「……はい」
「とは言え、今回はこれが役に立つのよ。ほら、できた!」
ミニチュアの机に置かれたのは、ピカピカに光る――。
「……ランドセル……ですか?」
「そっ。ま、余らせた布で作った見た目だけのものだけれどね。ほら、みんなの分もあるのよ」
それぞれのランドセルを置いてから、レイカルは指差して尋ねる。
「……で、これが何なんだ?」
「レイカル。いい? 新学期ってのは、やっぱり誰でも最初は、ピカピカのランドセルを背負って始めるものなの。だから、どんな色でもいい、自分だけのものを選んでね!」
ナナ子の造形は確かなもので、布で作ったとは言え、新品のランドセル特有の照り返しも再現している。
「じゃあ、これ……っ!」
レイカルが選んだのは赤いランドセルである。
それがちょっと意外で、作木は尋ねる。
「……あれ? レイカルは赤なんだ?」
「はいっ! 赤は戦闘力の塊みたいで、強そうだからです!」
「作木君、今どき、男が黒、女の子が赤なんて時代錯誤よ?」
小夜に言い含められて、なるほど、と作木は頷く。
「うん……とてもいいと思う。レイカル、じゃあその赤いランドセルで」
「はいっ! シンガッキで進化します!」
どうやらまだ勘違いのままのようだが、今度はウリカルが水色のランドセルを指差す。
「あの……私もいいんでしょうか?」
「もちろん! ウリカルは水色ね。カリクムは?」
「私は黒かな。キャンサーと同じ色だし、私のパーソナルカラーでしょ」
めいめいにランドセルを背負った姿を見ていると、本当に新学期を迎えたばかりの新入生のようで少し微笑ましい。
「……あれ? ラクレスはいいの?」
「……作木様。私は新学期の意味くらいは分かっているんですよ。あと、さすがに私の身の丈でランドセルと言うのは……」
言わんとしている意味が分からなくもない。
だが、作木はその背中を押す言葉を発していた。
「……いいんじゃないかな。ラクレスにとっても、この春が特別になるんなら、僕も嬉しいし」
「ラクレス! それじゃあ進化できないぞ!」
指差すレイカルに、ラクレスは渋々と言った様子でピンク色のランドセルを選び取っていた。
「……仕方ないですね。これは空気を読んでのことですから」
「じゃあ、新学期の準備をしましょうか! さぁ、ナナ子キッチンの開幕よ! 新学期に相応しい、お腹いっぱいの美味しいカレーを作ってあげる!」
「……悪いわね、作木君。こうなっちゃうって分かっていて、お邪魔したみたいだし」
「いえ、いいんですよ。それに……何て言うのかな。レイカルたちが小学校や中学校に……入学してくれるとか、何だか僕としても感慨深いですし」
彼女らはオリハルコン――老いもしなければ朽ちもしない存在だ。
だからこそ、人間の文化とは縁遠いのかもしれない。
しかし、季節は巡る。
春はやって来る。
ならば、その時々に相応しい格好を。
それが、創主としてできる、せめてもの出来事であるのならば。
ナナ子の作る特製カレーの匂いが鼻孔をくすぐる中で、作木はレイカルたちのやり取りを視野に入れていた。
「カリクム! お前は黒だが、私は赤だ! 私のほうが戦闘力が高いぞ!」
「ふん、言ってくれちゃって! 黒のほうが強いに決まってるじゃないの!」
「……本当に小学生みたいな会話してるわね、あんたら……」
呆れる小夜の声も、今は何だか替え難い気がして、作木は窓の外へと視線を向ける。
満開の桜が風に花びらを散らすのが、夕映えに流れていく。
「そうだな……春が来るんなら、相応しいその時を誰もが待ち望んでいるはずだし……新学期、か。それはきっと……」
温かい気持ちになれる季節の、はずなのだから――。