レイカル54 2月 レイカルとお腹いっぱいの季節を

「しゅかたにゃいひゃろ。あまってりゅんひゃから」

「食ってから喋れ。……で? 何故こうなってしまったんじゃ?」

「あ、ごめん、私かも……」

 挙手した小夜は思い当たる節を話し始める。

「何が原因なのです? 小夜殿も話次第では……」

「ちょっ……! ちょっと待ってよ! これはその……そう! シーズン! ほら! この間ちょうどバレンタインデーだったでしょ?」

「……でしたが、それがどのような関係が?」

「それは、そのぅ……」

「小夜ってば正直じゃないわねぇ。最近じゃ、友チョコってのがあるのよ。それに、チョコレートを貰うってのとはわざとずらした贈り物もあるって言うし。それがあえての彩りなんでしょ」

 ナナ子の補足にヒヒイロは心底理解できない様子であった。

「……チョコレートを渡す行事なのは承知しております。毎年何かとこの季節、贈り贈られ、そういった想いを伝え合う季節なのだと。……ですが、得心が行かないのは、何故、レイカルたちに? 小夜殿がもらったのではないのですか?」

 ヒヒイロの詰問にあまり嘘は付けないな、と小夜は頬を掻く。

「いやー……それがまたちょっとこんがらがっちゃって……。私、同性からの友チョコは貰うんだけれど、最近ほら、芸能界とかで付き合いのある人とかが出ちゃって……。でまぁ、そういう人ってちょっと変わり種のチョコレートを相手にあげたりするのよね」

「よく言う話じゃ、塩チョコだとか、おかきをチョコレートコーティングしたのもあったわね」

 その段になってヒヒイロは察したらしい。

「……なるほど。先ほどからレイカルらが食べているのは、食べ切れないものの処理ですか」

「小夜は戦隊で体型維持しないと色々あるみたいだからねー。特撮の世界は怖いわ」

「……ヒヒイロぉー、お前も食べたいのか? 結構旨いぞ、この塩気と甘さのバランスが」

「……遠慮しておこう。それにしたところで、レイカルらにあまり与えるのは危険です」

「あ、レイカルたちオリハルコンって虫歯にはなるんだっけ?」

「一応、ハウルの制御で肉体の変調は最小限に抑えられますが……ないとは言い切れませんね」

 となると、過度な甘味は人間と同じく悪く働くのだろうか。

 小夜が考えていると、あれ? とナナ子が疑問視する。

「けれど、ラクレス。あんた、この間人間と同じことはできるけれど、基本的にハウルとなって放出される、みたいなこと言っていなかったっけ?」

「ええ、そうですわぁ。オリハルコンのエネルギー源であるハウル、その流れをしっかりと身に付ければこの通り。過度なダイエットも必要ないのです」

 確かに小夜の眼からしてみても、ラクレスは羨ましいほどのスタイルである。

「……あんたらねぇ、やっぱりそういう、作られた頃から変動しないってのズルいわよ」

「あれ? でもこれも疑問……。じゃあ何で、ラドリィは小さいままなのかしら?」

 シルディへと質問すると、彼女はふむんと応じていた。

「恐らく、ですが……私と姉さんはハウルとは別のエネルギーの循環を持っているからではないでしょうか。リル、と言うのはハウルに近しいとは言え、ほとんど別種の力でしょう。それと、姉さんが一時的に幼児化しているのは、リルを操れる人間の不足……言ってしまえば創主とのハウルのパスが繋げていないこともあります」

「ハウルのパス……なるほどね。ある意味では合点が行ったわ。小夜、気を付けないと駄目なのは、そっちのほうかもね」

「何でよ? 私は全然納得いかないんだけれど」

「いい? ハウルのパスを得られているレイカルの無限ハウルに、小夜のハウルシフト、どっちも創主との繋がりが強いから起こった現象だと考えられるわ。と言うことは、よ。逆も然り、ってことじゃない?」

