんどてめぇのじいさんが残した工場頼みだっただろうが。しかも、肝心要の骨格部は未着手。コックピット周りだけだろ、何とかなったの」
上操主席で感覚を確かめる両兵に、青葉は思わず声を飛ばす。
「り、両兵……! エルニィはこれで一応、メカニック志望なんだから!」
「そーだよ。失礼だぞー、両兵。……ん、青葉も失礼じゃない?」
失言であったと感じた時には、エルニィは嘆息をついていた。
「まぁ、いいけれどさ。それにしたって、修繕するなり、戦闘訓練を毎日欠かさないの、なかなか難しいよ。算出されるデータが毎回、変動するんだもん。これじゃ、安定域にまで到達はしないかな」
「……モリビトが動かせないってこと?」
タラップを駆け下り、筐体と睨めっこをするエルニィへと視線を合わせると、彼女はどうだろうね、とどこかやけっぱちだ。
「実戦で動かないと話にならない……は当たり前だとして、問題なのはログなんだよねぇ……カナイマのログを散々洗い出したけれど、これ、本当に防衛成績?」
問いかけたのは《モリビト2号》の頭部に背中を預ける両兵に、であった。
「……そうだが? 何か問題でもあンのかよ」
「大アリだよ。青葉が来るまで古代人機相手に劣勢だったって報告じゃん。オマケに右腕のリバウンドシールドの急ごしらえに、改修箇所多数。よくもまぁ、一号機との戦闘でおしゃかにならなかったもんだね」
「まぁ、一度おしゃかになったようなもんだがな」
ふんぞり返る両兵に青葉は言い置く。
「けれど、やっぱりコックピットだけでも直ってよかった。だって、モリビトにはたくさん、思い出があるから」
「思い出ねぇ……。にしたって、ここでスペアパーツの量産をしていたとはな。案外、知らねぇこともあるもんだ」
エルニィの祖父が遺した地下設備は《モリビト2号》の修繕に必須な部品と、そして血塊炉の基礎設計理論を組み上げるのに相応しい。
「三基の血塊炉の連結。じーちゃんの置き土産にしちゃ、かなり役に立ったよね。ナナツー、トウジャ、モリビトの混合血塊炉なんて、モデルケースがなくっちゃ難しいって言うのに」
「それだけお前のじいさんも天才だったってこったろ。この状況を見越して、設計図を用意してくれていたんだろうからな」
「まぁねぇ。“当たり前の中に真実はある”、か。ボクからしてみれば、ちょっとこそばゆいや」
「けれど、エルニィ。おじいさんが遺した設計図、他にもあるんだよね?」
エルニィはペンで後頭部を掻きながら設計図の算出作業に移っている。
「うん……まぁねぇ。一応、ルエパアンヘルの人たちに情報提供と、それと技術の協力を申し出てみたけれど、上手くいくかどうかは分かんないかな」
「アンヘルって何個もあるんだ……?」
ブラジルに来てからようやく知った事実である。
自分の素直な感心に、エルニィは応じていた。
「ルエパアンヘル、ウリマン、そしてラ・グラン・サバナのカナイマって具合にね。ルエパは女性技術者の集まりだけれど、ウリマンは軍部との癒着もあるみたいだから、ちょっと見送りかな。一番、資材は持っていそうだから、歯がゆいんだけれど」
軍部、と青葉はカナイマに攻めてきた軍人たちを思い返す。
あれは一方的な蹂躙であった。
整備班の皆が逃がしてくれなければ、自分とて危うかっただろう。
「……みんな、無事かなぁ……。ルイも、残ったんだよね……」
「気にするだけ無駄だぜ、青葉。オレらはここで、《モリビト2号》の修繕作業と、いつでも戦闘に打って出れるように訓練を積むっきゃねぇ。そもそも、ここを察知されりゃ、爆撃だの何だのされればお終いだ。何かと慎重に行かねぇとまずそうだな」
「……うん。もう、モリビトを失うのは、嫌だもん」
「それに関してで言えば、吉報……なのかな。ルエパからこっちに、何人か呼ばれてくるみたい。参ったなぁ、あと二時間後だ」
何でもないように言ってのけたエルニィに青葉はうろたえる。
「に、二時間後? ……他の人が来るって?」
「あー、うん。一応、代表者と話したいって言っといて、それで反応待っていたんだけれど、いやはや、まさか今日中とはね。あっちも話が早いんだか、何なんだか」
エルニィは何も困惑した様子はないが、青葉は戸惑っていた。
「……どうしよう。うまく……やれるかな」
「うん? 何を心配してんのさ。青葉」
「だ、だって……知らない人と会うんだから」
「化粧っ気もないのに?」
「そ、それは言いっこなしだよ、エルニィ」
エルニィは快活に笑ってから、《モリビト2号》を仰ぎ見る。
