JINKI 252 それぞれの戦場を、また

「なに、あなたとちょっと喋っておきたくって、こうして訪れた、では駄目ですかね?」

「……僕はただのメカニックですよ」

「それがこれから先には意味を持って来る。人機の整備ができる人間は貴重となります。敵にせよ味方にせよ、どちらにしたところでもね」

「……じゃあ、何をさせたいって言うんですか。言っておきますけれど、僕は黒将にも、軍部にも降る気はない」

「賢明な判断……と言いたいところですが、事態はそう甘くはありません。黒将は既に、キョムと呼称される戦闘集団を集め、世界を獲りにかかっている。カラカスが核で消えたのだけは想定外だったのでしょうが、黒の男にとってはその程度些末事でしかないでしょう。問題なのはここから……。黒将の考えに乗った者たちが世界を壊しにかかるはずです。それに対抗できる勢力は、ただ一つ」

 導かれるようにして川本は口にしていた。

「……僕たち、アンヘルだけ……」

「津崎青葉が健在ならば、まだ望みはあったのですが、それも不明のまま。小河原両兵に関しても所在不明。現太さんに任せられたにしては、少し旗色が悪いですね」

 思わぬところで現太の名前が出て川本は戸惑う。

「……現太さんの、知り合いですか……」

「昔馴染みの仲でしてね。とは言え、任せられたものが大き過ぎる……。カナイマアンヘル整備班の川本宏さん、あなたには選んでもらいますよ。世界の命運を」

 思わず固唾を呑む。

 友次は軽い態度を崩そうとはせず、それでいて淡々と事実を述べていた。

「恐らくは、各地に点在していたアンヘルの支部はほとんど壊滅。ウリマンと軍部が癒着し、新型機の開発を急ぐでしょう。ルエパアンヘルとカナイマは奇跡的に繋がっていますので、こちらは共闘の道を取るのがよろしい。ですが、これまでのように国家の後ろ盾がほとんどない戦場。正直、ジリ貧となっていくのは自明の理」

「……言われなくったってとっくの昔に分かっています。カナイマは前を行くしかないってことくらいは……!」

「……思ったよりもあなたは強そうだ。ですが、強いだけではどうしようもないこともある。私はカナイマアンヘルの味方ですが、しかし同時に世界を飛び交う諜報員でもあります。ぶっちゃけてしまえば、誰の味方でもない、と言うスタンスを取るほかない」

「だとしても……アンヘルの希望は挫けない……!」

 言葉に熱を持たせると友次は煙草を踏み消し、それからふと気づいたように声にしていた。

「……川本さん。あなたには家族が居ますか?」

「……日本に妹が一人だけ……」

「もし……これから先、あなたは南米で人機の基本骨子を担当する場合、一生妹さんとは会えない可能性も高い。第一線で《モリビト2号》を整備して来たんです。その身柄は慎重になるのが当然。あなたはもう、誰とも会えなくなる。そうなった時、耐えられますか? もし、この世の不条理を一身に引き受けたとして……それでも前を向けますか?」

 それは、と口ごもる。

 簡単に返答できる質問ではない。

 それでも、応えなければいけない質問であった。

 にわか雨が降ってくる。

 凍り付くような、身体の芯から冷える風が吹き抜ける。

 ここで理想論を語るのは難しくはない。

 青葉のように、両兵のように。

 人機に愛された操主たちのように、荒唐無稽でも立ち向かえれば――。

 しかし、それは自分の道ではないはずだ。

「……妹に……さつきに会えないのはとても辛い。けれど、僕にはまだ、やるべきことがあるんです。それがどのような結果をもたらすのかは分からない。でも、やるべきことが見えているのに……後ずさるのは嘘でしょう……!」

 さつきがどのように過ごしているのか。

 どのような運命に翻弄されるかはまるで分からない。

 ともすれば、今すぐに会って、無事だと言うことさえ伝えられれば、それで生涯の遺恨は消えるのかもしれない。

 だが、今自分が安きに流れてどうする。

 簡単に救われるのは、まだ早いはずだ。

「……いいんですね? キョムは東京を狙う可能性だってあります。その時、あなたは整備兵として、こちらで留まるほかない」

「僕にできる戦場はここです。……だから、それでいい。自分にできる精一杯を達成できるのなら、僕の存在証明はそれしかないんですから」

 覚悟を、問い質したつもりだった。

 己の中にあったのは、ただただ、人としての一本通った芯だけ。

 整備班として、人機操主をカバーする。

 それが、全うできる唯一の方策だ。

 友次は暫時沈黙を挟んだ後に、なるほど、と呟く。

「……あなたの眼に宿した覚悟は、並大抵ではなさそうだ」

 上着を担いでこの場を後にしようとする友次に、川本は呼び止める。

「……一つ、教えてください。あなたは何なんですか?」

 友次は口元を曲げ、難問のように呻る。

「……何なんでしょうねぇ、私は。盟友と呼べる者の遺志を次ぎ、そして今も生き永らえている。けれど、どうしてなんでしょうか。誰かの想いを抱えるのは、悪い気はしないんですよ。それがどう言う帰結を辿るであれ」

 川本にとっては、その発言は嘘ではないような気がしていた。

 詭弁にしてはあまりにも真っ直ぐだ。

「……アンヘルを頼みます」

 片手を上げて去っていく友次の背中に、それ以上の言葉は要らなかった。

 川本も身を翻し、自らの戦場へと舞い戻っていた。

「――……そんなことが……お兄ちゃんと……」

「まともに話したのはそれっきりでしたね。けれど、川本さんはきっと、今もどこかで人機に携わっているはずです。なら……それを信じてみませんか? さつきさんの《ナナツーライト》は川本さんの設計ですし、それはきっと意志を継ぐことなのでしょう」

 兄の設計した《ナナツーライト》で戦い続ける。

 それはきっと、川本の覚悟した戦場を引き継ぐことになるのだろう。

 どれほどの過酷な運命が待ち受けているのかは分からない。

 分からないが、それを乗り越えるのは何も一人ではない。

「……友次さん。私、聞けて嬉しかったです。それと同時に……友次さんのことも、ちょっと分かった気がします」

「よしてくださいよ。ただのだらしがない大人なんですから」

「いえ、そんなことは……。友人の意志を次ぐ、立派だと思います。だから、約束してくれませんか?」

「約束、ですか?」

「ええ。……絶対に生きて、もう一度お兄ちゃんと会ってください。だって、誓いを果たしちゃいないじゃないですか」

 川本はメカニックとして、友次は諜報員として、それぞれ分かたれた。

 だがいずれ合流する道もあるはずだ。

 人機に携わっているのだから。

 彼らの道行きにきっと、幸あらんことを。

「……少し意外でしたね。私がさつきさんに背中を押されるなんて」

「でも、こういうのも悪くはないでしょう?」

 問い返すと、友次は微笑む。

「ええ、悪くは……。雨、止みましたね」

 雨脚が弱くなって次第に晴れ間が覗く。

「行きましょう、友次さん。私、もっと……お話を聞きたいです」

「では、またの機会にお話ししましょうか。アンヘルの……引き継いできた想いについて」

 きっとそれは一昼夜では聞き切れないだけの膨大な思い出だろう。

 ならば、星をなぞるかの如く。

 その物語は、永劫であるはずなのだから――。

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