 その言葉の赴く先をヒヒイロは理解したらしい。

「それはあり得ますね。創主とのパスが成り立っている以上、過ぎたるハウルは逆流し、創主の側に余剰エネルギーとして流れ出す、とでも」

「えっとぉー、つまり?」

 ナナ子はカリクムたちを指差して口にする。

「カリクムやレイカルが食べれば食べるほど、余剰ハウルが創主である作木君や小夜にも皺寄せが来るってことじゃないの?」

 その事実に小夜は愕然とする。

「私、何もしてないのに太っちゃうってこと? そ、そんなの駄目よ! カリクム、今すぐ食べるのをやめなさい!」

「とは言ったってなぁ……バレンタインからここ数日、ちょっと嫌気が差すくらいには食べているし……」

 小夜は恐る恐るヒヒイロに尋ねる。

「……ヒヒイロ、ここに体重計ってある?」

「ありますが、ちょっとお待ちを。真次郎殿、体重計をください」

「……うーん、一回待った、と引き換えでいいかな?」

 またしても将棋盤を睨んで待ったをかけている削里に、小夜は呆れ返る。

「待ったはいいですが、三回までですよ。では、これを」

 体重計が置かれ、小夜は片足ずつ慎重に乗ってみせる。

 ぐん、と触れた針先が指し示した体重の数値に、小夜は目を見開いていた。

「……うそ……。う、ウソよね?」

「小夜。現実は非情である、よ」

 ナナ子の声を受けて小夜はその場にへたり込む。

「こ、これだけ体重とか食事制限とか摂生しているのにぃ……。何でカリクムのせいで増えちゃってるのよぉー!」

「あ、やっぱり増えていたのか。じゃあ、小夜はダイエットだな」

「だーれのせいだと思ってるのー!」

「い、痛い痛い! 馬鹿、やめろってば!」

 カリクムの頬をつねってから小夜はようやく事の次第を受け止める気になっていた。

「……困るのよね。衣装さんとか、監督からさ……。くれぐれも! って言われちゃってるし……」

「じゃあ、ダイエットでもする?」

「いえ、それも無駄なんでしょ……。カリクムの食べた余剰が私に跳ね返って来るって言うんなら、カリクムの食事量以上に運動しないと意味ないんだし……」

「しかし、能率的にハウル消費をする方法自体はございますが」

 ヒヒイロの言葉に小夜は縋りつくようにして歩み寄っていた。

「本当に? 本当の本当よね? それ……!」

「必死ですねぇ……。ですが、私もファンの身。体重が増えたせいでトリガーVの新作を観そびれるのは困ります。なので、少しだけ荒療治ですが」

「いいわよ、別に。何だってやるわ!」

 では、とヒヒイロが片手を上げる。

 何をするつもりなのか、と窺っていると、カリクムの肉体が浮かび上がり、直後、ごちんと頭部が衝突していた。

「(痛ったた……! ヒヒイロ、何して……って、あれ……? これ、もしかして……)」

「もしかしなくとも、ハウルシフトです。ハウル消費が激しいその状態で運動すれば、恐らくは蓄積する分を上回れるかと」

 ――おい、ヒヒイロ……よくもやってくれたな……。こうなっちゃうと、私の声、小夜越しでしか分からないんだよな……。

 小夜と一体化したカリクムの内奥からの声音に、よし、と意気込む。

「(何だって来なさい! 私とカリクムのこの状態で立ち向かえないことなんてないんだからね!)」

 ――せめて、そういうのは戦闘時に言ってくれよな。カッコつかないじゃんか……。

「では、組手をやりましょうか」

 組手、と言うと、小夜は思い至る。

「(マーシャルアーツみたいなものだと思っていいのよね?)」

「近いですが、オリハルコン同士の組手は何でもありですので、少しお気をつけたほうがよろしいかと。まずはウリカル、少し小夜殿のお相手をしてやるとよい」

「えっと……よろしくお願いしますっ!」

 ウリカルが礼儀正しくお辞儀をするので、それに倣って小夜も頭を下げる。

「(あっ……これはまたどうもご丁寧に……)」

 ――お茶菓子もらう時じゃないんだぞー、小夜。

「(分かってるってば。じゃあ、まぁ、軽く……)」

 だが、小夜も護身術には少しばかり心得くらいはある。

