レイカル51 11月 レイカルといい日旅立ち

「なぁ、割佐美雷。今度の戦隊の合流モノの映画に出られるって本当か?」

「うわっ……ちょっと! レイカル、あんたはちょっと待ってなさいってば。……そうじゃなくっても駅ってのは人が多いんだからね」

「レイカルは馬鹿だよな。わざわざ小夜が電車移動するからって、それに付き合いたいなんて」

「……それはあんたもでしょう、カリクム。何だって仕事の日に、オリハルコンのあんたら二人を鞄に潜ませて……移動しないといけないのよ」

「それは……お前が言い出したんだろ。“いい日旅立ち”って」

 小夜は今さらながら、削里の店での失言を思い返す。

「……言うんじゃなかったわ。あんたらが好奇心の塊だって、たまに忘れそうになるのよねぇ……」

「――なぁ、ヒヒイロ。電車って何だ?」

 勉強中に問いかけたレイカルに、ナナ子が口を差し挟む。

「あれ? レイカルって電車知らなかったっけ?」

「そう言えば……ダウンオリハルコン退治でも基本の移動方法は浮遊よね? ハウルによる……あんたら、電車も知らないの?」

「私は知ってるってば! 何だよ、その疑いの眼は……」

 声を上げるカリクムに比して、レイカルは純粋にヒヒイロへと尋ねる。

「なぁ、ヒヒイロ。電車ってのは何なんだ?」

「移動手段じゃな。車やバイクとは違い、レールの上を走るものじゃが……お主は乗ったこともなかったか」

「……そういえば、創主様と何回か乗ったような……」

「レイカルは寝ちゃうんですよ。だから、乗ったことを覚えていないのかも」

 今日は珍しく作木も同席しており、店の隅でフィギュアの追い込み作業に入っている。

 それもこれも、この寒波ではあのボロアパートでは凍え死ぬかも、と小夜が気を回した結果だ。

「でも、何で電車に今さら興味を? あんたら、電車とかよりも速く移動できるでしょ?」

「それが……ここの書き取りに“電車に乗る”って例文があって……。電車ってそう言えば何だって思って……」

 レイカルはようやく小学校低学年向けの書き取りの勉強に移っていたが、そこの例文の挿絵が理解できなかったのだろう。

「……実際に乗ってみれば……ってわけにもいかないわよね? オリハルコンが人目に触れるのは」

「はい。それはまずいでしょう」

「何でだ? これまでも乗ったことがあるんだろ?」

「レイカル。それはその時、僕が鞄の中に入れているから……まぁ、寝ちゃってるんだけれど」

 作木は困惑しながらもフィギュアの仕上げ作業に忙しいらしく、一分の気の緩みも許せないようだ。

 今どき珍しい石油ストーブの暖気が、店の中に満ち満ちている。

 普段ならば冷え切った部屋で凍えた指先を持て余す彼にしてみれば、この環境はありがたいのだろう。

 今のうちに全日程の作業を、と考えてレイカルにまで気を割けないらしい。

 小夜もそれは窺えて、レイカルの興味をこちらに向けさせる。

「……でも、今さら乗る必要もないでしょうに。電車より素早いんなら」

 そう言ってやるとレイカルの中の好奇心がむくむくと湧き上がってくるようで、勉強のために鉛筆を持っていたのを手離す。

「……ヒヒイロぉ! 電車が気になって集中できないー!」

「……そんなことであろうと思ったとも。しかし、何度も言うように、オリハルコンだけで電車に乗るのは感心せん」

「……何だか保護者みたいなことを言うのね」

「何でだ? 電車ってのはその……移動手段なんだろ? 車やバイクと同じで!」

「移動手段ではあるが、同時にこうも言うな。“いい日旅立ち”、小旅行とか」

 削里が詰将棋の本と睨めっこしながら、そうこぼしたのをレイカルは聞き逃さない。

「何だ? それ? 割佐美雷、“いい日旅立ち”って何だ?」

「何だって……それはそう……たとえば、今日はちょっと遠くまで行こうとか、その日の気分でちょっとした小旅行に行けるのが、確かに電車のいいところよね。かかるコストも安いものだし」

