「こ、今回はあくまで、性能試験なんですし……。それにしても、マニュアルの人機って思ったよりも大変……」
赤緒は上操主席に収まり、操縦桿を握り締める。
平時と違うのは血続トレースシステムを介していない、純粋な実力勝負と言うことだ。
『赤緒も、叩き込んできた操主としての技量はあるんでしょー? それに、今回使うのは腕だけみたいなもんなんだから、壊さないでよねー!』
「も、もうっ、立花さんってば……私だって人機の操縦、ちょっとは頑張って来たんですよ……壊すなんてこと……」
「ないとは、言い切れないだろうが」
下操主席に収まった両兵はインジケーターを調整してから、機体姿勢バランサーを取らせる。
《モリビト2号》と違い、今搭乗している機体――《ナナツーマジロ》は簡素ではあるが、制御機構は《ナナツーウェイ》の系譜である。
「ナナツーにゃ、慣れたつもりだったんだが、案外、新機軸の機構も入ってやがるな。立花、これ、本当にちゃんと動くんだろうな?」
『動作試験は保障済みだよー! って言うか、動かない機体をボクが用意すると思ったー?』
拡声器で声を張り上げたエルニィは、よし、と対面へと言葉を振る。
『そっちは大丈夫そうー?』
『あっ、はい……。《ナナツーライト》にちょっと近いかもですから……。そ、その……シールさん。よろしくお願いします……』
『おう。まぁ、エルニィの開発した人機にしちゃ、こいつはかなり動作も軽い。それに、下操主が必要ってんなら、喜んで引き受けるぜ』
シールの威勢のいい声とさつきの不安げな声が入り混じるのは、同じく《ナナツーマジロ》であった。
対峙する二機のマニピュレーターに繋がれているのは、一本の綱である。
人機の腕ほどもある丸太のような綱を今、二機が引っ張り合っていた。
『よぉーし、じゃあ始めよっか! アンヘル同士の綱引き対決……まずは第一戦……!』
エルニィがゴングを鳴らす。
その音叉が鳴り響いてから、赤緒はそもそも何故、人機同士で綱引き対決をしているのかを回顧していた。
「――ねぇ、南。自衛隊の配備に使ってるナナツー、ちょっとパワーゲインが足りないみたい。何か思いつくことはある?」
いつものようにエルニィは自衛隊の駐屯地にて、テントの下で南へと意見を仰いでいる。
赤緒は性能試験用の《モリビト2号》の搭乗席から降りたばかりで、首を傾げていた。
「うーん……やっぱり《ナナツーウェイ》は如何に改修を重ねたとは言え、ちょっと駆動系辺りが弱っているのかしらねぇ……。ほら、何とかならないの? こっちじゃ、南米にまでいちいち新規パーツの予算案を組むのも一苦労だし」
「簡単そうに言うなぁ、もう。有り物でどうにかするのがアンヘルの理念じゃないの? ……とは言え、やっぱりコストはかさむなぁ。戦車を解体したって人機にはならないんだから、困ったもんだよ」
「えっと……人機の開発ってそんなに苦労が……?」
こちらの疑問にようやく気付いたように南とエルニィが振り返る。
「赤緒さん、モリビトの駆動系統はどうだった?」
「あ、問題はなかったんですけれど……ナナツーのほうに問題が?」
「まぁ……そうなんだよね。こればっかりは経年劣化と、それに新規パーツを開発できない、島国の事情が絡んでくるんだから、困ったもんだよ」
「でも、《ナナツーライト》と《ナナツーマイルド》は、国産なんじゃ……?」
「あの二機もウリマンアンヘル……まぁ、南米の軍部とつるんでる連中の開発経緯があるってのが大きいし、そもそも一度分解して自衛隊で組み上げただけで、純国産じゃないんだよね。ともあれ、その辺は友次さんのほうが詳しいんだろうけれど」
「そもそも、国産の人機って今のところ、ないのよね。由々しき事態ではあるんだけれど」
「あれ……? でも、この間臨界実験をやった、91式人機は……」
「《キュワン》、ね。あれも言っちゃえば、トウジャのフレームを輸入して使ってるんだ。装備はもちろん、こっち持ちではあるんだけれど、開発の実行権を握っているのは相変わらず米国だし。トウジャフレームに関してで言えば、ウリマンと軍部に一日の長があるのは事実。こっちで理想の装備を施しても、やっぱり血塊炉の輸入ルートだけは海外の物を使わないとどうしようもない」