「ボクだけじゃ、自動修繕システム頼みだし、それにここじゃ、コックピットの再現しかできないしね」
エルニィの言う通り――現状の《モリビト2号》はコックピット周りだけのガワを取り繕っただけの、未完成品だ。
如何に彼女が天才の頭脳を持っていても、マンパワーが単純に足りていない。
「うーん……でも、モリビトをいじるのは……」
「なに? 青葉、そんなに《モリビト2号》を他人に弄られるのが嫌なの?」
「そ、それはだって、嫌だよ……。ここまで来たんだもん!」
「安心しなって。ルエパの人たちって言っても、生粋の軍人とかが来るわけじゃないから」
「とは言え、だぜ、立花。ここを包囲されたら、オレらじゃどうしようもねぇんだが」
両兵は楽観視を持ち込むつもりはないらしい。
それは自分も同じだ。
「……強硬策に打って出るってことはないと思うけれどなぁ。だってあっちからしてみれば、現状稼働している実戦の人機では、初のものになるんだろうし」
「……そう言えば、人機って珍しいんだっけ」
「珍しいなんてもんじゃないってば。《ナナツーウェイ》みたいに、昔の戦いでたくさん造られたのはあるっちゃあるんだけれど、それとかは大体、稼働耐用年数を超えちゃってるんだ。今の状態で新規アップデート可能な機体って言うのは限られているし、軍部の《トウジャCX》なんかもそうかな」
「トウジャ……広世も無事かな……」
とは言え、今の自分には余計なことを考えている暇はないのだろう。
彼らの無事を祈りつつも、こうして戦いへの備えをしておくほかない。
「両兵も。そのカッコで出迎えるつもり?」
「あン? 何か悪ぃかよ」
エルニィは眉間に皺を寄せ、青葉へと囁きかける。
「……ねぇ、両兵って前からあんななの? 図太いって言うかさ」
「あ、うん……。昔っからあんなのだから」
「聞こえてんぞ、ったく……。ルエパの連中が友好的かどうかも分からんのだ。こっちが身構えなくってどうするんだよ」
「それは……そうかもだけれど……」
「ま、もしもの時には色々、逃走経路なり何なりあるもんだから。ってわけで、二人とも準備しておいてね。もしかしたらとんでもなーいお偉いさんかも」
「こ、怖いこと言わないでよ、エルニィ……」
とは言え、アンヘルの操主としてそれらしい振る舞いをしておくべきだろう。
両兵へと目配せし、青葉はコックピットへと招かれる。
「……下操主席、乗っとけよ。落ち着くんだろ?」
「あ、うん……そうかも。けれど、これって失礼じゃない?」
「知るかよ、ンなもん。立花が勝手に取り付けた約束だ。オレらが守る義理ぁねぇよ」
何だかいつもの調子の両兵に、青葉は少しだけ安堵する。
「……何か、変な感じ。両兵の言ってること、無茶苦茶なのに、安心するなんて」
「操主でしかねぇんだ、オレらは結局。他の価値なんざ知らねぇな」
ならば、自分も少しだけどっしりと構えておくべきなのだろうか。
そう考えていると、ふとインターフォンが鳴る。
「あれ? 出前でも頼んでいたっけ?」
「さぁな。メシならそれでいいや」
青葉はコックピットから降りて、エルニィの作業机の上を一瞥する。
この数日間で何度かピザの宅配を頼んでおり、乱雑に空き箱が並んでいた。
「もうっ、片づけないと。……はいはーい」
地上に繋がっている扉を開けると、待ち構えていたのは二人の女性であった。
一人は明らかに日系で三つ編みにしており、もう一人は金髪で勝気に映る。
「ど、どちらさま……」
こちらが言い切る前に金髪のほうが指差す。
「あれ? ここじゃなかったか? 月子」
「もう、シールちゃん。怖がらせちゃってるよ。えっと、あなたが、《モリビト2号》の?」
まさか、と青葉はあわあわと困惑する。
「えっと、その……」
「ああ、ちょっと待って! 私たち、ここに……立花相指さんのお孫さんの紹介で来たんだけれど」
「……立花……? エルニィのこと……?」
「おっ、やっぱ事前に情報行ってんじゃんか。じゃあ、邪魔するぜー」
押し入りかけた金髪の女性に青葉は必死で押し留めていた。
「ちょ……ちょっと、駄目ですってばーっ!」
「何だよ……ケチ臭ぇなぁ……」
「シールちゃん! まずは段取りを踏まないと! えっと、先生。どうやらここで合っているようです」
日系の女性が促した先には妙齢の女性二人組が佇んでいる。
「……やはり、ここみたいですね」
「ほっほ。相指さんらしいね。地下に秘密基地とは」
「……エルニィのおじいさんを……知っているんですか?」