「じゃあ、私も――!」

「これ。今は勉強に集中せい」

 ハウルのデコピンでレイカルの額を打ったヒヒイロに、レイカルはデコを押さえて涙ぐむ。

「何でなんだー! 私も“いい日旅立ち”がしたいー!」

 ぐずり始めたので、今日の勉強はここまでだろう、とヒヒイロは肩を竦める。

「……これは困りましたね。作木殿……は声をかけられそうにありませんし……小夜殿」

「えっ、私?」

「明日でも構いませんので、レイカルを連れて電車で行かれてはどうです?」

「……明日って……明日は私、仕事で電車移動……」

「電車? 電車を使うのか? 割佐美雷!」

 失言だった、と口を噤んだその時にはもう遅い。

 憧れを抱いたレイカルは誰にも止められないのだ。

 ぱぁっと顔を明るくさせたレイカルに、小夜は視線を逸らす。

「い、いいえ……やっぱりバイクで移動しましょうかね……」

「小夜。もう遅いわよ。一度ロックオンされちゃったら」

 諦め調子のナナ子はミカンを剥いて口へと放り込んでいる。

「……ナナ子、あんたはいいわよね。そういうのとは無縁そうで」

「何言ってんのよ。庶民の味方でしょ、電車って言うのは」

「そりゃ、そうだけれどさ……。レイカルを連れていくなんて、相当大変そうじゃないの」

 作木へと恨めし気な眼差しを向けると、彼は困惑し切ってしまう。

「……あ、その……もしかして、ちょっと見ていない間に大変なことに……?」

「もしかしなくってもそうよ。……とは言ってもねぇ……私も普段はバイク以外じゃ電車使うこともあるけれど……明日は仕事で遠出なのよ?」

「ちょうどいいじゃんか。“いい日旅立ち”だろ?」

 暢気な様子のカリクムに、小夜はむっとしてその首根っこを引っ掴む。

「……決めた。あんたも明日は道連れよ」

「何でだよ! それってただの八つ当たり……」

「おっ黙らっしゃい! 思えば留守を任せるよりも、そのほうが安心できるわ。見ない間に高いクッションを引っ掛かれでもしたら堪ったもんでもないし」

「私は猫じゃないっての!」

 抗議の声を飛ばすカリクムから視線を逸らして、ナナ子へと同行の意を尋ねる。

「……私も別にいいけれど、いいの? 一応、仕事でしょ?」

「この子たちの世話を私だけで看ろっての? ナナ子と……削里さんは」

「俺はこの季節は出不精でね。電車なんて……まぁまぁの期間乗ってないな。今ってあれだろ? ピッてやって乗れるんだろ? あれ、風情も何もないんだよな。やっぱり切符を買うってのが醍醐味でさ」

 そう言えば生粋の機械音痴で、なおかつレトロ趣味の削里には今の電車は進み過ぎているのかもしれない。

「ピッて何だ?」

 レイカルはレイカルで興味が尽きないらしい。

 その様子に辟易していると、フィギュアの作業を中断した作木が歩み寄ってくる。

「レイカル。小夜さんを困らせちゃ駄目だ。……すいません、うちのレイカルが……」

「……いいのよ、別に。いつもみたいな無茶無謀でもないし。ダウンオリハルコン退治に比べたら大したこともないし……」

 作木の前では思わず虚勢を張ってしまう。

 本当のところで言えば、彼にも助力を願いたいのは山々なのであるが。

「……けれど、小夜。移動距離次第じゃ、それこそ大事よ? レイカルが大人しくしていると思う?」

「……それはまぁ……そうなんだけれど。明日のロケ地は……郊外の採石場ね。確かに、電車じゃないと難しい距離だわ」

「“いい日旅立ち”だな!」

 意味を理解していないのだろうが、ちょうどよい距離と言えばその通りかもしれない。

「……けれど、あんたらは絶対に外に出ちゃ駄目なんだからね! ……作木君、普段はどうやってレイカルたちを運んでいるの?」

「どうって……あ、僕の鞄。あれがあると、レイカルも落ち着くはずです、……貸しましょうか?」

「……そうね、お願いするわ。……って言うか、鞄に入って運ばれるってほとんど犬猫みたいな扱いよね……」

 呆れつつ、小夜は電車を前にテンションが上がっている様子のレイカルを視界に留める。

「やったぞ! カリクム、私も明日は“いい日旅立ち”だ!」

「……意味分かってないでしょうに。って言うか、私もまさかその鞄で一緒とかじゃないでしょうね?」

「何を言っているのよ。当たり前でしょう」

「嫌だ! レイカルと狭い空間で二人っきりなんて! ……第一、その鞄って嫌な思い出があるんだけれど」

 そう言えば、以前高杉神社に赴いた際に、レイカルとカリクムは作木の鞄の中で押し潰されたのであったか。

「……とは言っても、あんたらを出しながら電車に乗れるほど私も図太くないわよ」

「まぁ、そこのところは上手くやればいいじゃない。私も着いていくし、そう妙なことにはならないでしょ」

 ナナ子はミカンを頬張りながら、頬杖を突く。

「……私が主に困るんだってば。明日……無事に仕事場まで着けるかしら……?」

 ――その懸念は駅に到着した時点で現実のものとなって、レイカルが背中に背負った鞄越しに蹴ってくる。

「割佐美雷! あれは何だ?」

「痛った! ……あ、何でもないです……」

 他の通行客の胡乱そうな眼差しを受けながら、小夜は声を潜める。

「……で、何?」

「あれだ、あれ!」

 レイカルが指差した先にあったのは自動券売機である。

「……そういえば削里さんが切符を買うのも醍醐味って言っていたっけ」

「ダイゴミって何だ? 旨いのか?」

 レイカルには説明したところで分かりっこないが、今日の移動距離はちょうど切符のほうが都合もいい。

「……えーっと、移動先の駅には昔の改札しかない? 随分と不便ね……」

 先んじて通告されていたメールの文面を呼び起こして、小夜が切符を買おうとしたところレイカルのキックが背中に突き刺さる。

「私に買わせてくれ! 割佐美雷!」

「痛ったぁ! ……あ、何でもないです……。あんたねぇ、蹴りはやめなさいよ。不審者だと思われるでしょうが……!」

 他の乗客の目線を気にしながら言いやると、レイカルが鞄のジッパーを持ち上げて手持ちの財布を差し出す。

「私が買いたいんだ!」

 作木が予め持たせていたレイカル用のがまぐちの財布には数百円とガムのくず紙と、パンの懸賞のシールが入っている。

「……結局、五百円ぽっちしかないじゃないの。……私が出すから、我慢なさい」

「嫌だぁー! 切符買いたい、買いたいぃ!」

 喚くレイカルに、小夜は挙動不審になりながらレイカルをコートの中へと逃がす。

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