JINKI 255-3 グリムの遺産

「……では、まずは私たちの素性から。私たちは、メルJ・ヴァネット……彼女と同郷に当たります。だから、この名前を冠している」

「メシェイル・イ・ハーン……か。まるで因果に縛られてるみてぇな名前だ」

「……それも間違いではないんですよね。彼女はたった一つ……たった一回の復讐のためだけに、彼らの放った災厄の矢……。その名前は――グリム協会」

 友次がメルJ相手の交渉に用いていた名前であることを、両兵は思い返す。

「……出してくれ。嫌な思い出を、聞くことになりそうだ」

「――セシルの坊ちゃん。……“彼ら”に動きがあったとのことじゃない」

 背後から呼びかけられて、セシルは無数のコンピュータの調整の手を休めずに言葉だけで応じる。

「ジュリ、君が出る幕じゃない。それに、僕にしてみても楽しみではあるんだ。果たして、この地球上からあの時代に、唯一……そう、唯一だろうとも。大地を捨てて、この視座を得ようとしたのは」

 ――キョムの宇宙要塞、シャンデリア。

 その建造に関わったと言うのならば、敬意を表そう。

「不気味な話よね。人間は地に足をついて生きて行くのがお似合いだって言うのに」

「八将陣の身分の君が言うと違うね、それも。……で、何があった? 僕の手をあまり煩わせないでくれよ。今も調整に忙しいんだ」

「……つい十二時間前のログよ。日本上空で、《K・マ》と《バーゴイルシザー》のシグナルがロスト。操主であるはずのハマドとカリスも同時期に、交信が途絶えている。これ、意味がないとは言わせないわよ」

「……なるほど。じゃあ、説明の手はずが省けたと言うわけだ。僕は八将陣とは言え、ハマドとカリスにまで情報を教えるのは難しいと思っていたからね」

「……あんたの言う、“彼ら”……それにいち早く遭遇したと言うわけね。けれど、いくらあの二人が暴力にしか生きていないとは言え、墜とされていい戦力じゃない」

「重々承知しているよ。今の八将陣はまるで歯抜け状態だ。シバにジュリ、そしてハマドとカリスに……ああ、ヤオもか。この五人でロストライフって言うのは、なかなかに笑える冗談だろう」

「私たちは必死に戦っている。それを嗤う権利なんてないわよ」

 セシルは突きつけられた銃口の殺気に、ようやく手を止めていた。

「……僕を殺せばその手がかりも掴めないけれど?」

「お生憎様ね、セシルの坊ちゃん。あんたを殺して事態が収束に向かうのなら、そっちを選択する」

「……なるほど。それも賢い選択だろうね」

 振り返ったセシルは銃口を逸らさないジュリに対して嘲笑を浮かべていた。

「……何が起こっているの?」

「十二時間、か。それだけあれば、“彼ら”は動くに足る。この世界を見渡す万能の鍵である、シャンデリアでさえも、どうしたって“彼ら”を察知することはできないでいた。それもそのはずだ、礎を創りし者たちを、どうやって探り出せと言うのか」

「あんたじゃできない、と言う理解で?」

「……別にそれでも構わないよ。だが、尻尾を出した形だ。ハマドとカリスの生態反応をこちらで把握すれば、途絶えたシグナルの先も自ずと導き出される」

 ジュリが顎でしゃくったのを確認してから、セシルは片手でキーボードを叩く。

 すると、生態反応の先がモニター上に映し出されていた。

「……日本の、これは……」

「――東京上空。既に張っていたか」

「諦めて話しなさい。あんたの探っている、“彼ら”――グリムの眷属とは一体、何者なの?」

「それを話して好転するとは思えないが、いいだろう。とは言え、説明の時間も惜しい。君とシバはシャンデリアの光で東京に向かって欲しい。恐らく、もう二時間もしないうちに、巻き起こる事象がある」

 ジュリは拳銃を構えたまま、その場から立ち去ろうとしない。

 自分の身柄を自由にすれば、きっと悪いほうに転がるのだと確信しているのだろう。

 ある意味では正しいその第六感に、セシルは失笑を返す。

「……動物的勘で、僕を抑えたところまでは褒めてあげよう。しかし、時間がないのは事実だ。《CO・シャパール》と《ブラックロンドR》に出撃許可をついさっきの動作で出しておいた。《バーゴイル》は連れて行かないほうがいい。グリムの眷属の技術の一つだ。自律兵装は全て、掌握される」

「……その確証めいた情報はどこから来るのかしらね……。いずれにしたところで、カリスたちが東京に囚われているって言うんなら助けに行くくらいはしてもいいけれど……」

「誤解するな、八将陣ジュリ。もうそのような領域は過ぎた。もしカリスたちと相対した場合……君らは戦闘による破壊を第一に掲げたほうがいい」

「八将陣同士で潰し合えって言うの?」

「それも違うよ。生半可な仲間意識なんて持つな。もう彼らは恐らく――君ら二人の敵だ」

「――その話、興味深いな。聞かせてもらおうか」

 研究所に足を踏み入れたのは黒の女――。

「……シバ。あんた、ここに来るのは……!」

「忌避するところだが、状況が状況なのだろう? 私は《ブラックロンドR》で出る。ジュリ、お前は《CO・シャパール》でバックアップだ」

「でも……! みすみす、この坊ちゃんの言う通りになんて……!」

 シバは心底侮蔑した眼差しを投げて、こちらを殺意で射竦める。

「命令だ。それと、忘れるなよ、セシル。貴様は私にとって……忌むべき存在を生み出した、最大の悪でしかないのだとな」

 その言葉によってジュリもここでの断罪は諦めたようであった。

 銃口を降ろし、それから言葉を添える。

「……後悔しないことね。いつでも殺せた」

「……いつでも、か。それは君ら八将陣にとっては当て擦りのようなものだろう」

 二人の姿が掻き消えてから、セシルはモニターと向かい合う。

「……それにしたところで、運命も過酷な道を選ぶものだ。グリムの眷属、あなた方は僕の造った模造の道化が相当にお気に召さない様子。なら、取り返しに来るといい。命を弄ぶ簒奪者の名を、ほしいままにした、その栄光を。この僕の手から、改めて奪い直せ。そうだろう? それが相応しいはずだ。僕がその名を継ぐんだからね。ドクター――」

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