「知っているも何も……。ああ、そうですね。二人とも、私たちの素性に関して」
「はい、先生! えっと、《モリビト2号》の操主さん……? で、いいんだよね? 私たちはルエパアンヘルから派遣された、メカニックなの」
「め、メカニック……? けれど、でも……」
視線を読んで金髪の女性が不遜そうに鼻を鳴らす。
「……悪かったな。数が少なくって。だがこれでも精鋭なんだ。手が足りねぇってこたぁねぇはずだぜ」
「もしかしてあなたが……連絡にあった下操主の……えっと、名前は……」
「あっ、津崎……青葉です……」
「そうそう、津崎さん! 相指さんのお孫さんのメッセージにあったのは、けれどあなただけじゃなくって、もう一人の――」
それを彼女が言い切る前に、地上に向けて上がって来た両兵の声が響く。
「青葉、何だよ時間かけてンな。金が足りねぇなら、立花の財布から勝手に取っていいって言って……。てめぇら、何者だ?」
身構えた両兵に板挟みになった青葉は当惑するばかりであった。
「えっと、その……ルエパアンヘルからの派遣メカニックさんらしいんだけれど……」
「派遣メカニック? おいおい、二時間後じゃなかったのかよ」
「あ、それはその……こっちでも早めに来たほうがいいかもしれないって判断で……ご迷惑だったかな?」
「いいんじゃねぇの。そもそも、人機、直り切ってねぇんだろ?」
言葉を詰められれば青葉は絶句するしかない。
両兵は四人へと視線を巡らせてから、ふんと鼻を鳴らす。
「女子供で、たぁ、舐められたもんだぜ」
「何だと? ……おい、月子。こいつ、ゲンコツで分からせてやったほうがいいんじゃねぇか?」
一触即発の空気に自分と月子と呼ばれた女性が仲裁に入っていた。
「駄目だよ、両兵! 喧嘩は駄目!」
「シールちゃんも! 今はそんなことしてる場合じゃないでしょ?」
互いにケッと毒づいて離れて行く中で、ようやく現状に気付いたエルニィが戻ってくる。
「やれやれ……って、あれ? 青葉ー。ピザの宅配業者と揉めてるの? もう、財布からお金は使っていいって言ったでしょー?」
「違うんだってば! 言っていた、ルエパのメカニックの人たち!」
「……おっ、もう来たんだ? へぇー……四人で《モリビト2号》一機、直せるの?」
「ほっほ。相指さんの孫かいえ。立派に成ったものだこと」
「私たちはそちらからの要請に応じて来たのですよ。それで? 人機はどこなんです?」
「こっちこっち。青葉と両兵も同席してよ。どうせ、人機一機分を修繕するんならボクだけじゃ足りないし」
「……けれど……」
戸惑う自分に金髪の女性がガンを飛ばす。
「……何だよ。見てんじゃねぇよ」
「シールちゃん。もっとおしとやかにしないと。ごめんね? えっと、津崎さん、でいいかな?」
「あっ、はい。えっとぉ……」
「私は中原月子。こっちはシールちゃん」
「……シール・ハラレィだ。覚えなくっていいぜ? にしても、操主にしちゃ若いよな。まだガキじゃねぇの」
ガキと呼ばれるとさすがに反発心が湧いてきて、青葉は言い返そうとして、そういうことが得意でないのを思い知る。
「が、ガキって……えっと……」
「嘗めンな。そいつは《モリビト一号》とやり合ったんだ。実力で言えば、現状匹敵する操主はそうそう居ねぇ」
まさか両兵からのフォローが入るとは想定外で、青葉は暫時、茫然としていた。
「《モリビト一号》? ……あの一号機か?」
シールの驚嘆に青葉は目線を振り向けられて、おずおずと首肯する。
「は、はい……。倒せたと……思います」
「……こんなちんちくりんがか?」
「もうっ、シールちゃんは口が悪過ぎだよ。津崎さんが充分に強いのはここまで来たことからも明らかでしょ」
月子に制されてシールは唇を尖らせて不満そうにする。
「にしたってよぉ……たった四人で修復まで行けんのか?」
エルニィへと肘で小突いた両兵の意見には青葉も同意であった。
「……メカニックってもっとたくさん居るんだと思ってたし……山野さんみたいに」
「……山野? もしかしてカナイマの山野さんのことですか?」
鋭い声音と共に問い返されて返事に窮していると、女性は応じる。
「……失礼。水無瀬です。こっちは……」
「ほっほ。自分で名乗るわい。柿沼春、覚えておくとよい」
「……えっと、山野さんとはどういう……」
「……子供が知る必要はありません」
水無瀬の言い分の鋭敏さに青葉は気圧されそうになるが、月子がフォローする。