JINKI 250 少女が見た戦場、それから

『戦場にはよくある現象でもあるがな。君らは元々民間人だ、あまり行き遭わないのも無理もない』

『それにしたって、隊長。おっかなびっくりってわけにもいきませんよね。何せ、お化けなんですから』

 地上を突き進む《ナナツーウェイ》部隊で囃し立てる部下たちの声を受けて、空戦人機である《ギデオントウジャ》を操る広世はひとりごちる。

「……お化け、か。何だって今になって……」

『今だからこそ、かもしれん。黒い波動が世界に満ち、皆が不安に駆られている。だからこその……亡霊か』

「どうせ、キョムの隊列だろ? そういうのって信じてないって言うか……」

『何だ、広世。思ったよりもリアリストだな。私はこれでも意外と信じているんだぞ』

 その返答に意外そうに広世は問い返す。

「隊長が? ……何だってそんな……」

『こう言った機微に疎いと思わぬところで足を取られかねない。覚えておくことだな、広世。案外、前線を行く兵士って言うのは、何かと信心深いものなんだ』

「信心深い、ねぇ……」

《ギデオントウジャ》の計器は正常値を示している。

 この空域に黒い波動の検知はない。

 それどころか、ただでさえ損耗している地上部隊も動員しての「お化け退治」――と来れば、どこか承服できないのもある。

「山野さんたちも信じてるのかな。こういうの……」

『カナイマアンヘルの面々はそうでなくとも古代人機と長年戦ってきたはずだ。解明できない現象の一つや二つ、抱えてきたんじゃないか?』

 そう言い含められれば、広世自身も身に覚えがないわけでもない。

「……これ、あまり言ったことはなかったんだけれど、そういや昔、青葉が小さい古代人機に遭遇したとか言っていたな。あれも何だったんだろ」

『津崎青葉の身に何かあれば心配だと、お前も一端の漢だよ、広世。前線部隊に志願するなんてな』

 少し茶化した様子の地上部隊に広世は応じる。

「そりゃあ、女の子にお化けが出るって言って、前に行かせるのはどうかしてるだろ。……いくら青葉のほうが強いったって」

『いや、立派な心がけだとも。それにしても……お化けはそう簡単には現れてはくれないか』

 レーザー網も、機体識別も正常。

 それに人機は別に幽霊の類と戦うために備えられているわけではない。

「……何だかな。青葉は無理しなくっていいって、置いて行ったのが逆に心配だよ」

 ――みんなより遅く起床するのは少し慣れなくって、青葉はいつも通り早朝に格納庫に訪れていた。

 古屋谷がタラップから駆け下りてきて手を振る。

「ああ、おはよう、青葉さん。今日は非番なんじゃ?」

「古屋谷さん、おはようございます。……でも、何だか落ち着かなくって……」

「青葉さんはいつも無茶してるんです。広世たちが平時の警戒態勢には行ってくれてるんですから、今日は夕方まで寝ていても誰も文句は言わないですって」

 グレンが工具箱からレンチを取り出し、小型動力を弄っている。

「いえ……でも、何だかそわそわしちゃって。いつもなら、一緒に出撃するって言うのに、何だかなぁ、って」

「モリビトはいつでも出れるようにはしてるから、青葉さんもちょっとは休んだほうがいいってば!」

 古屋谷にそう言われると早朝にここに来たのも少し迷惑だったか、と言う思いが掠めたが青葉は頭を切り替えていた。

「……雷号の調整はどうです?」

「順調ですよ。長距離滑空砲の整備状況も万全ですが……」

 濁したグレンに青葉は問いかける。

「何か、問題でも?」

「うーん……これは言おうか言うまいか迷ったんですけれど……どうにも最近、“妖精”の仕業があるみたいですね」

 グレンの口から出た想定外の言葉に青葉は目をぱちくりとさせる。

「……よ、妖精?」

「あ、それって僕ら整備班の俗称って言うか、結構あるんだよ。夜寝ている間に、何故なんだか計器がちょっとだけ狂っていたり、そうかと思えばやった覚えのない仕事の痕跡があったりって。まぁ、よくも悪くもこういう命を預かる現場だからさ。あるんだろうねぇ、お化け」

