JINKI 255-4 復活のJ

 扉を潜って来た相手が帽子を取った際、南は硬直する。

「……あんた……その顔は……」

「おや。トーキョーアンヘルの責任者、黄坂南女史とは初対面のはずですが」

 それでもサングラスの奥に覗く蠢動するような漆黒の瞳に、南はホルスターに留めておいた拳銃を構えていた。

「……あんたは……! Jハーン!」

 その言葉を嚆矢としたように、見張りと護衛についていた自衛官たちが一斉に銃口を突きつける。

「これはこれは。この顔も嫌われてしまった様子だ」

 Jハーンにしか見えない男はその相貌を撫でて嘲笑う。

 南は照準を据えながら、問い質していた。

「……一つ。あんたが交渉人って言うのは間違いだったのかしらね?」

「この状況でも質問できる。なかなかの胆力じゃないか。それとも、私が偽物の線でも考えているのかな? 生憎だが、私は偽物の――八将陣マージャに宿りし思念体ではない。私こそが、“オリジナル”のJハーンだ」

「……それ、探ってないとでも思った? あんたは……メルJの兄であるあんたはもうとっくの昔に、死んでいるのよ。グリム協会によってね」

 自衛隊員たちが銃口を彷徨わせる中で、Jハーンの姿を取る相手はフッと笑みを浮かべる。

「敵わないなぁ、トーキョーアンヘルの責任者とやらは。その責務が虚飾ではないことを、実感させられる。グリムは私の記録は全て焼き捨てたはずだが」

「……こっちにも優秀な人材が居てね。あんたに連れ去られた後、その身元を探ったのよ。当然、難航したけれど、それでも一つだけ確かなのは、あの時……メルJが故郷を旅立ったその瞬間に、彼女は二つの大切なものを失っている。一つは、愛した兄弟。あの子には血の繋がらない兄のJハーンと、そして弟が居た。そこまでは確認できたけれど、それ以上はまるで、闇に掻き消されたみたいにぱっと途切れている。けれど、あんたが《ダークシュナイガー》を操り、そしてグリムの存在をちらつかせたことで確証したわ。キョムの中に、内通者が居るって」

「黄坂南、なるほど、手腕は確からしい。そこまで調べが進んでいるのなら独自の答えに至っているのではないか? 私が、何者なのかまで」

 南は自衛隊員を見渡す。

 ここ一番で相手を撃てるようにはできていない。

 如何に日本の防衛権を任されているとは言え、人殺しに慣れた人間ばかりではない。

 その状態で、Jハーンの姿である相手に対して、確実な死を与えられるとすれば、自分しかない。

 南はトリガーに指をかけ、そして言い放つ。

「――グリム協会の中に、人形師が居た、と聞いているわ。精巧な、他者の模造品を生み出し、そしてそれを駆使して魂までも愚弄する。人間と寸分変わらぬ存在を生み出せる彼は、既にヒトの域を超えていた……。畏敬の念を抱き、グリムの者たちは彼の者をこう呼ぶ。境界侵犯者、神の領域に踏み入れし者……。超越者(オーバー)――ドクターオーバーと……!」

 そこまで捲し立てると、Jハーンの似姿の相手は乾いた拍手を送る。

「……なるほど。そこまで分かっているのならば話は早い。我らが盟主、ドクターオーバーの使いとして、私はここまで来たのです。トーキョーアンヘルの皆様には、停戦をしてもらいたい」

