「大丈夫だから。先生は私たちにとって師匠なの」
「けれどさー、ほとんど血塊炉とコックピット以外は新造だよ? 行けそう?」
「任せとけって。こちとらルエパで新型機の増設だってやってのけたんだ。そっち、設計図持てよ」
シールはもうエルニィと打ち解けたのか、設計図を机に広げて早速作業を始めようとしている。
「……大丈夫かな……」
一抹の不安が脳裏を掠めたものの、彼女らの言葉が交わされていた。
「――あれ? 津崎さん?」
地下格納庫で深夜に遭遇した月子は変わらずツナギを着込んでいる。
どうやら作業は連日にわたっているらしい。
操主でしかない青葉は見守るしかなかったが、それでも――。
「……あっ、えっと中原さん……」
「月子でいいよ。骨格は出来上がったから、もう三日くらいでモリビトは戻ってくると思う」
青葉はその視線を修繕中の《モリビト2号》へと向けていた。
「……その、慣れて、いるんですね……」
「そう? まぁ、単座の《ナナツーウェイ》とかを回収して、それで間に合わせていたこともあるし、軍部には《トウジャCX》の下請けとかも任せられたから、それもあるのかな」
「トウジャも造ったことがあるんですか?」
「津崎さんはそのトウジャと戦ったんでしょ? すごいなぁ……私たちメカニックからしてみたらね、操主ってのは希望の星みたいなものだから」
「希望の……」
「うん。だって、乗って戦ってくれるのは操主の役目。それで、帰ってくる場所を守るのはメカニックの務めってね。私たちは前線に赴く操主と人機の帰りを願うしかできないから」
その羨望にも似た眼差しは、かつてのアンヘルの日々で何度も目にしたものであった。
「……メカニックの人って、同じ眼をしてるんですね」
「あっ……うん。そうかもね。だって、私にしかできないこと、それに津崎さんにしかできないこと、きっといっぱいあるはずでしょ?」
「あっ、私もその……青葉でいいので」
応じると、互いに微笑み合う。
「……何か、ちょっと可笑しいかも。私ね、実のところは青葉ちゃんに会うまで……もっと怖い人が《モリビト2号》を動かしていたのかもって思ったの。だって、エルニィから送られてきた戦闘データはどれもこれも苛烈なものだったから。中途半端な気持ちで動かしてるんじゃない、それだけはハッキリしていたし」
「あっ、それはでも……半分以上くらいは両兵と先生のものですし」
「……青葉ちゃんにも先生が?」
「はい……。どうなっちゃったのかは分からないんですけれど、生きていると……思いたいんですけれどね……」
現太の生存はほとんど絶望的とは言え、それでも信じたい。
震えていた指先へと、月子が掌を乗せる。
「大丈夫、って楽観的には言い切れないけれど、私は青葉ちゃんに会えてよかったかも。メカニックって、信頼できる操主ありきだから。そういう点じゃ、エルニィのほうに一歩先行かれちゃってるなぁ、って。だって、小河原君も青葉ちゃんも、エルニィのことは信頼できてるでしょう?」
「……はい。エルニィには、こっちに来てからお世話になっていますし」
「けれど、ちょっと抜けてるところもある。違う?」
月子の眼差しと交わし合い、青葉はくすっと笑い出す。
「……ですね。ちょっと変わり者かも」
しかし掛け替えのない出会いには違いない。
そう感じていると、背後から抱き留められる。
「月子、それに……そっちは青葉だったか」
「……もうっ、シールちゃんお酒飲んでる」
「カタいこと言うなよ。作業に入っちまえば、何日かは抜かねぇといかないんだからよ」
「え、えっと……」
シールへと目線を合わせようとして、青葉は何度か躊躇ってしまう。
やはり、自分とは住む世界が違うのではないだろうか、そういう先入観に遮られていると彼女はふと口にしていた。
「……いい操主なんだな。《モリビト2号》のログを読んだぜ。いい操主じゃねぇと、ああいう風には戦えねぇ。きっと人機のことを誰よりも愛しているんだろうな」
想定外の言葉に面食らっていると、シールは何だよ、と文句を垂れる。
「オレだって、操主と人機に関しちゃ、嘘は言わねぇさ。……最初に見た時には、こんな鈍くさそうな奴が操主やれんのかとは思ったが……取り消しな。いい操主だから、ここまで来られたんだろう、モリビトも」
「だから、そう言ってるじゃない。青葉ちゃんはそういう……人機の心を開くことができる操主なんだって」
「人機の心……」
「みたいだな。いい操主ってのは、居るだけで意味がある。オレだって一端の口を利けるわけじゃねぇが……見てきた操主の中じゃ、お前も……悔しいがあの両兵も、いい操主だ」
「自信を持ってね! シールちゃん、滅多に人を褒めないから」
「滅多には余計だろうが。……ま、合格ってところかな」
青葉は二人に対して感じていた壁のようなものが少しずつ氷解して行ったのを感じていた。
そうだ、彼女らも人機に関わる――川本らと何一つ変わるところのない、メカニックの誇りを抱いているはず。
ならば、自分の応じるべき答えは一つだろう。
「……シールさん、月子さん。……モリビトを……お願いします」
頭を下げた自分にシールが応じる。
「顔を上げろよ。……乗って貰えて初めて意味があるんだ。オレらは、その手助けをするってだけの話さ」
「そうだよ、青葉ちゃん。だから今は……少しだけ距離が縮まったかな。青葉ちゃんが立派な操主だって、分かったんだから」
自分も分かった。
彼女らの意志と、そして信頼を。
「……はい! よろしくお願いします!」
『――青葉。敵勢との遭遇距離、縮まって来てるが、大丈夫か?』
通信網に焼き付いた広世の声に、青葉は《モリビト雷号》のコックピット内で、感傷に浸っていた己から立ち戻る。
「……うん。ちょっと……思い出しちゃってた」
『……どうかしたか?』
「……ブラジルのリオに着いてちょっとした時に、ルエパの人たちと出会ったんだ。その時……まだ私って人見知りだったから。シールさんに月子さんも……今も元気かなって」
『津崎青葉。レジスタンスは盾持ちを中心にして、前衛を務める。……頼んだぞ、黒髪のヴァルキリー』
『フィリプス隊長、敵機の種類次第じゃ、俺たちが先行したほうがいい。それに関しちゃ、こっちのほうが一家言あるんだ。……いいよな? 青葉』
「……うん」
今はこの胸に抱いた絆一つ――きっと海を越え、空を超えて。
日本に息づいていると言う、新たなアンヘルのために《モリビト2号》は立っているはずなのだから。
「……だから、私がうろたえているような……場合じゃないよね! 《モリビト雷号》、行くよ!」
眼窩に光を灯した《モリビト雷号》が長距離砲を携えて、森林を駆け抜ける。
出会い一つの縁に頼るのならば、それを信じて。
彼女らが言ってくれた「いい操主」であり続けるために。
――私は、戦い続ける――。
いつかこの空を、自分の感情が突き抜ける日を信じて。