「お化け……ですか?」

「親方なんかに言わせれば、昔から結構あったみたいですよ。別に脅かそうってわけじゃないですけれど、いつの間にか調整されていたり、無意味な修正点があったりとか」

「へぇ……お化け……」

 こちらが放心していたせいだろう、古屋谷がグレンを小突く。

「あ、グレン……よくないってば! 青葉さんは女の子なんだから」

「ああ、すいません。怖がらせちゃいましたか?」

 こちらを慮る二人に、青葉はいえ、と手を振る。

「そういうのが怖いってのは……あんまりないって言うか……。お化けよりカマキリのほうが怖いですし」

「カマキリはよく出ますけれどね、カナイマじゃしょっちゅう。青葉さんはよく悲鳴を上げないなって思いますよ」

「悲鳴を上げるような余裕もないって言うか……気付いた時にはのびていますし」

 もし両兵がこの場に居れば、このことでもからかわれたのだろうな、と言う感傷だけが胸に残る。

「でも、お化け……怖くないの? 青葉さん」

「うーん、むしろあったほうがロマンチックじゃないですか? お化けくらい……だって古代人機のほうがよっぽど怖いじゃないですか」

「そう言われちゃえば……まぁ、どうにも言えないんだけれど……」

「けれど、こういうのって怖がるもんだと思っていましたよ」

「妖精さんって言うのは、よく出るんですか?」

「たまにですかね。多分、寝不足だとか酔っぱらった時にやった仕事を覚えてないとか、実態はそういうつまんないことの積み重ねだとは思うんですけれど、でもみんな、昔から言ってますよ。“カナイマには勝手に仕事してくれる妖精かお化けでも居るんだ。じゃあ大したものじゃないか”って。一種のゲン担ぎみたいなものですかね」

「そっかぁ……。そういうのもあるんですね」

 今日は朝から晩まで非番のつもりだったが、少しだけうずうずして《モリビト雷号》のコックピットを指差す。

「……ちょっと乗っていってもいいですかね? 人機に乗らない日を作ると、何だか落ち着かなくって」

「ああ、そういうことなら。親方には……まぁ、今はいいかな」

 山野は軍部から提供された新型機の設計図とにらめっこをしていた。

 さすがに声をかけるのは憚られる様子だったが、青葉は新型の設計図が気にかかって忍び足で歩み寄る。

「あの……」

「うん? 何だ、青葉か。どうした? 今日は出撃せんでもいいはずだろう」

「いえ、でもちょっと乗っておきたいので……。新型ですか?」

「軍部とウリマンから設計の一部を委託されてな。こっちでも武装を作れと矢の催促だ、まったく……。カナイマにはほとんど資源はないと突っ返してもよかったんだが、《モリビト雷号》と《ギデオントウジャ》の整備資材を交渉材料にされちゃ断れねぇ」

 帽子を被り直して目頭を揉んだ山野の背中には疲弊もあったせいか、青葉はその肩をそれとなく叩いていた。

「その、肩たたき……してもいいですか?」

「……好きにしろ。俺も老け込んだもんだな」

 こういう風に触れ合っても文句を言われなくなったのは、ある意味では操主として認められた証でもあるのだろうか。

 それでも、自分たちの無茶に少しだけ小さくなった気のする山野の肩を、青葉はゆっくりとしたテンポで叩く。

 遠巻きに古屋谷とグレンがこわごわと眺めているが、自分にしてみれば山野はとっくの昔に家族同然だ。

 少し気難しいところがあっても、そういう気性なのだと思えば少し愛おしい。

「新型……どんな機体なんです?」

「これまでの既存機体とは少し違うな。どっちかと言えばトウジャフレームに近いが、モリビトの意匠も濃い。完全な新機軸の機体だ。ったく、こんなもんの武装を俺たちに頼むとは、ウリマンも軍部も相当に急いでいるんだと分かるぜ。軽んじられているのは気に食わんがな」

