JINKI 242 ささやかな思い出を綴って

「そうでしょ。さつきが妙な色気を出さなければ、こうはならなかったのよ」
 何だか言われっ放しは癪であったが、それでもほとんどの責任が自分にあるのは本当なので、さつきは言い出しづらそうに応じる。
「……その、ルイさん。こうしてお風呂、一緒なのって初めてですよね……?」
「そうね。普段は一緒に入るなんてことはないから。それにしたって、ここ……夕暮れ時とは言えガラガラね。大丈夫なの?」
「あっ、番頭のおじいさんはいい人そうでしたけれど……」
「……結局、こうなるまでお互いに意地だったってことでしょ。私もヤキが回ったわね」
 そう言いながら肩口を回すルイはスレンダーで、しなやかな肢体を投げ出す。
 自分とはまるで違う、無駄のない均整の取れた肉体美に、同性ながら感嘆してしまう。
「……何見てるの。さつきのえっち」
「な――っ! そ、そういうんじゃないですってば!」
「大きな声を出さないの。壁一枚隔ててその……小河原さんが居るんでしょ?」
 唇の前で指を立てたルイに、ハッとしてさつきは口を噤む。
「……どうしよう。今の、聞こえちゃったでしょうか……」
「さぁね。どっちにしたって、さつきが意外とむっつりなのは案外バレてるんじゃないの?」
「む、むっつりなんて……。そんなことないですよ……」
 とは言え、ルイの身体を観察していたのは本当なので少しだけ萎縮してしまう。
「……けれど、真っ昼間からお風呂か……。カナイマじゃなかなかなかったわね」
「……ルイさんは……小河原さんとはそう言えば、一緒だったんですよね? カナイマアンヘルで」
「まぁね。……ま、それもこれも……さつきがいいところを見せようとしなかったら、ここで話すことなんてなかったかもだけれど」
 さつきは頬を掻きながら、事の次第を思い返していた。

「――うん? 何だ、黄坂のガキとさつきじゃねぇの。珍しいな、一緒に帰ってンなんて」
 ちょうど河川敷に差し掛かったところで遭遇した両兵に、さつきはうろたえていた。
「お、おにい……小河原さん? えっと……何をしてるんですか?」
「何って、見りゃあ分かるだろうが。ゴミ拾いだよ」
 両兵はゴミ袋にパンパンに空き缶を入れており、そのほとんどが金属ゴミであった。
「えーっと……何で?」
「何でって、そりゃあお前、地域美化だとか、そういう建前はあるっちゃあるが、何よりも儲かるからだな」
 意味が咀嚼できずにいると、ルイが助け船を出す。
「アルミ缶とかも一応は金属だから、換金できるって話でしょ」
「そういうこった。これでも日銭にはならぁ。つーわけで、暇な学生は帰った帰った。オレはこっから忙しいんでな」
 とは言っても、河原を行ったり来たりするばかりで、とてもではないが忙しいとは思えない。
 それに、とさつきは言いやる。
「……小河原さん、別にそんなことをしなくっても、柊神社に来れば美味しいご飯があるのに……」
「それとこれとは別なんだよ。……何つーのかな。橋の下に生きるための礼儀ってのを通さねぇといけねぇこともあるんだ。まぁ、まださつきにゃ早ぇかもな」
 そういうこともあるのか、と納得していると、ルイが河原へと歩み出て缶を拾い上げる。
 そのままポスッと袋に入れたのを両兵は感謝していた。
「おう、気が利くな」
「当然でしょ……。私は愚図なさつきとは違うんだから」
 何だかこんなところで差を付けられるのはさつきとしても癪で、ここは、と河原まで降りて缶を探る。
「そ、その……! お手伝い、するから!」
「別にいいんだがな、そういうのは。……けれどまぁ、手があったほうが儲かるか」
 さつきは空き缶を目に留めて拾い上げる。
案外、東京の橋の下は雑多に汚れていて、普段は視界に入れないだけに未知の世界であった。
「……もう。ポイ捨ては駄目だよ」
「オレはポイ捨てなんてもったいねぇからしねぇって。それに、河が汚れちまうと、住む人間の質も落ちてくる。オレは自分の周りは……何つーの? 美化作業を心掛けているつもりだぜ?」
「要は周りが汚いと、自分の心まで荒んでくるってことでしょう? カナイマに居た頃から変わってないんだから……」
 呆れ返りつつも自前の袋を手に缶を探るルイにさつきはそれとなく尋ねていた。
「……えっと、小河原さんとルイさんは、前のアンヘルから一緒なんですよね?」
「まぁね。腐れ縁、みたいなものよ」
 何だかそれをちらつかせられると、少しだけ胸の奥がきゅっとしてしまう。
 嫉妬しているわけではないと自分に言い聞かせるも、やはりその時間の分だけルイと両兵に間に降り立ったものは特別なはずだ。
「……いいなぁ」
「とにかく、金になりそうな金属類なら何だっていいんだ。エアコンとか落ちてるとちょうどよく稼げるんだが……」
「エアコンなんて……落ちてるわけ……」
 しかし、さつきの視野に映ったのは人の背丈ほどある金属類であった。
 黒光りするそれに、きょろきょろしながら歩み寄って、それから引き上げようとしてその重量にうろたえる。
「る、ルイさん! 小河原さんも……大物です……!」
「何だと……! おい、黄坂のガキも手伝え!」
「……それは不承だけれど」
 とは言え三人の力でようやく、と言った様子の大物相手にさつきは必死に身体を引っ張る。
 すると、唐突にすぽっと外れたそれは、機械類の断面を晒す――。
「こいつぁ……《バーゴイル》の部品だな。流れ着いてきたのか」
「わわっ……!」
 力が抜けた拍子にさつきとルイは絡まり合って、その場に尻餅をつく。
 水飛沫が舞い、制服が泥にまみれていた。
「さつき、大物には違いねぇが……民間には人機の部品は流せねぇな。どんなリスクがあるか分からん」
「そ、そんなことよりも……びちょびちょ……」
 自分の後ろについていたルイも同様で、頭からどぶを被ったことになる。
「……さつきが鈍くさいからでしょ」
「す、すいません……」
「おいおい、喧嘩すンなよ、ったく。……その格好で柊神社に帰らしたら、オレが何をやってんだって柊たちにどやされちまう。そうだな……ゴミ拾いも手伝ってもらったし、ちょうどいい汗掻いたんだ。ちょっくら風呂にでも行ってみるかな」
「ふ、風呂って……?」
 両兵が手を差し伸べ、自分たちを立ち上がらせてから、橋の向こうを指差す。
「こっちに銭湯があンだよ。そこなら……この間行った時も、オレの身分とかで出禁とかにゃならなかったから、ちょうどいい。中学生二人を引き連れても文句は出んだろ」
 両兵はそう言ってから空き缶を詰め込んだ袋を担いで先導する。
 ルイと自分は小首を傾げつつ、その背中に続いたのであった。

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