「それはえっと……血塊炉がテーブルマウンテンからしか産出されないから……ですよね?」
「赤緒にしちゃあ、よく覚えてるじゃんか。これも日々の勉強の賜物かな? そうなんだよねぇー……。南米に頼り切っている上に、メンテナンスはこっちでやれって言うのは無理筋でもあるし。そもそもノウハウがカナイマアンヘルに集中し切ってるのが問題って言うか……」
パソコンの画面を凝視するエルニィに赤緒は思わず忠告してしまう。
「そ、その……そんなに穴が開くほどパソコンを見ると、目が悪くなっちゃいますよ……?」
「とは言ったってなぁ……どう頑張っても人機がどっかからにょきにょき生えてくるわけでもないし……」
「現状、武装も兵力も簡単に増やせる状況じゃないのは明白なのよね……。それでもキョムは攻めて来るんだから、こっちの戦力だけは完璧にしないといけない……色々と矛盾を抱えたものよ」
二人して重々しくため息をつくものだから、赤緒は何とか空気を変えようと提案していた。
「あっ……そ、その……モリビトの装備を換えたりとか……ってできないですかね?」
「赤緒はいっつも簡単そうに言うなぁ。基本的に換装システムを装備しているのはボクの《ブロッケントウジャ》だけで、そのブロッケンだって易々と機体性能を変換するのは難しいんだからね。一応、陸海空に対応しているとは言え、それぞれのパーツに組み替えるだけで、六時間程度はかかっちゃう」
「そ、そんなにですか……?」
「だからこそ、敵がどう言う風に攻めて来るかを分析する必要があるんだけれど……難しいわね。まさか、《ナナツーウェイ》の編成案も通らなくなってくるとなれば……」
南も珍しく慎重になって呻り出す。
「ナナツーに代わる何か……別の機動部隊でもあれば違ってくるんだけれどさ。今のところ最小コストで出られるのはナナツーが関の山。モリビトなんて一回一回の出撃で結構、コストがかかってるんだからね。だからこそ、敵の早期迎撃と、作戦の完遂が求められてくるわけで」
婉曲に言われても赤緒の脳内はパンク寸前で、疑問符が浮かぶばかりだ。
「えっと……つまり?」
「つまり、兵力ってのは毎度毎度、簡単に整備できてなおかつ、効果的じゃないと意味がないってこと。《ナナツーウェイ》の整備ノウハウは南が持ってるもんかと思ったけれど……」
「日本に持ち込まれた時点で私のものでもないってことだし、それに南米で使っていたのは私とルイ専用のカスタムモデルだからね。フラットに使用できる《ナナツーウェイ》の時点でまるで別物よ」
「だよねぇ……どうするべきか……」
どうやら困難な課題を前ににっちもさっちもいかなくなっているらしい。
「あ、その……お茶を淹れてきますね……!」
重苦しい空気に耐え切れず、赤緒は自衛隊の給湯室へと退避する。
「……けれど、どうにかしてあげたいなぁ……。あんなに立花さんも南さんも困っているんなら……うーん、私にできること、できること……」
うんうん呻りながら腕を組んで歩いていると、給湯室から出ようとしていた人影と鉢合わせして赤緒は尻餅をつく。
「痛ったた……。す、すいませんっ!」
「すいませんって……赤緒、何ぼんやりしてるんだよ」
手を差し伸べて来たのはシールで、赤緒はその手を取って立ち上がる。
「あっ、シールさんに、月子さん……」
「どうしたの? 何か……悩んでいるみたいだったけれど」
「あっ、分かっちゃいますかね……。えっとその……」
しかし、メカニックの二人に投げていい質問かどうかが分からず、悶々としていると給湯室のテーブルに広げられた設計図が視界に入っていた。
「あれ……それって……」
「ああ。この間、エルニィと酒飲みながら考えてた人機の設計図だな。一応、フラッグシップ機があるから、そいつの調整含めて今しがた月子と話してたんだよ」
「も、もうっ……! 立花さんもシールさんも、お酒は二十歳からって……あれ? それってもしかして、国産の人機ってことですか?」