「停戦……? 言っておくけれど、キョムとの前線を維持し続けるのが、私たちの――」

「キョムではない。我々、との協定だ。もうすぐ、この東京は死の雪に覆われるであろう。その時に邪魔立てされれば困る」

「……あんたらと、手を組めとでも?」

「なに、難しいことは言っていませんよ。何もするな、と言っているだけのこと」

「……信用ならないわね。あんたたちが何を言おうとも……」

「別に無理を通せと言っているわけではありません。我が方と戦う、と言う愚劣な真似を冒さないでいただきたい。それだけでいい」

「それが愚劣かどうかは、私たちが決める。Jハーン……いいえ、その似姿を弄ぶだけの、人形……! あなたはここで死ぬべきよ!」

 引き絞りかけた瞬間、応接室の背後の強化ガラスが叩き割られていた。

 ハッと振り向いた直後、銃声が木霊する。

「言っていなかったか。私はこれでも早撃ちが得意でね。メシェイルに銃の扱いを仕込んだのはこの私だ」

 南はその場で膝を折る。

「南さん! こんの……キョムの私兵が……!」

「雑兵は任せよう、“私”」

「ああ、引き受けたとも。“私”よ」

 ガラスを叩き割って押し入ってきた影に、南は絶句していた。

「……もう一人の。Jハーン……」

「語弊があるようだな、私は“私”であって、もう一人も何もない」

 二人のJハーンが一瞬で自衛隊員たちを制圧する。

 この場に集った者たちをものの数秒で無力化したその手際に、南は絶望的なものを感じていた。

「……安心なさい。殺しはしない。殺すと禍根が残りますからね。それに、まだ約束もしていただいていない。この状況下であなた方を血祭りに上げたとて、我が方には旨味は何一つない」

 自衛隊員たちの呻き声を聞きながら、南は左足に撃ち込まれた銃弾を意識する。

 弾は抜けてくれたが、それでも立ち上がることはできないでいた。

 前髪を掴み上げられ、Jハーンの漆黒の瞳が大写しになる。

「……あんた……たちは……」

「今しがた、あなたの言った通り。人形師として名高い、我らの盟主。ドクターオーバーの作品ですよ。ああ、これも知らなかったのだったか。我々は常に、一であり全である。無暗なことは考えないように。舌を噛み切るだとか、抵抗だとかはね」

 南は神経をこの場から逃げ出す一事だけに集中しようとするが、それでも困難を極めるであろう。

 エルニィに言葉を届けようにも、応接室は防音設備。

 何とかして、外のメンバーの誰かにこの事実を伝えなければ、と歯噛みするが、それも空回るだけであった。

「……さて、これか。米国の推し進める、《シュナイガートウジャ》の量産化計画と言うのは」

 片割れのJハーンが執務机を物色し、フロッピーディスクを手に入れる。

「急げよ、“私”。そこまで時間も余裕もあるわけではない。彼らにご退場いただくのには、まだあまりに早いのだ。東京に雪が降るその時に、心底絶望してもらうためにね」

「……雪……? これから夏だってのに……頭湧いてるんじゃないの……!」

 何とかして話題を引き伸ばし、一秒でも長く相手をこの場に拘束する――それが南の導き出した最適解であった。

 二人のJハーンはそれぞれ目線を交わし合い、片割れがこちらの顔を覗き込む。

「それが降るのですよ。東京に死の雪がね。我々はそれを、“光雪”と呼んでいますが」

「……馬鹿馬鹿しい。雪が降るのもそうなら、光るって言いたいの?」

「事実、そうなのだから、要らぬ手間は増やさないで欲しい。東京は死の街と化す。その時に、アンヘルの皆様には手出し無用を誓っていただきたかっただけなのですが……どうにも上手くいかないご様子。フロッピーディスクはそれが本物か?」

「他にはそれらしいものはないぞ、“私”。それよりも、別にここで黄坂南の生存に拘る必要性もないのではないか? むしろ、ここで物言わぬ死体になってもらったほうが、都合がいいはず」

 後頭部に銃口を押し当てられる。

 その冷たい殺意に中てられたように言葉を詰まらせていると、眼前のJハーンは頭を振っていた。

「駄目だ。これは盟主のご命令だ。我々の目的として、死体を築くことは容易いが、それでは真の絶望には相成らない。生きながらに、この世の地獄を味わわせる。それこそが、グリムの眷属の本懐と知れ」

「グリムの眷属……あんたたちが、そう名乗るって言うの?」

「ええ。まぁ、“光雪”が降ってから、名乗るべきと考えていたのですが、現状では別に構わないでしょう。我々はグリム協会の真の遺志を継ぐ者――グリムの眷属だ。我らにはこの世界を染め上げる権利がある。キョムの推し進めるロストライフ現象のような死に包まれる絶望だけで世界を掌握するのは、あまりにも容易いだけだ。それでは、人類は真の意味で、自由にはなれない、とドクターオーバーはお考えなのですよ」

