JINKI 255-7 暗礁の決着


「《バーゴイル》の改修機か。それで私に勝てると思っているのか? メシェイル」
『……黙れ』
 スプリガンハンズを引き抜き、《バーゴイルミラージュ》がこちらと相対する。
 色めき立とうとした《シュナイガートルーパー》を、Jハーンは押し留めていた。
「手出し無用。よろしいですね? ドクターオーバー」
『構わん。貴様の宿縁だろう。“J”の刻印よ』
「では……。さぁ、戦り合おうか、メシェイル。私たちの戦いを!」
 高空へと一瞬にして飛翔した《ダークシュナイガー》の機動力へと、《バーゴイルミラージュ》は追従する。
「機動性は、なるほど、さすがは立花博士。以前までのシュナイガーに比肩する。だが!」
 肩に内蔵したバルカン砲を照準し、振り向かずして後続の《バーゴイルミラージュ》を射抜かんとする。
 その火線を潜り抜け、《バーゴイルミラージュ》より応戦の火砲が舞う。
 満足げにその射線をすり抜け、相対速度を合わせて斬りかかる。
 スプリガンハンズ同士が干渉し合い、白銀の火花が散る。
「何を思う! 何を噛み締める! メシェイル・イ・ハーン! 我が愛しい妹よ! 私との戦いに、何を犠牲にしてきた!」
『……お喋りは、舌を噛むと言っている!』
 スプリガンハンズを突き上げ、薙ぎ払われた一閃を《ダークシュナイガー》は受け止める。
「性能でも、技量でも、全てにおいて、私はお前に勝っているのだ。これこそが、グリムの用いた遺産。“J”の名を誇る力の誘因!」
『黙っていろと、貴様は……! アルベリッヒレイン!』
 一斉掃射の重点火力が至近距離で放たれるも、Jハーンは落ち着き払って相手の背後へと回り込んでいた。
『……何だと……!』
「空中ファントム。会得していないとは、言っていなかったはずだ」
 直後、《バーゴイルミラージュ》の肩口が斬りつけられる。
 青い血が滴り、片腕のシステムがダウンしたようであった。
「片腕で私に立ち向かうか? メシェイル」
『……私は……貴様を一度倒した! 二度目も倒せない道理はない!』
 全てを振り切るようにして、メルJはさらなる飛翔速度で舞い上がっていた。
 アルベリッヒレインの火力による補填が見込めない以上、相手よりも高空を取るしか、空戦人機の必勝法はない。
「……そうだろうな。お前は、いつだってそうであった」
『焼け墜ちろ! 悪夢よ! 銀翼の――!』
 その翼に白銀の色調を帯び、世界を流転させて一直線に舞い降りてくる。
 一振りの剣であったのならば、これほどまでに美しいものもない。
「しかし、残念だよ。メシェイル。またしてもその志、折らねばならないとは」
『アンシーリー――コートッ!』
 必殺の息吹が宿り、刃へと一点集中させた火力が迸る。
 その意義を。
 その意志を。
 全て、丹念に叩き折るようにして。
 すっと、スプリガンハンズが翳される。
 行ったことは、ほんの一動作。
 スプリガンハンズの切っ先で、渾身のエネルギー磁場が掻き消されていく。
『……何だと……!』
「教えたはずだな。鈍った刃で相手を斬るな、と。なまくらで私を殺せると、本当に思っていたのか?」
 白銀の力場を引き継ぎ、返す刀の一撃が《バーゴイルミラージュ》へと振るわれる。
 その血塊炉を引き裂き、白銀の翼が今、ここに朽ち行く。
「翼をなくした鳥はさえずることさえもなく……無情に消えて行け、メシェイル。せめて、我が愛の一撃にて」
 二の太刀を閃かせようとした、その時。
 急速に接近する熱源警告に、Jハーンはハッとする。
 地上より推進剤を焚いて、陸戦仕様の《ナナツーウェイ》が飛び上がり、その腕に《バーゴイルミラージュ》を抱いていた。
「水を差すか……我ら兄妹の愛の契りに……! またしても貴様か! 小河原両兵ッ!」
『気持ち悪ぃこと、言ってんじゃねぇ! てめぇにヴァネットを渡すかよ!』
「逃げられると思ったのか。私から、二度も三度も……!」
 二挺拳銃へと素早く持ち替えた《ダークシュナイガー》で照準するも、《ナナツーウェイ》の背面より放出された撹乱用の推進剤に乱される。
「……チャフか。だが、逃げ切れるわけがない。地上には死の雪の降り積もり、そして《シュナイガートルーパー》が待つ。貴様らはどうあったところで、逃れ得ぬ。ここで潰えろ、小河原両兵。貴様の執念が終わるのを見られないのは、少しだけ残念だがな」
《ダークシュナイガー》は深追いせず、曇天の上で昇り始めた白い月を見上げていた。
「……今宵は良い月だ。日本が“光雪”に包まれ死者が闊歩する世界に変わるまで、残り……」