「そうだな。純国産と言えるかどうかは微妙なラインだが、血塊炉はコンパクトだし、専用の補給路の目星も付いている。これまでみたいな人機ほどの戦力とはいかないが、自衛隊が使ってくれるんなら充分だろ」
「《ナナツーマジロ》って言うの、赤緒さん」
「《ナナツーマジロ》……」
魅せられたようにその名称を咀嚼していると、不意に脳内に閃いたものを感じていた。
「そ、そうだ! それですよ! シールさんっ!」
「うぉっ……何だ、何だ……?」
不意に手を握り締めたものだからシールが困惑する。
「あっ、えっとその……今、立花さんも南さんも、どうやら困っているみたいで……。兵力不足? みたいなんです」
「ああ、そう言えば南がぼやいていたな。《ナナツーウェイ》のメンテが上手くいかないだとか」
「既存の機体の整備と同じようにしようとしても、ナナツーって古い頃からあるから、新規パーツに切り替えるしかないのもあるもんね。そうなってくると、これまでの部品を捨てないといけないんだけれど、それは勿体ないしって」
こちらでも悩みの種になっているらしい。
赤緒は開発途中の《ナナツーマジロ》の設計図を指差していた。
「それは……駄目なんですか? 《ナナツーマジロ》って……ナナツーって言うくらいだから、もしかしたら互換性だとか……?」
「《ナナツーマジロ》はなぁ……。そもそも小型化と能率化を目指して設計されたもんなんだよ。まぁ、エルニィが酒の入った状態で造ったもんだから、いまいち実装の感触も掴めていないんだが」
「けれど、何か思いついた……そういう顔をしているわね、赤緒さん」
「はいっ! 《ナナツーマジロ》って、そもそも小型の人機だって言うのなら……《ナナツーウェイ》に回す分のその、資源とか使えるんじゃないですか?」
こちらの提言にシールと月子は顔を突き合わせて思案する。
「うーん……それも考えのうち……と言えば、ないわけじゃないんだが……」
渋るシールに赤緒は問いかける。
「あれ……? もしかして、駄目……?」
「駄目ってことじゃないのよ、赤緒さん。確かに《ナナツーマジロ》の設計理念なら、三日もあれば三号機まで造れちゃうけれど……」
「じ、じゃあ打ってつけじゃないですか! これで兵力の偏りの心配もなく……!」
「けれどなぁ、《ナナツーマジロ》ってちょっと特殊なんだよ。まぁ、設計図を操主であるお前に見せたところで分からんかもしれないけれど……」
簡略化された《ナナツーマジロ》の躯体の装甲板にはその上に別の装甲を付与させる想定であるのが窺えた。
「……これ……何です?」
「リバウンドシールド装甲って言って……まぁ、回転時のモーメントとかを使って疑似的なリバウンドフォール……って言っても跳ね返すほどの出力はないんだが。《モリビト2号》の装備している盾に近いものを発揮することができるように設計されてはいる……」
「す、すごいじゃないですか! だったら、余計に……」
「ただね、赤緒さん……。この機体、ほとんど装甲なんてないに等しくって……リバウンドシールド装甲もエルニィが道楽で考えたみたいなものだから……」
「それを実戦までに何とか経験値を積ませるって想定で言えば、操主も不足してるんだよな……。まぁ、リバウンドシールド装甲を考えないで言えば、四号機まで造れる試算ではあるんだが……」
「えっと……じゃあ、駄目ってことですか?」
「平たく言えば……。もし……操主全員で上手いことこいつの量産に漕ぎ着けるような模擬戦をやるってなると、最低でも二か月は欲しいところなんだよな……。その妙案がどうにも思いつかん……」
「に、二か月……」
そんな時間をかけていれば、恐らくキョムの兵力は上回ってくるはずだ。
月子も残念そうに肩を落としている。
「……この子の量産自体はそこまで難しくないんだけれどね。問題なのは、効率的に戦闘時の経験を積ませる方法って言うのが、全然思いつかないし……」
「思いついたところで、今、戦力不足で困っているエルニィにそれを切り出すような胆力はねぇよなぁ……。さすがに空気は読むぜ」
自分の中では一発逆転のアイデアかと思ったのだが、実際に運用するのは彼女ら整備班だ。