「機体名称は? なんて言うんですか?」

「……お前は非番だろう。休みの操主に要らねぇ心労をかけられないだろうが」

「じゃあ……プライベートで。ちょっとした興味もあるんです」

 唇の前で指を立てて微笑むと、こちらを一瞥した山野は呆れ返ったように口角を緩める。

「……やれやれ。とんだロボオタク野郎だな。機体名称は《ミストレス》。どうにも読めんのは、この戦力の量産計画を軍部の奴らは図っているらしい」

「《ミストレス》……新しい、人機なんですよね?」

「カナイマに寄越すつもりは端っからねぇんだろうな。部分部分が黒塗りの機密まみれだ。こいつは前に米軍が開発を急いでいるって言う、《ハルバード》に続く新鋭機の可能性が高い」

《ハルバード》と呼ばれる人機の設計機構に関して、一度山野たちと会談したこともあった。

「……完全な、戦闘用人機の開発計画。しかも、対人機戦闘特化の……」

「だから言ったろ? 非番の操主の手を煩わせるまでもねぇって。どうしたって、お前は考えちまうだろうが」

 それは、と口ごもる。

 肩を叩きながら、山野は《ミストレス》の設計図を机に置いていた。

「これも一種の時代の流れってこった。どうしたって、新型人機の開発を抑え込むなんてこたぁできねぇ。カナイマは正式には三年前には解体されているんだからな。レジスタンスの前線基地をやってるんだって、本当なら糾弾されたっておかしくはねぇんだ」

「……でも、私たちには雷号と……それに《ギデオントウジャ》が託されてるんですから。何かはできるはずなんです」

「何か……ねぇ。下手に希望を振り翳すと裏切られた時に……だが、お前が言うと違ってくるようには聞こえるな。いずれにしたって、青葉。お前が気にすることじゃねぇよ。こっちのことは整備班に任せとけ」

 そこで話は終わりなのだろう。

 打ち切る合図のようにとんとんと設計図を畳む。

「……じゃあ私、ちょっと雷号に乗って……そうですね。妖精さんに会ってみたいかもしれません」

「妖精って……ああ、なるほど。要らねぇことを吹き込まれたみたいだな」

 古屋谷とグレンに目線を配り、山野は鼻で笑う。

「いいのか? お化けだぜ、そいつは」

「私、お化け……そうですね、嫌いじゃないので。それに、その妖精さんやお化けもきっと……人機が好きなんじゃないですかね? だから、そうやって関わってくれるんだと、そう思うんです」

「お化けが好きたぁ、変わってるな。いや、お前は三年前からずっと同じか。……休みの操主に手をかけるわけにゃいかねぇ。古屋谷! それにグレンも! ……雷号の整備、ちゃんとしとけ!」

「は、はい……っ!」

「了解です!」

 びくついた二人に山野が言い置く。

「だがもし……お化けが目の前に出たらどうする? 腰を抜かすか、さすがに」

「……どう……なんでしょうね。けれど、居たら……素敵だな、とは思いますけれど。だって、人機が好きなら、もしかしたら分かり合えるかも」

「人機が好きなら、か。……おめでてぇ奴だ。お化けも裸足で逃げ出すだろうぜ」

 片手を上げて山野は車椅子を押して外へと向かう。

 その背中を見送ってから、青葉は《モリビト雷号》のコックピットブロックにタラップで駆け上っていた。

「調整値、プラス三割ってところかな。川本さんとは違うから、そこまで正確な数値は出せないんだけれど」

 古屋谷の報告に青葉はコックピットに入ってから、操縦駆動系を確かめる。

 あえてRスーツを纏わずにマニュアル操作を確かめる癖は、きっと三年前に沁み付いた所作だ。

「血続トレースシステムに頼っちゃうと、その分だけ遅れちゃいますから。多分、補正値プラス七くらいだと思います。ラグを最小限に留めるのには、たまにマニュアル操作を挟まないと、やっぱり難しいですよね」

「まぁ、そうかなぁ……。でも、よくやっていると思うよ、青葉さんは。今どき、マニュアル操作をやってのける操主は少ないって聞くし。軍部なんかの《アサルト・ハシャ》は、駆動系を単純化して上操主と下操主の処理をかなり省略しているみたいだからね」

 青葉は《モリビト雷号》の右腕を稼働させ、拳の握り締めのモーメントを調節する。

「うーん、それって楽しいのかな……。だって、こうやって人機を動かすのも、ある意味じゃ替え難いのに」

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