「……馬鹿馬鹿しい。黒い波動を集めているキョムの考えと、さして変わるところもないわ……!」

「ロストライフとは違う。別の結末を人類は辿るべし。その高尚なる思考が、何故分からない? あなた方も思い知る。死の先にある安息――ライフエラーズ計画の真骨頂を」

「……分からないわね。分かりたくもない」

「強情だな。だが、それでこそ、我々が脅威判定に挙げた理由でもある。トーキョーアンヘル以外の勢力が介入してくることがあろうとも、我らにしてみれば、あなた方こそが厄介なのですよ。確率論を吹き飛ばす、至高の天才、立花博士の頭脳は既にデータとしていただいている。あとは邪魔なのは人機を保有するあなた方と、そしてキョムの動きだけ。……ですが、キョムは静観するとの見立てです」

「……そんなの、分かるもんですか……! あんたたちはキョムと戦っていないから、本当のところは分かっていない……!」

「いいえ、分かっていますとも。ドクターオーバーもそれを理解して、あの場所に遺してきたのです。人類を救う天才、セシル様の頭脳を」

「……ああ、そう。だけれどね、あんたたち、ちょっと迂闊過ぎよ。私にそこまで喋るなんてね」

「喋っても問題ありますまい。どうせ、ここには誰も来ないのです」

「……そう、かしらね……っ!」

 その瞬間、Jハーン二人は何かを察知したかのように首を巡らせる。

「……この感覚……!」

 片割れのJハーンが声を発したその時には、ガラスの向こうから放たれた銃撃がその身を穿つ。

「……何……!」

「――勝手を、しているようだから来てみれば。黄坂南、私の無線機に救難信号を咄嗟に打ち込むとは、やってくれる」

「携帯を、持ち込んでいて正解だったわね。……来てくれてありがとう、メルJ」

 無線機を片手に、メルJが素早く応接室へと押し入り、もう片方の手に携えた拳銃の引き金を絞る。

 倒れ伏した片割れのJハーンへと、一瞥を振り向けたのも瞬間的な判断であったのだろう。

 交渉の矢面に立とうとしていたもう一人のJハーンは飛び退り、そして執務机を挟んでメルJと向かい合う。

「……この土壇場で来るとはな。やはり、私がお前を感じるように、お前も私のことが分かるらしい」

「……Jハーン……!」

 銃口を突きつけ合ったまま、二人は対峙する。

 だがその均衡はすぐに破られていた。

 応接室の天井を叩き割ったのは人機の拳だ。

「やば……っ、潰れる……!」

「くっ……! 来い!」

 メルJが無線機を投げてアルファーを掲げる。

 その途端、躍動した淡い輝きが南を含む生存者を押し包んでいた。

「ここでの対決は持ち越し、ということだろうな」

 Jハーンを回収したのは漆黒の――。

「……あれは……まさか、《ダークシュナイガー》……?」

 だがその一機だけではない。

 唐突に訓練場の空を支配したのは、同じく黒い翼を広げる疾駆の機体たちであった。

「……あれは……まさか、米国主導で進められていたって言う、トウジャの量産型試作機……?」

「――《シュナイガートルーパー》。それが彼らの名前ですよ、黄坂南。しかし、ここでまさか露呈するとは。私も甘かった、と言うべきでしょうかね」

「逃がすと思っているのか……! Jハーン……!」

 アルファーの思念に衝き動かされ、《バーゴイルミラージュ》がその白銀の翼を翻し、敵機へと立ち向かう。

 二挺拳銃の駆動音が頭上で弾け、南は咄嗟に鼓膜を庇う。

 さしものJハーンといえども、無傷では済まない――そう確信した銃撃網を防御したのは盾を有する機体であった。

「……まさか! あれはキョムの機体のはず……!」

《K・マ》と呼称されていたはずの機体がリバウンドの盾で銃弾を防衛し、Jハーンの前に立ちふさがる。

「キョムもなかなかに教育が成っていない。我々相手に敗北するなどね」

 粉塵が巻き上がり、刃を振り翳したのは《バーゴイルシザー》だ。

 咄嗟の判断でメルJの機体は下がり、その刀身を受け止める。

「……何だと……! まさか、キョムが貴様らに降ったと言うのか……!」

「……それも、答え合わせにはまだ早い。私は先にも言ったように、交渉に来たのですよ、黄坂南。もうすぐ、東京に“光雪”が降る。その時に、あなた方との停戦協定を頼みたい。なに、難しい話でもない。要は――手出し無用。何もしないでいただきたいだけなのです」