自分のような操主では窺い知れないほどのデメリットや苦労があるのだろう。
「そう……ですか。ですよね、そんなに上手くできるわけが……」
エルニィの心労を減らせるかに思われたのだが、逆効果ならば仕方がない。
「あ、赤緒さんのアイデア自体はすごくいいとは思うの! ……ただ、今の切迫したトーキョーアンヘルに提案できることかって言うと……」
「まぁ、有り体に言えば、アンヘルの操主全員の能力をこいつに覚えさせられれば、一番能率はいいんだが……。そのデータ分析だけでも一か月は飛ぶな。色んなパターンを想定しないといけないってのがどうにも曲者になって来るんだよ」
そんな都合のいい話などあるはずがない。
それは自分でも分かった。
「……やっぱり、そう簡単に立花さんの苦労を分かった風には成れないってことなんですかね……」
嘆息をついて、赤緒はお茶を淹れようと給湯室に足を踏み入れて、ソファの陰で寝入っている人影の腹部を踏み抜く。
「痛って! 何すんだ、柊!」
「わわっ……ごめんなさい……って、小河原さん……?」
寝袋で寝そべっていた両兵が上体を起こし、今しがた踏み抜いた腹部をさする。
「……人の腹を足で踏むたぁ、上等なことじゃねぇの」
「……えっと、何で小河原さんが……?」
「ああ、ここって菓子とか飯とか勝手に補充されるだろ? ここ最近、橋の下じゃちょっと厳しい天気も多かったからよ。一時的にこっちに避難してたんだよ」
「勝手に補充じゃなくって……それって自衛隊の皆さんのじゃないですか?」
「うっせぇな。カタいこと言ってんな」
「……両兵のバカはこの調子でずーっとだぜ? 給湯室のヌシになりやがった」
呆れ返ったシールに赤緒はじーっと両兵を見据える。
「……何だよ。あ、言っとくが、そっちのテーブルの上にある菓子はオレのだかンな? てめぇらと自衛隊の分はちゃんと盆に乗ってるだろ」
とは言っても、ほとんどの菓子を山積みにした状態で放置されており、これで自分のものだと主張するのは間違っている気がする。
「……小河原さんが何か案……なんて、ないですよね」
「何でオレは今、勝手に失望されてンだよ。……ったく、で? 何だ」
「小河原君も知っているでしょう? 《ナナツーウェイ》の整備が頭打ちに来てるって」
「ああ、それに関しちゃ、立花の奴と黄坂がやってくれるんだろ?」
「立花さんも南さんも困り果てていて……何かいい案はないかなって、給湯室まで来たんですよ」
「……ふぅん。で、何でメカニックの連中とツルんでンだ?」
「開発中の軽装人機があったろ。《ナナツーマジロ》。この間、オレらの師匠を密航させるために使った奴」
「ああ、それな。……うん? 何で柊にそれが関係あンだよ?」
「《ナナツーマジロ》のコストなら量産できるんじゃないかなって思ったんですよ。……でも、それも難しいみたいで」
「一度に大量の操主のデータを人機に覚えさせる苦労はお前も分かってるだろ? つまるところ、手詰まりってこった。それが一日で済むような方法がありゃ苦労しないんだがなぁ……」
三人して陰鬱なため息をつく。
「……何だ、てめぇら雁首合わせて、らしくねぇ。……《ナナツーマジロ》に、要は今のトーキョーアンヘル全員の操主の癖やら、戦闘技能を覚えさせりゃいいんだろ?」
両兵はじっと《ナナツーマジロ》の設計図を掴んで言いやる。
「それができれば苦労は――」
「いや、できるぜ、柊。ただ、そのためには同数の機体が必要になるな。そうだな、オレと整備士の二人。これで三人だ。そんでもって、黄坂の奴の手を借りりゃ、四人分。これで何とかなるはずだ」
思いも寄らぬとはこのことで、両兵の浮かべた試算にシールが噛み付く。
「おいおい! 勝手なこと言うなよな! 操主が揃ったところで、データを取る方法がなきゃ……人機は……」
「まぁ、ちょっと考えついたことがある。立花に相談してくるぜ。多分、あいつなら首を縦に振るんじゃねぇかな」
《ナナツーマジロ》の設計図を凝視しながら、両兵は給湯室を出ていく。
その背中に赤緒は呼びかけていた。
「ま、待ってください、小河原さん……! そんなこと……本当に……?」