「――おい! 両兵! 策くらいはあるんだろうな! ジャンプ用の推進剤は使い切っちまったぞ!」
 上操主席で喚く勝世に、両兵は言い切る。
「ああ? ……ねぇよ、ンなもん」
「何言ってんだ! このまま地上に激突してぶっ壊れるぞ!」
「慣性制御は任せる。……ヴァネット、生きてンな?」
『……何で……何で死なせてくれなかった……!』
「まだ死ぬには早ぇだろうが。それに、柊たちに、きっちり何も言えねぇまま、死んで楽になるなんて許さねぇ」
 返答はない。
 しかし、生きたいと願うから振り解かないのだろうと理解し、両兵は着地タイミングを調整していた。
 片手で《ナナツーウェイ》の残存推進力を概算し、その上で、問題のない場所への落着ルートを辿る。
「……あの工場跡地なら……ギリギリまで引き絞れば……ッ!」
 そう確証した《ナナツーウェイ》の躯体を火線が叩き、勝世が舌打ちを滲ませる。
「連中……逃がす気がねぇってこういうことかよ! シュナイガーの量産機が来るぞ!」
「分かってっよ! ……落ち着け、落ち着いて、オレらと、ヴァネットが生き残るための方策を――!」
 だが敵の追従からは逃れられない。
 落下地点へといち早く回り込んできたのは《バーゴイルシザー》だ。
「退けェ――ッ!」
 相手の眼前で推進剤を焚き、眩惑させようとするが、その推力だけでは振り切れない。
《バーゴイルシザー》が鎌を振るい上げた瞬間、両兵は終わりを予感していた。
「クソッ! 何も……何も伝えちゃいねぇンだ! こんなところで終われるかよ! 片腕でも、片脚でもくれてやる! 今だけは……ここで倒れちゃ、いけねぇンだ! だからよ――!」
『――そうか。それはこちらも同じだ』
 不意打ち気味に接続された通信に意識を振り向ける前に、機銃掃射が《バーゴイルシザー》を嬲る。
《K・マ》がすかさず割って入り、リバウンドの盾で銃弾を薙ぎ払おうとするが、その時には距離に至った紺色の機影がブレードを翳す。
『……まったく。敵の走狗とは。情けないですね、兄とは言え』
「あれは……《アサルト・ハシャ》……か?」
 重装備を施された《アサルト・ハシャ》の刃がリバウンドの盾へと振るわれる。
 弾かれ合う瞬間にゼロ距離で肩に装備したプレッシャーガンが放射され、光の軸が螺旋を描いていた。
「何だ、こいつら……! 八将陣相手に真正面から戦おうって……」
「いや、よく見ろ、勝世。……こいつら、それだけじゃ……ねぇ」
 機体を引いて着地時の姿勢制御を行おうとした両兵は、地面への落着前にこちらを保持した二機のトウジャタイプを視野に入れていた。
『こちらイヴ、現着~! パッケージを確保したわ!』
『……シェイナ、こちらも同じく。それにしたところで、お荷物もいいところね』
「操主だってのか、こいつらも!」
 トウジャタイプは《ナナツーウェイ》と《バーゴイルミラージュ》を無事に降下させてから、向かってくる《シュナイガートルーパー》へと対峙する。
『分かっているわね? シェイナ。トウジャの持ち味はスピードと機動力。相手もファントムの心得があるんなら、持ち得る手は一つよ』
『高速戦闘に持ち込む前に……撃墜する……!』
 直後、機影を掻き消えさせた二機が瞬時に《シュナイガートルーパー》の背後を取る。
 槍の武装を突き上げ、敵機を狙い澄まそうとするが、その時には相手は空中の機動力で逃れていた。

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