「……何もしない……ですって……? そんなこと、できるわけが……!」

「では交渉は決裂、ですね。残念です、トーキョーアンヘルの方々。我々と戦うことも叶わず、あなた方は敗北する。その時に少しでも温情を、と考えていらっしゃったのがドクターオーバーの考えでしたのに。まさかここで打ち止めとは」

《K・マ》の盾の表層で銃弾が反射性能を帯びる。

 如何にアルファーの結界を張っていても、人機レベルのリバウンドの攻撃に耐えられるわけがない。

 ここまでか――と目を瞑った瞬間、轟と空気が鳴動していた。

『南さんっ……!』

《モリビト2号》がその膂力で《K・マ》へと突進を仕掛け、反射攻撃を逸らす。

「赤緒さん……? モリビトも、どうして……」

「私が連絡しておいた。私だけでは助け切れるか分からんからな」

 メルJの声を受け、《モリビト2号》がJハーンの《ダークシュナイガー》相手に構える。

『……あなたは! 《ダークシュナイガー》!』

「……ほう。なるほどな。私の目論みがまたも外れたか。メシェイル、お前は仲間などと言う生易しい人間関係に拘泥するとは思っていなかったのだが」

「……私は変わったんだ。貴様を倒し……全ての宿業を超えて……!」

「だが、私は生きているぞ。教えたはずだな? “自分に銃を向ける者は愚か者だ。銃を向けた者は死人と思え”と」

「私の前で、同じことをほざくな! Jハーン!」

《バーゴイルミラージュ》の放射した銃撃網が《ダークシュナイガー》に届く前に、《K・マ》の防衛圏が発動する。

「少しだけ時間稼ぎをしてもらいたい。その後で合流しろ」

『仰せのままに……』

 反射装甲の辻風が巻き起こる前に、《モリビト2号》の鉄拳がその頭蓋へと食い込む。

《K・マ》の躯体が訓練場を滑り、やがて格納庫の前で留められていた。

『……カリス、あんたら生きていたのね』

 ルイの操る《ナナツーマイルド》が剣閃を舞わせ、《K・マ》の機体へと斬撃を這わせる。

《K・マ》はしかし、以前のように一撃では沈まなかった。

『……こいつ、Rフィールド装甲持ち……!』

『任せてください……!』

 さつきの《ナナツーライト》が緑色の燐光を棚引かせて、Rフィールドを練り上げる。

『Rフィールド……!』

「おっと。盟友を死なせるのは忍びない」

 今に放たれようとしていたRフィールドプレッシャーの領域に、踏み込んだのは一機の《シュナイガートルーパー》だ。

『プレッシャー!』

 Rフィールドの旋風に抱かれて《シュナイガートルーパー》は粉砕されるはずであったが、その姿が瞬時に掻き消える。

「……この速力……いけない! さつきちゃん、避けて――!」

 南の声が届く前に、眼前へと立ち現れた《シュナイガートルーパー》の威容に、さつきがたじろぐ。

『……今のは……ファントム……!』

「死なない程度に壊してやれ」

 Jハーンの命令で、両腕に保持していたブレードを舞い上がらせ、《シュナイガートルーパー》は一瞬のうちに《ナナツーライト》を叩きのめしていた。

 さつきの悲鳴が迸る。

『さつきちゃん……っ!』

 半壊した《ナナツーライト》がその場に青い血潮を滴らせて膝を折っていた。

 広がっていく血糊にメルJが奥歯を噛み締める。

「……貴様ァ……ッ!」

 だがその時には、敵機は離脱機動に映っていた。

 シュナイガーの模造品を名乗るだけあって、その引き際は潔い。

 全機が完全に離脱し、《K・マ》と《バーゴイルシザー》までも引き剥がされている。

「……私たちが……負けたって言うの……」

 南は痛みを押して立ち上がろうとするが、やはりまだ上手くいかない。

「黄坂南……! 大丈夫……か」

「それは、あんたのほう……。大丈夫……なのよね? あいつ、Jハーンの顔をしていた……」

 問い返した意味を彼女とて理解しているはずだ。

「……私は……」

『南……! それにみんなも! すぐに医務室へ! さつきの《ナナツーライト》はボクが回収する! ……いずれにしたって、まさか味方の懐にまで入られるとは想定外だよ……!』