 大きく足を上げて、そのまま懐に踏み込み、直後には至近距離で拳を跳ね上げさせている。

 通常時ならば、これが決まれば、大体の人間はノックアウトされるものだがウリカルの挙動は違っていた。

 最低限度のステップで回避し様にこちらの鳩尾へと殴りつけてくる。

 その一撃の重さに、小夜は思わず膝を折っていた。

「ご、ごめんなさい……! いつもの加減でやっちゃいまして……!」

「(い、いや、いいんだけれどさ……。痛ったた……オリハルコンの拳ってこんなに強いものなの?)」

「ウリカルは私が直々に稽古を付けておりますので、最小限のハウル練度で最大の効力を得る立ち回りを心掛けております。なので、人間のままでは難しいでしょうね」

「(さ、最初にそれを言ってよ……もうっ。とは言え、よ。ハウルシフトしてるんだから、いつもよりキレはあるはず……! 今度はこっちから行かせてもらうわ!)」

 カリクムが本来持っているオリハルコンとしての身体能力の冴えを利用し、バネのように跳ね上がって踵落としを決める。

 ウリカルがそれを回避するも、即座に着地し拳と蹴り技の応酬で連撃を加えていた。

「ほう、なかなかやりますね、小夜殿」

「(当然……っ! 伊達にアクションもやる女優を気取ってるわけじゃないわよ!)」

 間断のない打撃でウリカルと打ち合うも、彼女はそれを見切って叩き上げる。

 掌底が心臓部に食い込み、その一撃だけで沈みそうになったところを耐え忍ぶ。

「(ぐ……っ、けれどこの距離なら……っ!)」

 小夜のパンチがウリカルを捉え、互いに飛び退って距離を取ったところでヒヒイロのそこまでがかかっていた。

「実力をはかるのにはちょうどよかったでしょう。今のでハウルも消費されたはずです」

 ヒヒイロの声を受けて脱力した途端、小夜はカリクムの肉体と分離していた。

「……いい腕だわ。ウリカル、あんたなかなかやるわね」

「いえ、小夜さんこそ。ここまで拮抗するのには普段から並々ならぬ努力の数々があったかと思います。いい試合でした」

 ウリカルと親睦を深めて固い握手を交わしていると、傍でカリクムが突っ伏して呻く。

「……何やってるのよ。せっかくいい汗掻いたってのに」

「い、いい汗なわけあるかー! 私が痛がりなの、知ってるだろー! ……まったく、よりにもよってウリカルと戦うなんて。ヒヒイロと普段組手やってるんだから、私より強いのに決まっているでしょうに」

「あー……完全に失念していたわ。そうよね、ハウルシフト状態の時は私の意識と感覚が優先されるから、痛がりのカリクムの状態は遅れて反映されるわけか」

「……こ、今度から気を付けてくれよ、まったく……」

 そう言いながらカリクムがチョコレートに手を付けようとするのをむんずと掴む。

「何やってるのよ。今消費したばっかりなのに、食べちゃ意味ないじゃないの」

「いや、私は普通にお腹は減るし……ハウルを消費するってことはオリハルコンにとっては命の総量を消費するようなもんなんだからさ。人間みたいに、身勝手に太ったー痩せたーで一喜一憂してられないんだよ。死活問題になってくるし」

「……そうなの? ヒヒイロ」

「小夜殿とカリクムはある意味では特殊ですからね。作木殿の無限ハウルのように、供給源が創主ならばいざ知らず、互いにエネルギーを使い合う間柄ではたとえカロリーを消費したとしても、オリハルコンにとっては生命線であるハウルの損耗となることもあります」

「……じゃあ、ハウルを使ったから、痩せられたー、って言う簡単なダイエット術じゃないわけ?」

「……最初からそう言ってるだろー。意味ないんだってば、これ」

 何だかがっくりと来た小夜は大仰にため息をつく。

「……じゃあただの殴られ損じゃないの……。もうー! どこかに簡単に痩せられて、簡単にお腹いっぱいになる都合のいい話はないってのー?」

「いつの時代も、そのようなものです。やはり、ダイエット術となれば、それなりに代償は付き纏うもの。怪しい話に惑わされる女子が減らないのもある意味では必然と言いますか」