《ブロッケントウジャ》を駆って状況の解明に打って出ているエルニィに、南はただ無力な自分を持て余すのみであった。

「……Jハーンの復活……それに、グリムの眷属ですって……? それは、一体どういう……」

 ――事の次第を聞いてから、両兵は問い返していた。

「……待てよ。その話がマジだとして……今は自衛隊の訓練場に居るあいつらがヤベェってんじゃ……!」

「その通りです。恐らく、グリムの眷属の戦闘員が押し入り、あなた方トーキョーアンヘル相手に宣戦布告……いいえ、彼らにしてみれば協定でしかないのでしょうが、それを結ばせようとしているはずです」

 運転席で軍用車両を飛ばすアキラの声音には逼迫したものがあった。

 ただの戯言にしては出来過ぎている――そう判別した両兵は後部座席でダイクンとやり合っている勝世の言葉に思考を奪われていた。

「待てって! いくら美人の言うことだからって真に受けてちゃ命がいくらあっても足りねぇ! あのJハーンだろ? メルJの……兄貴とかって言う……。そいつが、グリムの眷属とか言う組織の……走狗だって? おい、マジだってのかよ……」

「アキラさんが嘘を言うはずがないんだな。間違いなく、アンヘルへと接触を図って来るんだな」

「だとして……待てってのはそれもある。宣戦布告なんて眠てぇ真似なんざせずに、すぐに攻め落とせばいいだけのはずだ。それをわざわざ調停だぁ? そっちのほうが不自然だぜ」

「……確かに。アキラさん、それは一体、どういうことなんですか?」

「アキラさんに色目を使うなだな!」

「何だと……! このチビ怪人野郎!」

 後部座席が騒がしくなってきたがアキラは冷静に応じる。

「恐らく……真に警戒しているのはアンヘルの戦力だけではないのでしょう。彼らが最も恐れているのは――キョムとの結託です」

 紡がれた言葉に、勝世は茫然自失のまま応じていた。

「……オレらが、キョムと……?」

「結託って意味をそのまま捉えるんなら、共闘って言ってもいいのか?」

「……ええ。何故ならばグリムの眷属の最終目的は、キョムにとって都合が悪い。それを悟らせないために、アンヘルとの蜜月と、そして非常時に動かせないように先んじておく。彼らの目論みはそれでしょう」

「けれど……それって変でしょうが! ここまで徹底抗戦しているオレらが、キョムと一時的でも手を結ぶなんて……!」

 勝世の反応は正常なものなのだろう。

 だが、両兵は肝心なところをまだ聞いていないことに気づく。

「……そうでもしねぇと阻止できねぇ、って言うんだろ? 連中の考えは。何を企んでいやがる?」

「……先ほども言いましたが、グリムの眷属を束ねている人形師……ドクターオーバーは黒将と過去に、相反する考えを持っていたとされます。全ての人類を野性のまま解き放とうとする黒将に対し、ドクターオーバーは異を唱えた。それは人間性を捨て、獣となるのと同義だと。グリムの眷属は技術者の集団です。彼らにとって、叡智を捨てるのは我慢ならなかったのでしょう。その結果として、キョムとグリムの眷属は全く正反対の究極目的を掲げることになった。キョムは、知っての通り世界全土のロストライフ化を。ヒトが獣性へと完全に変異し、そしてそれを導こうとしていました。対してグリムの眷属は、ヒトの叡智を集められれば、死さえも超越できるのだと考えていたようです」

「……死の超越、か。ぞっとしねぇな」

 ハンドルを握るアキラは一拍頷く。

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