「まぁ、ハウルさえ使えれば消費カロリーを調整できそうだけれど、作木君みたいに無限ハウルの持ち主ってわけでもない限りはねぇ……。って、その作木君は?」

 ナナ子の問いにレイカルはチョコを頬張って応じる。

「うーん……何だか創主様は今は忙しいみたいで……こっちにはなかなか来れないって言っていたぞー」

「……それっていわゆる、ピンチって奴じゃないの? はぁー……毎度のことながら世話が焼けるわね、作木君も」

 バイクのヘルメットを手に、小夜はライダースーツに身を包む。

「そう言いつつ、こうして出迎えてあげるのも、ある意味では愛なんでしょ? ……そう言えば、作木君へのチョコは? 毎年あげているじゃないの」

「……今年はその……ちょっと仕事が立て込んでいて……」

 もごもごと返答すると、なるほどね、とナナ子は納得する。

「最初から、作木君にあげるチョコレートの選別用に色々もらっていたってわけか。素直じゃないんだから、このぅ」

 肘で小突かれて小夜はむっと頬をむくれさせる。

「……仕方ないでしょ。会えないってのももどかしいんだからね」

「レイカルたちも来なさいな。どうせ帰るんだから乗せて行ってあげるわよ」

 ナナ子が勝手に決定してレイカルたちをサイドカーに乗せる。

「……とは言え、作木君、食べるもの食べているのかしら? まさかまた寝食も忘れて、徹夜モードとか……」

「あれ? でもさっきの理論じゃ、それってないんじゃないの? レイカルが食べれば、その分、作木君にもハウルのパスでエネルギーが行くはずじゃ?」

 なるほど。つまり――レイカルにチョコを渡していたのはある意味では間違いではなかったわけか。

「……何だか遠回りした気がするわねぇ、これも」

 アクセルを吹かし、小夜はバイクのいななき声を上げる。

 夕刻に近い街並みからはカレーの匂いが漂い始めていた。

「――……うん? 何でだろ。お腹いっぱいになった気がする……」

 徹夜状態でハイになった精神のせいか、あるいはあまりにも節制しすぎて感覚が麻痺したか。

 作木はしばらく使っていなかった体重計に乗ると、何と五キロも増えていた。

「……あれ? うーん、不摂生をしているからかなぁ……」

 そこでインターフォンが鳴り、作木が出るとどうしてなのだか小夜が少し難しそうな顔をして佇んでいる。

「……えっと……小夜さん、こんにちは……」

「作木君? ……どうせ、また食べていないんでしょ?」

 いきなり核心を突かれて戸惑っているとレイカルたちが浮遊して部屋に入ってくる。

「創主様! 今日はたくさん、チョコを食べて来たんですよ!」

「……うん? チョコ……あ、そう言えばバレンタインデーだっけ? 小夜さん、すいません。今回は用意していなくって――」

「いいのよ、別に。私は用意して来たから」

 ラッピングされた高級そうなチョコレートに、より申し訳なくなってくる。

「何か……えっと、代わりになるものとか……」

「そう慌てないで、作木君。キッチン、借りるわね」

 ナナ子がキッチンを使い、買い込んできたのであろう食品を並べ始める。

「……その……すいません。気が利かなくって」

「……まぁ、いいのよ。とは言え、体重には気を付けてよね」

「あれ? 何で体重が増えてるの知ってるんですか?」

 言ったであろうか、と不思議そうにしていると小夜は嘆息をつく。

「いいから。ハッピーバレンタイン、作木君。どうせ、また徹夜とかしているんだろうけれど、無茶だけはしないで。これは一年分のお願いなんだからね」

 一年分のお願い、と念を押されて、そうか、と作木は感慨を噛み締める。

「バレンタインって、そういうのも……あるんですね。一年分のお願い、か……」

「そうよ。縁が切れないってのも大事なことの一つだろうし。それに、ナナ子がとっておきを作ってくれるみたいだからね」

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